202006Irohanihoheto  気を引き締めたまま徐々に……
 先週は音を立ててってほどではないものの、じわじわと、でも劇的に私の周辺事情が転換した。

 つまり、新型コロナの流行に対する世の中の自粛緩和の動きを後追いする形で、私自身にかかわることも、緩んだわけではないが、平常化に向けて変化しつつあったのだ。

 2月はまだそれほど世の中は緊急事態モードでなかったので3月からと考えても、この4カ月半、消極的な生活態度・行動を続けてきた。それが元に戻ろうとしている。
 この間には、少なからずの店がひっそりと閉店もした。こういうのを見ると、人が動かないと経済情勢は即座に連動して悪くなるということをあらためて実感する。

 すでに(新館で)述べたように、月曜日に、共にA社で働き、いまは別々の人生を歩み始めている、石山さんから電話が来た。
 石山さんの会社はコロナのせいで取引先等を訪問することを自粛していたが、それが解禁となり私のところを訪ねてもよいかと電話をかけてきたのだ。

 この電話で私は、村上春樹の「羊をめぐる冒険」のなかの、耳専門のモデルの女性が『僕』に「ねえ、あと十分ばかりで大事な電話がかかってくるわよ」と言う箇所を頭に思い浮かべた。

Hitsuji その日の午後は、私がB社に来て初めて取引先訪問のために出張した。これは当社が不要不急の訪問を控えていたせいだが、石山さんの会社とは理由がちょっと異なる。東京で再び感染者が拡大し始めてきたので、北海道も再びおかしくなりかねない。その前に最低限のあいさつ回りをしておくチャンスはいましかないという理由である。

 また、ずっと延期、延期、延期となっていた、大阪では一緒にスイカ店長の店で餃子や鶏のから揚げを食べながら語らいあった氷山係長凸川さんとの、札幌での会食も先週に日時と場所が決まった。

 ESTAの開店時間が平常の10時に戻り、10時10分にはロースかつ丼を手にすることが先日できたし、いまや取引先の1つとなった出向元のA社のある部署からは8月に私の歓迎会をしたいという連絡が来た。

 今週の月曜日は、やはり同期入社で今回別な会社に出向した兜山さんに電話をしてみた。行ってもいいかと聞くと「おいでおいで」というので、彼の勤める会社に出向いて約5か月ぶりに顔を合わせた。
 いろいろ話をし、今度は飲みながらでも、と仮約束をして帰ってきた。

 まるで、「羊をめぐる冒険」で、物事が急展開で進みだすのに似た感じだ。
 とはいえ、決して気を緩めているわけではない。気をつけながら行動し始めたってことだ。だから暑いがマスクはきちんとかけているし、手洗いも励行している。『気をつける』って心がけを忘れないようにすることが大事だ。

  CDも買い取ってますが……
 世の中が変化したと言えば、このチラシ。

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 ほかでもない、あの「玉光堂」のものだ。
 LP時代からCD時代まで私がたっくさんお金をつぎ込んだCDショップだ。玉光堂の「PALS21」が閉店するまでは、私はタワレコを利用したことがなかったほどだ(店舗もオンラインも)。
 PALS21がなくなり、4丁目店が統合先の店舗となったが、面積的にもPALS21の品ぞろえには到底及ばず、徐々に足が遠のいたのだった。

 それがいまや、こんな商売もやっているとは。
 悪いが、もう店を覗きに行く気にもなれない。青春時代の思い出が消えた……

 チラシのお姉さんよ、そんなにうれしいか?

Ivanovich レハール(Franz Lehar 1870-1948 オーストリア)のワルツ「金と銀(Gold und Silber)」Op.79(1899)。


 なお、『第1回《スイカ店長の会》 in Sapporo』は三密を避けながら、7月ちりぬるをわかにおいて、粛々、ひそひそと、お通夜の席のように遠慮がちに……と心がけていたものの、飲み始めると……とにかく、充実した2時間を過ごすことができた。