IshiiShomyo  正月だが仏様を褒める
 正月なので今日は邦人作品を。

 石井眞木(Ishii,Maki 1936-2003 東京)の「聲明交響(Shomyo Kokyo)」Op.105(1995)。

 聲明(声明 しょうみょう)というのは、ひとことでいえば、“仏教の儀式にもちいる仏のほめうた”(私が中学生のころから大切かつせせこましく使っている小学館の国語辞典による)のこと。

 正月に仏教はないだろうって?

 あなたの指摘は真っ当かもしれないような気がしないでもないが、除夜の鐘っていうのは寺でつかれるものだし、私の亡き父は、正月には神棚と仏壇の両方を拝むよう強要したものだ。

  石井家の方々、たっぷり引用してすいません
 この作品について、石井眞木氏自身の言葉が氏のオフィシャルサイトに書かれている。

「東大寺要録」に、天平勝宝四年(752)の大仏開眼の供養会で、大規模に聲明が唱えられ、雅楽が奏でられ舞楽が舞われた、と記されている。ここでは、その頃すでに日本に定着していた聲明を、当時の最新の<外来音楽>であった雅楽の響きと舞い―舞楽―が荘厳(しょうごん)したのである。これはまさしく聲明と雅楽の出会いであり、新旧二つの異なる媒体―声と器楽(舞)―の華やかな響宴であった。

千数百年前のこの故事に遥かな想いを寄せながら着想した「聲明交響Ⅰ」では、永く伝承されてきた聲明の法会―礼讃(らいさん)、笏念佛(しゃくねんぶつ)など―が、雅楽にかわり現代のオーケストラによって荘厳される。そしてこの作品では、京都知恩院に蔵する「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」からインスパイアされた響き、雅楽の伝統に深く根差しながらも現代に息吹く芝祐靖氏の龍笛、笙、さらに編鐘などの打楽器の響きが、聲明とオーケストラの<媒介>として重要な役目を担う。これは、宗教的な荘厳の音世界の中で、芸術的な<東西両音楽の合一>を図ろうとしたものである。

この作品は「'95国際永久平和祈念祭典/大阪」の委嘱作として、1995年7月4日大阪フェスティバル・ホールで初演された。出演は、聲明:浄土宗中村康隆猊下(導師)以下40名の僧侶、龍笛独奏:芝祐靖、笙:浄土宗笙演奏家(5名)、作曲者指揮の関西フィルハーモニー管弦楽団。

最後になりましたが、宗教と芸術、伝統と現代という困難な内容をもつ大規模な作品の実現に対して、多大な熱意と実行力をお示しくださった竹内日祥御上人に深い謝意を表すとともに、世界の恒久的な平和を祈念いたします。


石井眞木、1992年。源:CDより

 1995年の作曲、初演なのに、文末に1992年と書かれているのがかなり気にかかるが、気にかけても解決しないので見なかったことにしよう。

 さらに、別な機会に書かれた作曲者の言葉も載っている。

この作品は二つの部分から成っている。第Ⅰ部はオーケストラのみの演奏で「曙光」、第Ⅱ部は、龍笛、笙、そして浄土宗僧侶の聲明とオーケストラによる「一切共生(いっさいきょうじょう)」と題した(第Ⅰ部と第Ⅱ部は連続して演奏される)。

第Ⅰ部の「曙光」は、私自身の戦中、戦後の体験が密かに反映した内容をもっている。私は第二次世界大戦では、9歳の時東京で戦災に遭い猛火の中を逃げ惑った体験をもっており、留学中の1961年には、「ベルリンの壁」が突如として出現し、「冷戦」が一触即発の熱い危機に陥ったのを目のあたりにした。このような危うい体験や、逆に、戦後の奇跡の復興、高度成長、あるいはベルリンの壁の崩壊に象徴される<雪解け>などは私たちが体験した具体的な事象であるが、この50年の時の経過は、人々の精神にとって、これまでになかったようなさまざまな変容を迫るものであった。このことは、私の音楽創造の上にも確かに反映している。その一つに<相い対するもの>を認識し理解し,共生を図るということがある。音楽的に言いかえれば、西洋と東洋の音楽に対する価値観の変化であり、両者の音楽的な<差異>の認識から、新しい音楽世界を創造するという姿勢である。ここから<二つの音世界からの創造>という、私の音楽的な命題が自然に生まれてくる。これは、「曙光」を求める過去から未来への祈りでもある。

第Ⅱ部は、第Ⅰ部の精神的な延長線上にあり、浄土宗の聲明による祈念が中心となる。曾て、天平勝宝四年(752)、東大寺の大仏開眼の供養会で大規模な聲明が唱えられ、雅楽が奏され舞楽が舞われた、と「東大寺要録」に記述されている。ここでは、すでに日本に定着していた奈良仏教の聲明を、当時の最新の<外来音楽>であった雅楽の響きと舞いが荘厳(しょうごん)したのである。音楽的観点からいえば、これはまさしく、<伝統と現代>であった。

新たな伝統と現代、東西の響きが交響する作品─「聲明交響」では、千数百年前のこの故事に遥かな想いを寄せながら、浄土宗の聲明を西洋型の現代オーケストラの響きで荘厳し、さらに芸術的な意味を含ませることを祈願しつつ筆をすすめた。そして、芝祐靖氏の雅楽の伝統に深く根差しながらも現代風な龍笛と笙の響きは、音響的に両者を媒介すると同時に、知恩院に蔵する「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」からインスパイアされた響きを象徴する。

石井眞木、1992年


 ここにも1992年という年号が書かれている。
 不思議だが不思議に思わないことにしよう。

  わが身に曙の光は射さず
 ここに書かれている第Ⅰ部の「曙光」Op.39(1979)というのが、私がこの記事で取り上げている作品だ。

 今回この作品のCD(初演時ライヴ)を買ったのは、「曙光」聴きたさのため。

 しかし、残念ながら、というか、予想通り、このCDには第Ⅱ部しか収められていなかった。

 1995年の初演時には第Ⅰ部も演奏されたもののCD化の際にカットされたのか、もともと第Ⅱ部しか演奏されなかったのかわからないが(たぶん後者)、私は「曙光」に再会することができなかった。

 「」にしろ「曙光」にしろ、あとからまた聴く機会があると楽観的に考えていたために、それらが独立した作品ではなく、別な曲の第Ⅰ部に位置付けられたあとは、Ⅱ部構成ならぬⅡ部攻勢オンリーに遭っている私。

 また、CDでの曲名の表記は「『聲明交響Ⅰ』一切共生-聲明、龍笛とオーケストラのための」となっているが、Ⅰがついたのは、同じ1995年に舞台作品のための音楽「聲明交響Ⅱ」Op.105bが生まれたためである。

 この第Ⅱ部は3つの部分に分かれている(というか、CDでは3つのトラックに分けられている)。

 1:入場の音楽-無言三拝-開経偈-誦経(じゅきょう)(四誓偈)-回向文-十念 
 2:礼讃
 3:摂益文-笏念仏(行道)-回顧-十念-無言一拝-退場の音楽

 ライナーノーツの、式次第が書かれた箇所と、演奏者(指揮は石井眞木、オーケストラは関西フィル。そして聲明の(たぶんそうそうたる)メンバーの方々)が載っているページはここに写真を載せたのでじっくり拝見いただきたくよろしくお願いたてまつる。

 美しく神秘的なオーケストラと、聲明の時間感覚がわからなくなるような響き。
 すばらしき和洋融合である。

IshiiShomyo2

IshiiShomyo1

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   石井眞木作品集

  今回は出前の予約をせずに寿司パック
 毎年のように書いているので、みなさんはもう状況をわかっているだろう。

 そう。
 北海道では大みそかからお節料理を食べるのだ。

 30日に、今年は札幌駅周辺-大丸とか東急-ではなく新札幌に妻と買い出しに行った。

 札幌駅周辺に比べ物足りない買い物になってしまったが-肉や魚など店も品数も選択の幅が少ない-逆に言えば余計な物まで買わなくて済んだ。ESTAや大丸や東急の大混雑ぶりはそれだけで疲れるが、一方ではどこかテンションが上がってしまい、「こんなに食えんだろ?」というくらい、あるいは「こんなの食わんだろ?」というものまで買ってしまうのだ。

 毎年年越しそば用に天ぷらを買うが、いざ年越しそばを食べる段になると満腹で天ぷらの匂いをかぐのも辛い。かくして、そのかき揚げは年が明けてもしばらくは冷蔵庫の奥の方に放置されたままとなる。
 また、正月に食べようと意気込んで買ったレトルトのウナギのかば焼きとスモークサーモンは、去年は結局は名古屋に持ち帰った

 そんなわけで、この正月は適正な買い物ができた。

IMGP2086 昨日の晩は、お節料理を食べ、寿司をつまみ-今回は出前ではなく、コープさっぽろで寿司パックを買い-鮮魚売り場で売られている寿司は下手なすし屋より出来が良い。だが、そのあとに寄ったホクレンショップの寿司の方がもっとおいしそうでしかも若干安かった-、大食い選手権で棄権寸前の挑戦者ような状態にもかかわらず年越しそばをすすり、ザッツ21を飲んで、いつものように夜更かしをせず寝たのであった。

 にしても、去年の1月2日にもこの番組のテレビ欄の表記のことを書いたが、昨日のもなかなかだった。
 1年前と違うのは、きちんと姓名を書いている歌手から一挙に苗字だけに差別ともいえる違いがあること。ジョージって……。
 どうせなら、ジュディはジュディじゃなく、オングにしてほしかったなぁ。

20171231Doshin

 以上のことから、今年もよろしくお願いする次第である。

    

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