新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の刺激的出来事について多少不真面目に書いています。

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

極上のスープカレーと至福のベト4に出会えた喜び!♪LvB/Sym4(by モントゥー)

IMGP0118  封を切ると脚がまるごと1本
 私はスープカレーよりもふつうの彼が、いやカレーが好きだ。
 が、ライスに浸透しないぐらい粘りが強いルーは嫌いである。

 帯広の人たちのソウルフードといえるインデアンのカレーは、そりゃ美味しいことは美味しいし値段設定も嬉しいが、私の好みはもう少しルーが“ゆるい”ものだ。


 かといって、緩かろうが締まっていようが、とにかく大事なのは味である。
 そして、難しいのはその味が人によって好みが違うというこだ。


 ところで、たまたまYahooでレトルトのスープカレーの広告を見かけた。

 スープカレーはあまり好きではないと言っても、私とて北海道人のはしくれ。スープカレーを食べたことのない本州人よりもスープカレーに親しんできた。

 クチコミでの評価もやたら高く、妙に惹かれるものがあって、注文しちゃった。

 それは札幌市の“ぼーの”というところが製造・販売している“やわらかチキンスープカレー”。
 1袋1人前だが、2袋で約1000円という価格は、通常のレトルトカレーよりは高いが、通常ではないこだわりの、でも味の違いがあまり明確ではないカレーよりは安い。

 数日後に届いた。

IMGP0702 レトルトパウチは単に銀色。何の印刷もされていない。
 コストダウンとも言えるし、業務用なんじゃないかと思わせる。

 同封されていた説明書には、美味しく食べるコツが書かれていて、お湯で温める最適な時間も厳密に明記されている。
 また、野菜(オクラやキノコなど)を素揚げもしくは軽く焼き、トッピングするとよいと書かれている。


 ちょうど来ている妻が、オクラやニンジン、タマネギなどを準備する。

 そしてレトルトを温め、皿にあけると……


 中に入っている野菜はニンジンとコーンだけだが、チキンレッグが丸ごと骨付きで入っている。


 味は……美味い!
 レトルトとは思えないけっこう本格的な味だ。

 ここに至って、ぜったいこれを出しているカレー店もあるに違いないと、私は思い込んだ次第である。


 このスープカレーはお薦めだ。家で本格的なスープカレーを味わえる(って、アツアツを食べるべく写真撮るのを忘れてしまった。すまない……)。

 そしてレッグが丸ごと1本入っているのに(このチキンがまた、肉がホロリと骨から簡単に外れ食べやすい)この価格とボリュームなら、かなりコスト・パフォーマンスは高い。
 偶然だったが、この商品に出会えてよかった。

   この商品の詳しい情報 【Yahoo】
   北海道やわらか.チキンスープカレー 極旨スパイシー風味2食./レトルトカレー/ご当地グル メ/札幌【B】

BeethovenSymsMonteux  この喜びに通じる幸福感あふれる演奏
 そんな私の喜びを表現するにふさわしい、モントゥーによるベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)の交響曲第4番変ロ長調Op.60(1806)。

 この曲自体、愛らしくも決して華奢ではない、そしてまた幸せな気分に満ちたものだが、モントゥーの演奏はその特長を最大限に表現している。


 封を開けて皿に出したときに、ゴロリンと横たわるニワトリの御御足。そのサプライズ的喜び。
 口に入れるとスパイシーな味と香りが口蓋内に充満する、幸福感。
 食べ終わった後の満ち足りた気分。


 そういうのが、この曲、この演奏とピタリと重なってしまうのだ。

 スープカレーはともかく、この演奏に出会えてよかった。

 オーケストラはロンドン交響楽団。

 1959年録音。デッカ。


   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Beethoven: The Nine Symphonies, Symphony No.9 Rehearsal, Fidelio Overture, Egmont Overture, etc


    

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歪み、体感中(その8)♪ショパン/英雄ポロネーズ

PianoEncores  北海道人ながら参加したくない集い
 日曜日は仕事だった(そして昨日はその振り替え休みをいただいた)。

 中京地区に住む北海道人の集いに出席したのである。
 半ば仕事だが本来の業務ではなく、北海道企業の役割としてのお付き合いである。そして私としては、全然前向きな気持ちにならずに顔を出したのであった。
 もし個人的な自由参加ということなら、私は天地がひっくり返っても出席しない。


 会場となったホテルには100人ほどが集まっていた。

 部屋の前の案内札がなかったなら、絶対に老人クラブの集まりだと思われるだろう。
 なかには老人よりは若い人もいるが、その人たちは介護人に見えるに違いない。そういう私だって、この集まりの中では若い部類に入る。

 このような会が抱えがちな問題だが、若いメンバーを集めることが急務である。

 宴会料理の細かなことは書かないが、私の嫌いなニシン漬けがあった。
 ニシン漬けとか飯寿司は私と敵対関係にあるのだ。
 だから食べなかった。

 最後の方になって出てきた鮭チラシ寿司と銘打ったご飯は、酢飯の上に惜しげもなく豪華絢爛に鮭フレークをぶちまけたもので、ご飯がはしかになったような見栄えで、それを見ても、コンビニの鮭おにぎりを思い出しただけで、ちっとも北海道が恋しくならなかった。

 最後の最後になってミートソース・スパゲティが出てきた。
 北海道とは特に関係ないが、満を持してようやっと私好みの一品が姿を現わした感じだ。

 ソースは固まる前のかさぶたのように赤黒く、そこにナスのトッピングがなされ、まさにナスのボロネーゼ・スパゲティという、まぁそのまんまの表現ですまないが、正統的なニッポンの洋食の体を成していた。


 
隠し味?いえ、主役です
 そして取り分けて口にした瞬間に、私の口腔内に広がったのは、こ、こ、これは!ってものだった。

 口に残ったすっごくしょっぱいスモークサーモンの味を払しょくしてくれ、うれしさのあまりポロネーズでも踊ってしまったらどうしようと危惧していたが、それは杞憂に終わった。

 それどころか、ミャーミャー泣きたくなった。トマトソースよりも味噌の味が勝っていたからである。


 好きなんですね。こちらの方たちはお味噌が。
 それも北海道になじみがある白味噌じゃない味噌が。
 地域の名物、地域の味、こちらの方々の魂を揺さぶる味。

 わかります。ソウルフード。

 でも、少なくとも私にはデミソースとか(名駅にある某レストランにはハンバーグデミ味噌煮込みっていうのがある)スパゲティのミートソースで、隠し味ではなくしっかりと八丁味噌が自己主張する味は、私には苦手である。


 そうそう、道南農林水産部の室蘭焼き鳥のたれにも八丁味噌が使われている。
 名古屋にある店として、こちらの人の味覚に合わせるのは当然の戦略だが、北海道人としては「これ、別物」なのである。だから、これは室蘭焼き鳥ではないと心して口にしなければならない。

 あのミートソースを食べたときに、中国のホテルにあったボロネーゼの日本語訳“イタリア肉の味噌ラーメン”をふと思い出してしまった。あのボロネーゼは学校給食のソフトめん+ミートソースでさえ比較にならないくらいまずかったが……(ルームサービスでは頼まなかったが、ホテル内のレストランで食べてしまったのだ)。

 そんなわけで、今日は安易ながらも正統的に“ポロネーズ”を。


 有名な、ショパン(Frederic Francois Chopin 1810-49 ポーランド)のポロネーズ第6番変イ長調Op.53英雄
(Polonaise heroique)」(1862)。


 ポロネーズというのは“ポーランド風”の意味で、もともとはポーランドの民族舞踊のことである。
 それが音楽様式の1つとしてヨーロッパに広まったのだった。


 一方、スパゲティソースのボロネーゼはイタリアのボローニャ地方の地名が由来であり、ポーランドともポロネーズとも関係ない。すまん…… 


 ここではベルマンの演奏を。ピアノ名曲集に収められている。


 1979年録音。グラモフォン。


   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
  Piano Masterworks


Numata  こちらは間違いなくトマトが凝縮されている! 

 ところで、この会場では沼田町役場の職員が来て、この町の産物だというケチャップを売っていた。


 沼田町は旭川の日本海側に位置する町だが、私はここがトマトの産地だとは知らなかった。
 が、販売員としてやって来ていた役場の方が言うには、生食用トマトでなく、ケチャップやジュースにする加工用品種を栽培しているのだそうだ。加工は町の施設が行なっている。

 私はケチャップを1瓶買った。
 翌朝オムレツを焼き、このケチャップで食べてみたが、実に美味い!

 江別市の農家が作っているケチャップも美味しかったが、こちらは私が苦手とするガラモン、いやシナモンが使われているのが難点。

 が、沼田町のケチャップは私に対するそういう障害がない。ホントに美味しいトマトケチャップ、注目の一品である。


   この美味なるケチャップについてはこちら 【Yahoo】
   北海道ぬまた産 完熟トマトケチャップ

 関係ないが、日曜日の夜は、北海道のスープカレーを食べた。
 いや、北海道人の集いとは全く関係ないのだが、家で北海道名物のスープカレーを食べた。
 その話は、また後日。


 異国風ミートソースを食べ、そのあと美味しいケチャップを味わった私がいまモーレツに望んでいるのは、ふつうの-イタリア料理店とか高級レストランのものとは違う-喫茶店とか大衆レストランにある、できれば鉄板の上でジュウジュウ悲鳴をあげながら運ばれてくるミートソース・スパゲティを食べることである。

    

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             ↑ ミートソースは好きですか? ↑

あまりにガードが堅いやつ♪ヤナーチェク/利口な女狐

Dvorak7ekiska  使えないレンタルPC
 麻布茶房の担担麺に後ろ髪をひかれつつ、でも寿司とミニうどんのセットを食べてしまったからには、さらに担担麺を食べるなんてまるで食レポのために金沢に来てるようだし、何よりAランチの悲劇の再現になりかねないと、約束の時間が近づいたので、CDでここに来る前よりもちょっぴり肥えたかばんを持って取引先に打ち合わせに向かった。

 打ち合わせは友好的な雰囲気の中で行なわれ、終わったあといつものAPAホテルに一度チェックインした。

 フロントでレンタルPCを借りたが、それは比較的新しく、起動するといままで目にしたことのないデスクトップ画面であり(ウィンドウズ本来のものとは異なる)、IEとオンラインゲームとOfficeの互換ソフトのアイコンしかなかった。
 タスクバーにはウィンドウズ・メディア・プレイヤーのアイコンがあったので、私は買ったCDの音楽をウォークマンに転送しようとしたが、そういう“よそ者”は一切使えないようガードがかかっていて、つまりはふつうのホテルのレンタルパソコンよりもかなり制限が強く、しょうがないのでCD取り込みはあきらめた。

 では、ブログ記事の下書きでもしようかと思ったら、文章を書き“下書き保存”をしても、その一部がふっとんでしまっていて、せっかく書いた貴重な駄文が消えてしまう。

 どういう罠でこのようになるのかわからないが、とにかく使い物にならない。

 さらに、画面左下の“スタート”をクリックしても、“すべてのプログラム”は表示されないし、コントロールパネルもない。しょうがないから“メモ帳”で下書きしようにも、メモ帳が開けない。結局、これはUSBの“メモ帳”のファイルをいったん開くことで解決したが、“メモ帳”そのものに“すべてのプログラム”から行きつくことができなかった。

 このPCはネット・サーフィンかゲームをすることに特化しているのだろう。が、これじゃビジネスに使えない。
 私もビジネスで使おうとしたわけじゃないけど……

  超人気店は超混んでいたが……
 夜は池中さんの推薦する、というか池中さんが行きたかった金沢で超人気だという居酒屋に行った。
 前に池中さんが支社の若いモンに連れて行ってもらって、その味の良さに感激したんだそうだ。

 予約は入らなかったが、店に行くとたまたま1テーブルあいていて、すぐに座ることができた。って、電話で予約が入らなかったので1テーブルあいているって、急なキャンセルでもあったのだろう。

 土地柄、私の好きな傾向の料理はあまりなく、つまりは魚主体。豚肉料理もあったが、頼まなかった。
 店は騒然雑然とした雰囲気で、観光客なんかは逆にこの雰囲気が“らしく”感じられるのだろう。

 味は悪くはないが、私としてはびっくりするくらい美味しいとは思わなかった。

 そしてまた、これは池中さんがすまんかったのぅと言ってくれたが、ハイボールがない。ハイボールがないから嫌だってわけじゃないが、正直ただでさえ上がっていない私のテンションは下がる。

 食事を終え、コンビニで翌朝の食事を買った。
 おにぎり1個とミニのどん兵衛天ぷらそばだ。

  狐にやられた!
 が、翌朝私は腰が砕けるほど驚き、ひざまずきたいくらいの悲しみに襲われた。

 ミニのどん兵衛天ぷらそばが、なぜかミニのどん兵衛きつねうどんだったのだ。

 私の就寝中に変身してしまったのだろうか?
 だとしたら、ミニのどん兵衛きつねうどんに変わってしまったのが私自身ではなく、ミニのどん兵衛天ぷらそばでよかった。危うくグレゴール・ウードン・ザムザになるところだった。……って、結局酔っぱらっていて買い間違えただけの話なんだけど。でもね、ちゃんとお箸をもらうのは忘れなかったよ!

 ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928 チェコ)の歌劇「利口な女狐の物語(女狐ビストロウシュカの物語。Prihody lisky Bystrousky)」(1921-23)の組曲(ターリッヒ編)。

 ビストロウシュカは“利口な”からきた固有名詞だそう。
 歌劇は3幕9場からなるが、この組曲は序曲と第1幕の音楽からなる。

 あまり聴かれることのない曲だが、“ヤナーチェクがチェコの自然と生命を高らかに謳いあげた名曲”なのである。いかにもヤナーチェクらしい音楽だが、実に美しく、ときにお茶目でさえある。

 エリシュカ/札幌交響楽団の、これまた見事な演奏を。

 2009年ライヴ録音。pastier。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   ドヴォルザーク: 交響曲第7番 / ラドミル・エリシュカ, 札幌交響楽団

 池中さんは翌日言った。
 「昼の店も夜の店も、前より味が落ちた気がします」

 せっかく私たちを案内してくれたのに、味が落ちた(かもしれない)ことを申し訳なく思ったのだ。
 池中さんに罪はないのだが……
 もしかすると池中さん、前のときはドーパミンが分泌されすぎていたのかもしれない。

 こうして私たちはアサイチで別な取引先を訪問し、“しらさぎ”一筋で名古屋まで戻ったのであった。

    

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再び“朝ナマ”の体験を……♪札響のブルックナー/Sym4

Sakkyo188th  30分早く行動するか?乗り換えなしを選ぶか?
 19日。金沢に着いたのは11:48前だった。

 名古屋駅に行くまでは、名古屋9:19発の“ひかり503号”に乗って米原(9:45着)で降り、米原9:56発の在来線特急の“しらさぎ3号”に乗りかえて金沢に向かうつもりだった。それが池中さんが教えてくれた最短かつ最良の行程だからだ。

 しかし、早めに家を出た私は、理論通り早めに名古屋駅に着いた。
 すると、米原で乗り換える“しらさぎ3号”がまだ発車する前であった。発車前どころか、入線もしていない様子だった。
 この“しらさぎ3号”にここから乗るという手がある。

 いや、正直に言うと、朝起きたときから、どうせなら一気通貫で“しらさぎ3号”にしたほうが楽なのでは思いつつあった。
 時刻表を確認し、選択肢を知ってしまったのだ。だからこそそれに間に合うように家を出て来たのだった。

 どういうことかというと、当初予定していた新幹線利用の行程だとしても、その30分前に名古屋を出発するこの同じ“しらさぎ3号”に米原で乗り換えることになるのだ。

 つまり、あとから名古屋を出発するひかり503号が米原で追いつくので、勇んで“しらさぎ3号”に名古屋から乗りこまなくても金沢に着くのは一緒になるわけ。う~ん西村京太郎の世界だ(っつーのはオーバだ)。
 ゆっくり出発したい人、総所要時間を短くしたい人はこの方法がベストだ。

 当初予定の8:20に名古屋駅に着いてしまった私としては、ひかり503号の発車時刻である9:19までただただ駅のなかをウロウロするしかない。ならば、「最初っから8:50発のしらさぎ3号に乗ってしまっては?、だってほんとはそのつもりなんだろ?」と、右脳と左脳とで協議した結果、いたってノーマルな結論を導き出したのだった。
 新幹線利用で乗り換えるより所要時間は30分多くなるが、駅でうろうろするよりは、しらさぎの車内で座ってゆったりちんたらと時間をつぶす方がずっとマシだ。
 それに何より、乗り換えなくて済む。ひかりやしらさぎの空席の有無を案じなくても済む。

 こうして、金沢に着いた。
 池中さんは自信が推奨するルートどおり行動し、私と金沢駅で顔を合わせた。

  待つこと覚悟で行ったのに、これって幸運?
 金沢では、東京から来た、10年前の私と同じ課にいて、いまは東京に転勤になっている“ベンちゃん”とも合流。
 まずは昼食ということで、池中さんのお導きに身をまかせ、行ったのは金沢FORUSというビルのなかにある“もりもり寿司”。
 池中さんは金沢に来たからにはいつも昼はここで食ているという。

 前回来たときにはすっごく混んでいたのに、この日は全然すいていた。
 さらに、おなじく前回はこの店の向かいにある、回転寿司の方の“もりもり寿司”は長蛇の列だったが、昼どき真っ盛りというのに、ガラス越しに空席が目立って見えた。
 いや、この商業施設(金沢フォーラス)のレストラン・フロア自体、人があまりいなかった。
 なぜなんだろう?

 寿司を食べ、そのあと取引先に伺うまで時間もあることから、お茶を飲みながらベンちゃんと事前打ち合わせをすることにしたが、場所はもりもり寿司と同じフロアにある麻布茶房にした。

 この店は札幌にもある。
 この店には担担麺がある。
 札幌店で担担麺を食べたことがある。

 ということで、寿司を食べた後だったので無理だったが、終始担担麺のことが気になってしょうがなかった。

  見るだけじゃダメだったんです……
 打ち合わせを終えてもまだ時間があるので、池中さんとベンちゃんを店に残し、4階に行ってみた。
 タワレコがあるのだ。その名も金沢FORUS店である。

 ただ眺めるだけのつもりだったのに、見るだけではどうにもがまんできず、アタシったら手を出してしまったんです。イケナイ旅人のアタシ……

 というのも、無茶苦茶プライスダウンした掘り出し物を見つけてしまったからだ。
 その掘り出し物のCDを3点と、近く買おうと思っていたノーマル価格のCDもここで買うことにした。

Bruckner4Sakkyo  金沢で札幌のものを
 そのノーマル価格のCDとは、朝比奈隆が札幌交響楽団を指揮した1978年12月14日の第188回定期のライヴ。

 曲はブルックナー(Anton Bruckner 1824-96 オーストリア)の交響曲第4番変ホ長調WAB.104ロマンティック(Romantische)」(1872-73)。使用楽譜はハース版。

 このコンサートにも私は行っている。

 私がナマ朝比奈を聴いたのはこのときが初めてで、朝比奈のファンってわけじゃ全然なかったが、多感な(もしくは権威主義な)世代だった当時の私は、日本指揮界の大御所の演奏に生で接することができるということだけで、すっかり気持が舞い上がり、そのくせこの「ロマンティック」がとにかく長く感じ、お尻も痛くなったことを恨みがましくしつこく覚えている。

 でも、あのときは良い演奏だとは思った。

 が、このCDを聴き、スケールは大きくないは、響きは厚くないは、音楽の深みがあまり感じられないはで、札響ってあのころこんな演奏をしてたんだろうかと、期待外れだった。思い出は美しすぎて……ってわけじゃないけど、ここまで“シケナイ”的とは……(←乾燥剤のことです)

 もちろん録音や会場(北海道厚生年金会館)の響きのせいもあるだろうが(SACDとして聴けばかなり違うのだろうか?が、CD再生でも第0番の方はここまでひどくなかった)、特に第1楽章の“軽さ”なんかは演奏そのものからくるもので、朝比奈ってこんなんだったっけ?と思った(私はほとんど朝比奈のブルックナーを聴いたことがないので、よくわからない)。

 いずれにしろ先日取り上げたの0番と比べると、ちょいとねぇ~、だ。

   このCD(SACDハイブリッド)の詳しい情報 【タワレコ】
   ブルックナー: 交響曲第4番(ハース版)<タワーレコード限定>

 タワレコによる紹介文は、

 ……朝比奈&札響の音源発売はこれが初。録音が多い"ロマンティック"の中でも、異彩を放つ貴重な記録です。

 ……オケの熟練度としても当時の演奏布陣は何ら他の日本のオケと比較しても劣らない力量を有しており、朝比奈の解釈を受け止めるだけのレヴェルにありました。この録音でも安定感のある金管楽器や響きの豊かな弦楽器群、端正な木管楽器の音色が朝比奈の指揮により見事に体現化されており、この組み合わせが決して違和感を持たない演奏に仕上がっています。数ある朝比奈の「ロマンティック」の中でも、今後注目される演奏のひとつとして評価されて行くでしょう。

 ってことだが、異彩を放っているのは確かにそうかも。
 “今後注目される演奏のひとつになる”のかどうかは、私には合議欄に判を押す勇気がない。

 ……金沢出張記はあと1回、しつこく続く……

    

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3度目の正直。晴天の金沢♪WAM/fl四重奏曲1

MozartFlQ  ノコギリですぱっと切れ!
 先週の木曜金曜は金沢に出張した。


 こちらに着任してから金沢へ出張するのはこれで3回目。


 最初のときはみぞれまじりのどしゃ降りだった。

 2回目はみぞれはまじっていなかったがどしゃ降りだった。


 ということで、“2度あることは3度ある”になるのか“3度目の正直”になるのか、今回は金沢と私の相性を占う重要な訪問になった。


 ところで2回目となる前回の出張のときは会社の車で行き来したのだが、最初に行ったときはJRを使った。

 そしてご報告したとおり、帰るときに金沢駅のトイレに寄るとモーツァルトの流麗な音楽が流れていた。


 今回もJR利用だったので、トイレに入るのを楽しみにしていたが(って、変ですか?)、またまたモーツァルトが流れていて、最近摂取しているノコギリヤシのサプリの効果があるかどうかは定かはでないが、キレの良いおしっこをすることができた。


 それにしてもノコギリヤシに限ったことじゃないが、サプリメント(栄養補助食品)ってなんでメーカーによってあんなに値段の差があるのだろう。


 全体的に低価格なのはDHCだが、そしてここの製品を買うことが多いのだが(理由はただ1つ。安いから)、パッケージがどうもいただけない。

 ファンケルやオリヒロや小林製薬やサントリーなどなど、いろんなところがサプリメントを出しているがホント、価格はまちまち。成分が違うのはわかるけど、その違いが価格の違いにどう反映するのかよくわからない。

 それはともかく、金沢駅で流れていたのは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」だった。

  まっ、曲名よりもメロディー重視ってことで……
 私が小学校5年の秋から卒業まで通った札幌の小学校では、昼の時間の校内放送のオープニング曲が“アイネ・クライネ”だった。だから、この曲を耳にすると、ちっともおいしくないパンとか、大嫌いなヨーグルト・サラダを思い出しちゃうのだが、昼に“ナハト・ムジーク”(夜曲)ってのがな~んも考えてない証拠だし、それはともかく、朝の9時半に金沢駅で流れていたのも“ナハト・ムジーク”だが、こういううるさいことを言ってると嫌われるからもう言わないで、まっ、メロディー自体が観光客のウキウキした気分をさらに盛り上げるならいいってことだと、善意に解釈しよう。

 ところで、この音楽はトイレだけに流れているわけじゃないことを知った。
 改札コンコースにも、そしてトイレにもちょうどいい音量で響いている。
 おしっこをしてても、きんつばを購入中だろうと、券売機の操作の仕方がわからなくて困惑してようと、さわやかな小さな夜曲は鼓膜をくすぐっているのだ。

 「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」の第1楽章のあとにかかったのは、同じくモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のフルート四重奏曲第1番ニ長調K.285(1777)だった。

 なかなかこの時間、この空間にマッチした選曲だ。
 2月の末に金沢駅で耳にしたのはK.136のディヴェルティメントだったが、この曲とフルート四重奏曲第1番の冒頭のメロディー・ラインは二卵性双生児のように爽やかだ。

 モーツァルトは4曲のフルート四重奏曲を書いているが、第3番は疑作である。

 ウィンセンスのフルート、エマーソン弦楽四重奏団の演奏で。

 1990年録音。グラモフォン。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   モーツァルト:フルート四重奏曲集/オーボエ四重奏曲<限定盤>

 金沢での、駅構内以外での話についてはまたあらためて書くが、その前にノコギリヤシの話。

 蒲原聖可著「サプリメント小事典」(平凡社新書)によると、ノコギリヤシは、

 ・ 前立腺肥大症に伴う症状に効果がある。
 ・ 男性ホルモンに関係する酵素の働きを抑える作用をもつ。
 ・ 多くの臨床試験により効果と安全性が示されたハーブ。

とある。

 が、私にとっての問題は、いまのところ私は前立腺肥大症ではないということである。

 まっ、そういうことで、今回の金沢は晴れ。
 少なくともこの街は、過去2回、私を拒絶しようと悪天だったわけではなさそうだ。

    

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もぅーっ!じらさないで!♪LvB/Sym1(by モントゥー)

BeethovenSymsMonteux  人目につきにくいところに咲く、可憐な花のよう
 このところベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)の交響曲第1番ハ長調Op.21(1799-1800)を繰り返し聴いている。

 先月末に手にしたモントゥーによる交響曲全集の中の1枚だ。オーケストラはウィーン・フィル。

 ベートーヴェンはそれまでの作曲家と異なり、自分の書く音楽は“芸術作品”であり使い捨てのものではないという立場に立った。

 とはいえ、彼の交響曲第1番と第2番は初期作品にあたり、先輩であるハイドンやモーツァルトなどからの影響が強く、第3番(「英雄」)になってピグモンガラモンになったような大変貌を遂げるのである。ピグモンとガラモンの場合は別な種の生物だが……

 そういうこともあって、彼の第1番や第2番を繰り返し何度も聴くことなど、いやそもそも繰り返し聴きたいと欲することがいままでなかったが、このモントゥーの演奏は不思議な引力をもっていて、あまり目立つ方ではないけど実はかわいらしい女の子に似た存在。その可憐な女の子にストーカー行為を繰り返すおじさんのように、私は聴きかえしているのである。

 それも、個人的には第1番より第2番の方が曲としては好きなはずなのに、モントゥーの演奏では(どちらもいいんだけど)第1番により引かれる。

  じらさないで……
 モントゥーのアプローチは(ずっと前から聴いていた彼の)第6番や第8番と同じで、しっかりしているのにやわらかくい。しかしこの時代の主流だったロマン派風の過剰な味付けなど一切なく、素材を生かした旬の料理みたいな味わいになっている。

 聴くたびに自分も優しいヒトになったような気になる。

 それと、第1番の第4楽章は序奏で、主題を披露しようか、いやそう簡単には露わにしないぞっというじらしがあるが、モントゥーの演奏では、これまた「は、は、早く露わになってくれっ!はぁはぁ……」みたいな感じが強くする。ワタシだけかもしれないが……

 いずれにしろ、第1番、そして第2番(こちらのオーケストラはロンドン交響楽団)で、これだけ引きつけられる演奏に私はこれまで出会ったことがなかった。

 1960年録音。デッカ。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Beethoven: The Nine Symphonies, Symphony No.9 Rehearsal, Fidelio Overture, Egmont Overture, etc

  店内も、松前出身という店員の女の子も活気がある
 で、道南農林水産部に行って来た。水曜日に。

 あの山林は誰のものなのか?とか、鮭を生で食うと寄生虫で腹が痛くなるのか?といった問い合わせをするためではない。


 道南農林水産部は役所ではないのだ。ここに紹介したように多くの人が集まり道南の海や山の幸を口にし、喉つまり防止のため飲み物も飲みながらミーティングをする場なのである。
 平たく言えば、ネオ炉端とあるように、居酒屋である。


 私は千葉課長と古代課長と一緒に行ったわけだが、早い時間にいったおかげで難なく入れたが、その後はすっかりいっぱいになり、あちこちで熱のこもった論議、協議がなされていた。これでサブちゃんの歌さえ流れていなかったら、ディベート大会会場と間違える人もいないでもないかもしれない。


 私たちは、かすべのザンギ、ちょっとだけいくら(少しだけならHow much?という意味ではない)、とろける室蘭焼き鳥、北海道ポテトサラダなどを頼んだが、まあまあ道産子としても及第点をつけられるものだった。


 ただし、イクラは粒が小さめだったし、室蘭焼き鳥はここの売りのとおりとろける柔らかさだった(角煮のように)が、室蘭の鉄鋼マンが鋼のような歯で食らいつくのが室蘭焼き鳥であり(って、勝手な妄想だが)、もっと薄っぺらで、薄っぺらなくせに噛みごたえ十分の硬い肉でないと、どうも室蘭焼き鳥って感じがしなかった(今回は注文しなかったが、この店の“豚精”が本来の室蘭焼き鳥なのかもしれない)。


 この店、距離は離れているが、つぼ八の強力なライバルになる可能性はある。

    

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             ↑ 活気づけてクダサイ ↑

札響とマーラーと地震の偶然♪GM4(by テンシュテット)

MahlerCompTennstedt  4月の定期は8日と9日だったので……
 1週間前の金曜日と、翌土曜日(13~14日は札幌交響楽団の第589回定期演奏会が行われている。

 もちろん私は行っていない。

 その日はワケあって名古屋市内で健康セミナーを聞いていた。
 話に感化され、帰りに整腸剤を買ってしまった。

 それはともかく、定期演奏会の指揮はM.ポンマーでメインのプログラムはマーラーの交響曲第4番であった。


 熊本の大地震が起こったあとの最初の札響定期がこの第589回。
 そしてまったくの偶然に他ならないのだけれど、、東日本大震災を引き起こした2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震が起こった後の最初の札響の定期演奏会の演目も、マーラーだった。
 このときの指揮は高関健で、第7番だった。


 もちろんたまたまであることは間違いない。


 が、ふと地震とマーラーというこの札響定期の組み合わせに気づいたのだった。


 ポンマー/札響のマラ4がどのような演奏だったか私には知る由もないが(2カ月後くらいの“音楽の友”に批評が載るだろうから、忘れてなきゃ立ち読みでチェックしよう。この“かまど姫”さんの感想でも、良かったことはじゅうぶん伝わってくるが)、今日は、このマーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第4番ト長調(1892,1899-1901/改訂1901-10)の演奏では私にとって目からうろこ、尻からうん……、いや何でもないのだが、とにかく戦慄をおぼえたテンシュテット指揮ロンドン・フィルによる演奏を。

 どのくらい恐れおののくような演奏なのかは、こちらの記事をご覧いただければ、そりゃ人それぞれ個人差があるから、全然伝わらないかもしれない。


 ソプラノ独唱はポップ。


 1982年録音。EMI。


   このCD(同一内容)の詳しい情報 【タワレコ】
   Mahler: Complete Symphonies<初回生産限定盤>


 なお、2011年の7番と今月の4番の間に、札響は第5番も演奏していることを申し添えておく。
 尾高の指揮による、2012年8月の第551回定期である。
 このときは世の中で大きな出来事はたぶんなかったはずだ。


  大いなる喜びへの参加 of Kobae
 話は部屋のレモンユーカリの鉢植えに変わる。

 連休中ずっと留守をしたせいで、レモンユーカリの葉はすっかり水に戻す前のひじきのように乾燥し縮んだ。
 が、たぶん回復すると思われる(オリーブやテーブルヤシは異常なく育っている)。


 問題はコバエである。


 やはり発生するのである。コバエが。

 コバエといってもふつうのコバエではなく、より小さなコバエである。


 表土にオルトラン粒剤をまいているので、そこから発生するガスで死にそうなものだが、生意気にその上を歩いていたりする。また、水をやった際にオルトランが溶解し土に浸透することで土中の成虫もしくは幼虫もタマランとばかり絶滅しそうなのに、現実はそうはなっていない。

 コバエの存在に気がついたときには、ふつうのスプレー式殺虫剤を噴霧しているが、これは植物に直接かかっていいものではないし、近くにおいてあるCDへの影響も心配だ。


 そこでさらなる対策を講じた。


 コバエ取りなるUFOのような形をした装置を買ってきたのである。
 コバエホイホイとかコバエキャッチャーみたいな名前のものだ。


 開けると酸っぱいにおいがする物質がしみ込んだスポンジが入っている。

 コバエはそれに引き寄せられ、幸せな香りの中で笑いながら死んでいくのだ。理論的には。

 私はどのくらい入るのか、まさにホイホイした気持ちで楽しみにした。


 2日目の朝。

 中をのぞいてみると、なんと驚いたことにその中にはコバエの姿がなかった。海底に住むカレイのように体の色を変え、そのためにスポンジの黄色と区別がつかないのかと少しでも楽観的に考えようとしたが、どう目を凝らしても、ドーム型容器の中は無人島状態であり、スポンジには一切の異物が付着もトッピングもされていなかった。

 私が嫌いな臭いはコバエも嫌い。
 そんな気がした。

 呆然とUFO型容器を見つめながら体育座りをしている私をあざ笑うかのように、コバエが現われUFOの周りをUFOのように不規則な動きで飛んだ。

 その、世を謳歌するように飛んでいる羽根つきミジンコみたいなやつのところに、自然発生あるいは分身の術を使ったかのように、別なもう1匹も現われ最初の1匹の舞いに見るからに大いに喜んで参加した。

 2匹いるということは、通販ならもう1匹プレゼントというパターンだ。
 案の定、土の上にも1匹いた。


 あまりに腹立たしかったので、私は飛んでいるコバエを柏手サンドし(珍しく見事にヒットした)、土の上で散歩している方は、指で押しつぶした。この際、土とオルトランの白黒粒子で指先が汚れようが何しようが構ったもんじゃなかった。

 柏手から逃れたもう1匹の蠅野郎は、私が陸上攻撃をしている最中にいつの間にか近くの床に舞い降り、生意気にもチョロチョロしていたので、こいつはティッシュをギュッと押し付けてギュッとつまみ、ギュッと丸めて燃えるごみの袋に力をこめて投げ入れた(が、それが飛んでいたあの1匹と同一個体かというと、その確証はない。第4の敵かもしれないのだ)。

 やれやれ……


 こいつらはどうやったら根絶できるのだろう?
 アリストテレスの生物自然発生説を支持したくなるくらいだ。
 パスツール先生、なんとかしてくれ!

 それとも、網戸の目や換気口から新参者が来襲しているのだろうか?
 

 もう原始的な殺戮はしたくない。だいいち私の手が、指がかわいそうだ。

 科学的アプローチでなんとかしたい。
 私の苦労と努力は続く……


    

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気になる道南 in 名古屋♪廣瀬/Shakuhachi concerto

  氷山係長の新発見
 1週間前、つまり先週の木曜日、アサイチで氷山係長からメールが来た。

 その内容は、不思議かつ異彩なオーラを放っている店がオープンしたのを発見してしまった、というものだった。

IMG01935

                       ▲ Photo by Kooriyama

 このように貴重な情報を与えてもらえることはありがたい。今後とも私の第一秘書ならぬ第一間諜(かんちょう)としての活躍が期待できる。

 実は私もその店に気づいていた。その前日のことだ。


  難民回避のため高かったがやむを得なく……
 というのも、池中さんと疎茄課長と昼食を食べに行った際、最初の目的地である店は長蛇の列で、そこをあきらめて第2の候補の店に向かったものの、そこもそれなりに人が待っていて、「まずい。これじゃタイムアップだ。餓死してしまう」と途方に暮れかけたとき、その隣にもランチ営業をやっていて、おまけに席が空いてそうな店があって、そこにこんな店があったということに今まで気づかなかった命の恩人的存在に対する非礼を反省しつつ、中に入り、小上がりに通され、私は鶏の竜田揚げ定食を頼んだ。

 ちなみに池中さんも私と同じものを頼んだが、疎茄さんは魚好きにはたまらないだろうが、私は飲み込むのも困難と予想され、仮に飲み込んでも数分後には全身にじんましんが出てきそうな、サバの刺身の醤油漬けという、私にとって初めて知る料理の定食を頼んだ。

 店のなかはこぎれいでテーブル席がいくつかあり、その奥には私たちも通された半個室の小上りがたくさんある。
 落ち着いて食事を待ち、そしてゆったりとした雰囲気のなか食事を食べ、食べたあとも追い立てられるような思いもせず、いつもの殺伐としたランチタイムとは趣の違う時を過ごせた。

 私たちが入店したときはあまり客がいなかったものの、そのあとは私の匂いに引き寄せられるようにそれなりに客が入ってきた。

 が、その吸引力がいまひとつなのは、私のフレグランスが加齢とともに弱まってきているせいではなく、価格設定に問題があるためだろう。
 何種類かある日替わり定食メニューが示し合わせたようにすべて1000円なのである。


 このなかに1つくらい、本日のスペシャル日替わりとして800円ぐらいのものがあってもいいと思うのだが、よりどりみどりオール1000円。


 この日の私は財布を持たずに1000円札を1枚、無造作にポケットに入れて外に出たので、もしこれが税別価格なら80円足りないところだった。税込1000円だったおかげで、疎茄課長に「一生のお願いだから無利子で80円貸してくれ」と懇願せずに済んだ。
 済んだが、元はといえば、1000円という価格設定に問題がある。もしそうでなければ、飢えに我慢できずにそこに入ってしまった私に問題がある。


 竜田揚げは美味しかった。が、ちょっとしょっぱかった。


  豚のように豚を食べて苦しんだ思い出
 竜田揚げといえば、大学生のとき学食のAランチにしばしば登場した豚の竜田揚げは美味しかった。

 いま思えば妙に黒っぽく、油もベタベタしていたがとにかく美味しく感じた。

 私なんぞ、いちど弁当を持って行ってそれを食べたのに、竜田揚げの日だと知ってAランチも食べてしまい、帰りの地下鉄の中で、倒れるのではないかと思うほど吐き気を我慢したことがある。


 ところでこの店は夜はやや高級な和食の店になると想定された。
 店の名は、Aランチ時代の大学で農場の管理をしていた主任のおじさんの名前-たとえば源次郎みたいな-と同じだった(私は農学部出身なのだ)。


  ネオ炉端って?
 源次郎(仮称)で食事を終えた帰り道の途中にあったのである。氷山係長が教えてくれた店が。


 食事のあと私たちはその前まで行ってみた。昼は営業していないが、いくらや室蘭やきとりの写真が載った看板が外に立っていた。
 室蘭やきとりというのは、鶏ではなく、そして長ネギではなく、豚肉とタマネギの串焼きである。

 他にどんなメニューがあるのかわからないし、室蘭が道南地域に該当するのかどうか極めて微妙なところだが(私の感覚だと道南は渡島・檜山地方だ。でも道南バスの本社は室蘭にある)、北海道人としてはひじょうに気になるところ。
 私は心を込めて、「今度、お手手つないで一緒に行きましょうね」と、氷山係長に返信した次第である。


 道南といえば、何年か前に東京の日本橋の“北海道八雲町”という居酒屋に飛び込みで入ったことがある。
 なかなかにぎわっていたが、果たしてあのとき何を食べたのか、2軒目に立ち寄った店ゆえに全然覚えていない。


 このたび名古屋にオープンしたこの店、活イカの透き通ったコリコリした刺身なんかがあるといいなぁ………って思いながら、昨日の夜、行ってみた。

 その報告は後日。

  初めての生尺はこの日でした   
 北海道は道南の函館出身の作曲家、廣瀬量平(Hirose,Ryohei 1930-2008)の曲を。

 尺八と管弦楽のための協奏曲(1976)。


Sakkyo170th 1976年の尾高賞受賞作品で、私は1977年4月の札響定期でこの曲を聴いている。
 作曲の翌年に早くも岩城宏之が取り上げたのだが、もちろん私はこのとき初めて聴いた。

 いや、生の尺八自体、初めての経験だった。←なにか表現方法に問題でも?
 独奏は山本邦山。

この日のプログラムに、廣瀬は作品について次のようにとても詳しく書いてくれている。

 私がはじめて尺八という楽器のために作曲したのは15年前の1962年芸術大学卒業直後のことであった。この楽器に対する私の最初の関心は、それが人間の声に似ていることであった。特に日本人の声の出し方に近いと私は思った。我々が微分音程と呼ぶ半音よりももっと細かい音程。グリッサンドと呼ぶにはあまりに繊細な音高の変化とその独特な陰影。深く幽玄な弱音と、貫くように鋭い強音、そして時には楽音という範囲をはるかに越えた烈しい息の音など、それはまさに日本人の発声法の集大成であると思った。声明(しょうみょう)や謡曲、平曲から浄瑠璃、義太夫などの語り物はいうに及ばず、我々の日常的な話し言葉、泣き声、忍ぶ声、呟き、叫び声、そして当然のことながら朗々と歌う声もこの楽器の中に集約されている。
 それどころか、尺八は千鳥の啼き声や松籟にいたるまで自然の音をも連想させたりする。もともと大ていの楽器は人間の声や鳥の声などを模するものであるけれど、この楽器は特にそうである。
 それ故に私はこの曲をまるで声楽曲のように発想した、と言ったら言い過ぎだろうか。
 現代音楽は歌わない、などとよくいわれるが、私はこの曲の中で、様々な歌を歌うことが出来たと思う。
 もっともこのことは作曲中考えていたことではなく、今度の受賞後気づいたのであるが。
 私は作曲中、そういう尺八と、西洋音楽たるオーケストラを如何に交感させようかと努めていたように思う。異質なものたちを対置させるだけではなく、両者が矛盾や対立を越えて交感し、音の綾となり、無数の歌や、呟きや嘆きや、叫びや祈りを包みながら、より広い色彩的世界へと昇華してゆく過程を描きたかった。
 全曲一つの楽章から成り、切れ目なく演奏される。最初は打楽器の弱音からはじまり、楽音といえないような音たちが、少しずつ色彩を加えて拡がり尺八のソロを導く。様々な音の虹がソロを彩る。弦の群が中空に浮かぶ雲のようにそれを包む。やがて金管楽器群が厳粛に現れ、金属打楽器たちが煌めく……という風に曲は進行する。
 様々な自然の物音、そして数々の対話、葛藤……。やがて幾多の紆余曲折を経て、頂点の修羅に至る。それが静まって尺八の独奏。これは従来の協奏曲のカデンツァにあたるが、その後に、独奏とオーケストラは唱和しながら、次第に遠ざかる。打楽器群がそれを彩り、弦は高音へ静かに消えゆく。この終結の部分で私は荘重できらびやかな、一種の宗教的な静けさのようなものを考えていた。
 西洋音楽の協奏曲のように、一つの主題を独奏とオーケストラが交互に奏するなどということは一切ない。


MonoPrism 私が持っているCDは、山本邦山の尺八、外山雄三指揮NHK交響楽団による1984年ライヴ録音(キング)だが、現在は中古しか出回っていないようだ。

   このCDの中古盤はこちら 【Amazon】
   別宮貞雄:ヴィオラ協奏曲

 なお、別な演奏の現役盤がある(私は未聴)。

   そのCDの詳しい情報 【タワレコ】
   クリマ/廣瀬量平の世界

  つまり私は魚不足ってことだ
 今さらながらさして重要でない“私の昼食”レポートだが、先週の月曜は、すでに報告したように錦城に行き担担麺を食べ、火曜日はFANNYに行ってヘルシー弁当を食べた。

 水曜日は源次郎でちょいと奮発し、木曜日は過去に一度だけ夜に行ったことのある居酒屋に行って“おろしロースカツ定食”を食べた。ここの定食は手作り感がしっかりと伝わってきて、しかも800円。源次郎と比べると、行司が差し違えるわけがないくらい、こちらに軍配が上がる。

 金曜日は、これまた夜になると地酒と焼酎を売りにしている(らしい)店に行った。
 池中さんが「ラーメンといなり寿司というちょっと変わった組み合わせを出す店があるので行ってみましょう」というので、「喜んで!」とそこに行こうとしたが、途中にこの“老松”(仮称)という店があった。
 店の前の黒板には焼魚定食の存在が書かれていて、たしか池中さんはこのところ焼魚を欲していたことを思い出し、目的地を変更し、この初めての店に入った。

 日替わり(この日は豚の生姜焼き)が700円、他の定食(焼魚定食とハンバーグ定食とから揚げ定食)は800円。
 ここもコストパフォーマンスは高い。

 池中さんは焼魚定食を頼み、私と疎茄課長が日替わりを頼んだが、店のお姉さんが困った顔をして「日替わり、残り1つになっちゃったんです」というので、疎茄課長の人間性を見極めようと私は黙っていたところ、彼はハンバーグにした。彼が譲り合い精神の持ち主であることがわかった。


 私が食べた生姜焼き定食はボリュームもあっていいのだが、かなりしょっぱかったのと、生姜焼きというよりは焼き煮みたいな感じだった。


    

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この日は朝立ちのポジションが悪く……♪ブラームス/Op.96-2

20150510Viola  立つべきところではない

 私の一日の始まりは道新スポーツではなく、通勤電車の中にいかに体を入れるかから事実上スタートする。


 このあいだの朝のことである。


 この日もぎゅうぎゅうに込んだ地下鉄に乗り込んだ。
 どうせぎゅうぎゅうなら牛々と牛がたくさん乗ってりゃ面白いのにとも思ったが、そんななかに1人乗り込むのはやっぱりいやだ。

 とにかく、このときはいつも以上に込んでいた。なぜかダイヤが乱れていたせいである。


 いつもなら列の自分の後ろにいる、私に続いて乗り込んでくる人たちからの押しくらまんじゅうの影響をわずかでも軽減回避するためにできるだけ左右のどちらかに身をずらすようにしているのだが、この日は私のあとに続く者どもがストレートの直球攻めように私にその余裕を与えず、バトルすることも泣きわめくこともできないまま身をまかすしかなかった。

 つまり左右どちらかの通路側へ逃げ込むことができず、張り手攻撃を受ける力士のようにそのまま直線的に押し込まれた。そして蝋人形のようにどうにも身動きができないまま、車体の両側にあるドアの中間地点に立つことになった。車内も暑く、私が蝋人形だったら、人相が変わってしまうところだった。

 もはや立っていても自分を制御することが不可能だったが、あまりにも込んでいたので、電車の減速や加速、停止や発進のときもよろけて見ず知らずのおじさんに寄りかかってしまい、こいつ男狙いの痴漢かと思われるようなことはなかったが、貧乏くじを引いたようなこの最悪な位置には手すりもつり革もないわけで、そしてまた停車するたびに、たとえ進行方向に対して左側のドアが開こうが右側のドアが開こうが、つまりどっちのドアが開こうが、とにかく駅に着くたびに降りる人には邪魔者扱いされ、乗る人には暴力的に押されるわけで、場所としては洗濯槽に匹敵するものがある。

 自分が下りる2つ前の駅は進行方向に向かって左側のドアが開く。つまり対面式(相対式)ホームという駅の構造だ。

 そこでも、私が駅員に代わって「無理なご乗車はおやめください。次の電車、すぐにまいります」と言いたいくらい無理に乗り込んでくる人がいてそれはしょうがないのだが、相手も必死だから私の抵抗むなしく、進行方向に向かって右側のドアの方にさらに押し込まれた。

 その次の駅の自分が下りる駅の1つ前の駅は島式ホーム、つまり進行方向に向かって右側のドアが開く。

 で、前の駅で望んでもいないのにそちら寄りに体をずらされた私は、降りたくもないのに降りる人の流れによってホームに押し出された。急流に放り込まれた木の葉の気持ちがよくわかった。

 降りる人が済んだらまた乗り込むのが世の常ではあるが、このときの私はもうすっかり疲れ果て、乗り込むのがめんどうになった。
 なので、そのまま降りてしまう決意をした。

 疲弊していたがさまようようなことなく、力を振り絞って1駅分をひたすら会社をめざし歩みを進めたのだった。

 

BrahmsPcon1Ax  説明がくどすぎたので ↑、後半はあっさりと ↓
 ブラームス(Johaness Brahms 1833-97 ドイツ)の歌曲「われらはさまよい歩いた(Wir wandelten, wir zwei zusammen)」。

 「4つのリート(4 Lieder)」Op.96(1884)の第2曲で、詞はG.F.ダウマー。

 表記が不親切な、バトルのソプラノ、レヴァインのピアノによる演奏を。

 1983年録音。ソニークラシカル。


   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   James Levine Conducts Brahms<初回生産限定盤>


 写真はゴールデンウィーク中に買って庭に植えたビオラ。
 この記事の内容とは全く関係ない。
 が、最初に目に飛び込んでくる写真がレヴァインじゃなくてこっちの方がいいに違いないと思って載せてみた。

    

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「ふふっ」じゃなく、とにかく忘れすぎです!♪エロルド/「ザンパ」序曲

GrovesPO  良い買い物だったと独り悦に入る 
 先々週の金曜日、つまり13日の金曜日の前の週の金曜日であり、端的にいうなら5月6日のことなのだが、その日はご存じのように札幌で打合せがあった。

 まずは病院に行き、打合せをし、夜までの空き時間にビックカメラとヨドバシカメラに行った。

 なぜなら、私がK'sデンキで買った“スーパーセキュリティ ZEROが、果たしてお得な買い物だったかどうか、いまさらジタバタしてもしょうがないんだけど、気になったからだ。


 ビックもヨドバシもケーズより高かった。

 私はとても満足した。もっともネットで買えばさらに安く変えたんだけど……


 そしてビックの店内のエスカレーターの近くで会った。
 帯広に勤務していたときの取引先の担当者に、である。


 私はすぐに「あっ、彼だ」と気づき、つまらなさそうなのか眠たいのか知らないが、いずれにしてもつまらなさそうにしている彼に「どうもしばらくです」と声をかけた。


 彼は「はぁ」と答えた。


 そのリアクションは、明らかに私が誰かを認識できていなかった。
 語尾のイントネーションからもそう推察された。
 彼の瞳は「こいつ何星人だったっけ?」という疑念と不安が入り混じった動きをし、いきなり喧嘩を売られた復讐怪人・ザンパ星人のように緊張もしていた。


 が、その数秒後「あっ、元気でしたか?」と無感動に言ってきた。


 「あっ」というのが、彼の脳内でニューロンがつながったことを示している。
 ほんの2.6秒ぐらいの間に、私がペガッサ星人じゃないことをわかってもらえらのだ。

 さらに「出張ですか?」と聞いてきたところをみると、私が誰であるか、帯広で何度か、いや何度も顔を合わせたことがある人物であり、何か月も前に帯広から転勤したという認識ができたようだ。


 「ええ。〇〇さんも出張ですか?」と私が尋ねる。
 「今日、札幌で会議がありまして」
 「休みのはざまに大変ですね」
 「ふふっ」


 このように、謎の「ふふっ」を残し、そして私もその「ふふっ」の意味がなんなのか追及することなく、「それじゃあ、また」と、ほとんど「また」の機会なんてZEROだろうなとお互い思いつつ別れた。


  良い曲だがオムニバス盤でしか聴けない
 エロルド(Ferdinand Herold 1791-1833 フランス)の歌劇「ザンパ(Zampa)」序曲


 エロルド(エロール)にとってもっとも有名で、たぶん現在ほぼ唯一生き残っているのがこの序曲。

 9年前の記事に、かなりぞんざいに取り上げているが、それはちょっと申し訳ないが、いずれにしろこの曲の置かれた状況に変化はない。


 このオペラは1831年に作曲、初演された3幕物で、台本はメルスヴィル。


 9年前のときから、この曲の別なCDを買うこともなかったので、同じグローヴス指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏を。


 ただしCDの方は廃盤→再発ということで、デザインが一新されている。


 1988年録音。DENON。


   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   CREST 1000 413::威風堂々/ワルツィング・キャット グローヴズ卿の音楽箱


    

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