Ore_no_Sora7  人妻はガールフレンドと呼べるのか?
 村上春樹の小説の主人公には、必ずといっていいほど『あとくされのない』関係の性処理の相手が登場する。
 例えば『人妻のガールフレンド』なんかである。

 平山瑞穂氏は「愛ゆえの反ハルキスト宣言」(皓星社)でこう指摘している。

 ……「人妻のガールフレンド」というのは村上作品にはおなじみのアイテムであり、『1Q84』の天吾にも、最新作『騎士団長殺し』の〈私〉にもそう呼ばれる対象が存在する。いずれも定期的に主人公のもとを訪れ、彼の性欲を満たして去っていく歳上の女性として描かれている。そして主人公はいずれの場合も、相手をほぼ純粋な性欲処理の対象としか見ていない。

 なお平山氏は《人妻》を《ガールフレンド》と言うのはおかしいという突っ込みも入れている。

   愛とは別の放出欲
 ここでふと思い出したのは-ちょっと違うといえば違うけど-本宮ひろ志の『俺の空 第7巻』のこの場面。

 「ただの放出さ」だって。おしっこじゃないんだから……

 川村先生に筆おろしをしてもらってから短期間のうちにここまで言えるようになったなんて、たいしたもんだよ安田一平。種馬のように行く先々で経験を積んだ賜物だ。超非現実的だけど。

 でも、ウブな私が最初にこれを読んだときにはこの意味がちっともわからなかったし、すれてしまったいまでもよくわからない。
 それだったら自分のゴールド・フィンガー5を駆使して放出しなさいって(5は余計だったか……)。人さまに迷惑や余計な手間をかけさせてはなりません。

BachHogwoodSet  満ち足りて……
 バッハ(Johann Sebastian Bach )のカンタータ第82番「われは満ちたれり(Ich habe genug)」BWV.82(1727)。
 教会カンタータだが、バスの独唱とオーケストラのための作品で、合唱は用いられていない。

 内容は「おぉっ、人妻にこんなに激しいことをしてもらえるなんて、あたしゃもう思い残すことなんてない。昇天っ!」というものではまったくなく(なんてバチあたりな!)、幼子イエスを見たシオメン老人が、イエスが救世主であると確信し、「これで満足した。思い残すことなくこの世を去れる」と語った『ルカによる福音書』に基づくお話。

 5曲からなるが、実は私はそのうちの2曲しか聴いたことがない。
 第2曲「レチタティーヴォ 私は満ち足りている」と有名な第3曲「アリア まどろみなさい、疲れ切った目よ」である。

 しかも持っているCDで歌っているのは本来のバスではなく、ソプラノ。
 どうしてそういうことをしたのか、私には知る由もない。

 カークビーのソプラノ、ホグウッド/アカデミー・オブ・アンシェント・ミュージックによる演奏である。

 1997年録音。オワゾリール。

 現在は ↓ のボックスセットに収められたなかの1枚で聴くことができる。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】※ポイント15倍キャンペーンは12/8 23:59まで
   The Bach Recordings<限定盤>

   愛ゆえの反ハルキスト宣言

 私が学生のときにも川村先生という方がいた。
 おじさんだったけど。

    

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