Ravel Martinon  なぜか然別
 火曜日。

 この日は新千歳空港8:15発の便でセントレアへ。

 この時間に出発する飛行機に乗るには、さすがにしんどいくらい早起きしなければならない。
 あぁ、千歳市に家を建てればよかった……(真剣に思っていません)。

 札幌駅に着くと、“然別(しかりべつ)行き”なる列車が1番ホームにいた。
 ご丁寧に小樽経由と表示されている。
 然別行きなんて列車があるんだぁ~。

 あとで時刻表で調べると、ちゃんとあった。そりゃそうだ。実際に列車が入線していたのだから。
 季節列車ではない。
 札幌6:08発然別行き。列車番号1928D。
 キハ40系かなにかわからないけど、そんな風貌のむかしながらのディーゼルカーである。
 こういうのに乗って、エンジン音を耳にしながら銭函辺りで車窓から海が見えたら旅情を感じるんだろうな。
 
 ちなみに電車じゃなくてディーゼルカーなのは、小樽から先(倶知安方面)は電化されていないから。
 また小樽経由とわざわざ表示されていたのは、然別湖がある十勝の然別と間違いように注意を促すためだろう(ってことはないか)。

  予約をお願いしますというので……

 飛行機は定刻よりも5分早く出発。
 混んでなかったせいもあるが、みんながきちんと約束を守って搭乗すれば、このように出発も早くなる。
 そしてまた、セントレアの到着も15分以上早かった。


 セントレアからは高速船に乗った。初めての経験である。
 というのも、この日は津に用事があったからだ。

高速船予約 高速船はセントレア⇔津なぎさまちを45分で結ぶ。

 この船に乗るには事前の予約が必要と時刻表にもネットにも書いてあった。
 なので、先週セントレアから千歳に飛ぶ前に、チケットを買いに高速船乗り場に行ってみた。


 「来週火曜日〇時発の切符を1枚欲しいのですが」

 おじさんは、この人とんでもないことを言いだしたという驚いた顔をした。

 「いやその日のは売れません。1便前の船が出港したあとに、次の船の乗船券を発売します」
 「えっ、でも予約が必要と書いてましたが」
 「いえ、そのときに買っていただければいいです」
 「満席ってこともありますよね?」
 「いやぁ、100席以上ありますからねぇ」
 「では予約はできないのですか?」
 「いえ、予約はできます」
 「じゃあ、予約したいんですけど」


 するとおじさんは、そうですかぁ……とばかり、横長の予約申込用紙をくれた。

 乗船したい船の日時や氏名、電話番号を記入する。
 
 記入した用紙を渡すと、おじさんは端末に情報を入力し-一般的におじさんがとりがちな、めがねを下にずらして1文字ずつ視線を紙とディスプレイとの間を往復させた-、画面に表示された(であろう)8桁か9桁くらいの長い予約番号をその用紙に書き込み、私に渡した。

 「それが予約番号です。乗る前にここで番号を言ってください。あっ、最後の3桁でわかりますから」


 はいはい、最後の3ケタね。
 ということで、予約が完了した。


  おじさんの言い分は正しかった
 実際の乗船日。
 一緒にセントレアに着いた本社の人と乗船した。

 客は多く見積もっても30人いるかいないかだった。

 おじさんの予約不要論は正しかった。
 なら、“要予約”という案内はやめて、“万が一満員で乗れなくなることが心配でしょうがない方は、予約するって手もあります”という婉曲的な書き方をしてほしいものだ。

 津なぎさまちでは、千葉課長と開元さんが舞っていた。いや、待っていた。


 ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)の管弦楽曲「海原の小舟(Une barque sur l'ocean)」(1906)。


 もともとは1905年に作曲された5曲からなるピアノのための組曲「鏡(Miroirs)」の第3曲。
 ラヴェル自身によって1906年にオーケストレーションされた。

 この組曲では、ラヴェルはもう1曲管弦楽編曲している。
 それが「道化師の朝の歌」(組曲の第4曲)で、こちらは「海原の小舟」よりもずっとあとの1918年の編曲である。


 波のうねりが舟を揺らす雰囲気がよく伝わってくる曲。

 もっとも私が乗った船は、なかなかのスピード。波もなくちょっと優雅な船旅だった。
 でも、何かあったとき、ボク、泳げないの……


 マルティノン/パリ管弦楽団の演奏を。

 1974年録音。EMI。


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  完食できなかったわけは……
 その2人と合流した私たち2人、つまり計4名ご一行様はその足で津市内の、明治時代に創業したといううなぎ屋へ。
 千葉課長のセレクト。私は初めて行く店だ。

 店は混んでいた。あの高速船の全乗客より、いまこの店にいる客の数の方が明らかに多い。

 かば焼きは関西風の焼き方。

 関西風よりだんぜん関東風派の私だが、そんなことよりとにかくしょっぱい。
 うなぎではなく、その下のご飯が、だ。
 うな重のご飯に胃酸過多のようにたれが浸み込んでいるのだ。かば焼きの上からたれをかけたのではなく、かばやきをのせる前にご飯にたっぷりたれを浴びせた感じでひたひただ。
 4歳児だったら箸でまともにご飯をつかめないだろう。私も匙が欲しいと思ったくらいだ。

 にしても、うなぎを幼少のうちから食べさせるのは贅沢だ。風邪薬のように6歳未満には服用させないこと、という掟を作って欲しいものだ(そういう子は、ここには居なかったが)。

 あまりにもしょっぱいので、私がご飯を半分ほど残し、さりげなくお重のふたをした。
 見ると、千葉課長もいつの間にかふたをしている。
 間食したのは開元さんだけだった。たいしたものだ。


 私は誓った。
 次にこの店に来る機会があったら、うなぎ定食にしようと。
 それだったら、ご飯は汚されないままだ。

    

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