おとといの日曜日。
昼過ぎに近くのショッピングセンターに行った。
そこに入っている富士メガネから届いていたDMをフェイス・タオルと交換するためだ。これ、誕生日プレゼントなのである。
ふつうならわざわざ行かないんだけど、メガネの調整もしたかったので行ってきたのであった。
その余計な思いつき、余計な欲が、私に不幸をもたらした。
富士メガネに寄る前に、ショッピング・センター内の洋食屋に入った。
なぜかというと、腹ペコ・ブッチ状態だったからだ。
自分でも驚いたことに、この洋食屋に入るのは初めてだ。
どうして今まで避けていたのか自分でも不思議だ。
そこでグリル・プレートなるメニューを頼む。
デミグラスソースのオムライスとミートソース・スパゲティとエビフライ1本とミニハンバーグが1枚の皿に盛られている。
子供だったら大喜びだ。
私も大喜びだ。
こういうメニューがたいていそうであるように、味は中庸。
でも、満足感は小さくない。
が、悲しい出来事が。
ハンバーグを食べ進んでいくと、中心部が生。
そこだけ残して席を立った私。
黙って会計して店をあとにしようとしたが、どうしても気になったのでレジの生気のないおばさんに聞いてみた。
「あの、ハンバーグの中が生だったんですけど、ビーフ100%でしょうか?」
私は決してクレームをつけようと思ったのではない。
幸い気づいて、生の部分はだいたい残してあるので、たぶん危険はないと思うが、もし豚肉だったら危ない。食中毒というよりも寄生虫が怖い。
私が小学2年のときのクラスメートのおじいさんの話で、実際に事件が起こったのは、それよりもずっと前の話だが、そのおじいさん、原因が謎のまま発狂して死んだという。
死因を調べるために解剖したら、脳に寄生虫がいたんだとさ。
にょろにょろって……
で、どうして脳に寄生虫がいたかというと、その昔、高級なんだ、美味いんだと言って、豚肉を生で、刺身で食べたんだってさ。
くわばら、くわばら……
その話を聞いてからというもの、私は豚肉や鶏肉は完全に火が通っていないと心配なのだ。
生気のないレジのおばさんは「あらっ!」と言って、厨房の方へ入っていった(「あらっ」はないだろうと思うけど)。
待つこと1分。
若い女性が出てきて(この人は調理担当なのだろう)、「うちのは合い挽きです」という。「全部食べてしまったでしょうか?」
「いえ。いちばん赤い部分は残してあります。オムライスも一口残していますが、それは単におなかがいっぱいになったからです」
「申し訳ございません。もし体調不良になりましたらすぐに病院に行って、そのあと当店にご連絡ください」
「はあ。大丈夫だと思います」
このあたりから、私は自分が、ここのハンバーグはビーフ100%か合い挽きかを知ることこそが本来の目的だったような錯覚に陥っていた。もう、生焼けだったことは大きな問題ではないように思えてきた。
だいたい、この会話でわかるように、お店の女性は明らかに食中毒を想定しているのに対し、私は豚肉に潜むかも知れない寄生虫のことを考えている。実際、そのあと、私は腹痛にも吐き気にも見舞われなかった。
「この分のお代は結構ですから」
「えっ?それじゃあかえって申し訳ないです」
急に自分が悪い人のように思えてきた。
店にけちをつける悪い人。
町のダニ。
店の寄生虫。
「いえ、お代は結構ですから」
こうして、私のグリル・プレートはただになった。
それを知った心ない人は(例えば妻)、私のことをクレーマーだという。
そんなつもりはない。
でも、もし私がこの先(寄生虫が頭にまで上がり、さらに巨大化するには時間がかかるのだ)狂い死にし、脳から寄生虫が見つかったとしても、私はその代償をグリル・プレート代1,200円で手を打ったことになる。
そう考えれば、私はなんて欲のない良い人なのだろうとさえ思えるではないか。
なんだか、村上春樹の「蟹」を思い出しちゃった。
それにしても、このところ生焼け事件に遭遇する頻度が高い。
前に昼に食堂で食べた鶏の照り焼きが、相当の生だった(このところ、じゃなくて、もう1年近く前の話だけど)。
ちょいと食味と食感に違和感を覚えたが、かなり食べ進むまで気がつかなかった私も私だ。
2週間前に那覇のガストで食べたチキン・ソテーも中心部が赤いままだった。
これは残した。
この話はずっと心にしまっておいた。
そして今度は豚だ。
でも、不思議と店に怒りはない。
考えてみれば“豚”にまつわるクラシック音楽作品って思い浮かばない。
きわものニックネームをいくつも付けられてしまっているハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の交響曲だって、第83番に「雌鶏」っていうのがあるものの、「雌豚」っていうのは、残念ながら、ない。
だから、今日はこのまま終わる……
新しい物を出されたと言えば、その昔そば屋で……。あっ、これ本編で書くことにします。