2016-10-05_5sub  雅美さんの声はしわがれ声
 「それではさっそくお聴きいただきましょう」

 こんなアナウンスの最後の断片から、そのテープは始まる。
 その直後に力強くシンフォニーが鳴り響く。

 その声はアナウンサーのものではない。音楽評論家の藁科雅美のどう転んでも透きとおった声とは言えないものだ(ちなみに、男です)。
 「それではさっそくお聴きいただきましょう」という声を、私は入れたくて入れたのではない。
 曲が始まるのが今か今かと待っていて、エアチェックの録音スタートでフライングしてしまったというオチだ。

 正確な日付けを記録していないのだが、1973年の8月。NHK-FMで20:05から放送された「N響夏のステレオコンサート」という番組。

 藁科氏の言葉に従いさっそく聴くと同時に録音したのは、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)の交響曲第5番ハ短調Op.67(1805-08)。いわゆる「運命」である。

  そもそも交響曲とはどういうものかもよく知らなかった私
 指揮はサヴァリッシュ。
 冒頭の有名なモティーフは、鑑賞とは別な次元で耳にしたことはあったが(TVマンガの中などで)、「運命」を交響曲として聴くのは事実上初めて。いや、ベートーヴェンの交響曲自体、聴くのは初めてである。

 そして、この曲が「ジャジャジャジャーン」だけじゃなく、聴いたこともないメロディーが出てきて(つまり第2~第3楽章)30分以上も続くとは思わなかった。やれやれ。

 ところで番組名がなぜ「ステレオコンサート」なのか?

 実はこのころは、FMでもまだステレオ放送ではない、つまりモノラルの番組も少なからずあったのだ。
 それを聴き、そして録音している、私のラジカセも、ステレオラジカセなんてものではなく(そういうのは世の中になかった)、モノラルのこれだったのだ。

 このとき使ったのはFUJIのC-60のテープ(上の写真の右側下段の奥に写っている赤いやつ)。
 このテープは、西野界隈(札幌市西区です)ではなぜかコープさっぽろ西野店(当時は確か『札幌市民生協西野店』)にしか売っていなかった。

 この『札幌市民生協西野店」は、建物も、そして場所も、現在の『コープさっぽろ西野店』とは異なり、山の手通りに面していた。現在の『コープさっぽろ西野店』の山の手通り側の駐車場のところである。



 TDKやSONYのテープよりかなり安かったので、本当はTDKとかSONYばかり使いたかったにもかかわらず、経済上の理由から私は主にそれを使っていた(ただ私の経験からすると、TDKの90分のテープは伸びやすい、あるいは切れやすいように思った)。

 『生協西野店』は、時期的には『ホクレンマーケット西野店』より少しあとに完成したと思うが、ワンフロアながらも本屋や時計売り場があり(私が初めて雑誌『レコード芸術』を買ったのはここでであった。1973年12月号である)、また席数はわずかだったがそば屋もあった(ワタシ、母親に連れられて入って、食べたことあります)。
ClarionFasshonable
 家電製品売り場も、クラリオンの、音量の大きさ(?)に応じて赤やら青やら黄色やら緑のランプが点滅するパネルがある不思議なステレオが、マニアックにも展示してあった(クロス型イルミネーションが素敵ぃ~)。

 このステレオ、なんという製品だったのかネットでいろいろ探したもののなかなか見つからなかったが、ようやくヤフオクでカタログが出品されているのを発見できた。『ファッショナブルステレオ』というシリーズだったらしい。
 両端のスピーカーの上に乗っかっているのが、その光るパネルである。

 なお、ホクレン(1977年1月閉店)、生協に続き、西野の街に第3の大型スーパー、西友西野店がオープンしたのは1976年のことである(建設が始まったころの光景はこちら)。

 この日C-60のカセットテープ(つまり片面30分)。
 もうテープが終わりそうなのに曲は終わらない。
 クラシック音楽を聴くようになって5か月ほど。エアチェックするのも慣れてきており、特にテープがなくなる直前にイジェクトボタンを押してすばやくカセットを取り出し、ひっくり返してまた戻し、録音ボタンを押す。その動作をすばやく行えるようになってきていた私。

 ラジカセの透明窓からカセットのリールを凝視し、テープから最後の端の透明テープに切り替わった瞬間にその動作を行う。
 慌ててしまうと手を滑らせてテープを落としてしまい、元も子もなくなるのでその緊張ったらハンパなもんじゃなかった。

 この日はコーダの途中、ほんとにあと2分ぐらいで終わるってところでA面のテープが終わり、B面への入れ替え作業。無事に成功したが、最初から30数分の曲だとわかっていたら、C-90のテープを使えばなんのことはない話ではあった(私が放送される曲と演奏時間が書かれた番組表が載ったFM雑誌(FM fan。この雑誌には恥ずかしい思い出がある)を買うようになったのは、それから少しあとのことである。

 何度か繰り返しこのテープを聴くうちに、第1楽章だけではなく第2楽章から終楽章までの音楽も-退屈なところもあったが-さすが楽聖さんの書いた曲と感心させられた(←中1のくせして何様になったつもりの言い分だか)。
 N響っていうのもすごいんだろうなぁとも思った。

BeethovenSym5_2nd_Score  N響とはかなり違ったベルリン・フィル
 ところがその2か月ほどあとに、カラヤン/ベルリン・フィルが来日。
 10月25日の初日の公演で「運命」が演奏され、私は生中継を聴きながらエアチェックもした(ちゃんとC-90を使って)。

 最初の「ジャジャジャーン」から迫力というか、キレが違っていた。

 また、とりわけ印象的だったのが、第2楽章の中間部。次第に曲が高潮しクライマックスに達したときの「ジャジャジャジャジャジャジャ……」という部分(楽譜を掲載した箇所。このスコアは全音楽譜出版社のもの)が、N響の演奏ではシャープな響きだったのに、ベルリン・フィルのは力強いのに響きがソフトでふくよかだったこと。

 私は演奏者によって1つの曲がこんなにも変わるということを、早くも知ってしまったのであった。

 にしても、最近「運命」を聴きたいっていう衝動にまったくかられなくなったなぁ。
 自分の体力とか精神力が、この曲に耐えられなくなってきてんのかなぁ……

Beethoven Sym6Zin  パインの輪切りがのった茶筒型のケーキも好きだった
 まるじょうストア→カスタムパルコ→札幌市民生協西野店→太田理容室→千秋庵→ウインキー→小沢商店→笹原商店(現・セコマ)。

 当時の山の手通り沿いのあの界隈は、向静学園方面に向かってこういった店が並んでいたような気がするが、時代的な記憶がごちゃごちゃになっているかもしれない。

 千秋庵といえば、最近『チョコレートオニオン』を見かけない。

 そう思って、お盆前に札幌のESTA地下にある千秋庵で聞いてみたら、とっくに、ほんとにかなり前に、終売になったという話だった。

 好きだったのに……(って、20年以上も食べてなかったんだけど)