新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の刺激的出来事について多少不真面目に書いています。

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

キリストの場合は復活なわけで……♪ロドリーゴ/祈りと踊り

IMGP1133  なぜギタをキと読み間違えるんだか
 何日か前に、タワーレコードからメールが入っていた。

 そのタイトルを最初に目にしたとき、私は“復帰が待ち望まれたキリスト”と読んでしまった。

 「復活祭オラトリオ」の新盤が出たから好評予約受付中だというご案内かと思いきや、それに続いて村治佳織とある。

 きちんと読むと、“復帰が待ち望まれたギタリスト・村治佳織が5年振りに新作を発表!『ラプソディー・ジャパン』”だった。

 ギタリストをキリストと読み違えるなんて、私もモウロクしたものだ。
 キリストは復帰しないし……

 キリストといえば、先日BookLive! でドストエフスキーの「キリストのヨルカに召された少年」(神西清訳)を購入した。
 購入したといってもタダ。青空文庫の1冊だが、このシリーズは代金ゼロなのである。
 ラインナップは短編が主体だが、エッセイもあり、古典文学を財布のことを気にせず読めるのがうれしい。
 専用端末(Ledio)がなくても、パソコンやアンドロイドなどでもダウンロードして読める。

 で、この物語。
 おじさんはウルウルした。
 児童向けのお話のようだが、な、な、なんてかわいそうな少年なんだろう!

   キリストのヨルカに召された少年

  ROICE'に、なぜかギターが
 ということで、いったん話は変わる。

 秋分の日に札幌の隣町・当別町に行ってきた。
 どうしてもあのソバを食べてみたいからである。

 当別の町境に入ったとき、まだ昼食時間には早かった。
 なので、ROYCE' の工場に寄ってみた。
 この町の太美(ふとみ)という地域(住所はビトエ)にROYCE' の工場があり、直売所もあるのだ。

 直売所はこじんまりしていたが、すべての商品はそろっていた(たぶん)。
 混んでいるわけではないが、失礼ながらこんな場所なのに、お客さんは途切れることなくやって来る。
 なお、この店舗ではパンは売っていなかった。

 店の中になぜかギターが飾ってあった。
 説明文を読むと、当別町には原田ギター工房っていうのがあるそうだ。
 ふるさと納税の記念品にもなっている(けど、100万円以上じゃないと選べません)。

RodrigoYamashita ほぅれ、話がギターに戻った。

 ギターというと、私の頭に真っ先に浮かぶ作曲家はロドリーゴ(Joaquin Rodrigo 1901-1999 スペイン)だ。

 ロドリーゴの作品から、今日は「祈りと踊り(Invocacion y danza)」(1961)。
 「ファリャをたたえて(Hommenaje a Manuel de Falla)」という副題をもつギター独奏曲である。

 私が持っているのは山下和仁の演奏によるCD。

 1986年録音。RCA。

 私が持っている写真のCDは廃盤。
 同一音源と思われるものを収めた盤をご紹介しておく。

   この演奏(たぶん)を含むCDについて 【タワレコ】
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   コンポステラ組曲~ミュージック・オヴ・スペイン

 チョコを買った私たちは、あのそば屋を目指した。(続く)

    

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新しき背広を着て、旅の出発点は苗穂?伊福部/座頭市血笑旅

IfukubeHayashi  JR北海道の一大拠点
 4日前の会議は札幌の中心部ではなく、東区で開かれた。
 そこで私は苗穂駅までJRを利用した。

 苗穂駅で乗り降りすることは、私はほとんどない。

 中学生のときに友達とここに来てSLの写真を撮った。

 子供が小さいとき、鉄道の日のイベントで会場となるJR苗穂工場を訪れた(今年は今日が公開日である)。

 6年前の人間ドックで、健診センターの最寄り駅である苗穂駅に降り立った。

 その程度である。

 上に書いたように苗穂駅には車両工場があり、大きな敷地を有している。
 この敷地があるため、駅の南北は分断されている。

 北側にはArioやサッポロビール園がある。が、駅に北口はない。
 駅の唯一の出入り口である南側に出ることになるが、Arioの方に行くには長い“おか橋”(跨線橋)を渡るか(ここに苗穂駅が移転するらしい)、もっと札幌寄りにある開かずの踏切を使うしかない。

 さて、会議が終わり、このあたりをうろついたが危うく迷うところだった。
 東西南北を一瞬見失った。

 が、苗穂工場の給水塔を目印にしていたので、少なくともどんどん苗穂駅から離れてしまうってことはなかった。この点が、山菜採りの老人と私との危機管理の違いである。

IMGP1112

IMGP1109

  SLチックなディーゼル機関車
 ところで、苗穂駅のホームに降り立った時に、珍しいものを見た。
 鉄道ファンを辞して久しい私だが、やはりほんのちょっぴり血が騒ぐ。

 黒塗りのディーゼル機関車なんて初めて見た。
 しかも、スーパー宗谷で使われるキハ261系をどっかに牽引していくところだった。
 それを見続ける時間は私にはなかったけど……

IMGP1106

 駅舎(ホームに面した側)には粋なような、そうでもないような看板が。
 萩原朔太郎の「旅上」である(“旅情”ではない)。

IMGP1107


 そうでもないようなって思ったのは、きっと最後の“苗穂発”ってところから。
 旅行でこの駅から出発するって人は、あまりいそうにもない。快速も特急も停まらないから。まっ、普通列車に乗ってどこかで乗り換えるって方法はあるが……

 ホームから改札口に向かおうと、おとなげなくゆっくり階段を上っている若い母と3歳ぐらいの子の2人を急ぎ足で追い抜き跨線橋に上りきると、ちょうど特急が。

 ヘッドマークは“臨時”。
 おそらく、現在運休しているスーパーとかちやスーパーおおぞらの代わりに札幌⇔トマム間を1日3往復している列車だろう。
 
IMGP1108

  血で笑わんで!
 1964年の大映映画「座頭市血笑旅」。
 主演はもちろん勝新太郎。

 そして音楽は伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)である。

 全曲を聴きたければ、DVDでオリジナルのサウンドを求めるしかないが、録音は当然ながらモノラル。
 ステレオで聴きたければ、(もちろんほんの一部だが)林友声/上海交響楽団が1997年に録音しなおしているものがある。良い音、大きな編成で聴きたければこちらということになるだろう。

 ただし、このCDは廃盤。中古品を求めるということになる。

   このCDの中古盤情報 【Amazon】
   伊福部昭 映画音楽選集

   映画のDVDの詳しい情報 【タワレコ】 ※ポイント10倍キャンペーン期間延長開催中!
   座頭市血笑旅

 それにしても、血笑旅ってすごい言葉だ。

 地方まで出向いていく献血車の場合は、血漿旅ってことになるんだろうけど……

    

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子どもたちはちょっと出かけているだけ、ではなく♪FD/Swallows

IMGP1122  驚くべき自立スピード
 わが家のナツツバキに営巣したキジバト(ヤマバト)。

 2羽のヒナがかえり、あっという間に大きくなり、巣から糞を垂れ流し、ぎこちなく飛行練習をし、庭を散歩するようになった。飛んでは巣に戻りを繰り返し始めたのはほんの1週間ほど前のことだ

 20日の夕方。
 妻が外出先から帰宅すると、2羽が庭で遊んでいたという(←シャレではない)。

 しかし、21日の早朝は、そして日中も、さらに暗くなっても、巣は空っぽのまま。
 妻が見たのが、この双子の最後の姿になったのだった。

PINBALL  ちょいと出かけたのではなく……
 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の「ふと私は思う,あの子たちはちょっと出かけただけなのだと」のタイトルが頭に浮かぶ。歌曲「亡き子をしのぶ歌(Kindertotenlieder)」(1901,1904)の第4曲である。

 が、この曲は父親が死んでしまった子どものことを歌っているわけで、あのポーポーJr.たちは死んでしまったわけではない(きっと)。
 寒くなって来たので、習性通り南へと飛んで行ったのだろう。
 ナツツバキの茂みの中の巣は空き家になった。

 そしてまた、私は村上春樹の「1973年のピンボール」(講談社文庫)のなかのあるエピソードを思い起こす(この小説とマーラーの「亡き子」は、私の中でほのかに結びつくのだ)。

 “僕”に言わずに、勝手にゴルフ場に遊びに行った双子の女の子、208号と209号のことである。

 ……僕は心配になった。僕と一緒でなければゴルフ・コースに入らないように、と言いきかせてあったからだ。事情を知らないものには夕暮のゴルフ・コースは危い。何時ボールが飛んでくるかもしれないからだ。……

 ……丘を上ったところで双子をみつけた。……


 この双子は、物語の最後にはバスに乗り、“僕”に窓から手を振って去って行った。

IMGP1125 が、こっちの双子は家のひさしに“お印”を残して、最後の最後まで失礼し放題なまま姿を消した。

 ディーリアス(Frederick Delius 1862-1934 イギリス)の「去りゆくつばめ(Late Swallows)」。

 おまえのところのは、ツバメじゃなくてハトだろって?
 そうですよ。
 それが何か?

 弦楽合奏のこの曲は、弦楽四重奏曲第2番(1916)の第3楽章を、弟子のフェンビーが編曲したもの

 この弦楽四重奏曲は1916年に3楽章構成で作曲されたが、翌17年にディーリアスはスケルツォ楽章を追加している。

 デル・マー指揮ボーンマス・シンフォニエッタの演奏を。

 このディーリアス作品集は、ディーリアスのしっとり感を堪能できる隠れた名盤だと私は思っている。

 1977年録音。シャンドス。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   Delius: On Hearing the First Cuckoo in Spring, etc / Del Mar

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY

DeliusCookoo

 昨日、22日の朝。

 近くの電線にヤマバトの姿が!

IMGP1130

 “ウチ”のポーポーちゃんJr.かと思いきや、結局わが家の庭に近づくことはなかった。
 きっとよそのお子さん、さしずめ210号ってものだったのだろう。

 この子の姿の上には月がぽっかりと浮かんでいた。
 それを見て、なぜかちょっぴりおセンチになった私である。

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つぼみを切り落とすのは愛情ゆえ♪シベリウス/Sym1

  朝晩は寒いんです。いえ、ホントに
 もうすっかり空は秋である。
 日中の太陽も、8月のような暴力性はない。

IMGP1099

 今日の予想最高気温は21度である。
 で、予想最低気温(って、もう夜明け前に記録したのかもしれないが)は13度である。

 日中は過ごしやすい冷涼な気候だが、夜になればずいぶんと下がる。
 おまけに、おととい発表された基準地価では、わが家のあるあたりはまたまた下落した。

  地道に冬に向けての準備
 庭のバラたちの多くも、けっこう強く剪定してしまった。
 つぼみは持っているが、それが1個や2個の場合は、惜しげもなく剪定。
 株が体力温存できるように方針を変更した。

 いままだ旺盛に咲き、つぼみも多くもっているのは数株。

 写真は、上からイエスタディ、エリドゥ・バビロン、ボサノヴァ、シャーロット・オースティンである。

IMGP1100

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 なお、イエスタデイは原則、シーズン中は剪定しないし、花がらも摘まない。
 ローズヒップ(つまりバラの実)を鑑賞(ってほどのことじゃないが)するためだ。

Sibelius1Odaka  この悔しいまでの冷涼感……
 さて、こんな気候になると、個人的にはシベリウスの季節である。

 シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957 フィンランド)の交響曲第1番ホ短調Op.39(1899)。

 この曲が秋、そして冬に向けての音楽に感じるようになったのは、ここに書いたとおりである。

 3年前にも取り上げた尾高忠明/札幌交響楽団の演奏を。

 2013年ライヴ録音。フォンテック。SACDハイブリッド。

   このSACDハイブリッド盤の詳しい情報 【タワレコ】
   シベリウス:交響曲 第1番 交響曲 第3番

 でも、名古屋の最高気温の予想は今日は25度(で雨)。
 おお、過ごしやすくなったか!と思いきや、24日は30度(で晴れ)。

 信じがたい……

    

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生姜焼きに模様のある皮がついている件について♪Anonの曲

Under the Greenwood  看板に偽りあり?
 先週の話だが、外に出たついでに“ほ〇〇なんとか”という、つまりは出来立て弁当屋に立ち寄った。

 時刻は10時半すぎ。来るべき昼どきの戦場さながらの混乱などまったく感じられない静かで落ち着いた店内。
 床も洗浄したてで、うっかり八兵衛なら滑って転んでしまいそうだ。

 私はカウンターの上に写真が立てられていた日替わり弁当を頼むことにした。
 それまでカツ丼にする予定だったのに、瞬時にして日替わりに方針を変更したのだ。

 だって、生姜焼きにミックスフライなのだ。ミックスの正体が何かは知らないが、生姜焼きという言葉に私はひどく弱いし、ミックスという言葉も嫌いではない。

 弁当が出来上がり、手渡され、出口に向け右向け右!をしつつ、ちらっと袋の中を見ると、え、えぇ~っ!

 透明のふたごしに見えたのは、どう見ても生姜焼きではなく、かといって出血大サービスの豚塊り肉のあぶり焼きでもなく、文様が縄文的なサバの塩焼きの半身。
 なかなか大きなサイズで、ご飯の上に堂々と横たわっている。サバの塩焼きの半身好きにはたまらない一品だろうが、個人的には絶対選択しないメニューだ。

  クレーム対象になるか?
 でも、なぜ生姜焼きがサバに化けたのだ?何がミックスしたのだ?
 生姜焼きっていうのはサバの半身の生姜焼きで、ミックスフライっていうのは横に置かれた鶏のから揚げのことを、場違いに仲間入りさせましたってことか?

 もう一度カウンターの上の写真を見る。
 と、“月曜日 本日の日替わり”とある。今日は火曜日だ

 ちっ!

 開店してすぐだったので、札を換えるのを忘れていたらしい。

 けど、そんなことで騒ぎ立て、ぶーたれる私ではない。
 何事もなかったようにそれを受け取り、出口専用の自動ドアへ向かった。

  しゃべられたら困るので監禁?
 出口専用の自動ドアは開かなかった。
 私を帰さない気か?

 いや、これまた開店すぐで(って、もう30分は経ってるんだけど)、単に解錠し忘れてたらしい。

 青魚は体にいいのさ。しかも、サバって漢字で書けば魚へんに青。ヘルシーの極致に違いない。

BerliozFaust そう言い聞かせ、私は正真正銘の本日の日替わりである、サバの塩焼き弁当を物憂げに食べたのだった(もちろん生のメス羊の風味は皆無)。

 ごはんにしみ込んだサバの脂の味がちょっといやだった。
 しくしく……

 でも、500円でこれならコスパは高い!

 「ロビン・フッドと皮なめし工(Robin Hood and the Tanner)」。作曲者不詳(Anonymous)の曲である。

 このような曲を取り上げるなんて(しかも季節はずれだし)、ヤケになっていると思われるかもしれないが、それは誤解だ。
 ただ、行き詰っただけだ(サバティーニがテノールで参加している、C.デイヴィス指揮ベルリオーズの「ファウストの劫罰」も有力候補だったが、廃盤なので断念した)。

 デリック主宰のエスタンピの演奏で。

 この古楽作品集は、ここでも取り上げているので興味があればご覧いただきたい。

 1995年録音。ナクソス。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Early Music - Under the Greenwood Tree / Derrick, Estampie

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY
 
 ちなみに、この弁当チェーン店の“鮭幕の内弁当”は、う~ん、この値段の割にはなぁ。コスパは低い。
 FANNYの弁当より高いわけだし……

    

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一見鶏中華風乃美味黄鶏蕎麦於浦臼♪杉谷昭子のLvB/p協

  そばが食べたくなった
 連休の中日(ドラゴンズの状況ではなく、中間の日という意味)。

 私は前日の柴刈り(芝刈りではない)後の枝の始末に疲れ、妻は特に用事もなく、長男も予定がない。
 加えて、私はどこかに出かけたいという気持ちとそばを食べたいという気持ちが融合し、その結果2人とともにそばを食べに出かけることにした。

 ネットで近隣を調べると、近隣とは全然言い難いがなんと浦臼町がそばの産地であることがわかった。
 “牡丹そば”という品種が栽培されており、今週末(24~25日)には“そば祭り”が開催されるほどの町なんだそうだ。
 浦臼は空知管内とはいえ、札幌も含まれる石狩管内と同じ道央圏。なのに私はそのことをちっとも知らなかった。

 そもそも私と浦臼町との間にはまったく縁がない。
 多分、これまで行ったことがあるのは1~2度だけ。それも車で通過しただけだ。札幌からなら車で1時間以上かかるし、JRなら浦臼まで行く列車は1日6本しかない(しかも直通ではなく石狩当別で乗り換えである)。

  まるで「乗るな!」って感じ
 ちなみにこの札沼線(通称・学園都市線。なぜ“札沼”かというと、もともとの計画では札幌⇔石狩沼田を結ぶことになっていたから)の終着駅である、浦臼よりさらに先の新十津川まで行く列車(石狩当別⇔新十津川)は1日1往復のみ。始発便が最終便ってもの。
 下りは当別発7:45→新十津川着9:28。しかし上り便は新十津川発9:40→当別着11:03.

 つまり、朝の下り列車が新十津川に到着し、その12分後に上り便として折り返すのだが、もしJRしか移動手段がない人なら、新十津川に行っても何の用も足せないダイヤだ(おしっこをする時間はあるが)。
 1泊2日の行程とならざるを得ないが、泊めてくれる友人・知人、親類がいないとつらい(宿はあるのだろうか?)。もっとも、新十津川から滝川は近いが……

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 JR北海道が廃止したがっているいくつもの路線のなかに、北海道医療大学⇔新十津川間があるが(輸送密度が北海道でワースト1)、このダイヤじゃ利用せって方が無理だ(北海道医療大学駅は石狩当別より1つ新十津川側の駅で、札幌から医療大学までが電化区間)。

  そばの産地なのに、そば屋は2軒のみ
 さて、じゃあ浦臼にはそば屋がたくさんあるのかというと、ネットで検索しても出てきたのは2軒だけ。
 そのうちの1軒を目指した。

 国道275号を北上。
 当別町では、先日行った“かばと製麺所”の、この日も長く連なる行列を横目に車を進めた。

 目的の店は“わか杉”。
 275号線沿いにあった。
 浦臼駅もすぐ近く。

 駅にはディーゼルカーが停まっていた。
 12:14に着いて、折り返し13:21発石狩当別行の列車だ。
 数少ない貴重な列車を目にできてラッキーだった(ような気がした)。

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  こういう店っていいなぁ。美味しいし
 “わか杉”は適度な混み方。
 大将(?)の「いらっしゃいませ!」という声に迎えられる。

 待たされることはなく、私たちは個室になっている小上がりへ案内された(そのあともコンスタントに客-家族連れが主体-が訪れた)。

 メニューを見ると“そば屋”であることは間違いないが、ご飯ものも充実。
 いずれもリーズナブルな価格設定。

 焼酎やウイスキーのボトルキープもできるようで、地元の人たちの夜の社交場にもなっているのだろう。
 飲んで、〆にそばって私には理想形。うらやましい。
 
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 私はかしわそばと鰹のおにぎり、妻は天ざる、息子はカツ丼セットを頼む。

 ところで鶏肉のことをかしわというが、それを漢字で書くと黄鶏なんだそうだ。
 かしわというのは日本在来種である羽が褐色のニワトリのことで(だから黄鶏)、それが今では鶏肉のことを総じてかしわと呼ぶようになったらしい。

 壁には“牡丹そば”についての説明が書かれた張り紙が。

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 伊達のびっくりドンキーでハンバーグを食べたのは盆明けのことだった。
 どうでもいいことだけど……
 
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 妻が頼んだ天ざるの天ぷらは、仰々しく厚い衣をまとったものではなく、実直で家庭的な感じのもの。
 一口分け与えてもらった麺はひじょうにコシが強く、風味も力強いもの。良いそばだ。つゆはやや甘めで私の好み。

 息子が頼んだかつ丼セットは、丼とそばそれぞれがハーフサイズ。
 もちろん味見させてくれるわけがない。

 私が頼んだかしわそば。

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 かしわと薬味の小口切りのネギ以外にも、うまいぐあいに火が通ったねぎが入っている。このねぎの甘みが、これまた斬新的に美味しい。ほかにワカメと水菜が。

 メニューに載っていた写真を見たときも思ったが、その姿はラーメンのよう。
 あるいはまた、山形で食べた鶏中華を思い起こさせたが、もちろんこちらはまぎれもなくそば。

BeethovenPf3 めんは硬すぎず柔らかすぎず。でもしっかりとしている。
 つゆも薄すぎず濃すぎずで、だしがきいている。
 涙が出るほど美味しいという突出したものではないが、庶民的な感じから逸脱しないぎりぎりのところでの匠の味って感じで、とても美味しいそばだった。
 なお、おにぎりも塩加減が絶妙。鮭があればもっとうれしかったのに……

 あぁ、“わか杉”で食べすぎ。
 でも、反省するこちょなんてなく、大満足。
 接客も家庭的で心地よかった。

 以上の話とあまり関係ないが、杉谷昭子が弾く、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(vn協奏曲を作曲者自身がp協奏曲に編曲したものも収録。オスカンプ指揮ベルリン交響楽団。1993-94年録音。ブリリアント・クラシックス)を、私はそのうちヤフー・オークションに出そうかなと思っている。
 
 タワレコによるとすでに廃盤だが、Amazonでは新品、中古ともいまのところ入手可能。

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   ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集(3枚組) 

 浦臼では神内ファームがあか牛を飼育している。
 “わか杉”にも神内和牛あか牛そばっていうのがメニューにあった。
 牛肉とそばって、どんな感じになるのだろう?

 でも、そう考えてみれば浦臼って、ワインやメロンもあるし、けっこう名産品がある町なんだな。

 さっ、今日は仕事だ!

    

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新たな建造物を発見♪ストラヴィンスキー/バリモントによる2つの詩

 【前回のあらすじ】
 今回帰って来てナツツバキの葉の間からキジバトの巣を見てみると、そこには驚くべき光景があった!……だから今日へ続いてるワケ

Kijibato20160916  夫婦ではなく、兄弟(または姉妹)だった
 昨日1週間前のことを書いたが、巣に雛が1羽いるのを確認したものの見捨てたんじゃないかというくらい親が帰って来ない。

 ところが金曜日の朝、見上げる形ではあるが葉の茂みの間から、変態オヤジのようにのぞき見してみると、なんとあのつがいがいるではないか!

 なぜ夫婦そろってすまして座ってる?子どもはどうした?

 いや、ちょっと待てよ(←いや、私が)。
 親にしては一回り小さい。

 ってことはこの子たちは、1週間前には巣から頭が見える程度だったチビ雛か?
 あまりに成長が速い気がするが、それ以外考えられない。

 そして、これで急に糞が垂れてきたことにも納得した。
 親だけの時は糞は落ちてこなかった。きっとお出かけしたときにどこかで済ませてくるからだ。自宅は汚さないのだ。
 年金暮らしのお年寄りが、水道代節約のために苦肉の策として自宅のトイレを使わず、買い物に出かけた先で用を足すように心がけているという話に共通しないでもない。

 しかし子はまだ出かけられない。ただ大きくなって、糞はするようになった。
 まさに糞たれ小僧のごとく、垂れ流すしかない。

 さらに、1週間前は雛は1羽しか確認できなかったが、キジバトは卵を2つ産むという説を証明するかのように、間違いなく2羽いる。まるで二卵性双生児のように。
 糞もダブルである。

  親は見捨てていなかった
 そして土曜日の早朝。
 母親か父親かはわからないが、親が巣に飛んできた。

 彼女(もしくは彼)は、ちゃんと親としての義務を果たしていたのだ。
 戻ってくる頻度が少ないのは、日中パチンコ屋に入り浸っているのではなく、昨日紹介した“説”のように子の自立を促しているのだろう。
 ニュースにしばしば取り上げられるバカで身勝手すぎるニンゲンの虐待親より、はるかにまともである。

 さらにこの日の午後、私が草取りをしていたところ、ひどく大きな羽音がした。
 また親鳥が帰って来たのだった。あんなにバタバタしなくてもいいだろうに。明らかに私を威嚇している。

 そのあとすぐさま親と、もう1羽が飛び立った。あとを追った方は、すぐにわが家のバルコニーの柵にとまった。こちらが子どものようだ。
 飛び方の特訓を受けているようだ。
 親が「私に続け!」とばかり先に進んだが、おぼつかない飛び方ですぐに休憩したらしい。

 が、親のあとを追ったのは1羽だけ。
 巣を除くと、もう1羽は巣の中で鎮座していた。

StravinskySrtBoulez 私が気を遣って庭から家の中へ撤退すると、子らしい方が庭に戻って来て、いっちょ前に地面を何度かつついて(アリでも食べていたのだろうか?だとしたらありがたい)、そのあと巣に戻った。
 こんなに温かく見守ってあげているのに、やはり私のことは邪魔者として警戒しているようだ。

 ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovich Stravinsky 1882-1971 ロシア→アメリカ)の「バリモントによる2つの詩(2 Stikhotvoreniya Konstantina Bal'monta)」(1911/改訂1947)。

 第1曲が「忘れな草,愛のささやき(Myosotis, d'amour fleurette)」。第2曲が「(Le pigeon)」。

 バリモント(1867-1942)はロシアの詩人。

 ストラヴィンスキーはバリモントの詩をカンタータ「星の王」(伊福部昭が「変わった作品」と言っているものだ)でも用いている。

 「春の祭典」を作曲しているころに書かれたこの歌曲、やはり同じ時期に書かれた「星の王」と同様に不思議触感な音楽だ(改訂された1947年というのも、「春の祭典」の改訂と重なる)。

 ブリン=ジュルソンのソプラノ独唱、アンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏を。

 1980年録音。グラモフォン。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Boulez Conducts Stravinsky

  もう少し耐えてね、masaさん
 ところでポーポーちゃんの巣を除いているときに、同じナツツバキの木に別な、もっと小ぶりで深型の巣があることを発見した。

 しかし何かがいるような気配は感じられない。

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 にしても、今年はナツツバキが鳥たちに大人気だったようだ。
 これもひとえに私に対する信頼の証である。って、さっき書いたことと矛盾してるけど……

 ポーポーといえばmasaさんである。
 なぜかわからないだろうが、そうなのである。
 masaさんとポーポー(でも、こちらのポーポーはハトとは関係ない)は強固に結びついたイメージがあるのである。

 そのmasaさんについては、読者諸氏のなかにもご存じ、というか、記憶に残っている人もたぶんほとんどいないだろうが、新得の人である。
 台風10号で大きな被害を受けた町だ。
 一大イベントである“そば祭り”(今年は特に大きな催しが企画されていた)は、今週末開催予定だったが中止された。訪れる人の交通手段がいまも限られてしまっていることと、断水しているためだ。

 15日にmasaさんからメッセージが届いた。
 コメントと違いメッセージなので原則非公開にしなければならないが、その主旨はこうだ。

 ・ 相変わらず断水が続いている。
 ・ 出張など全てが延期、もしくは中止のためずっと家にいる。
 ・ 断水を100%経験している。
 ・ つまり、まいったもんである。

 このメッセージが届いた翌日の北海道新聞の記事によると、新得の隣の、これまた大きな被害を受けた清水町は15日に水道が全面復旧。同日現在、新得町では断水している2636世帯のうち、生活用水が使えるようになったのは半分強。ただ、飲料として利用できる全面復旧は29日ごろになる見通しだという。

 あと、10日もある。

 が、先ほど届いた北海道新聞朝刊によると、昨日水道が全面復旧した。18日の水質検査の結果、飲み水としても利用できるようになったという。

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 masaさん、ホントよかったですね!

 また、同紙1面には、あの報道が速報とはいえやはり一面でしか物事をとらえない不安をあおるあものだったことを証明するように、タマネギ平年並みという記事が。

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 あの局の朝のニュースでは、新聞各紙の記事内容を紹介するコーナーがあるが、この記事をどう扱う?

    

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私はどんなことがあってもお母さんだから♪吉松/鳥は静かに…

  あまり近寄るなという警告か?
 ポーポーちゃんだが、このあいだ不思議と糞をまきちらさない、実に上品で礼儀正しいやつだとほめたとたん、おやおや、木の幹や葉に白いものが……

 まあ、しょうがないな。鳥だもん……
 見ようによっては、黒すす病の黒さとのコントラストがすてきかも。


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 プルーンの木を大胆に剪定したということを書いたが、切る前はこんな様子だった。


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 それを手鋸と電動鋸の両方を駆使し、剪定後はこうなった。


IMGP1071

 うん、剪定というよりは伐採に近い。
 砂漠にある柱サボテンっぽくもある。
 これを見た妻が一瞬絶句したが、実行犯である私でさえも、それも無理はないなと思う。

  パパもママも帰ってこないの……
 このようにギコギコ、ガーガーやっていたせいだろうか?

 その後ポーポーちゃんの姿が見られなくなった。

 騒音に嫌気をさして、あるいは警戒して巣を放棄したのだろうか?

 ネットでいろいろ調べてみると、キジバトはそこそこ警戒心が強く、場合によっては子育てを放棄して巣に戻って来なくなることも珍しくないという。


 その子育てだが、下から巣を見ると、いたのである。ヒナが!

 しかももうけっこう大きくなっている。
 今までは小さくて見えなかったのが、巣から頭が見えるようになったようだ。
 しかも時おり頭を動かすが、鳴き声をあげることもなく実に静かにしている。
 手のかからない子だ。

 キジバトは1度に2つの卵を産むというが、私が確認できたのは1羽だけだ。


 それにしても、こんな子がいるのに戻ってこないなんて、母親として高畑淳子を見習えと言いたくなる(って、あの人はけっこう過保護な印象を受けるけど)。

 私が抱いているヒナ鳥のイメージは、口を開けて親が頻繁に運んでくるミミズなどを口移しでもらうってもの。
 が、このヒナは達観したかのようにじっとしている。
 全然親も戻ってこない。
 親がもう戻ってこないとなると餓死する危険もある。


  いわゆる流動食ってものか?
 またまた調べると、キジバトは虫とか穀物とかを親が運んできて与えるのではないという。
 親がピジョンミルクというものを体の中で作り、それを与えるんだそうだ。
 そのことを知らずにいると、「子どもにゲロを飲ませた。虐待だ」って騒ぎになりかねないところだ。

 そういうこともあって、頻繁に子に餌付けする必要もないのだそうだ。

 とはいえ、それにしても帰ってこない。

 しかし、こんな情報も。

 キジバトは庭や公園の木でも繁殖するので、よく「巣に親鳥が戻らないのでどうしたらよいか」という問い合わせを受ける。だが、巣の近くで人が見ていることを警戒して戻ってこないこともある。また、ひなに頻繁に虫を運ぶ小鳥と違って、ピジョンミルクのおかげで給餌回数は少なくてよいし、小鳥でもそうだが、ひなの巣立ちを促す頃に親はあえて給餌しなくなることも知っておきたい。

 そうかい?
 安心していいのかなぁ。
 心配しても手の出しようはないし、ほんとに警戒して子を捨てて去ったのなら、責任は私にある。
 プルーンの木の姿があまりにも変り果てたので、自分の巣の位置がわからなくなったてこともあるかも。それもすべて責任は私にある。

YoshimatsuMemoFlora 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「鳥は静かに…(and Birds are still…)」Op.72(1997-98)。

 弦楽合奏のための曲で、作曲者はこう述べている。

 弦楽アンサンブルのための短い悲歌として書かれたこの曲は、一羽の鳥の死を仲間の鳥たちが静かに黙して囲んでいる...といったイメージから生まれたもの。元々はあるアマチュアのアンサンブルから「亡くなった仲間への追悼の意を込めた短い弦楽アンサンブルの作品を...」と委嘱されて構想したものだが、後に委嘱は破棄されてこの作品だけが残ることになった。

  曲は、短く断片的な歌がかすかな歌となって形をなしてゆき、メランコリックな遠い思い出のようなメロディとなって歌われた後、ふたたびまた断片として融けるように消えてゆく…というシンプルな形式で出来ている。

  1997年夏から98年春にかけて作曲され、3月に完成。最小12名(4-3-2-2-1)から最大37名(12-9-6-6-4)の弦楽アンサンブルで演奏可能である。op.72。

 藤岡幸夫/マンチェスター・カメラータの演奏で聴くことができる。

 1998年録音。シャンドス。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Yoshimatsu: Memo Flora

 なんか縁起でもない曲、とりあげちゃったかな。

 なお、以上の観察日記は1週間前までのこと。

 そして、今回帰って来て見てみると、そこには驚くべき光景が! ……(明日へ続く)

    

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蔵に積み重なった黄色いごちそう♪テレマン/ターフェルムジーク

IMGP1070  鬼め!悪魔め!

 おとといからまた出張で北海道に来ている。


 今月の私はあまり支社にいる日がない。
 それで千葉課長がひどくさびしがっているのは、その瞳の色でわかる。


 しかし、許してくれ。


 こっちでの仕事があるし、それにあわせて(あとで書くように、移動の効率化も考慮して)休みも取ってるし、ポーポーちゃんの様子も見なきゃならないし、バラの剪定や落ち葉拾いもしなければならないのだ。


 肺気腫予備軍が集う、薄暗い喫煙ルームの中。
 さびしげな千葉課長の瞳にさっと桃紫色の光が走ったかと思うと、こんな意地悪なことを言った。


 「MUUSAN、今月は単身赴任手当要らないんじゃないですか?」


 な、な、何を言う!


 今回の札幌での用務は、昨日と来週の火曜日と再来週の月曜日である。
 ひどく予定が飛び石級なのだ。


 昨日の業務を終え今日戻る、そして土日祝をはさみ火曜日の朝再び札幌へ飛び、水曜日に名古屋へ戻る。木曜日は祝日なので休みだが、金曜日に支社に出勤し、月曜は朝から会議なので日曜日のうちから札幌へ移動。


 こうするのが王道のように思われるかもしれないが、これだと3度名古屋と札幌を往復しなければならない。

 しかもそうしたところで、支社に出ることができるのは金曜日だけということになる。


 つまり、私はずっと滞在することで3往復分の費用約20万円をを1往復分に抑え、3度の飯、のあとの服薬よりも好きな仕事を犠牲にして、来週金曜日は有給休暇をとるという苦渋の決断をしたのだ。

 それに単身赴任手当をいただいているので、自宅のある札幌へ出張する場合は当然宿泊費は支給されない。この点でも今回長く居残っても会社に迷惑をおかけしていない。


 これほどまでのコスト意識をもっているのだ。

 なのに単身赴任手当を没収しようとは、まったくもってデビル千葉である。

 没収されたら滞在見合いの水道料金と電気料金、食費を妻に納められなくなってしまうではないか!
 って、でも千葉課長の寂しい気持ちはよくわかる。


 ところで余計なことだが、ミレーの有名な絵画は“落穂拾い”である。落葉拾いではないのだ。

 子どものころは落穂って何か知らなくてとっても苦労した、って経験は私にはない。


  一粒残らず奪取してくれた

 庭に落ちたプルーンやナツツバキなどの葉。

 といっても、前回私はプルーンの木を思い切って大胆に剪定したので(「大きくなりすぎたので切って」とあれほど言っていた妻に笑われたほど、すっきりさせたのだ)、ごっそり葉が落ちているわけではない。

 むしろ冬に向けて、そろそろバラを強剪定しておく方が重要な作業になるかもしれない。


 それよりなにより、私は人生初めての光景を目にした。


 “アリの巣コロリ”の中のエサ、クロアリ向けの黄色い顆粒が、すっかりとなくなっているではないか!


 私が数日間目を離したすきに、やつらはせっせと美味しい毒餌を巣に運んだのだ。


 そのわりに、まだ周囲をうろうろしているクロアリが少なからずいるのが気にかかるが、女王アリが「皆の者、よくぞこのような見たこともない魅惑のラムネ菓子を大量に運んでくれた」と働きアリたちをねぎらい、みんなでラムネパーティーの大宴会をするに違いない。
 やがて地下に張り巡らされた通路には方々から断末魔の叫びが響き渡り、全体がコロリっちゃうのだ(と期待したい)。


 教訓 : アリの巣コロリを設置したあとは、そのことを忘れるくらい無関心になれ!


Telemann Tafel テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767 ドイツ)の「ターフェルムジーク(Tafelmusik)」(1733)。


 ターフェルムジークとはテーブルミュージック、つまり「食卓の音楽」。


 とはいっても、食卓を囲みながら演奏するのではなく、食卓を囲んでいる人たちのために奏でる楽曲。
 いまなら、レストランのBGM、ご家庭ならTVのプロ野球中継(の音声)などと同じである。


 テレマンのこの作品は、組曲やコンチェルト、四重奏曲など全3巻18曲からなる。


 私も全18曲は聴いたことがなく、パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団による抜粋盤(9曲)を聴いている。

 モダン楽器による、のびやかな演奏だ。


 そしてまた、私は自宅で食事をするとき、ターフェルムジークをかけながら、ってことは今のところ一度もない。


 1980年録音。RCA。

 現在は廃盤。中古が入手可能な状況だ。


   このCDの詳しい情報 【Amazon】

   テレマン:ターフェルムジークより


 顆粒はなくなったのに、小さなアリ向けだという無色透明なゼリー状(に見える)黒蜜入りのエサは一向に減っていない。

 わが家の敷地に不法侵入している小さなアリは、やはり黒蜜より壇蜜の方が好きなようだ。


 偏った憶測だが……


    

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まるで脈が消え入るように表示が……♪ヴァレーズ/電離

IMGP1072  うめき、ともしびが消えた
 3か月ほど前に自宅の給湯ボイラーを交換した

 お願いもしないのに熱湯が出てくるようになったからではない。
 が、運転中にヒュインヒュインという音が大きくなってきて、私の耳にはそれが悲鳴のように聞こえるようになってきたのだ。


 ボイラーの気持ちがわかる私としては、もういつ突然死、もしくは、かたくななボイコット状態に陥ってもおかしくないと判断した。


 もう19年間使い続けてきたのだ。よくここまでもった。よくぞ長い間がんばってくれた。良いモノにあたったと感謝せざるを得ない。もっとも氷山係長のところのボイラーは26年モノではあったが……

 交換後、これまでとは違う静かな音でお湯を沸かしてくれた2代目ノーリツ号であったが、先日心霊現象のようにリビングにあるリモコンの表示が暗くなったり明るくなったりを繰り返したり、時刻が狂ったり、設定した湯温が勝手に変わったり、「恨めしやぁ~」ではないがジージーと爺さんに物をねだる孫の声のような音がしたリ、挙句の果てには電源が切れてしまうという症状が現れた。

  まぁ、脈がないような状態だわな

 メーカーの点検によって、リビングのリモコンに来ている電圧が非常に不安定かつ低下していることがわかった。
 実はボイラーとリモコンは新しくなったが、本体から床下と壁の中を通ってリモコンにつながるケーブルについては旧来のものをそのまま使い続けることにしたのだ。もしかするとケーブルの老朽化によって不具合が出始めたということも考えられた。

 しかし、

 ① ケーブル(コード)が経年劣化することはゼロではないだろうが、だとしたら壁の中に張り巡らされている100V電源のコードだってそういうことが起こりうる。しかしあまりそういう例は聞いたことがない(たまに漏電火災というのも耳にはするが)。


 ② だとしたら、ネズミなどが噛んでケーブルが切断しかかっていることが考えられる。


 ③ が、1年半ほど前に床下でニンニクが散らばっているという不可解な事象はあったが、ネズミなどがその後も床下にいるとは考え難い。また、そのときにケーブルを噛み噛みされたとしたら、リモコンの異常はもっと早くに起こったはずである。


 ④ となると、ボイラー交換したタイミングで不具合が出たので、工事の際にケーブルを傷つけるなどした可能性も考えられなくもない。


 ⑤ だが、それなら3ヵ月後ではなくボイラー交換と同時に不具合が生じるはずである。

 ということで、要するに何が原因かわからないままである。

 が、リモコンを新しい別なものに変えもらっても症状は改善されない。
 だいいちテスターで測ると、リモコンに届いているケーブルの電圧が死の直前の血圧のように明らかに低い。  
 となるとメーカー・マターではない。そこで、設置業者にケーブルの交換を申し入れた。


 電圧が15Vだというからまさかとは思うが、それでも場所柄浴槽の中に電気が流れ、湯が電離し、こりゃいいシビレだわいなどと言ってる間に心臓が止まっちまうことだって……ないな。


Varese  謎の現象にみんなイライラ

 床下に潜ってもらい、これまでのケーブルに新しいケーブルを結び付けて引っ張る。これで新しいケーブルを壁の中に引き込み通すことができるが、途中それを間違って切断してしまった1人の作業員のせいで、この業者(メーカーではなくボイラーの設置業者)のチーム内で一時不協和音が響き渡ったが、なんとか作業が終了(そのトラブルのせいで作業は2時間にも及んだ)。


 そのあとはリモコンは正常に機能している(写真は蘇生したあとのリモコン)。


 ヴァレーズ(Edgard Varese 1883-1965 フランス→アメリカ)の「イオニザシオン(Ionisation)」(1929-31)。

 Ionisationは“電離”の意。


 この作品については過去にここで取り上げているが、13の打楽器とサイレンのためのバリバリの前衛音楽。


 少なくとも“バ~リバリッゆーばりっ”ってコマーシャルが流れていたころは、まだまだ前衛的だった。

 いま聴くと、でもなんとなくお茶目な感じがするのはなぜだろう?


 メータ指揮ロスアンジェルス・フィル、ロスアンジェルス・パーカッション・グループの演奏を私はずっと聴き続けている(頻度は3年に1回くらいだけど)。


 そーいやぁ、おとといもイオンのことを書いたような……


 1971年録音。LONDON(デッカ)。


 私が持っているCDは廃盤だが、同じ演奏が下のオムニバス盤に収められている。

 栄えあるデッカ・サウンドここにあり!ってディスクに収められているっていうぐらい、良い録音なのだ。


   この音源を含むCDの詳しい情報 【タワレコ】

   Decca Sound


 原因は古いケーブルだったことに間違いないということになったが、なぜそのようなトラブルに至ったのかはわからないままに終わった。古いケーブルを見るタイミングもなかったし。


 ちょっと腑に落ちないが、考えてもどうなるものでもない。


    

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