
休暇をとって自宅で過ごし、大阪のマンションの部屋に帰ったのは10日・火曜日の夜だった。
その日は東京支社長とそこの総務課長が大阪に来ていたので、大阪空港に着いた私はそのまま2人と食事をするために梅田へ向かった。食事をしたあと帰ったので、帰宅は夜になったのだった。
それにしても、伊丹空港にはまだ私の好きな『パタパタ式案内板』が健在である。
うるさいが、いかにも世の中が規則に従って動いている感じがして、なぜか安心してしまう。
さて、家に帰って照明をつけて何か違和感を感じた。
その原因はすぐにわかった。
アンプの上に置いてあるCDプレーヤーの位置が数センチずれているではないか!

幸い崩れるほどではない。
しかしこれは誰の仕業だ?
空き巣に入られたか?
だが空き巣だとしたら、ただ2~3センチずらしただけで持ち帰らないというのは、あまりにも奥ゆかしい。
食器棚にしまってあったホタテの缶詰も、新得そばの乾麺も、はたまた窓際のオリーヴの鉢植えもそのままだ。盗まれていない。
振動には強いはずだったのに……
おや、オリーヴの葉が数枚床に散乱している。
猫でも暴れたか?
だが、私は猫を飼っていないし、もし飼っていない野生の生物-考えるのもおぞましいゴキブリなど-が侵入したせいなら、こんな落葉のしかたはしないはずだ。
そこで私の頭に電気が走った。
そうだ、これは地震のせいだ!
前日の未明、山陰地方で大きな地震があった。大阪も震度2だったはずだ。
そのせいでプレーヤーはずれ、生きの悪い葉はふるい落とされたのだ。
あぁ、よかった……って、そんなことでずれるようならこの設置方法-東急ハンズで買った台形型の木のブロック+ゴム製インシュレーター-は実にもろいものだということになる。
やれやれ……
なかなか良い設置具合だと思っていたというのに……
脳を酷使して記憶をたどる
話は変わるが、昨日テレビを観ていたら突然とっても懐かしく感じるメロディーが耳に飛び込んで来た。NECの生体認証Bio-IDiomのコマーシャルだった。
この曲、なんだったけ?
あぁ、気になる。
「コッペリアか?」いや、違う。思い出せない。
あぁ、ぼんくらな脳め!
でも、少なくともここしばらくは聴いてない曲だ。
観念してNECのホームページで調べてみる。すると曲についてはオリジナルと書かれている。
違う、違う、違うぅぅ~っ。確かにアレンジはオリジナルだろうが、これはクラシックだ。
考えに考えた。こういうのってひどく脳に負担をかけるんだろうな。ショートして発熱している感じがする。
そして、そのメロディーを何度も反復し、『厳選 森の香り』のバブを入れたお風呂に入っていたとき、またまた頭の中に電気が走った。
思い出した。というか、記憶を引っ張り出すことができた。

あぁ、すっきり。
でも、久しく聴いてなかったとはいえ、ひどく懐かしく感じるのはなぜだろう?私はむかし、カササギだったのか?
私が愛聴しているのは、ノリントン/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズによる演奏(1990年録音。EMI)。
ただし、この録音は廃盤のため現在は入手不可。
そこで村上春樹が「ねじまき鳥クロニクル」で、アバドの指揮がうんたらかんたらと書いていた、アバド盤を(私は未聴)。
オケはロンドン交響楽団。1975年録音。つまりは、小説で描かれている演奏はたぶんこれだということになる(私は未聴)。春樹効果で、94年の刊行のあとグラモフォンは少しは潤ったのだろうか?
このCDの詳しい情報 【タワレコ】

生体認証のCMで『泥棒』ってのは、やっぱりきちんとした意味が込められているんだろうな。
そうそう、で地震だが、昨日の朝は中標津で震度5弱を記録した地震を知らせる携帯の着信音で-会社が設定した安否確認のメールが携帯電話に届く-4時過ぎに目が覚めた。
被害に遭われた方々には心よりお見舞いを申し上げるが-私も過去、何度も大きな地震の被害に遭っている-、あと1時間寝ていたかったというのが本音である。





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たまたまとはいえ、すごいタイミング!
でも、私のなかでは「泥棒かささぎ」とパスタは直接結びつきません。春樹さんには悪いけど。