新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の刺激的出来事についてたらたらした文章で報告中。自宅は北海道ながら現在は仕事の関係で大阪在住。血液はB型かつ高脂血症の中年サラリーマン。

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!
※2018年10月9日をもってblogramのバナーの掲載を終了しました。

早苗ちゃんと別れた歌とは無縁です♪ケクラン/ジャングルの掟

20181013Sa0  歌い始めるタイミングがむずかしい
 大学ノートの裏表紙に さなえちゃんを描いたの
 一日中かかって いっしょうけんめい 描いたの
 でも 鉛筆で描いたから いつの間にか消えたの
 大学ノートの裏表紙の さなえちゃんが消えたの
 もう会えないの もう会えないの 二度と会えないの

 これは『古井戸』の『さなえちゃん』である。

 この歌詞、そして曲。私は傑作だと思っている。
 カラオケで歌ったことが何回かあるが、歌の『入り』の箇所がわかりにくくてむずかしい(私には)。

  下の大事な所……
 江別には早苗別川という川がある。
 さなえちゃんの消失による突然の別れとは、これっぽっちも関係ない。
 名前の由来は上の看板の通りだ。考えようによっては、ちょっぴりやらしっぽい。

20181013Sa1 で、とつじょ、早苗別川ちゃんのなかに生い茂っていた木々が消えたの!

 これまではこんな様相だった(そして、この場所はこのままである)。

 これだと大雨のときには流れが悪くなるし、川全体として受け入れられる水の容量も、当然のことながら少なくなる。

 ところが昨日、これよりもう少し下流、千歳川から1.6kmの地点というあたりを通ったら(このあたりは遊歩道がある)やたらとすっきりしていた。
 前回目にしたときはこの写真のように『アマゾンのジャングル・寒冷地版』のように木々が茂っていたのに、すっかりきれいになっていた。

20181013Sa2

20181013Sa3

 たぶん、台風21号で倒木したものも多数あり、その残骸の撤去とあわせて、掟破りの無法地帯と化した、水中から茂りまくる木々も撤去したのだろう。

 よかったよかった。

 あれじゃあ、水かさが増したとき、川として十分には機能しない恐れがあったもの。
 でもって、2枚目の写真のあたりも、早いとこきれいにしてほしいものだ。

Koechlin  好きじゃない曲だけど……
 ケクラン(Charles Koechlin 1867-1950 フランス)の交響詩「ジャングルの掟(La loi de la jungle)」Op.175(1939)。

 キプリングの小説による交響詩。

 ケクランはフランクやフォーレ、ドビュッシーの影響を受け、いろいろな形式の作品を多数残している。

 私は……う~ん、この曲好みじゃないな。その雰囲気が。

 私はジンマン/ベルリン放送交響楽団による演奏のCDしか持っていないが、曲が好みに合わないのか、演奏が肌に合わないのかわからないが、いまだに積極的に聴く気にはならない。

 このアルバム、かなり話題になったのでミーハー的に買ったんだけどね。

 1993年録音。RCA。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
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 ※本日、本館更新日!

紅葉を観るはずが、レンガ群の赤を目に♪DSch/10月革命

IMGP2732  重要な冬支度の1つを終了
 昨日の日曜日。
 朝、私が最初にしたこと。それは起床することだった。

 朝ご飯を食べ、さっそくタイヤ交換作業。
 10月半ばで、まだ早いかなとは思いつつも、突然雪が降っても、私がすぐ対処できないので、やってしまうことにした。

 昨年のブログを見直すと、ほぼ同じ日にタイヤ交換を行なっていることが判明した。
 去年から思想は一貫しているということだ。

  だって、山々は赤くも黄色くもなかったんですもの
 そのあと、紅葉でも見に行こうかと夕張方面に向かうことにした。

 夕張には『紅葉山』だの『楓』といった地名がある。紅葉の名所と言われなくても、紅葉の名所の予感がする。いや、実際この時期に帯広に戻るとき-帯広に住んでいたころの話だ-に紅葉を観たことがあるし、途中、国道のあちこちに路上駐車して紅葉を観ている人々がいたのに遭遇したことがある。迷惑千万だ。

IMGP2731 自分が迷惑千万なことをする身になりたくないのと、長沼あたりの山もあまり紅葉していないので、急きょ予定を変更し、栗山に行くことにした。

 栗山と言えば『北の錦』でみなさまにおなじみかどうかは知らないが、とにかく小林酒造の記念館がある。『蔵元 北の錦記念館』である。

 駐車場の前、というか裏というかは、いきなりその存在を主張する『お手洗い』である。

 記念館に入る。無料である。

 栗山町は、これまたみなさんにおなじみかどうかは知らないが、北海道日本ハムファイターズの栗山監督が居を構えている町でもある。
 記念館に入るといきなり私たちを出迎えてくれたのは、ファイターズのユニフォームを着た『トゲ抜き地蔵』だった。

IMGP2735

 記念館のなかは撮影禁止ではないのだが、薄暗いのでうまく撮れなかった、と自分の震える手のことをさておいて、言い訳しておく。

 こういう古いテレビなんかに、妙にひかれる私。

IMGP2736

 そして、紅葉も見ることができた。
 蔵の壁を這いまわっているツタが、なかなか良い色になっていたのだ。

IMGP2743

 そして、なんということでしょう!
 時計の針は昼食にふさわしきころあいだということを示していた。

 ってことで、この話、続く……

Shostakovich11Jarvi
  10月だからって、もう書くめいと思ったが……
 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響詩「10月革命(十月革命。October)」Op.131(1967)。

 ショスタコーヴィチはまだはたちそこそこのころに「10月革命に捧げる」という標題を持った、交響曲第2番を作曲している(1927)。この交響曲は、革命10周年を記念して作曲したもので、かなり『前衛的』なもの。
 しかし、革命50周年のために書かれた交響詩の方は、『ふつうの管弦楽曲』である。
 まっ、彼にもいろいろと考えるところがあったようで……

 N.ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団の演奏を。

 1988年録音。デッカ。

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 そしてこの日、栗山監督率いるファイターズはCSで勝利した。

微分効果か?頭蓋骨内はポーっとメランジェ♪クセナキス/プレイアデス

20180913SUBARU_Recall  リコールのアンコール
 エアバッグのリコールで、修理をしてもらったのは今年の春のこと(機能停止の作業は昨年にしてもらい、部品が入るのを待っていた)。
 ところが、またまたリコールを告げるDMが先月末に届いた。

 やれやれである。

 今度はパーキングブレーキ。そして予想していた通り、当面修理工場は予約でいっぱい。
 11月のあたまに作業をしてもらうこととなった。
 それまでに、私が意図しない瞬間的な作動が起こりませんように……

 さて、すでに合点承知之介の方も多いだろうが、「すばる」は、メシエの天体カタログではM45。おうし座の散開星団「プレイアデス(プレアデス)」の和名。
 
XenakisPleiades  そろうことのない6人
 クセナキス(Iannis Xenakis 1922-2001 ギリシャ→フランス)の「プレイアデス(Pleiades)」(1979)。

 6人の打楽器奏者によって演奏される4部から成る40分ほどの作品。

 以前、この記事でこの曲を取り上げており、そこにこう書いた。

 クセナキスはこの曲について2つのことを試みていると述べているが、それは「1つはマリンバなどで演奏ができる、西洋的ではない音階をつくること」と、「2つ目は微分音による19の音高を持つSixxenという金属打楽器を作り、用いている」ことだそうだ。そして、6人の奏者はユニゾンになることはないという。


 各楽章は、


 1. メランジェ(混合)
 2. メトー(金属)
 3. クラヴェ(鍵盤)
 4. ポー(太鼓)


となっている。

 あれから7年たった今、これ以上書けることは私にはない。

 長い人生、非西洋的数学的音楽のために40分という時間を費やしてみても損はないだろう(保証はしない)。
 少なくとも、ジョギングするのと違って心臓麻痺を起こすリスクは少ないし、散歩と違って転倒する恐れもない。
 

 前回もご紹介した、ローグイン/クロウマタ・パーカッション・アンサンブルの演奏を。

 1990録音。BIS。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Xenakis: Pleiades, Psappha

 ところで、ウルトラマンたちの故郷はM78星雲とされている。
 M78はオリオン座にある散光星雲だが、この星雲には名前がついていない。
 『ウルトラ星雲』にすればおもしろ、くないか……

アイーダの針生さんから健さんを思い出せ!♪高関/SSOのカルミナ・ブラーナ

  ほかの曲を聴く気になれず、わが家は床屋さん
 6日から8日の三連休はエリシュカ/札響のラスト・コンサートのCDを何回か聴いた以外、あまりほかのクラシック音楽を聴かず-ツイッターでは、札幌の「アイーダ」の話に花が咲いていたので、悔しいから変態レヴァインが指揮する「アイーダ」のDVDをちょっとだけ観たが-、いつも行っている床屋の店内のようにFM放送をかけていた。


EliskaFarewell

Verdi Aida

 FMといっても、いわゆるFMラジオではなく、インターネットラジオである。
 『FM e-niwa(いーにわ)』をかけ、この放送がぶつっと切れたときには『FM Otaru』を聴いた。

 なんでか知らないが、Otaruに比べるとe-niwaの方が接続が途切れることが多い。
 だったらずっとOtaruにしておけばいいじゃん、と思われるかもしれないが、小樽は後志地方、恵庭は石狩地方。自宅が石狩にある私としては、恵庭を取りたい。あつ、e-niwaは恵庭市から発信されている放送なのである。
 なお、AIR-G(FM北海道)はインターネットラジオでは聞けないようだ(radikoでは聴取できるらしい)。


FM_eniwa

20180923FM_Otaru

  大阪に流れる北海道新聞のコマーシャル
 考えてみれば不思議だ。
 自宅にいるときは、恵庭や小樽の放送など聴くことはない。そもそもラジオでは電波が届かず聞けないのではないか?

 それが大阪の地で、『道新のまなぶん』のCM-唐草模様編-を耳にしているのだ。
 また、道道江別恵庭線沿いのガソリンスタンドではスタッドレスタイヤのセールを始めたという情報も入ってくる。

 e-niwaは胆振東部地震の発生後、ぶっとおしで被害状況やライフライン情報を放送していたそうだ。
 たいしたものだ。


 自主制作番組ではないが、そして再放送のようだったが、月曜日の午後に流れていた昔話の朗読。
 龍宮なんとかっていう話だったが、朗読している女性がとっても上手かった。


 小樽に話を強引に戻すが、「アイーダ」には巫女役で小樽出身のソプラノ歌手・針生美智子が出演した(はずだ)。


 針生といえば、私には2009年6月の札響第520回定期で歌った「カルミナ・ブラーナ」の記憶が強く残っている(ほかの独唱も、合唱も、もちろんオケも最高だった!)。


 このライヴは、数ある「カルミナ・ブラーナ」の録音のなかでも超名演と言っても過言ではないもの。


OrffCarminaTakaseki

 エリシュカもポンマーもいいけど、高関だって忘れちゃいけない。これを聴いていない方は世の中の楽しみの1つを知らないまま過ごしていることになる。


 ALM。

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   オルフ:カルミナ・ブラーナ

 考えたことがなかったが、『恵庭』とはなかなか美しい地名だ。恵まれた庭、あるいは庭に恵まれたってことになるから。
 実際、花の街づくりに力を入れていて、ガーデニングの街と言われている。
 ただし、地名の由来は、恵庭岳を指すアイヌ語のエエンイワで、“頭がとがっている山”なんだそうだ。

 今日、このあと自宅に向かう。
 ウチの『いい庭』も、そろそろ冬に向けた準備をしなきゃならない。
 夏タイヤもスタッドレスタイヤに交換しなきゃ。

私の札響感動史(36)♪魂をじわっと揺さぶられたシャローンのGM2

SSo361_362  ええ、聴くだけなのに緊張してたんです
 1994年9月7日の第361回定期演奏会は、札響初となるマーラーの交響曲第2番「復活」。

 指揮はデヴィット・シャローンである。

 シャローンといえば、1987年6月の第282回で、これまた札響初となったマーラーの交響曲第5番を振り、北海道厚生年金会館を興奮のるつぼと化した危険な指揮者である。
 あのとき、最後の音が鳴りやむかどうかというときに、「もう、アタシがまんできない」とばかりの割れんばかりの拍手。まるで保管庫の打ち上げ花火に引火したような大騒ぎだった。それは、エリシュカ最後のコンサートの「シェエラザード」が終わったあとの拍手喝采に勝るとも劣らないものだった。

 それが今度は第2番である。
 期待しない方がおバカというものだろう。
 「復活」はアマチュアではあるが北海道交響楽団の演奏を生で聴いたことがある。だから、生だとどんな感じかはわかっているつもりだ。でも、愛する札響の演奏だ。悪いが、北海道響とは比較にならないだろう。

 当日、仕事のせいで会場の厚生年金会館に着いたのはぎりぎりだった。
 ホールに駆けこむと、もうオーケストラはステージ上でチューニングを始めている。
 はあはあ言いながら席に着き、すぐに指揮者が登場。演奏が始まった。
 しまった!トイレに行きそびれてしまった。まずい!かなりまずい!
 第1楽章と第2楽章の間に、作曲者の指示通り最低5分のインターバルがあるだろうか?そのときに抜け出して排出しなければ、私の席は感動の涙ではなく、粗相の尿で濡れてしまう。

 ってな、夢を前日みた。これ、本当の話である。
 それぐらい、聴き手の私にも根拠のないプレッシャーがかかっていたのである。

Mahler2E  熱狂するつもりが……
 当日はそのようなトラブルもなく、きちんとトイレに行き、演奏に臨んだ。

 マーラーの5番では熱狂させられたが、この日の2番では穏やかな感動に包まれた。
 とても良い演奏だった。
 マーラーの2番は、他の彼の作品同様、あるいはそれ以上に大きな音が鳴り渡る作品だが、実演に接し興奮するのとはまた違う面をもつ、深遠な音楽だということに気づかされた。
 それは、シャローンのはったりをきかせないアプローチのせいもあっただろう。
 札響の上手さを十分に堪能できる曲でもあった。

 忘れられない定期演奏会の1つである。

 マーラーの2番のCDとして、ここではエッシャンバッハ/フィラデルフィア管弦楽団他による演奏をご紹介しておく。

 2007年ライヴ録音。ONDINE。

   このCDの詳しい情報【タワレコ】
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   Mahler: Symphony No.2 "Resurrection" (5/2007) / Christoph Eschenbach(cond), Philadelphia Orchestra & Singers, Simona Saturova(S), etc


hitaruよりどっぷり感があるurukasu……♪JSB/コーヒー・カンタータ

Morihico1  確かにまぎらわしい
 日曜日にこけら落としとなった、札幌のhitaru。
 hitaru は kitara と混同しやすいので、urukasu(北海道弁で“米や乾物を水に漬けて吸わせふやかすこと”)の方がいいんじゃない?って意見も多くあるようだ。
 hitaruのネーミングに込めた意味合いが、“芸術に浸る”ってことなので、長風呂して指先がしわしわにふやけるくらい芸術にどっぷりってことなら、urukasuも悪くないって、私も思う。

 それはそうと、hitaruのある『さっぽろ創成スクエア』には、『森彦』のカフェ&レストランが入っているそうだ。
 『さっぽろ創成スクエア』そのものに足を踏み入れたことのない私は、もちろんここの森彦に行ったことはないが、菊水にある『MORIHICO STAY&COFFEE』には入ったことがある。地下鉄菊水駅の近く、HOTEL POTMUMの1階で、妻がこの店のことを調べ、近くに行ったついでに寄ってみたのだった。

  ココアもうまし!
 おもしろい空間だ。
 そして、壁の一面が書棚になっており、さまざまな本-古いものから新しいものまで-が自由に読めるようになっている。
 私の興味をそそる、鉱物図鑑やサボテンの本もある。

Morihico2

Morihico4

 そして、この本!
 懐かしい!
 中学生のころ、コーヒーを淹れることに(もちろん、そのあと飲むことに)凝っていた私は、この本を買い、バイブルのようにしていた。
 バッハの「コーヒー・カンタータ」のことも書かれていたりする。

Morihico3

 そもそも、この保育社のカラーブックス、ほかにも何冊か持っていたなぁ……

 バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)のコーヒー・カンタータそっと黙って、お喋りなさるな」(Kaffee-Kantate 'Schweigt stille, plaudert nicht)BWV.211(1734頃⇔35)。

BachHogwoodSet このころ、流行していたコーヒー熱を皮肉った内容の世俗カンタータ。
 10曲からなり、第1~8曲の詞はC.F.ピカンダー、第9~10曲の詞はバッハによるものと考えれている。

 ホグウッド/アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック,カークビー(S)、カヴィ=クランプ(T)、トーマス(Bs)の演奏を。

 1986年録音。オワゾリール。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
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   The Bach Recordings<限定盤>

 ところで、多くのもの(森彦のパンフやカップなど)は“MORIHICO”なのに、“MORIHIKO”っていうのもあるのは、意味あっての使い分け?それとも単純ミス?(ホームページのURLのなかではmorihikoが使われている)。

腹立つ警告。私は無実!♪ブクステフーデ/前奏曲とフーガBux WV.140

WEBONE_PSCR  確かにログアウトしたんです
 昨年、自宅の回線を『OCN光』から『auひかり』に切り替えたと同時に、メールも『OCNメール』から『au one net WEBメール』に替えた。

 このメール、なんだか画面がダサい。ダサいし、メールを読んでいて、前のメールや次のメールに写る矢印アイコンのようなものがなく-つまり機能がなく-なかなか不便。また画面右上の人影のイラストは、自分用の写真を登録できるのかと思いきや、そのような設定画面も見当たらない。こんな亡霊をずっと目にするのはいやだ。

 が、それはいい。

WEBONEMAILlogout 私がいつもいやぁ~な思いをしているのは、終了のためログアウトして、しばらくして再起動すると、このような画面が表示されることだ。

 もちろん、ちゃんとログアウトしているのに、私を疑い、叱りつけるのだ。

 たまぁ~に、上の正常なログイン画面が一発で表示されることもあるが、4回に3回は私を疑ってくる。
 ただ、これは自宅のwindows10機では現れない。こちらで使っている7歳になるwindows7機に現れる症状だ。

BuxtehudeOrgan  確かにわかりました、とは言えないんです
 ところで、先日、バッハの「トッカータとフーガ」ニ短調BWV.565が、バッハの作ではないのではないかと疑いをかけられているということを書いた。

 そしてまた、この曲について、ウィキペディアにはこんな気になる記述があることを発見した。

 なお、フーガ主題の前半はブクステフーデのオルガン作品《前奏曲とフーガ ニ短調BuxWV140》に見られる。

 ブクステフーデ(Dietrich Buxtehude 1637頃-1707 ドイツ)は、当時はデンマーク領出身のドイツ人で、北ドイツでオルガン音楽の隆盛を築き、ヘンデルやバッハに大きな影響を与えた。

 バッハは1706年に、無断で教会オルガニストの職務を離れたと、譴責を受けている。ブクステフーデのオルガン演奏を聴くために、リューベックまで徒歩旅行したのだった。

 そのブクステフーデの「前奏曲とフーガ(Praludium und Fuge)」ニ短調H.2-19, Bux WV.140(Bux WV.は、G.カールシュテットによる作品目録(Buxtehude-Werk-Verzeichnis。1974出版)の略。H.はJ.ヘーダー編のオルガン作品集(1951出版)の整理番号)。

 言われてみると、なるほど「トッカータとフーガ」ニ短調の主題っぽいのが出てくる。
 けど、私の耳には、それは「明確に」ではなかった。ボーっとしていたら、何ごともなく過ぎ去ってしまっただろう。

 スパング=ハンセンのオルガン演奏で。

 1990年録音。Classico。

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   Buxtehude: Complete Organ Works

 北海道胆振東部地震が発生したあと、北海道にいる妻と携帯でのやり取りが不自由になりかけたとき-回線状況とバッテリー残量の問題で-つくづく思ったこと。
 それは、むかしの固定電話なら停電でも使えたが、ひかり電話だと電気がなきゃまったくダメということ。モデムもルーターもぜーんぶ北海道電力さまに頼っていることを、あらためて思い知らされた。

詩情豊かな演奏を再び!♪舘野のシベリウス/即興曲Op.5-5

SibeliusTateno  舘野のシベリウスへの思い入れ
 『私の札響感動史』の第33話で、ハチャトゥリアンのピアノ・コンチェルトを弾いた舘野泉が、アンコールでシベリウス(Jean Sibelius 1865-1957 フィンランド)の「6つの即興曲(6 Impromptus)」Op.5の第5曲を取り上げてくれ、その曲、演奏がすばらしかったということを書いた。
 1992年10月の第340回定期のことだ。

 それまでシベリウスのピアノ曲を聴いたことがなかったが、この曲は何か特別な存在であるかのように私の前に現れた。そして、いまもひじょうに思い入れがある曲だ。

 1936年生まれの舘野はこのときもうすぐ56歳になろうというところ。
 いまの私とほぼ同じ年齢だが、あのときの舘野のようにいまの私が若々しくないのはなぜだろう?

 舘野は1965年にフィンランドに渡り、以後、ヘルシンキに住んで音楽活動をしてきた。シベリウス音楽アカデミーの教授も務めていた。
 2002年、リサイタル中に脳溢血で倒れ、右半身に後遺症が残ってしまった。
 しかし、1年半後に復帰し、左手のための作品を演奏している。
 私も氏が復帰した後に、左手の作品を取り上げた札響での演奏を2度ほど聴いているが(東京公演と定期)、定期ではミスが目立ったものの舘野の復帰のための努力に、ただただ敬服するしかなかった。
 
  もっと早く買っときゃ……
 それはそうと、その舘野はアンコールで披露した「即興曲」Op.5-5を録音してくれている。

 「シベリウス ピアノ名曲集」というアルバムで、私としては敬遠していたのだが-たとえば「即興曲」なら全6曲を弾いてほしい。このアルバムでは第5曲のみ-、このあいだの記事を書いていて、あの心しみいる経験を再び味わいたくてCDを購入した。

 いやぁ~、泉さんよ泣かしてくれるな、と言いたい。

 あの日、厚生年金会館にしっとりと響き渡ったそのものが、再現されている(って、CDの録音の方がずっと前)。

 1978年録音。EMI。

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 こんなことなら、意味のないこだわりなど捨てて、もっと早くに手元に置くべきだった。

「千夜一夜」で始まり、そして終わった一時代♪エリシュカ/SSOの最終公演

EliskaFarewell

  幸福、感謝、惜別が入り混じった会場の空気感
 2017年10月27日、28日両日に行なわれた札響第604回定期演奏会のライヴCD。
 多くの方がご存じのように、エリシュカの札響最後のステージである。

 プログラムは、スメタナの歌劇「売られた花嫁」序曲、ドヴォルザークの「チェコ組曲」。そしてリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。

 「シェエラザード」はエリシュカが札響を初めて指揮した2006年12月の第494回定期でのメイン・プログラム。
 今回の札響での最終公演では当初のメイン・プログラムはベートーヴェンの交響曲第3番だったが、エリシュカの希望で「シェエラザード」に変更された。
 衝撃的な、そして運命的と言っていい両者の出会いとなった曲を、この輝かしい時代の締めくくりとして再びもってきたのだろう。

 3つの曲の演奏について、アンサンブルが、楽器のバランスが、テンポが、アクセントが、フレージングが 、ダイナミクスがetc,etc……といったところで、何の意味もなさない。空虚でばかばかしいだけだ。

 つきなみな言葉だが、最初から最後まで『ニンゲンみのある音楽』が織りなされる。
 厳寒の雪まつり会場で口にするホットミルクのように、ほっとする温かみがある。

 「売られた花嫁」序曲は、どこかぎこちない。エリシュカがシューベルトの5番でやったようなスピード感はない。でも、それはまるで1つ1つの音が進むのを惜しんでるようにも感じる。

 「チェコ組曲」はこのディスクで初めて聴いたが、切ない激情の曲。
 初めて聴く曲なのに、さすがエリシュカと思わされるのが自分でも不思議。

 「シェエラザード」は、この曲の絢爛さを強調したものではなく、また土臭くもない。むしろ都会的な味わい。
 それにしても、札響の各奏者の上手さが際立つ。
 エリシュカとの最後のステージだという、ハンパじゃない気合が伝わってくる(コンサートマスターはけっこう緊張しただろうな。もちろん、このソロもお見事!)。

 上で、“アンサンブルが~”と書いたが、札響の演奏は、そのどれもが完璧ともいえるレベルであることを、申し添えておく。というか、完全にエリシュカと札響は一体化している!

 このディスクにはもう1曲、ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」も収められている(この音源は『札響50年誌』の付録CDにも収められていた)。
 2010年4月の第528回定期演奏会でのもので、私も聴きに行っている(A日程)。
 そのときの感想は“オケが乗り切れていない感じ”だったが、あらためて聴くと、けっしてそんなことはない。テンポがやや遅めなのが-「売られた花嫁」序曲に通じるものがある-そう感じさせたのか(中間部ではそれがかえって郷愁をそそる)、収録音源がB日程のものなのか(付録CDのものはB日程の日付が記されていたが、今回のは両日が記されている)、それともあの夜は私の方が乗り切れていなかったのか……

SSO528th

 最終公演に話を戻すと、『レコード芸術』2018年1月号の『読者投稿箱』に、神奈川県の加茂さんという方が、このコンサートについて寄稿している。
 演奏と会場の様子を見事に描いたとてもすばらしい文章だ。勝手に載せさせていただきごめんなさい。

RecoGei201801Dokusha

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   ※10/9 11:00~10/12 23:59 ポイント10倍キャンペーン開催

MNは『幕の内無し』の略号である♪ナイマン/フリューゲルホルンとピアノ

BaroqueTrpIrish  10月4日・北島三郎の誕生日
 木曜日と金曜日の朝は、昼食用の弁当を求めLAWSONに立ち寄った。

 北海道から戻ってきたこともあって、久々にけっこうお気に入りの『関西満彩幕の内』を求めてのことだったが、木曜日は棚になし。

 かなりしょんぼりして、代わりにバラエティミックス弁当というのを買った。
 
 小さなハンバーグ、コロッケ半個、チキンカツ3切れ、ちくわの磯辺揚げ、豚肉の生姜焼き風煮物、明太子ひと絞りってものだが、レンジアップする習慣のない私がいつものように食べたものの、チキンカツの衣の厚さと硬さには「喝」を入れたくなった。
 この弁当、(今日時点で)LAWSONのホームページには載っていないのはなぜなんだろう?


  10月5日・吉田沙保里の誕生日
 またもやMN!『関西満彩幕の内』は棚になかった。

 もうはや廃版となったのか?
 いや、LAWSONのホームページには近畿の地域商品として掲載されている。
 でも、あの店にはなかった。2日続けてなかった。

LAWSON_Iroiro かなり悔しい思いをして、代わりに『いろいろおかず幕の内』を買ったが、これにも1/2のコロッケが入っている。
 どうしてコンビニの幕の内弁当にはコロッケが決まりごとのように入っているのだろう?しかも、決しておいしいとは言いがたい場合がほとんどだ。

 世の中、そんなに「コロッケが入ってなきゃ幕の内じゃない」と抗議してくる人がいるのだろうか?

 ハンバーグも入っているが前日のものとは違う。化粧をしていないすっぴんの格闘直後のサオリンを思わせるハンバーグが食欲をあまり誘わない。が、味はふつうだったし、軽石のように硬くもなかった。

 皮肉なことに、このなかでいちばんおいしかったのは、痛々しく半分に切られたウインナーだった(SABAもおいしかったけど)。

  10月2日・プリティ長嶋の誕生日
 話は全面的に変わるが、三浦綾子の「塩狩峠」に、丸惣旅館というのが出てくることをここで書いた。
 そして、丸惣旅館のことは知らないが、ホテル丸惣っていうのが時計台の道を挟んで真ん前にあったはずだとも書いた。いま、MNビルが建っている場所だ。

 千葉課長たちと食事をしたことをちらっと書いたが、その店が時計台の近くだったので、わたしはブラタモリならぬブラチンコのように、探索してみた。いや、ブラチンコに深い意味はない。浅い意味すらない。

 すると、私の推測は名犬ラッシー、いや、名探偵コナンのように的中した。
 MNビルは丸惣と関係があったのだ!


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 って、Mは丸惣、Nはニッセイってことかいな?

 イギリスのミニマリスト、ナイマン(Michael Nyman 1948-  )の「フリューゲル・ホルンとピアノ(Flugelhorn and Piano)」。
 そのまんまの曲名である。そして、曲名そのまんまの楽器の組み合わせである。加えて作曲者のイニシャルはMNなわけである。

 私が持っている音源は、アシュトンのトランペット、レネハンのピアノによる演奏。

 1992年録音。ヴァージン・クラシックス。

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   Baroque & Contemporary Trumpet / Ashton, Ruddock, et al

 モヤモヤが解決し、1丁角、私は東へ。

 そこで『さっぽろ創成スクエア』とやら-低層棟には札幌文化芸術劇場hitaruがある-外観を拝み、ついでにテレビ塔に祈りを捧げた(なんの?)。

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 『さっぽろ創成スクエア』にはMORIHICO(森彦)のレストランとカフェも入っているという。
 店によってコンセプトが違うMORIHICO。私は白石区菊水にある店に行ったことがあるが、その話を書くのを忘れていたので、忘れていなければ後日また。
 
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道央の空のご機嫌
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