昨日の朝、いつものように電車が札幌駅のホームに滑り込み、私はホームのキオスクに立ち寄った。ヘルシア緑茶を買うためである。ヘルシア緑茶が中性脂肪の異常値軽減に効果があると解ってから、私はもはや1日1本、ヘルシア緑茶を飲まないわけにはいかないような、ある種の強迫観念に取り憑かれていると言ってもよい。

 前にも書いたように、ここのキオスクのお姉さんは、私の姿を見た瞬間にさっと冷蔵庫からヘルシア緑茶を出して、待ち構えてくれる。大人の私は、当然のことながら、その姿を見て「ジョージア・エメラルドブレンド!」と言ったりはしない。そんなことで彼女の善意を踏みにじってはいけないのだ。

 ところでここのキオスクには店員さんが2人いる。居るのは1人なのだが、日替わりで勤めている。日替わりと言ってもA子さんが何日も続くときもあるし、B子さんがずっと続くときもある。
 「私=ヘルシア緑茶」という学習がなされているのはB子さんのほうだ。
 A子さんはB子さんより年上のようだ。B子さんはA子さんより若いようで、私より一回り上まではいっていないと思う。

 今朝は、そのB子さんが店番をしていた。
 店番というのはなんと懐かしい響きであろう!それに店番というのは、1日に小僧が何人かしか来ない駄菓子屋に適用されるべき言葉であって、忙しいキオスクにはふさわしくない。だから正しくは「勤労していた」というべきだろう。

 彼女は電車から私が降り立つのを横目で見て、右向け右!をして、右手でシャーッと冷蔵庫の引き戸を開け、ヘルシア緑茶を取り出し、ガムが陳列されている上に置いた。
 私はいつもの無駄のない動きに、ご褒美に餌の生イワシでも与えたい気分になったくらいだ。
 私は私で、事前に用意し右手に握り締めた100円玉2枚を渡し、彼女は昭和59年産の10円玉1枚をお釣りとして返してくれた。

 ところが今日はもう一つ別な動きがあった。

 吠えたのだ!

 うそである。
 棚の左端に何枚か重ねてある紙の束から、私に1枚をよこしたのだった。
 その1枚を取るときに指を舐めたことに対して、私は「バッチイよ」とアドバイスしたかった。

c905d493.jpg  そのA5ほどの紙は、「キオスク春のイケイケ・フェア」とかのチラシではなく、お手紙だった。
 そのキオスクは閉店になるのだ。
 そして彼女たち(B子さんもA子さんも)も遠くに配置転換されるのだ。
 1・2番ホームから7・8番ホームへと、実に線路を6本も越えなければならないのだ(札幌駅の構造を知りたい方は全国版時刻表の前の方のページに載っている駅構内図を見たまえ!)。

 確かにこのキオスクはあまり混んでいなかった。
 混んでいたら、私=ヘルシア緑茶という結びつきなど起こり得ないのだ。私は毎朝何かを買う通勤客の1人であり、記憶には残らない通過人である。
 でも、あまり客がいないから、パブロフの犬の理論が正しいことが証明されたのだ。
 1・2番ホームは通勤列車ばかりが使う。東京と違って、北海道の通勤客はキオスクをあまり利用しないのかも知れない。
 中・長距離列車が使うホームのほうが売れるような気もするが、そんなに本数もないようにも思う。
 しかも、彼女たちの転勤先の7・8番ホームも、けっこう通勤電車が占めるんだけど…・・・

 それにしても、このようなお手紙を用意しているなんて、なんという心配りであろう。古き日本女性の情が感じられる。果たしてA子さんやB子さんが自らワープロを打ったのか、疑問は残るが……

 手紙には温かみを感じたが、彼女たちがいなくなるのは悲しいような気がする。
 7番ホームにはいるんだけど……

6970a148.jpg  ところで、「悲しい」といえば、ものすごぉぉぉくわかりやすいタイトルの「悲しい作品」というのがある。
 タイトルだけなら、悲しい物語や詩なのか、悲しい絵や版画なのか、悲しいトールペイントやパッチワークなのか、悲しい皮細工や籐細工なのか、なんなのか不明だが、音楽作品である。
 作曲したのはオヌテ・ナルブタイテというリスアニアの女性作曲家。「なら、ぶっ叩いて!」みたいな語感に好感がもてる。生まれは1956年。
 さっきの冗談じゃないが、彼女は詩や絵画の才能もあるそうだ。

 私はこの作品を、今から13年ほど前に知った。たまたま、昼のFMを聴いていたら(ある部屋にこもってFM放送を聴きながら仕事をしていたのであった)、吉松隆氏が解説しながら、この曲を放送したのだ。ペレーツィスの「コンチェルティーノ・ビアンコ」を知ったのもこのときである。

 「悲しい作品」は1991年の作で、タイトルのとおり、とにかく悲しいんだ、ということが伝わってくる静かに声を潜めた曲。蚊の大群が殺虫剤で一撃されたかのよう。

 唯一のCD(たぶん)は、カンガス指揮オストロボスニア室内管弦楽団の演奏によるもの(1994年録音)。フィンランディア・レーベルのWPCS4931。
 でも、今は廃盤である。それがまた「悲しい」……

 ところで、私に無条件にヘルシア緑茶を差し出してくれるB子さんは、洋子さんと宮子さんのどちらなのだろう?
 私としては洋子さんであってほしい気がする……