6b88ed40.jpg  《この交響曲はベートーヴェンのもっとも円熟した傑作の一つであり、その管弦楽法は素晴らしい完全さを示している。この交響曲のスコアを見たところでは、オーケストラのひびきに関してはもはやこれ以上望むことは何もないくらいである。この作品のもつ例えようもないユーモアを、自由にのびのびと完全な精巧さで再現することは、指揮者にとって非常に大きな課題であるが、……》

 指揮者のワインガルトナー(1863-1942)は「ある指揮者の提言 -ベートーヴェン交響曲の解釈」(糸賀英憲訳。音楽之友社)で、交響曲第8番ヘ長調Op.93(1811-12)について、このように書いている。

 この本は、初版が1906年、第2版が1916年に書かれたもので、ベートーヴェンの交響曲を演奏するに当たっての演奏の諸注意や場面によっての楽器の増強などについて述べられている。

 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)が9曲の交響曲を作曲したことはご存知のとおり。……でもないんだよなぁ。

 数年前のこと。職場の上司と昼ご飯を食べていたとき、その上司が、「MUUSANよ!オレはやっぱりベートーヴェンは第10番の交響曲がいちばん好きだなぁ」と真顔で言ったことがあるからだ。

 第10番?

 確か、スケッチだけが残された第10番となるべき交響曲があって、その補筆完成版もあるという話は聞いたことがある。

 でも、この御仁がそんな超マニアックなことを知っているだろうか?
 いや、知るまい。

 じゃあ、今日では全くの愚作と言われている番号なしの交響曲、「ウェリントンの勝利(,またはヴィットリアの戦い)(Wellingtons Sieg,oder Die Schlacht bei Vittoria)」Op.91(通称「戦争交響曲」。1813)のことを言っているのだろうか?

 いや、ありえない。

 あるいは、H.v.ビューローがベートーヴェンの第9交響曲に続くものだといういう意味で「第10交響曲」と呼んだブラームスの交響曲第1番のことだろうか?

 前の2つよりは可能性は高いが、あくまでも比較して高いだけである。

 こういうとき、どうリアクションしてよいのか、ヒジョーに困る。

 「それって、ブラームスの1番のこってすよねぇ」と、軽く言ってみようか?
 いや、絶対に「ベートーヴェンの10番だっ!」と、意固地になるに違いない。

 「そんな交響曲ないんすよね。もう、また人を騙そうとして」と、笑ってみようか?
 「いや、ある!」と、怒りを買うかもしれない。

 私はただただ下を向いたまま、「そうっすね」と死にゆく蚊のような声で答え、その時食べていた和風ハンバーグのソースの大根おろしの繊維質を箸でちまちまつまみながら食べ続けるしかなかった。

 昨日のブログで、日曜日に墓参りに行き、そのときにベートーヴェンの「レオノーレ」第3番の序曲が私の頭の中に降りてきたと書いたが(実態は、ただ頭に浮かんだだけだけど)、やはり中学時代にはベートーヴェンをけっこう聴いたこともあって、思い出とリンクする。

 思い出といっても、昨日も書いたように墓地の思い出ではない(別な墓地で非常に恐ろしい思いをしたことはある)。

 墓参りに行ったのは平和霊園である。
 札幌市西区にある。
 そして私が小学校5年生のときに浦河町から引っ越ししてきて、そのあとずっと学生時代を過ごした家は西野にある。

 当時はまだ平和霊園はなかった。
 平和といえば、平和の滝。
 私たちはときどきここに行ったのだった。

 いつのころから言われるようになったのか知らないが、平和の滝は心霊スポットであるという。
 私たちが小中学生のころは、そんな噂はなかった。
 パンツを履いてないおじさんが出没するから夜は1人で滝に行かないようにという先生からのお達しはあっても(誰が夜に行くかっ!)、足のないお姉さんが現れるという話はなかったのである。

 そういうことで、平和の滝あたりは(平和霊園も近い)、私にとって小学校から中学時代の“空気”を思い出す地である。

 ということで、ベートーヴェンの交響曲第8番。

 私がベートーヴェンの交響曲を初めて聴いたのは、中1の夏、第5番であった。冒頭しか知らなかった「運命」を初めて全曲聴いたのであった。
 その後、第6、第7、第9、第3と耳にしたが、エアチェック頼みの身としては、ほかの作品はなかなか聴く機会がなかった。
 こうなってくるとある種のコレクターのような気分になり、第1、第2、第4、第8を“集めたく”なってくる。
 やっと第8交響曲に出会えたときには、ツチノコと出会えたくらいワクワクした。

 今でもそう言われているのかどうか知らないが、そのころは、ベートーヴェンの奇数番号の交響曲は男性的で、偶数番号の交響曲は女性的だと言われた。確かにその傾向はある。

 平成11年10月に第1刷が刊行された「新版 クラシックCDの名盤」(文春文庫)の中でさえ、宇野功芳氏は、「ベートーヴェンの交響曲では奇数番号が本命だが」なんて書いている。

 本命って、男狙いかしら?
 いいおじさん紹介しますよ。

 すいません。反省します。

 それはともかく、私はこの第8番が好きだ。
 交響曲第4番とならんで好きである。
 汗臭くなくて、ウィットに富んだ感じが魅力的である。
 第8と第4が好きだからブログのタイトルを「84ppm」としてくらいだ、というのはまったく根拠のないデマであるけれど……

 第8番を最初に聴いたときに驚いたのは、その終わり方。
 だって、ねちっこいんだもん。でも、楽しいんだよなぁ。

 ここではジンマンがチューリヒ・トーンハレ管弦楽団を振った演奏を。
 モダン楽器によるベーレンライター原典版の世界初録音となった演奏で、1997年録音。ARTENOVA。
 
 ワインガルトナーが提言書を書いてから90年後。このような演奏がされるようになるなど氏は想像もしなかっただろうな……


 ところで、パンツを履いてないおじさんは、幽霊が怖くなかったのかな?