MahlerKlemperer  いままでもそう?それとも、いまが変?
 このところ日本のあちこちで地震が頻発している。

 いや、北海道胆振東部地震のあと、自分がこまめに地震情報を確認するようになったが故にわかるようになっただけで、これまでもこんなふうに地震は起こっていたのかも知れない。知れないが、なんとなくうれしい気分にはなれない。

 長野だ、奈良だ、天草だ、千葉だ、福島だ、根室だ、そしてもちろん胆振……

 すでに忘れかけられているが、6月には大阪だって震度6強の地震に見舞われた。

 地震だけではない。台風に、そして台風でもないのに豪雨、強風という自然災害。
 竜巻なんてアメリカの-それも映画のなかの-話かと思ったら、日本でも珍しくなくなった。


  管理と更新が重要
 今年の台風と地震を受け、わが自宅では非常用グッズの充実化を図った。
 もともとAC電源を必要としないポータブルの灯油ストーブは、帯広にいるときに非常用として購入していたが、灯油の買い置きはしていなかった。

 屋外には490リットルの灯油のホームタンクはあるが、そこからポリタンクへ灯油を抜くことは簡単にはできない(それができたら盗みまくられることになる)。そこで、ポリタンク1つ分の灯油を用意した。
 いままで用意していなかったのは、灯油も古くなると良くない(何が良くないのかよくわからないが)と言われていたからだ。


 電池のストックや食料や水のストックも万全にした。

 だが、これからたいへんなのは、定期的にそれらのものを新しいものに更新していくことと、どこに何があるかをはっきりさせておくことだ。買いそろえて満足していてはダメなのである。

 胆振東部地震のあと、店先からは電池-特に単1-が消えた。
 数日後、妻が1時間並んでホーマックでいくつか購入することができた。


 が、そのさらに数日後、納戸の奥から10本以上の単1電池が出てきた。
 宮城県沖地震のときに買っておいた電池が出てきたのだ。こいつらはすっかり忘れ去られて、納戸の奥に放置されていたのだ。

 ねっ!このように、どこに何がいくつあるか、そのことを把握しておかないと何にもならないワケ。
 電池の使用期限は過ぎていた。が、幸い液漏れもしておらず、使うことができた。まずは、こちらから優先的に使わねば……


 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の「私はこの世に忘れられ(Ich bin der Welt abhanden gekommen)」。ここで詳しく書いたように、「リュッケルトによる5つの詩(5 Lieder nach Ruckert)」(1901-02)のなかの1曲である。

 今日も、ルートヴィヒのメゾ・ソプラノ、クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の演奏をご紹介。

 1964年録音。EMI。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   Mahler: Lieder eines fahrenden Gesellen, Kindertotenlieder, 5 Lieder

DSCN0403  かなり無防備な私の生活
 一方、大阪のマンションは、頭ではわかっているのだが、地震では額が落ちたくらいでほぼ被害はゼロだったし-『ひたい』じゃなくて絵が入った『がく』-、台風では、ヴォルフガング・リームも適わないような無旋律、変拍子、不協和音の音の爆発を耳にしたものの停電もしなかったので、防災体制が整っていない状態だ。

 用心深い人なら家にいるときは常にヘルメットをかぶり、小型ラジオをポケットに入れ、懐中には懐中電灯を忍ばせて過ごすのだろうが、私ときたら、夜に寝るときに枕元におもちゃのようなラジオとあまり明るくない懐中電灯を置いてあるだけだ。

 水はある程度用意してあるが、食料のストックは停電したらほどなく氷解してしまう冷食がほとんど。なんとも心もとない。根性を入れなおして災害に備えなければ……