MendelssohnDohnanyi  マサノブ君の家までハイキング
 マサノブ君とは中学でも1回同じクラスになったことがある。

 
 その年のゴールデンウィークのころだったと思うが、彼の家に遊びに行った。


 私たちは手稲東中学校に通っていて、私の家は学校の近くにあったが、マサノブ君の家は福井にあった。

 もちろん福井県ではない。札幌の北区でもない(それは福移)。


 西野から西の山側へ向かうと西野二股がある。右股に進むと平和の滝に至る(その先は手稲山の登山道)。
 左に向かうと盤渓を経て真駒内に通じるが、左股より先の盤渓になるまでが福井である。

 当時はこのあたりにまだ中学校がなく、平和からも福井からも、そして西野第二と呼ばれていたところからも手稲東中に通ってきていた。

 この日、私たちは何人かでハイキングがてら福井へ向かった。


  地主は強い?
 このあたりは畑や果樹園がどんどん宅地化されている最中だった。

 まだほとんど家の建ってない分譲地を通りかかったとき、そこで乗用車と農業用のトラックが出合い頭に、軽くではあるが衝突した。あまりにも見通しがよいのにである。きっと、どちらかが停まるという概念がなかったのだろう。

 トラックの運転席からは顔がよく陽日に焼け、首にはタオルを巻いた父さんが降りてきた。
 助手席側からは白いほっかむりをした、いかにもこれから苗植えですというかあさん2人が降りてきた。
 つまり3人並んで座っていたわけだ。トラックだもの……


 一方、乗用車からはスーツ姿の男性が降りてきた。ドアにはミサワホームと書かれていた。


 父さんは、男性に対し「どうしてくれるんだよ!」と怒鳴っていた。何度も。


 やがてかあさんの1人が「あんた、あっちの車の方が大きくへこんでるよ」と言った。
 そのとおりだった。
 トラックには傷1つなかった。汚くて目立たなかったせいかもしれないが。

 反対に、乗用車の方は明らかに修理が必要なほどボンネットまで歪んでいた。

 男性の方は言われるままだった。そして「気をつけろよ」と父さんが偉そうに言い放って、トラックは去っていった。

 なぜ、ミサワホーム氏は無抵抗だったのだろう?

 もしかしてあの父さんは分譲地の元の地主だったのか?


  幸福な季節にマッチした優しい音楽
 さて、マサノブ君の部屋で何をするでもなく過ごしていたら、マサノブ君はラジカセでFMをかけてくれた。
 まだミニコンポなんてない時代のことである。
 ラジカセ(ステレオではない)が私たちの音楽の楽しむ最先端の機器だったのだ。

 時間的に番組は“ホームコンサート”だったのだろう。

 メンデルスゾーンの「イタリア」の第3楽章が流れてきた。

 まだ緑豊かなあたりの風景とマッチして、「なんかいいなぁ」と思った記憶がある。


 メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn[-Bartholdy] 1809-47 ドイツ)の交響曲第4番イ長調Op.90イタリア(Italienische)」(1833/改訂'37)。


 作品についての詳細はこちらをご覧いただくとして、ドホナーニ/ウィーン・フィルの演奏を。


 1978年録音。ロンドン。


   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   Mendelssohn: The Symphonies, etc


 この曲の、特に第3楽章は、それからというもの、ずっと新緑の北海道のイメージと重なり続けている。

    

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