DSCN0206  石はお香でよみがえる?
 日曜日の朝。

 この日はストーンブレスレットとそれを置いている浄化用の水晶のさざれ石を、窓越しだが日光に当てた。

 どこのだれがいつ、石に直接聞いてみたのかちっともわからないが、パワーストーンは身に着けているうちにいろいろな邪気を吸収してしまうので浄化しなければならないそうだ。

 通常は水晶のさざれ石の上に置いておけば浄化されるが、たまには日光や月光をあてたり、流水で洗ったり、あるいは天然塩の上に置いたり、乾燥したセージの葉を燃やしてその煙をあてるようにしなければならないのだそうだ。

 ただ、コトが単純ではないのは、石の種類によってアレルギーがあるようで、月光はいいが日光はダメとか、流水はダメ、塩は良くないなど、どうしてそんなことがわかるのか不思議だが、とにかくなんでも一緒くたにはできないということだ。

 私はいつもは“万能”の浄化パワーがあると言われている水晶のさざれ石の上にブレスレットを置いているが、そのさざれ石自体もたまには浄化してあげなくてはならないというので、まとめて陽の光に当てたのだった。

 そうすると、ストーンたちからもくもくと邪気が立ちのぼり……ってことがあるはずもなく、まあ「良いことしちゃった」という自己満足が残った。

  間違えたのは邪気のせいか?
 この日は前日よりもさらに暑いというので8時前にファミリーマートに出かけた。

 前日、セブンイレブンの冷凍の肉シューマイをレンジアップして食べたのだが-まさか私がアジの干物だけで満腹になるはずがない-、そのときに洋がらしがなくなってしまったのだ。

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 前日同様、不要不急の用事ではなかったが、ファミマに行ってチルドの惣菜や私のお好みのソーセージ、そしてワサビを買って帰ってきた。

 息遣いを荒くして-いや、興奮したんじゃなくて、暑いから-部屋に戻り、買ってきたものを袋から出したときに私は致命的なミスに気付いた。しばし呆然としてしまい、冷凍食品の『お母さん食堂 和風仕立ての鶏ごぼうご飯』をとかしてしまうところだった(にしても、あれがこんな風に進化していたとは!)
 そう。洋がらしではなく、間違ってワサビを買ってしまったのだ!

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 ワサビなら前の日にダイコクドラックで買っているではないか!
 ちぇっ、こうなりゃハウスとS&Bの協演・競演で、鼻に穴が開くくらいツーンっとしてやる!

  からしのない角煮なんて……
  C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88 ドイツ)の「チェンバロとピアノのための二重協奏曲(Concerto doppio a cembalo,fortepiano)」変ホ長調Wq.47、H.479(1788)。

 ここでも書いているが、バロック音楽から古典派音楽へという過渡期に活躍した大バッハの次男坊・エマヌエル(前古典派と位置づけられる)は、その生涯最後の年に、鍵盤楽器としてそれまで主流だったチェンバロと、これからの楽器と目されるピアノ(フォルテピアノ)を対峙させるようなコンチェルトを書いたのだった。

BachCPEDoublecon そしてまたこの曲、古い楽器と新しい楽器を意地悪っぽく対比させるキワモノではなく(とはいえ、作曲した意図はわからないが)、エマヌエルの豊かな楽想-彼はメロディー・メーカーであると私は思う-が実におサレに響くのである(で、チューブ入りのワサビを売り出したのはハウスとS&Bのどちらが先だったのだろう?)。

 私が聴いているのは、インマゼールのチェンバロ、ケリーのフォルテピアノ、コレギウム・アウレウムによる演奏(1982年録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ)。

 ところが、もう廃盤になってしまっている。世の中、情けのかけらもない。

 そこでアーノンクール盤をご案内しておく(私は未聴。血も涙もない演奏だったらゴメン)。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   バッハの息子たちの複協奏曲集

 なお、洋がらしがなかったためにこの日の夜、『煮玉子入り豚角煮』はおあずけとなってしまった。

    

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