父が棺おけに納められたのは先週の木曜日のことであった。
 日にちが経つのは早いものである。
 何となく自分の疲れが取れきれていないのは、この速度に体がついていっていないせいだと思う。人間、年を重ねるごとに時の経つのが速く感じるようになるのに、体の方はニブニブちゃんになっていくのだ。そのくせ、私の場合、落ち着きがないのは小学校以来変化していないのが、これまた不思議である。

 それにしても、このたび父の亡骸を死装束に着替えさせてくれた納棺師の、その着せ替え技術は見ていて感動ものであった。

 湯灌の間はリンを一定間隔で鳴らし続けなければならない。
 私はその任務を次男に課した。
 彼は高校で、パーカッションではないものの、吹奏楽部に属しており、私の家族の中では、音楽的にはいちばんセンスがあると思ったからだ。

 ところがである。
 「チーン…チーン…コンッ…チーン」と、けっこうはずすではないか!
 スカ打ちが混じるのだ。この下手くそめ!
 遺体の顔を拭いてあげる儀式で次男の番のときに、私は彼に代わって打楽器奏者を務めたのだが、おやっ?おやおやっ?
 いざ叩いてみると、結構難しい。私はコン、コンとスカ打ち連打をしてしまったほどだ。
 悔しい。
 もう一度チャンスを与えてほしいくらいだ。

 次男に言わせると、失敗したのは、納棺師の着せ替えのあまりの見事さに見とれてしまいリンの方がおろそかになったということだが(とってつけたような言い訳にも聞こえる)、私の場合は真剣にリン打ちに取り組んだにも関わらずスカってしまったのだ。

 やれやれ……

 それにしても、本当に見事な着せ替え技術であった。
 他の納棺師の作業をもう何十年も見ていないので比較はできないが、この比較的若い(わたしよりはるかに若い)女性納棺師は、遺体の肌を一切晒すことなく、完璧に着替えさせた。
 もし、対象が父の遺体ではなく、生きている私だったなら、私は能官、いや、官能の波に飲み込まれたに違いない。
 これに感動した次男は、「納棺師になってみたいなぁ」と、将来歩むべき選択肢を広げていたくらいだ。実に短絡的ではあるが……(私は後日、それよりも火葬場に勤めてはどうかと勧めておいた。私ならそっちを選ぶ)

 さて、このリンが鳴り続けているときに私が思い起こしていたのは、間宮芳生(Mamiya Michio 1929- )の「オーケストラのための『タブロー'85』」(Tableau pour Orchestre '85)である。
 この作品については以前にも触れたことがあるが、曲のなかで鳴り続ける金属打楽器が、私には仏教的な儀式のイメージを連想させる。
 その打楽器のリズムは、今回の湯灌のときのようにゆったりとしたものではないが、鳴り響くリンの音にはたとえスカが混じっていたとしても、「タブロー'85」を想起させた。
e060048b.jpg   「タブロー'85」の打楽器部分の楽譜を一部サンプルで載せておく(楽譜は全音楽譜出版社から出ている)。

 仏教的な儀式と書いたが、それは私にとってお盆の雰囲気や、墓参りの雰囲気にも通じる。恐ろしくはないが、できれば避けたい雰囲気、行事だ。
 間宮は生まれは旭川だが、青森で育っている。
 私の母は青森出身で、幼少のころ、祖父の葬儀に連れて行かれたことがある。この楽曲に「青森的」なものがあるかどうかはわからないが、青森の葬儀での潜在的な記憶が、私を刺激するのかもしれない(ちなみに、そのときはまだ土葬であった)。

 それを別としても、この曲は実に色彩的である。“タブロー”、すなわち“絵”と名づけられているのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、その色彩感は幻想的でもある。打楽器群が重なった響きは夢の世界のようだ。
 ところで、あなたの夢はカラー?モノクロ?
 また、この曲にはストラヴィンスキーを思わせるようなところもある(私には「兵士の物語」に似ていると思われるところがある)。

5b588524.jpg  間宮芳生には「タブロー」と名がついた作品が3曲ある。
 「朳(えんぶり)―オーケストラのための2つのタブロー」(1957)、「オーケストラのための2つのタブロー'65」(1965)、そして「オーケストラのタブロー'85」(1985)である(その後、4曲目となる「オーケストラのためのタブロー2005」が書かれている)。
 作曲者によると、「3曲の間に何か共通の性格があるかと問われると、あまり明確な答えはない。あるとも言えそうだし、特にないとも言える」という。

 「タブロー'85」は交響楽振興財団の委嘱で作曲された。
 この曲の後半部について、間宮は「木管とトランペットの合奏による、ヘテロフォニックな、たゆたう多声旋律のルーツは南太平洋の島々のパン・フルートの合奏の音楽で、その特徴はたえざる失速傾向と、失速しながら濃度が増してゆく気分」と述べている。

 CDは井上道義指揮、東京都響によるライヴ盤がフォンテックから出ていたが(FOCD3306)、現在は廃盤である。再発売を期待したい。

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