75b1fda9.jpg  このあいだ列車に乗ったときのこと(コートが行方不明になったときだ)。
 車内に入ると私の鼻をシナモンの香りが襲った。
 村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」に登場するシナモンではなくて、香辛料のシナモンのことだ。いや、誰もねじまき鳥のシナモンとは思わないか……

 にしても、うぐっ……

 私はシナモンが苦手だ。
 小さいときからあの臭いをかぐとこめかみのあたりに痛みが走るのだが、決定打になったのは中学2年のときに起こったある事件だ。

 その日、母は旅行に出かけていて不在だった。旅行と言っても、単に実家に行ってただけだ。単に、と言っても、青森は五所川原だから、行くのはけっこう手間だ。だから何か行かなければならない用事があったのだろう。ちょいと行ってきますって場所じゃないから。
 函館まで特急で行き、連絡船に乗り、青森からまた列車といううんざりするような移動だ。

 私たちは父方の祖父母と同居していた。
 そしてその日の弁当は祖母が作ってくれた。

 昼になって弁当箱を開けた。
 私は刺激臭で目はしびれるは、こめかみは痛いは、場違いの臭気に対する周囲からの視線は厳しいはで、たいへんな悲劇に見舞われた。

 メインのおかずは鶏肉とタマネギの塩コショー炒め。
 ばあちゃんはコショーと間違えてシナモンを使ってしまったのだった(当時は塩コショーという調味料は一般的ではなく、独立した塩とコショーを使ったのだった)。

 なぜわが家の台所にシナモンがあったのだろう?
 母が大のお菓子作り好き?いや、地球が爆発してもあり得ない話である。

 実は私が買ったものだ。
 あのころコーヒーを淹れるのに凝っていた私は、保育社のカラーブックス・シリーズの「コーヒー入門」という本に載っていた、シナモン・コーヒーを作るためにシナモンの粉末を買ったのだった。本来はスティック状のシナモンを使うのだが(といっても、コーヒーに突き刺すだけ)、私は粉末を買ってしまった。しかも、コーヒーだろうが何だろうが、苦手なものは苦手。シナモンはそのままずっと放置されていた。

 朝起きたときに、なんか嫌な臭いがするなとは思った。
 が、それがシナモンということに気づかなかった。じいちゃんが漢方薬を煎じてるんだと思った。
 余談だが、数年後、じいちゃんは松の葉が体に良いとどこかから聞きつけ、毎朝庭に植えてあった松の針のような生葉を数本ずつ食べていた。皮肉なことにそれを食べ始めて1年ほどで亡くなった。でも、はて?、死因は何だったのかさっぱり思い出せない。

 そして弁当箱の箱を開けたとたん、臭いはすれども姿は見えぬすかしっ屁のごとく、シナモン臭が放散されたのだった。
 もちろんその日の弁当は食べなかった。150%食欲がなくなったし、どう考えても鶏肉とタマネギのシナモン炒めが昼食のおかずにふさわしいとは思えなかったからだ。

 ばあちゃんには罪はない。申し訳ないことをした。でも食べられなかった。周囲への迷惑もあったし。蓋を開けたままにしていたら生活委員がやってきて「臭い迷惑条例違反です」って指導されただろう。
 
 さて、車内のシナモン臭は、しかし一瞬のものだった。
 私の弁当が教室に及ぼしたような波紋は起こらなかった。
 想像するに、まばらな客の誰かがミスドのシナモンドーナツを一瞬にして1口で食べてしまった……そんなところだろう。

 長岡弘樹の「線の波紋」を読んだ(小学館文庫)。
 長編小説だが、“談合”“追悼”“波紋”“再現”という4つの章があり、最後の“再現”ですべてのエピソードが1つの線になるという形。
 目次では、談合と追悼と再現の文字がゴシック体なのに、波紋の書体は明朝体。
 こりゃあ誤植だぁ~と、大発見をした気分になったが、表4にも同じように書かれている。
 ということは、意図してそうされているわけだ。

f9a5f378.jpg  彼の「傍聞き」ですっかり感心してしまったが、あの短編同様、読み手の想像をひょいと覆すところにすっかりビックリ、ワクワク。
 すごい作家だ。
 そういえば、昔のレコード店って必ずと言っていいほど、どこでもレジの近くにナガオカのレコード針の陳列棚があったな……

 遠い昔のわが悲劇にちなんでシューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828 オーストリア)の交響曲第4番ハ短調D.417「悲劇的(Tragische)」(1816)。
 このタイトルはシューベルト自身がつけたものである。

 第5番と同じ年に書かれているが、第5番よりもこちらの方がのちのシューベルトの“大きな交響曲”を予告するかのようだ。
 そしてまた、この曲でベートーヴェンのシンフォニーに接近している。とはいえ、シューベルトのロマン性はここでも強く、同じハ短調のベートーヴェンの交響曲第5番「運命」ような男臭さはなく、闘いや勝利といった攻撃性も少ない。

 ブリュッヘンの演奏が面白い。
 どこかとらえようのない、とりとめもないように聴こえがちなこのシンフォニーが、実にドラマティックに鳴り響く。曲のとりとめのなさが、魅惑のモザイク(うふっ!)に思えてくるのだ。

 1996録音。ライヴ。フィリップス
 現在は第1番とのカップリングCDが現役盤として出ている。

  シューベルト : 交響曲 第4番 「悲劇的」,第5番&第8番

  シューベルト: 交響曲第1番, 第4番「悲劇的」 / フランス・ブリュッヘン, 18世紀オーケストラ
 
 やや悲劇的めいてるといえば、今日はお仕事に行かなければならないということだ。だから、私が。
 パチンコとかじゃなくて、ほんとの仕事。

  線の波紋
 
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