新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の刺激的出来事についてたらたらと書いています。

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

ユーバンってわかります?♪100台のメトロノームで頭は濃霧状態

IwakiBoufuri  ネスカフェ・ゴールドブレンドはご存じか? 
 岩城宏之の「棒ふりの控室」(文春文庫)。

 棒ふりの控室というのは、出陣を今か今かと待つ棒ふり意欲満点の野郎がいる風俗店のお客様控室のことじゃないのは言うまでもない。

 このなかの「違いがわからぬ男は肩がコル」で、岩城はこんなことを主張している。

 わが国では、音楽や絵はお好きですか、と言われると、「いやあ、音楽も絵もわかりませんで……」という答が多い。こういうことには、「わかる」、「わからぬ」という単語を使ってほしくなく、好き、嫌いと言ってはくれぬものかと、常に不満なのだが、「道」の畏れ多さの前にはつい「いやあ、コーヒーはわかりません」と言ってしまいそうになる。

 これは日本のコーヒー事情について書いてあるのだが、こんなことを書いたせいか、岩城はこの後(実際には本が出版される前の校正中に)、“違いがわかる男”の、つまり「♪ダバダー」でおなじみの-いまの若者にはまったくなじみがないか……-ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMのオファーが来て、出演することになる。

  わからないことは多々ある
 でも、好きか嫌いかもわからない状況ってある。それが“わからない”である。
 程度の差はあれ、何かがわかったうえで好きか嫌いか判断がつく。

 だから岩城宏之が何と言おうと-そしてまた、他でも同じようなことを主張していた人がいたような気がするが-、音楽を聴いていて“わからない”って気持ちになることはあるはずだ。

 また、逆に“わかる”なんて軽々に言うと、楽譜が頭に浮かぶようにその音楽構造まで理解しているように誤解される恐れがある。

 つまり、“わからない”は使ってもおかしいとは思わないが、“わかる”は慎重に使わなければなんだか鼻持ちならぬ奴と嫌われそうだ。

 で、“わからない”という表現だが、たとえばケージの「4分33秒」を初めて-でなくてもいいけど-耳にした人は、即座に好きか嫌いか言えるだろうか?好きも嫌いもなく、ほとんどの人が「何が起きたの?もう終わったの?」って状態になるだろう。つまり“わからない”のだ。

 あるいは“わからない”というのは「この曲のどこが良いのかわからない」って意味にも使われる。
 この場合は、“私には良さがわからない=好きではない”、ということになる。

Ligeti  一応従ってみたが……
 若いころは岩城ファンだった私は、この岩城の主張に従おうとした。
 つまり「わかる」「わからない」を使うまいとした(もちろん音楽作品に対してで、学業ではわからないことだらけだった)。

 だが、途中からばかばかしくなって、堂々と“わからない”を使うことにした。そもそも、わかる⇔わからないと、好き⇔嫌いは必ずしも同じ感覚ではないように思えるのだ。

 「ブーレーズの曲はよくわからない」
 「あの指揮者の解釈はわからない」

 私の言いたいこと、わかっていただけます?

 たとえば、リゲティ(Gyorgy Ligeti 1923-  ハンガリー→オーストリア)の「ポエム・サンフォニック(Poem Symphonique)」(1962)。

 無理やり日本語に訳すと「交響詩曲」ってな感じなのだろうか?だとしたら、なんだか味わいがありそうにも思えてくる。

 が、この作品、100台のメトロノームのための“音楽”なのである。

 ウィキペディアに書かれていることを読むと、理屈としてはリゲティの狙いがわかるような気がしないでもないが、この“音響”を耳にしながら「わかる、わかる。あなたのキモチ、よーくわかる」と、交錯するリズムの妙に胸打ち震え息をするのも忘れそうになるくらい引き込まれた経験は、私にはまったくない。
 というよりは、大量のBB弾を坂道にぶちまけてしまったときのような取り返しのつかなさに、呆然とするだけだ。

 私が大切にしているあまりずっと棚に飾ってあるCDはラリューによる演奏、というよりはメトロノーム稼働役の録音。って、1人じゃ無理じゃないかと思うんだけど。

 でも、このディスク(1995年録音。ソニークラシカル)は廃盤。

 探すとこんな録音ありました。私はもちろん未聴だが、リゲティの試みに興味のある方、メトロノーム・コレクターの方、現実逃避でボーっとなりたい方は聴いてみては? 

   そのCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Insomnia

 そうそう、岩城のこの本には“ユーバン”って言葉が出てくる。

 そういうインスタント・コーヒー、あったなぁ

    

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伝承詩なら真の伝統に近いのでは?♪伊福部/アイヌの叙事詩に依る~

IfukubeJokun  何を信じたらいいの?
 「クラシック迷宮図書館 片山杜秀の本(3)」の「伝統なんて、信じるなよ!」。初出は2001年4月の“レコード芸術”。


 ここで片山氏が取り上げている本は谷本一之著「アイヌ絵を聴く 変容の民俗音楽史」。


 片山氏は、


 あくせく破壊的な現代に対し、しばしば自然との調和を重んじる悠久のユートピアのイメージで、現代から超然として語られがちなアイヌの伝統が、少なくともその芸能のある部分にかんしていえば、現行のかたちになったのはけっこう新しいと、この本は教えてくれるのだ。

と感想を書き、変容の事例をあげたうえでこう結ぶ。

 ようするに、われわれがこれぞアイヌの伝統の真髄と思いがちなものの多くは、じつは和人に歪められてきたアイヌの歴史がきつく刻印された、その意味で伝統的というよりなかなか生々しいしろものらしいのである。伝統なんて言葉はやはりそう安直に使えるものではない。

  おくさん、いい仕事してますね
 伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)の「アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌(Eclogues after epos among Ainu races)」(1956)。

 1. 或る古老の唄った歌
 2. 北の海に死ぬ鳥の歌
 3. 阿姑子(あこし)山姥(やまんば)の踊り歌

の3曲からなる、ソプラノとティンパニのための歌曲。

 おととい黛の曲を紹介したときに取り上げた、1988年に行なわれた伊福部昭 叙勲祝賀コンサートのライヴCD。
 それに収められている、藍川由美のソプラノ、山口恭範のティンパニによる演奏がすばらしい。

 藍川の気迫のこもった歌唱は、同じく山口と組んだ1987年のスタジオ録音(ビクター)よりも生気に満ちている。
 それにしても、なんという物悲しさ、なんという力強さなのだろう。

 EMI(EMI × TOWER RECORDS Excellent COLLECTION Vol.4)。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】 ※ポイント10倍キャンペーンは本日17日23:59まで
   伊福部先生の叙勲を祝う会祝賀コンサート<タワーレコード限定>

 余計な情報かもしれないが、藍川由美の夫は片山杜秀である。
 
    

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いまは、その肝心の車両が足りないわけで♪DSch/vc協2

Sato JR  消費税が10%になったらどうなるのか?
 北海道新聞に最近書評が載っていて、おもしろそうだと思って買った本がある。そりゃそうだ。おもしろそうだと思わなかったら買うもんか。

 佐藤信之著の「JR北海道の危機 日本からローカル線が消える日」(イースト新書)。
 私は電子書籍を購入した(紙の本は こちら JR北海道の危機 日本からローカル線が消える日 (イースト新書) (新書))。

 いまたまたま読んでいる箇所が、半分より少し進んだあたりの、第6章「JR北海道が輝いていた時代」。

 こんなことが書かれている。

 ・JR北海道はJRが発足した1987(昭和62)年度に726億円の鉄道事業営業収益で始まった。

 ・青函トンネルを含む津軽海峡線が開業し、1988年度の鉄道事業営業収益は811億円に達した。


 ・その後も、青函トンネルの開業とリゾート開発によって増収が続き、バブル崩壊の1991(平成3)年には895億円となった。その後は増収のペースは落ちたが、1996年度の930億円まで増加。97年4月の消費税率の引き上げによる消費不況のなかで減収に転じた。


2016-12-02_135 ・最近もてはやされているリゾート列車やクルージングトレインだが、1985年にキハ56系気動車を改造した「アルファコンチネンタルエクスプレス」を投入。JR北海道発足後もジョイフルトレインの投入を続け、北海道は観光列車の先進地だった。


 ・1988(昭和63)年11月3日に札幌駅の高架化が完成したのに合わせて、JR北海道は約2700kmの列車の増発を行い、収入源と期待される札幌都市圏の輸送力増強を進めた。


 ・JR発足後の15年間は、JR北海道も長距離列車の高速化や札幌圏の輸送力増強など、積極的に設備投資が行われた。鉄道事業は列車が売り物であり、車両の快適性が消費者である利用者にアピールするのだ。

  本業に金をつぎ込めない
 “列車が売り物”というのは、私が賛同するまでもなく核心を突いている。

 なのに、いまJR北海道は車両も満足に用意できない。だから利便性に逆行するダイヤを組まざるを得なくなり、それがまた乗客離れを起こしている。

 なぜJR北海道はいまのような状況に陥ったのか?
 それは説得性、納得性のある佐藤氏の論をお読みいただくしかないが-というか、北海道にゆかりのある人、JRに関係のある人、北海道の鉄道利用者ならびに鉄道ファンにはぜひ読んでいただきたい-、少なくともJRが発足したときの勢いを再び、と願うのは私だけじゃないだろう。

 この本、読みはじめたのが小樽に出張するJRの車内で、であった。
 JRに乗りながら、こういう本を読むなんてなんだかバチあたりな気がするが、決して意地悪くこの本を選んだわけではなかった。

 ところで、このときはじめて気づいたことがある。
 “張碓”という駅がなくなっているではないか。

ToyohoroMap むかしっから、札幌から小樽方面へ向かう列車(普通列車)では張碓を、そして岩見沢方面に向かう列車では豊幌を通過する列車が多かった。1日に何本停まっていたのだろう。

 その張碓駅-銭函と朝里の間-は、調べたところ実質的に1998年から完全休止の駅になったという。
 やれやれ、そんな前にかい。ちっとも知らんかった。
 
 一方、豊幌駅は現在、通過しちゃう普通列車はなくなった。
 この駅の周りは宅地開発が進み、利用者が増えたためだろう(といっても、当初の目論見どおりに人口は増えてはいないようだ)。

  とにかく起死回生を願う!
 本を読んでいてなんか暗い気分になったので、それに追い打ちをかけるように明るい気分にならない-JRの苦境に感情移入したのだ-、でも私にとってはドラえもんとは比較にならないくらいとっても大好きなショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のチェロ協奏曲第2番ト短調Op.126(1966)を聴いた。

 この作品については、ここで詳しく書いているし、これを読めば私の惚れこみ度合いもわかっていただけるのではないかと思うが、とにかくブーブリキなのである。いまの話の流れからすると、「買ってください乗車券」だが……

ShostakoVcCon ノラスが弾いた演奏がなかなかだったが、現在その音源は入手困難。

 なので、わたし的にはオーソドックスな-この曲ではいちばん繰り返し聴いているという意味で-シフのチェロ、マキシム・ショスタコーヴィチ(ドミトリーの息子)指揮バイエルン放送交響楽団の演奏を。

 1984年録音。フィリップス。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   ※11/17 23:59までポイント10倍!
   Shostakovich: Cello Concerto No.1, No.2

 JR北海道が投入したリゾート列車はどれも未来的なフォルムでカッコ良かった。

 が、写真に載せたように末期はボロボロで悲惨。
 もちろん写真を撮ったのは引退したあとで、鉄道の日に苗穂駅に展示されていたもの。にしても、ひっどく痛々しい。

    

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黛 vs. 武満。将来の評価は?♪黛の“師匠のエキス”たっぷりの小品

IfukubeJokun  政治活動が災いしたのは確か
 「クラシック迷宮図書館 片山杜秀の本(3)」のなかの「黛敏郎をバカにするな!」(初出は1999年8月の“レコード芸術”)。

 ここで片山氏が取り上げているのは岩城宏之の「作曲家・武満徹と人間・黛敏郎」という本。


 片山氏は、1960年代の途中までは黛の方が有名だったが、67年に武満の「ノヴェンバー・ステップス」が初演されたころから逆転劇が始まったと指摘。


 そして、岩城の文を紹介する。


 黛さんは、パリに留学し1年で帰ってきて、盛んに作曲したわけです。しかし、あとで調べてみると、それらは全部ヨーロッパで仕入れてきたものでした。のちに作曲しなくなったのは、悪くいえば、タネが切れたのかもしれません。つまり、作曲家としての本当のオリジナリティはなかったかもしれない。

 岩城は黛と親しかった。
 その岩城がこんなことを書いているとは!


 また、片山氏は、


 ご本人は僕に、70年代以後、作品数が減ったのは、『タネが切れた』からではなく、政治活動のせいで音楽界から干され、作品の委嘱がこなくなったせいだ、書きたいものはいっぱいあるよと言っていた。


と書いている。


  小さな伊福部ワールド
 私は黛の作品も武満の作品もそう数多く知っているわけではない。
 ただ、何度か書いているように武満の音楽の良さが私には“わからない”。

 では黛の良さは“わかるのか”と言われると、やっぱりわからない。が、武満を聴くときほど居心地が悪くはない。

 そして、私が黛敏郎(Mayuzumi,Toshiro 1929-97 神奈川)ってすごいと思うのは、こう言っては叱られるかもしれないが、イベントのために書いた小品を耳にするときである。

 その小品は「Hommage a A.IFUKUBE」。
 ここでも取り上げているが、この曲は師である伊福部昭の叙勲を祝うコンサート(1988年2月27日)のために、他の弟子8人の作品とともに書き上げられたもの。

 9人のなかでは、黛の曲が実に面白い。師の作品3曲が自然と結び付けられからみ合い、最後にはいつの間にやらゴジラのテーマに似ているラヴェルのピアノ協奏曲の第3楽章が現われるというもの。

 ゴジラ・メインタイトル→交響譚詩第1楽章→アイ アイ ゴムテイラ→交響譚詩第1楽章→アイ アイ ゴムテイラ→交響譚詩第2楽章→交響譚詩第1楽章→ゴジラ・メインタイトル→ラヴェル「ピアノ協奏曲」第3楽章、という流れ。

 黛の曲というと、どこか小難しい印象があるが、この曲を聴くとそのテクに感心してしまう。
 9人の弟子たちのトリを務めるのにふさわしいものだ。

 そのときのライヴ録音を。石井眞木指揮新星日響のメンバーによる演奏。

 EMI(EMI × TOWER RECORDS Excellent COLLECTION Vol.4)。

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SSO166th  札響が真に全国区になったコンサート
 ところで、日曜日の記事では札響第167回定期演奏会のことを取り上げたが、その前の月、つまり1976年12月の第166回定期は、

 このような大胆な試みは、東京のオーケストラでも行えなかったもので“正にど胆を抜かれた企画”(在京オケの関係者)で“札響はスゴイ”とオーケストラ関係者を驚かせた。
  (札幌市教育委員会編 さっぽろ文庫57「札幌と音楽」:北海道新聞社)

という、全武満徹作品のプログラムだった。

 私はこの演奏会には行っていない。
 もし行っていたら、武満に対する思いが180度変わっていたかもしれない。

 片山氏は、こうしめくくっている。

 数十年前、R.シュトラウスよりマーラーが演奏されるようになると、だれが予想できた?二人のほんとうの勝負はおそらくこれから始まるのさ。


 これが書かれてから18年経つが、いやいやまだ情勢は変わっていない。タケちゃん優勢、トシちゃん劣勢だ。

 この先、30年、50年経つと形勢は逆転するのだろうか?

    

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Pの市場支配阻止のためにNを大切に!♪トレッリ/trp協

TVBoronia1  ていうか、在庫管理はどうなってるの?
 その金曜日の会社帰り。

 自宅マンションに最寄りの駅を1駅通り越し、そこにあるマックスバリュに寄った。
 なぜなら買い物をするためである。

 ところがいちばんの目的だった“あらびきソーセージステーキ”が棚に1つもない。
 骨折り損のくたびれもうけってやつである。

 “あらびきソーセージステーキ”というのはトップバリュのプライベートブランド(PB)の商品名。
 他社(メーカー)だと“グルメイド・ステーキ”などの名で売っている、厚切りのボロニアソーセージである。

 私はこのボロニアソーセージがけっこう好きなのである。ちょっぴり貧乏くさい味がたまらない。
 ただ、もっともおいしいと思うのは、切られてはいない塊タイプのプリマの“ペッパーポーク”である。ペッパーはともかく、ボロニアソーセージ自体の味が優れている。ニッポンハムのパストラミポークもおいしかったが、さっぱり店で見かけなくなってしまった。

 それはそうと、そのマックスバリュの店舗には他社製品のステーキタイプのボロニアソーセージが置いていない。
 なんだか悪意を感じる。

 太めのソーセージタイプの、これまたトップバリュ(TV)のPBがあったが、こちらは豚肉のほかに鶏肉も使われていて、ヘルシーなのかもしれないが-ソーセージにヘルシーも何もあったもんじゃないが-この手の商品は間違いなく味は落ちる。

 この日のもう1つの目的はトンドン

 こちらはあれほど冷凍ケースに入れられていたのに、まるで駆除されてしまったように跡形もない。
 なってこった。
 どうやらこのスーツ姿のすてきな紳士は、10日金曜日は豚に縁がないらしい。

 ということで、骨折り損のくたびれもうけ・ダブルで、二重にもうけたままで失意の帰宅となった。
 せめてもの救いは、あと1袋だけ残っていた井村屋の豚まんを買えたことだった(ちなみに、牛丼の具も皆無だった)。あっ、あと、マルちゃん正麺が“広告の品”で安くなっていたことだ。

  テレビだらけじゃなく
 翌日の土曜日。
 しつこい性格の私は、今度は地下鉄駅で2駅離れているイオンに行った。

 そこには“あらびきソーセージステーキ”があった。
 他社(メーカーのナショナルブランド(NB))の商品もあったが、グラム換算するとTVの方が安価。
 ということで、TVのものを買った。

TVjam でも、私は危機感を感じている。自分で買っておいて大きな口をたたけないが、世の中がスーパーのPB商品ばかりになってしまうことを。

 確かにPBはNBに比べて安い。
 だが、イオンやマックスバリュに行けば、なんでもかんでもPBだ。

 自室の冷蔵庫をあらためて見てみると、ジャムもからしもTVだった。

 ジャムはどこかのJAが作った果実分がたっぷりのものを買うべきだった。
 からしは、S&Bさん、ハウスさん、ごめんなさい。きっと魔が差したんです、アタシ。じゃないと、こんなのっぺらぼうのようなやつ、買うわけないですもの。

TVBronia2 店に行くと、とにかくTVばかり。
 なるべくナショナルブランドを買いたいとは思っているが、このままだとナショナルブランドなんて消滅してしまうかもしれない。

  嫌いなメーカー製ならイヤなの
 PBでいやなのは、製造者が書かれていないことが多いこと。
 “あらびきソーセージステーキ”だって、販売者しか表記されていない。
 つまり、パッケージを見てる分にはどこで作られたかわからないのだ。

 PBが悪いという気はまったくないが、商品選択の幅を狭めないためにも、みなさんNB商品も選びましょうね。

 なお、なぜ1駅やら2駅離れた店に行ったかというと、自宅マンションにいちばん近いスーパーにはこの手の商品が置かれていないのだ。まがい物とでも見なされているのだろうか。

TrumpetConSC トレッリ(Giuseppe Torelli 1658-1709 イタリア)のトランペット,弦楽と通奏低音のための5声のソナタ(協奏曲)第1番ニ長調G.1(1690)。

 トレッリ(トレルリ)はヴァイオリニストで作曲家だった人物で、ヴァイオリンを独奏楽器とした協奏曲を生み出したのは彼だと言われる。17世紀後半から18世紀初頭にかけてイタリアのボローニャで活躍した作曲家のグループ・ボローニャ楽派の主要な作曲家の1人でもある。

 今日取り上げたトランペット・コンチェルトは、原曲は2台のヴァイオリンとトランペット、ヴィオラとバスと通奏低音のための協奏曲第6番(1715頃出版)とされるが、ここまで書き放ったあとですまないが、“トレッリの作と言われている”ものである。

 ハンガーのトランペット、シモーネ/イ・ソリスティ・ヴェネティの演奏を。

 1966年録音。ソニークラシカル。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
    ※11/14 11:00~11/17 23:59 ポイント10倍キャンペーン開催
   Trumpet Concertos - Manfredini, Vivaldi, Torelli, etc

 なお、G.はギーグリング(Fr.Giegling)の作品目録による番号である。

    

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はたしてコロッケはフライ族なのか?♪スウェーリンク/わが青春は……

  パン粉のついた揚げ物である
 今日は月曜日。

 HottoMottoの日替わりランチ-つまりは日替わり弁当-はミックスフライ&麻婆茄子のはずなのだが、この弁当に、私は少なからずの抵抗感がある。

 というのも、ミックスフライと称しながらも、メインはコロッケだからである。大きくていいわぁ~、なんて私は思わない。

 コロッケに罪があるわけでもコロッケに恨みがあるわけでもないし、製作過程を振り返るまでもなく、コロッケは正真正銘“揚げ物”である。

 けどさぁ、ミックスフライといえばふつうはエビフライやイカフライ、白身魚のフライ、野菜のフライやサプライズで一口カツなんかの集合体のことじゃないのかなぁ。
 MUUSAN家では、コロッケはフライとは言わない。ましてやカツとも言わない。コロッケはコロッケである。

 そしてまた、弁当に入っているコロッケや惣菜のコロッケは例外なくあまりにも食感がない。つまりマッシュし過ぎていて私は苦手なのだ。

 えっ?じゃ買うなって?
 なんて鋭い指摘ですこと。オホホホホ!

  ミクルと読んでよろしいでしょうか?
 先日、Yahooのメールアドレスにこんなのが届いた。

 mixl事務局


 ミニメール[1件]受信あり

 しのさんからミニメールが届いています。ねちにるしちちよね

 ↓内容はこちらからチェックねちにるしちちよね

 http://2**4.co.jp.ms**************************.com/tab********


 大盛りミックスフライ弁当じゃあるまいし、何がねちねちしてよね、だ!あっ、ねちにるしちちよね、だった。

 HottoMottoに話を戻すと、このごろ“たれ煮天丼”を買うことが数回続いた。
 なかなかおいしいのである。
 カツ丼に比べると、インゲンやレンコン、茄子の天ぷらも入っているので-つまり野菜も摂れるので-不健康な中にも健康の道筋が開かれているような気がするし……

 ところでこの天丼には七味唐辛子の小袋がついてくるが(ロースかつ丼などにもだけど)、天丼に唐辛子って概念、私には全然なかった。
 北海道の天ぷら屋さんに唐辛子なんて置いてあったかな?
 よく覚えていないけど、ちょっぴり不思議な思いをした。

  導師、いや、新郎新婦入場
 先週の金曜日は、名古屋市内のホテルで会議があったが、会議が始まる前に部屋のPA装置のところにBGM用のCDが置いてあるのに気づいた。3枚のうち1枚はジャズ、2枚はクラシック音楽だった。

2017111009070001

2017111014260000

 写真がぶれているのは、なんとなくあわてて撮ったから。
 ホテルの人が来て「何やってんのや、このわれぇぇぃっ!」と叱られたらイヤだもんで。

 写真上のCDは、たいへんよくありがちなオムニバス盤。
 だが、傾向が一貫しているかといえば、バロック音楽であるということ以外は華やかなものもあれば厳粛な気分になるものもある。
 これは慣れていないホテルマンにとっては、ある意味そーとう危険である。

 結婚式で華々しい祝祭的な雰囲気の「トランペット・ヴォランタリー」を流そうとして、間違えてアルビノーニのアダージョをかけちゃったら、会場は一挙に喪の空気に支配されてしまうだろう。
 もっとも、結婚式で「トランペット・ヴォランタリー」をかけてとお願いする新郎も新婦も親戚一同もいないだろうけど。

 写真下のCDもバロックだが、こちらはなかなかマニアックだ。
 だって、スウェーリンクですよ。

 こういうのをホテル側がセレクトし注文しているとは思えない。

 なにか別な力が働いているような。
 恐るべしレオンハルトのホテル征服、かな?

Sweelinck  春?灰色です
 スウェーリンク(スヴェーリンク Jan Pieterszoon Sweelink 1562-1621 ネーデルランド)は、バロック初期のオルガニスト(と同時に作曲家)。
 アムステルダムの教会オルガニストとして名声を博したほか、変奏曲形式の発展に寄与した。

 私にとってスウェーリンクといえば、なんといっても「わが青春はすでに過ぎ去り(Mein junges Leben hat ein End)」。

 オルガンのための変奏曲作品だが、ここに書いたように、私が中学生のころにNHK-FMの日曜日の朝の番組でオープニングだかエンディングテーマに使われていた。

 こういうのって何度も繰り返し聴いているうちに、いわば洗脳されてしまうわけで、中学生にしてわが青春はすでに過ぎ去ってしまったわいなどと、マミラリアなんかのサボテンの手入れに余念のない爺くさい日々をおくっていたわけだ。

 私が聴いているのはクリスティのオルガン演奏のディスク。

 1993年録音。ナクソス。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Sweelinck: Organ Works

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY


 なんでミックスフライから早期に失った(かもしれない)青春の話になってしまったのか?
 しののせいか?

 いや、ホテルでの会議で出された弁当にワカサギのフライが入っていたからだろう。たぶん……

    

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私の札響感動史(10)♪年明け早々ラプソディー3連発攻撃

SSO167th  外は凍てついていても、会場は熱い!
 1977年1月の定期演奏会(第167回)は、年明けすぐ、まだ学生は冬休みの真っ最中の8日に行なわれた。

 この日は土曜日。14時からの開演。
 土曜マチネーでの開催は、このときが初めてだったんじゃないかと思う。

 正月のなまけた気分を吹き飛ばせとばかり、岩城が用意したメインのプログラムはラプソディーの3連発。

 リストのハンガリー狂詩曲第2番とエネスコのルーマニア狂詩曲第1番。
 そして、外山雄三のラプソディーである。最後の最後に“和”の気分に戻っちゃったけど。

 エネスコ(エネスク。George Enescu/仏名Georges Enesco 1881‐1955 ルーマニア)の「ルーマニア狂詩曲第1番(Rhapsodie roumaine No.1)」イ短調Op.11-1は、エネスコの作品の中でももっともよく知られた作品だが、私はこの日初めて耳にした。
 そして、いつもいつも感動屋さんで申し訳ないが、圧倒的感動を経験してしまったの。昼間っから。

  あのスペースで、ある意味すごい品揃え
 その日だったかどうだったか忘れたが、すぐに玉光堂のオーロラタウン店に行くと、いま思えばまあよく都合よくあったものだと思うが、プレヴィン指揮のLPが売られていて迷わず買ってしまった。

 こういうのって、札響の演奏に感動してるのか、新たに感動する曲に出会ったのか微妙なところだが、演奏が良くなければこっちも高揚しないわけで、やっぱり札響の演奏に感動したってことにせざるを得ない。

 こういう選曲も、岩城でなければやってくれなかったこと。
 保守的な札響ファンには抵抗もあったのかもしれないが-ハイドンはそういう聴衆に配慮?-私なんかはどんどんワクワクする曲をやってくれて、ホントうれしかった。

 ルーマニアの民俗的要素を豊富に盛り込んだこの曲。耳にすれば、ルーマニア人でなくても血が騒ぐのは必至だ!

 ドラティ/ロンドン交響楽団の熱狂的演奏を。

 1960年録音。マーキュリー。

 このディスク、LPは出ているがCDは下のボックスセットでしか現在は入手できない。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Mercury Living Presence Box<初回限定盤>

    

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この国にオケの音が響いた日♪カリンニコフ/Sym1

KatayamaM3  どんな音が鳴り響いたのか?
 「クラシック迷宮図書館 片山杜秀の本(3)」のなかの「ハルビン、わがふるさと」という章(初出は1999年12月の“レコード芸術”)。

 日本にはじめてやってきた外来プロ・オーケストラとは?1925年の東支鉄道交響楽団といってしまっていいのでは?東支鉄道響とはつまりハルビン響であり、むろんロシアの植民都市、ハルビンに所在したロシア人の交響楽団である。正確にいえば25年に、そのメンバーを主体とする40人ほどのロシア人が来日し、これに日本人楽員を加えて臨時オケを作り、東京と大阪で“日露交歓交響管弦楽大演奏会”と銘うって、カリンニコフの交響曲第1番、リムスキー=コルサコフの《シェエラザード》、ベートーヴェンの5番と7番の交響曲などを演奏したのだ。これが日本の地に“ほんもののオーケストラの音”が鳴り響いた最初だった。……

とある。

 ロシア人40人に、地元日本人がどのくらい加わったのか、そしてまたその応援団員の技量がいかほどのものだったのかはわからないが、ここで注目すべきはプログラムにカリンニコフの交響曲第1番が入っていることである。

  カリンニコフを広く知らしめたナクソスの功績
 私が初めてカリンニコフ(Vasily Sergeyevich Kalinnikov 1866-1901 ロシア)の作品を聴いたのは、1981年のこと。

 それこそ今後が心配な玉光堂の、当時は札幌でいちばんクラシックのLPが豊富に品ぞろえされていたすすきの店で買ったのだった(現在のすすきの店はラフィラという商業施設(=旧ヨークマツザカヤ→ロビンソン)の中にあるが、そことは別で、すすきの交差点の大通り側のケンタッキーの並びにあった)。

 メロディアの廉価盤(1,500円)で、なんか聞いたことのない作曲家だけど買ってみるべさと、購入。
 スヴェトラーノフ指揮の交響曲第2番イ長調(1895-97)だった。

 これにはまった。

 チャイコフスキーと比べるとヒステリックではなく、大河のように壮大、雄大。かといって、ロシア五人組ほど野暮ったくない。
 メロディーが水だとしたら、この曲を耳にした私はもうセーム皮状態。あぁ、浸み込んでくるぅっ!
 人によっては瀬川瑛子のようにボーっとしてない?と感じるかもしれないが、いえいえこのマッタリ感がまた魅力なのだ。
 ロシア国民楽派とチャイコフスキーの両方をいいとこどりした、カツ丼のような存在だ。よく意味がわからんけど。

 それから15年後。
 今度は交響曲第1番ト短調(1894-95)を知った。

KalinnikovNaxos いまでこそあまり不自由しないくらいの数のカリンニコフのCD(交響曲に限るが)があるが、当時は極めてレア。
 買ったCDはクチャル/ウクライナ国立交響楽団による演奏。第2番とのカップリング。
 このナクソスによるクチャル盤によって、多くの人がカリンニコフの魅力を知ったはずだ。
 そしてまた、ナクソスの名を世間に知らしめた1枚とも言える。

 その第1番が、よりによってわが国で初めて“ほんもののオーケストラ”が鳴り響いたプログラムに入っていたとは!
 カリンニコフの交響曲を1度でいいから生演奏で聴いてみたいと願っている私にとっては、「なんでそんなときに取り上げるんだよ!」と悪態のひとつもつきたくなる。しかも、1925年のことだから、作曲されてまだ30年の“ゲンダイオンガク”だったのだ。

 そのときの演奏を聴いた人たちがどんな感想をもったのか、とても興味深い。

 日記に“カリーンニコーフ氏の交響樂第壱番は、遠き露西亜の凍てつく大地にて暮らしを營む人々の悲しみをあらわしているやうであつた”とか書き残している人はいないものか。いないものだよな。

 ナクソスに敬意を表し、クチャル/ウクライナ国立交響楽団の演奏を。
 
 1994年録音。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Kalinnikov: Symphonies nos 1 & 2

 オーケストラの響きがやや薄く感じるところがあるが、レベルの高い演奏だ。

   なお、片山氏の紙の本はこちら 片山杜秀の本 3 クラシック迷宮図書館 (単行本)

    

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悩める男にとって朗報となるか?伊福部/ギリヤーク族の吟誦歌

20171106Doshin  窮人 vs. 窮鼠
 だいたい月に一度のペースで私が行っている理容室-というよりも床屋と言った方がしっくりする-の主人がネズミに車をいたずらされて怒り心頭、けど手の打ちようがなく困っていたことを、先日書いた

 そんな彼の嘆きを聞いた翌日11月6日の北海道新聞朝刊。

 “読者の声”にむかし子ネズミを助けてやったという思い出話が寄稿されていた。

 床屋の主人がこれを目にしたら、やるせない思いにかられただろう。怒ったかもしれない。逆恨みだけど。


 でも大丈夫。
 店に置いてある新聞は朝日だった。きっとこの道新の投稿を目にすることはないだろう。


 にしても、噛まれたって、この人、よく変な病気に感染しなかったものだ。


  無臭タイプはNGでしょ?
 さて、アメリカ住まいで、このブログを飽きもせずに読み続けてくれている奇特な人物としか表現のしようのないLimeGreenさんが、「モスボールがねずみ除けに効果あり」というコメントを寄せてくれた(上のリンクした過去記事に)。

 モスボールというのは本来的には苔球-マリモちゃんのような-のことだが、衣料用防虫剤のことでもある。

   A plus floral art インテリアグリーン モスボール ムースクゲル フェイクグリーン 観葉植物 プリザーブドフラワー
   虫よけ カビよけ モスゴールド 4袋
   コルク瓶に入った水道水で育つ養殖まりも5個入り
   ご当地まりもっこり 北海道限定・ぶるぶるマスコットチェーン ヒョウ柄ジャージ緑


 そういえば、むかしは今ぐらいの時期、つまり衣替えの時期になると、ツーンというパラジクロロベンゼンの強烈な芳香を放つ上着を着ている人がけっこういた。良い臭いではないが、かといって嫌悪するほどのものでもない。けど自分がそんな臭いを放つ服を着ていたとしたら、なんだか恥ずかしいだろうなと思っていた。

 そういう臭いを嗅げば懐かしく思い、たのきんトリオとかダイビングクイズのような懐かしいことが走馬灯のように思い出しそうなものだが、このところそういう臭いを感じることがなくなった。

 私の鼻が悪くなったのではない。
 世の中の人々の防虫意識が低下したのでもない。

 たぶん、別な薬剤のあまり臭いのしない製剤が主流になったのだ。


 となると、アメリカの事情はわからないが、わが国においては衣料用防虫剤を気が狂うほどガレージの中に置いても、あるいはタンスにゴンとかミセスロイドを風鈴屋のようにぶら下げても、あまりネズミには効果がないかもしれない。

 そんなとき、私は思いついた。

 パラボールがあるではないか!

 あの鮮やかな黄色や緑色をした、もっとサイズが小さければ飴玉と間違えてしまいそうなパラボールが!

 小便器に置いておくと、ツーンと鼻腔を刺激しするパラボール。
 あれならきっと、ネズミだって目が痛くなるだろう(きっと)。モスボール以上に効果があって近寄って来なくなりそうな予感がしてならない。

 今度床屋に行ったときにアドバイスしてみよう。「ガレージの中でカラスを飼ってみては?」じゃなかった、「ネオパラカラーボールとかニューパラトイレボールとかを試してみては?」と。

 だが、約1か月先のことになってしまう。その間に、彼がはやまらなければいいのだが(車を売却してしまうなど)。

   トイレ用芳香ボール 防臭剤 トイレ用 200g

Ifukube1984  苔に関連して
 さっ、パラでなんとなく爽やかな気分になったところで、今日は伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)の「ギリヤーク族の古き吟誦歌」(1976)。

 ここに書いたように、

 1. アイ アイ ゴムテイラ
 2. 苔桃の果拾う女の歌
 3. 彼方の河び
 4. 熊祭に行く人を送る歌


の4曲からなる。


 もともとはピアノ伴奏の歌曲だが、今日は1984年に行なわれた“伊福部昭 古稀記念交響コンサート”のときに作曲者の弟子たちがオーケストラ伴奏に編曲した版の演奏を。


 オーケストレーションは、1.が芥川也寸志、2.が松村貞三、3.が黛敏郎、4.が池野成。


 指揮は芥川也寸志、オーケストラは新交響楽団、メゾ・ソプラノが成田絵智子である。


 1984年ライヴ録音。風樂(キング)。


   このCDの詳しい情報 【タワレコ】 ※ポイント15倍キャンペーンは本日11/10 23:59まで
   伊福部昭 古稀記念交響コンサート1984


 実は選曲に当たり、「モス裸体……」、イヤ~ん……「モスラ対ゴジラ」と迷った私であった。

    

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砂が波にさらわれるがごとく♪ライヒ/砂漠の音楽

2017110716200000b  気持ちの悪い空
 このあいだ札幌に出張したときのこと。

 その日の午前中はまずは小樽に。
 用務先が小樽駅と南小樽駅を結ぶ線のほぼ中間地点から垂直線を延ばした位置にあるので、って書いても何のこっちゃってなものだろうから端的に言うと、小樽駅と南小樽駅のどっちから向かおうと大きな差がないので、とは言いつつも南小樽の方がやや近いので、南小樽駅に降り立った。

 そうしょっちゅうこの駅を利用しているわけではないが-って、ほんの数回だ-この景色がなぜか懐かしく、かつ、好きである。

 でも、何だこの写真!
 携帯電話で撮ったのだが、あのときと同じように良く言えば絵画的、悪く言えば心霊的な画像だ。
 いよいよもってこの携帯、ダメかな。
 帯広時代に阿古屋係長と一緒に選んだ機種。つまりそれだけ古いということだ。

 どうでもいいが、こんな看板を見かけた。
 耳にしたことのない名前だが、たもぎ茸って、なんだか効きそう2017110716200000だ。なんたって、バイオのゴッドなのだ。

 でも、何に効くのだろう。
 あれからさらに膨らんだシャコバサボテンのつぼみのように、膨らんじゃうのかしら?

  知り合いだけど無言の相席
 小樽で用務を終え、札幌駅に戻ったのが11:50。

 その足でESTA味のテラスの四川飯店に行き、ひとり孤独に担担麺。
2017110707350000
 12時過ぎになって、店がこみあってきた。

 すると、本社の人-部署は違うが、かつて同じフロアで仕事を仕事をしたことがある-がやはり1人でやって来て、奇跡的というか、よりによってというか、私と相席。
 とはいえ、「お久しぶりです」とあいさつを交わしたあとは、話すことがない。

 「お元気ですか?」と言おうにも、病気ではないもののハツラツとしているようには見えないので、その言葉は適当ではない。
 「忙しいですか?」と尋ねようかと思ったが、忙しくなかったら相手を傷つける。

 そんなわけで、結局無言。
 見ず知らずでもないのに、相席の状況としては初めて対面した同士って感じだった。

 午後は本社に行き打合せを2つほどし、夜は10年ほど前から仕事で付き合いのある小恵さんなる人と久々に会い、“福よし”で美唄焼き鳥と鶏だしそばを食べた。

  まるでガレージセールのあとの撤収作業中のよう
 その小恵さんと落ち合う前にちょっと時間があったので、玉光堂の4丁目店に寄ってみたが、少なくともクラシックCD売り場は、閉店するの?ってくらい殺伐としているというか衰退の気配ムンムン。

 1階フロア-そこには中古CDコーナーがあった-が別なテナントになったようで、地下のフロア-そこには新品のCDが置いてあった-は新品CDの棚と中古CDの棚が対面状態。つまり、どっちも中途半端な品ぞろえ。
 お宝さがしってワクワク感はゼロだ。

 客もほとんどいないし、店員も「いらっしゃいませ」と言うでもないし。

 大丈夫かね?

ReichDesert そのあとPivotのタワレコに行くと、ここはここでクラシックのコーナーが、またまた海水に浸食され失われてゆく砂州のように減少。

 ジャズのコーナーが進出してきていたが、だからといって果たしてジャスコーナーが拡充しているのかというと、そんな感じではない。いずれにしろ、どこの棚を見ても過疎化が進んでいて、棚の中の作曲家名のプレートはあるが、肝心のCDは1枚もないっていう気の毒な作曲家が多かった。

 世はオンライン・ショップ中心ってことか?
 あるいはもっと事態は深刻で、もうCDの時代は終わったってことなのか?

 そんな感じから、ライヒ(Steve Reich 1914-  アメリカ)の「砂漠の音楽(The Desert Music)」(1982-83)。

 作品についてはこちらをご覧いただければと、中途半端に投げ出す私。

 M.T.トーマス/ブルックリン・フィル団員他の演奏で。

 1984年録音。ノンサッチ。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】 11/10 23:59までポイント15倍キャンペーン開催中
   Reich: The Desert Music / Thomas, Brooklyn Philharmonic
 
    

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