何年ぶりだろう?
 この曲をきちんとまともに聴いたのは……

 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven )の交響曲第5番ハ短調Op.67(1808)、俗に言う「運命」である。

 クラシックを聴き始めた頃、狂ったようにこの曲を聴き、崇め、賞賛していたのに、いつの間にかすっかり積極的に聴こうとは思わなくなってしまった。
 押し付けがましいというか、鬱陶しいというか、口やかましいというか、とにかく汗臭いから近くに来ないで、って位置づけになってしまったのだ。

 それなのに、突然聴きたくなったなんて不思議だ。
 あぁ、夏。汗の季節だからかしら……

 「運命はこのように戸を叩くのだ」とベートーヴェンが言ったとか言わなかったとかで、この交響曲は「運命」と呼ばれるようになったのだが、よく考えれば「運命はこのように戸を叩くのだ」、「あっそっ!それで?」って感じでもある。
 つまり、それほどベートーヴェンはたいそうなことを言ってはいないんじゃないか、ってこと。4回ノックって、一般的じゃないような気もするし。
 そもそも「運命はこのように戸を叩くのだ」とベートーヴェンが語ったと伝えたのは、弟子のシントラーである。シントラーはベートーヴェンの信徒みたいなもので、美しい話にするために嘘はつくし、ねつ造もしたのだ。眉に唾ものでとらえなくてはならない。

 三省堂の「クラシック音楽作品名辞典」(井上和男編著。近くいよいよ第3版が発売されるようだ)には、この曲について《第1楽章第1主題の動機について作曲者自身が「運命はこのように戸をたたく」と語ったと伝えられることから「運命交響曲」の通称で呼ばれ、運命との闘いとそれを克服した勝利を表しているという解釈が生じた。この通称は、かつては日本だけのものと思われていたが、現在ではドイツでも用いる。ただし「運命の動機」は「熱情ソナタ」をはじめ他の曲にもあり、弟子のチェルニーによれば、それはキアオジ(鳥)の鳴き声にヒントを得て作られたものであるという》と書かれている。

 もちろん、この曲が名作であることに反論するつもりも、ケチをつける気も勇気もないし、むしろ「おっしゃるとおり」と認める私だが、第1楽章は劇的ではあるものの、やっぱり押しが強すぎるなぁ。だからこそ逆に、そのあとの楽章が素敵に響くんだろうけど。

 なお、ベートーヴェンの重圧のためになかなか最初の交響曲を書き上げられなかったブラームスが、その第1交響曲(1855-62,68,74-76)の中で「運命の動機」のリズムをたくさん折り込んでいるのは有名な話。
 ベートーヴェン自身も、先の辞典で触れられている「熱情ソナタ」(ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情(Appassionata)」(1804-05))のほか、たとえばヴァイオリン協奏曲(ニ長調Op.61(1806))の冒頭でこのリズムを使っている。ベートヴェンにとってはこのころ、このリズムがちょっとした「マイブーム」だったのかも知れない。

3232ba69.jpg  CDはたぁ~くさん出ているから、紹介しなくてもいいくらいだが、私は暗いバー、あっ、あの店ね、じゃなくてクライバー/ウィーン・フィル(1974年録音)の演奏が最高だと思っている。カップリングの第7番もすばらしい演奏。

 ⇒ ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》、第7番/カルロス・クライバー、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》&第7番/カルロス・クライバー、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 [SHM-CD]<初回生産限定盤>

ベートーヴェン: 交響曲第5番「運命」, 第7番 / カルロス・クライバー, ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ガラスCD+比較試聴用CD)<初回生産限定盤>


 汗臭いといえば、高校の時に同じクラスだったN君を思い出す(良くない意味で)。
 夏場の体育の柔道で彼にあたると、窒息しそうになった……
 N君元気かなぁ。相変わらず漂わせているのかなぁ。

 今日から東京に出張である。
 先週の金曜までは、新型インフルエンザの関係でわが社は「発生地への出張は禁止」というお達しが出ていたが、午後になって国のスタンスが変わったことを受け、禁止解除となった。でも。気をつけなさい、って。
 
 マスコミは、政府は、ちょっとインフルエンザについて大げさに騒ぎすぎだ。
 とはいえ、実際に自分が出張するとなると、ちょっぴり心配な気持ちになってしまうのが私が小心者である証。
 じゃあ、行ってくるぜい!

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