IMG_0001  楽しんでますか?
 「音盤考現学 片山杜秀の本(1)」の第17章「武満の水、細川の水」は、こう始まる。

 尾高忠明は私より十六歳年上になる。ということはこちらが音楽マニアになった十代前半にまだ二十代だったわけで、結果、私は尾高のキャリアの比較的初期からその演奏に接してきた。NHKで黒柳徹子が司会した『おしゃべり音楽会』など観れば、よく尾高が振っていたし、日本人作品の初演をやる演奏会に出かければ、かなりの頻度で尾高が登場していた。そしてじつはその時分から十何年かの尾高の指揮ぶりを少なくとも私はあまり好きではなかった。無駄な動きが多い、どうもセカセカしている、オケから厚い充実した響きを引き出せない、初演指揮者としては解釈が穏健で微温的すぎる……。かつての感想を並べればそんなところだ。
 しかし彼が英国で仕事をしだしたころから印象は変わった。尾高の音楽にどこか大人の風格が備わり、堂々としてきた。やや鋭さを欠くが、良寛あふれる豊饒な響きを作れるようになった。そんな美質は今のところ後期ロマン派や英国ものでよく発揮されている。彼の将来が楽しみになった。
 さて、その尾高が札響をシャンドスにデビューさせた。――


 先日書いたように、私は片山氏と同世代である。私も「おしゃべり音楽会」は、熱心に欠かさず、とは言えないが観ていた。

 

 この片山氏の文が“レコード芸術”に載ったのは2001年5月号である。
 それから16年経った。
 いまの尾高は片山氏を満足させる指揮者になったのだろうか?


  思い起こせば……思い起こせない
 私が“ナマ忠”を初体験したのは、つまり尾高忠明指揮の実演に最初に接したのは1975年のことだ。札響の第150回定期演奏会である。尾高は1947年生まれだから、まだ30歳前だったわけだ。

 「おぉ、テレビで観たことがある人だ!」という、有名人を目の前にした喜びみたいなものを感じた。
 しかしながら、この日の1曲目はソリストとして現れたアンドレ・ワッツがチャイコフスキーのピアノ・コンチェルトをすっごいパワーとテクでやってくれたものだから、正直その衝撃波で尾高の存在感は透明モードになったオバQのように薄かった。それに、メインの2曲目はブラームスの交響曲第1番。若き日の私に、この曲でノリノリになれというのは無理な相談だった。

 尾高が札幌交響楽団-この地方オーケストラもまた、私と同世代である-の正指揮者になったのは1981年のこと(86年まで)。
 それ以降、何度も尾高が振る札響の定期演奏会には足を運んでいるが、思い起こせば意外なほど記憶に残っているものがない。ステージの光景がよみがえるのは、82年3月の第224回定期ぐらいなのだ。
 この日のプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番(独奏は中村紘子)は非常にスリリングだった。これは中村の見事な演奏のためだろうが、メインのシベリウスの交響曲第1番は心に染み入る、よく歌われた美しいものだった。

 尾高/札響では、シベリウスの名演がその後も生まれたものの、私にとって尾高による印象に残る演奏がこれほどまでないのはなぜか?
 つまり、片山氏が指摘する“オケから厚い充実した響きを引き出せない”ということなのだ。そのことに100%同意したいし、初演じゃなくても“解釈が穏健”で、ワクワクしないのだ。無駄な動きやセカセカはあまり気にしたことはなかったが……

Beethoven7SSO  岩城による変革スタート
 尾高が正指揮者だったこの間は、岩城宏之が札響の音楽監督だった。
 尾高の演奏は岩城より人間的なところがあって好感は持てたが、どこか物足りなさが残った。うなぎが小さいうな重のように。

 尾高が札響の常任(1998年)に就任した岩城時代の末期は、おそらく楽員には尾高の方が好かれていて、岩城の方はひどく嫌われていたように勝手に思っているが、たとえイヤな奴だろうと、そしてまたどこか表面的であろうと、岩城の演奏の方が説得力があったように思う(尾高は2004年に音楽監督となった)。

 岩城は札響を「日本のクリーヴランド・オーケストラにする」と言っていた。
 ジョージ・セルが地方オーケストラだったクリーヴランド管弦楽団をアメリカの5大オーケストラに育て上げたように、札響を育てる。それが岩城の目標だった。
 プログラムに現代作品(特に日本人作曲家)を積極的に取り入れ、またオケの人数の制約はあったもののレパートリーも広げていった。

 当時は岩城のベートーヴェンなんて聴きたくないと思っていたが-もっと別な曲をやってほしいという意味で。岩城のおかげで、生で聴いてみたかった曲を実際にいかに多く聴くことができたことか-、いま聴くとベートーヴェンも悪くない。

 岩城が札響の正指揮者に就任したのは1975年の10月。
 ここで取り上げたベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)のライヴは、交響曲第4番変ロ長調Op.60(1806)が1977年、交響曲第7番イ長調Op.92(1811-12)が1979年のもの。

 日本のクリーヴランドにするべく取り組み始めて2年後と4年後のものだ。このときはまだまだ地方オケの音ってものだが、それでも厚い響きを精一杯出しているし、微温的ではない。

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 この続きはまたそのうちに……

    

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