キリスト教というのはいろいろな面で神秘的で時に不気味である。

 絵画でも文学でも音楽でも、西欧の芸術とキリスト教は切り離すことができない。
 最近ではあまり見かけなくなった(なりを潜めている?)が、むかし街頭で配られていたマンガ形式の布教パンフなんて、実に不気味だった(どこの宗派か知らないが「アホバの証人」とか「マルモン教会」とかが描かれていた)。
 日本にだって「アーメン、ラーメン、チャーシューメン」という言葉が児童の間に浸透しているように(少なくとも私が子供だったころは)、さりげなく暮らしに忍び込んでいるのである。
 また、行事としてのクリスマスはその最たる例だろう。
 なお、私はクリスマスは好きです!

c38ce8d1.jpg  そのキリスト教を「邪教だ」と言い切った西欧人がいる。
 ドイツのニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche 1844-1900)である。その著書「アンチクリスト―キリスト教批判の試み―(Der Antichrist.Versuch einer Kritik des Christentums)」(1895出版)においてである。
 こんな本を出版して、よく身の危険を感じなかったものだ(感じたのかもしれないけど)。
 その現代語訳として適菜収氏訳によるものが講談社+α新書より出ている。その名もズバリ「キリスト教は邪教です!」。まぁ、しっげき的ぃ~。

 これがまた、訳がひじょうに読みやすい文章で、内容もとても面白かった。
 私がこの本を購入したのは4年ほど前だが、最近もう一度読み直してみた。
 やっぱり読みやすくて面白かった。

 まず、そのふるっている訳であるが、たとえばこんな感じである。

 《キリスト教の神学者は、「イスラエルの神」から「キリスト教への神」へ、「民族の神」から「善それ自体」に神が変化していったことを進歩であると考えています。まったくおめでたい連中ですね。とても、つきあいきれない》(40p)

 いいなあ、この言い回し。おめでたい私は喜んじゃう。

 ニーチェはキリスト教と仏教を比較して、こう結論づける。

 《……重要なのは、仏教が上流階級や知識階級から生まれたことです。 仏教では、心の晴れやかさ、静けさ、無欲といったものが最高の目標になりました。そして大切なことは、そういった目標は達成されるためにあり、そして実際に達成されるということです。 そもそも仏教は、完全なものを目指して猛烈に突き進んでいくタイプの宗教ではありません。ふだんの状態が、宗教的にも完全なのです。 ところがキリスト教の場合は、負けた者や押さえつけられてきた者たちの不満がその土台となっています。つまり、キリスト教は最下層民の宗教なのです。 キリスト教では、毎日お祈りをして、自分の罪についてしゃべったり、自分を批判したりしている。それでもキリスト教では、最高の目標に達することは絶対にできない仕組みになっているのです》(51p)

 まあ、ニーチェの説を支持するかどうかはともかく、読み物としては痛快。

7c27345b.jpg  ところで、ニーチェといえば「ツァラトゥストラはかく語りき」が有名。まあ、実際に読んだことがある人は少ないとは思うけど(もちろん私も読んだことはない)。
 で、これに基づいて書かれた音楽が、R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949)の交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30(“Also sprach Zarathustra” Tondichtung frei nach Friedrich Nietzche 1895-96)である。
 前に小説「幼年期の終わり」について書いた記事でこの曲についても触れたが、 ツァラトゥストラというのは、ゾロアスター教の教祖といわれる人物の名である。
 曲は8つの部分から成るが、なにしろ冒頭部分が突出して有名。
 正直言って私も、この曲については冒頭部分以外あまりなじみがない。

 CDは、ショルティ/シカゴ響の演奏、というよりも録音が最高!
 床が震える重低音、金管の美しくも力強い響き、ティンパニの歯切れの良さ、どれをとっても最高である。

 それにしてもこの曲、映画「2001年宇宙への旅」で冒頭部分が使われてしまったがゆえに、逆に全曲はメジャーになり切れないでいるかもしれない。
 もう2009年だし、評価は変わるのか?

 ⇒ R.シュトラウス:《ツァラトゥストラ》《ティル》《ドン・ファン》/サー・ゲオルグ・ショルティ、シカゴ交響楽団 

 ⇒ 2001年宇宙の旅 

 
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