ROKUTEN  ハレの日を台なしにした「はれのひ」
 年末年始は詐欺師たちも休むのかスパムメールの数も減る。

 減るがゼロにならない。しかし、あくどいという点では凝ったものはほとんど来ない。

 偽物ブランド品が明朗会計だとか、有料放送がこのカード1枚で永久にタダとかいうものばかりだ。もっともこれだって、騙された方にしてみればじゅうぶんにあくどいが。

 あくどい-これがなんでちゃんと『悪どい』って変換されないんだろうと思っていたら、『悪どい』と書くのは誤りなんだそうだ。『あくどい』の由来は『灰汁どい』、つまりアクが強いってことらしい。じゃあ『灰汁どい』って変換すればいいのに-といえば、まさかの成人式当時に店がもぬけの殻だった『はれのひ』はひどすぎる。

 これは全国民を敵に回したようなものだ。
 こういう非礼に私たちはひどく怒りを感じる。

 それにしても、ハレの日にとんずらとは、経営者もなかなかたいした根性の持ち主だ。いや、これっぽちの良心もないのだろう。
 今後、涙ながらに会見することがあっても-もちろん私ではなく、この会社の経営者が-、私は100%同情しないだろう。

  心配になっても禁クリック
 スパムメールに話を戻すと、こんなのが届いた。

 ラじゃなくてロ。
 あわて者のサザエさんなら、「あら、通販で買ったオーブントースターかしら」ってなぐあいに騙されるだろう。
 漢字で書けば「碌店」かどうかは知らないが、どっちにしろろくでもない店だ。

 そんなろくでもない店だが、親切な私は、ひとつお教えしておこう。
 18:00のときはPMってつけなくていいのよ。
 ついでに言うと、AM18:00っていうのはないのよ。
 こんどから気をつけましょうね。

  つながりは「ロ」だけだが……
 さて、今年はイタリア初期ロマン派歌劇の最大の作曲家ロッシーニ(Gioacchino Rossini 1792-1868 イタリア)の没後150年にあたる。

 ロッシーニの書いたオペラは、グランド・オペラと呼ばれるものではなく、歌手と歌唱のための娯楽用のオペラであるベル・カント・オペラであった。つまり、芸術性を聴衆に求めるものではなく、楽しけりゃそれでいいじゃないかってタイプのもので、非常に人気を得た。

 ベルリオーズは書いている(ハロルド・C・ショーンバーグ「大作曲家の生涯」亀井旭・玉木裕共訳(共同通信社)より)。

 イタリア人にとって音楽とは官能的な喜びであり、それ以上のものではない。精神の高貴な表現である音楽に対し、彼らは料理の仕方並みの敬意しか払わない。連中は、何も考えずまた注意を払わなくともすぐに消化できる、いってみればマカロニ料理のようなスコア(楽譜)を求めている。

 さすが文才もあったベルリオーズ。うまいことを言う。
 せめてスパゲティにしてほしいものですよね?

 ショーンバーグはこう続ける。

 ベル・カント・オペラの大半が型どおりの作品で、カヴァティーナ(訳注=歌詞の反復がない短いアリア)とカバレッタ(訳注=平易で簡潔な歌)に重点を置いて、大急ぎで作られた曲だった。テンポのゆっくりとした抒情的なカヴァティーナは歌手の腕の見せ所で、美しい音調、ニュアンス、色彩をいずれも表現しつつ、長いフレーズを歌いこなす能力を誇示するためのものだった。カヴァティーナのあとには速いテンポのカバレッタが続き、歌手たちの技巧はこの部分で発揮された。

 歌手たちの立場は作曲家よりも偉くなった。楽譜通りに歌わない歌手もいて、いま舞台で歌われているのが自分が書いた曲かわからなくなる作曲家もいたそうだ。

FrancaiseParay そのロッシーニの曲の中で、おそらくいちばん広く知られている歌劇「ウィリアム・テル(Guillaume Tell)」(1829)の序曲。

 この序曲は、夜明け/嵐/静けさ/終曲の4部からなっており、小さな交響曲を思わせる。

 パレー/デトロイト交響楽団の演奏を。

 1959年録音。マーキュリー。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   Paul Paray The Collection

 ロッシーニが「ウィリアム・テル」を完成させて上演されたとき、ロッシーニ・ブームは頂点に達した。
 しかし、ロッシーニはこのときに突如引退。
 亡くなるまでの39年もの間、書いた作品はほんの少しだけ。

 歌手のご機嫌取りに嫌気がさしたのか?

 ほかにも理由はあったようだが、それだけ十分に稼ぎ切ったからこそ隠居生活ができたのだ。

    

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