BachCPE  お父さんの理路整然とした音楽はもう古い!
 バッハはバッハでも、大バッハ、つまりあの音楽室で児童をにらんでいたバッハ、要するにJohann Sebastian Bach(1685-1750)、ではない別のバッハの音楽に初めて接したのは1974年2月12日のことだった。

 平日の朝の6:15から毎日放送されていた、NHK-FMの「バロック音楽のたのしみ」。

 この日、J.S.バッハの次男であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88)の曲がかかった。

 バロック音楽ではないのに、シンフォニア ホ短調Wq.177,H.652(1756)が。

 なんとなく《シンフォニア》という響きに誘われエアチェックをしたが、その『虫の報せ』は大的中。
 この不思議-立ち位置が-な音楽にすっかり夢中になってしまった。

 そのころ私はすでに、バロック音楽であるJ.S.バッハのブランデンブルク協奏曲を知っていた。ほかにも主要な作品のいくつかはすでに知っていた。
 また、古典派のモーツァルトの曲もいくつか知っていた。

 この2人の時代をつなぐように活躍したが、いまでこそその名は少しは知られているが、当時はほとんどLPレコードもなかったC.P.E.バッハ(いまでもその位置づけは『古典派』である。これからもそうだろうけど)。

 初めて耳にする彼の曲は、バッハの音楽のように-感情を押し殺しているとは思わないものの-終始取り乱すことのない音楽と違い、実に自由奔放に聴こえた。

 また、そのあとの古典派のモーツァルトの音楽よりもはるかに刺激的だった(このころ私は、モーツァルトは退屈だという、罰当たりな考えを持つようになっていた)。

  疾風怒濤なわけです
 CPEBのオーケストラの響き(Wq.177は弦楽合奏の曲である)は、いまでも聴いていて、古典派でも例えばモーツァルトのシンフォニーに通奏低音としてチェンバロを加えた場合の響き(効果)、とも違う新鮮さがある(ちなみにWq.177のシンフォニアが書かれた1756年はモーツァルトが生まれた年である)。

 この演奏はレッパード/イギリス室内管弦楽団による演奏だった。
 しかし、このエアチェックしたテープ以外で、その後聴く機会はなかった。

 いや、実はWq.177自体を、その後も聴く機会がないままだ。

 ただし、Wq.177に管楽器を加えた異稿であるWq.178,H.657(1756)の形で、その後この曲に再会することができたのだった。
 それはあれから20年以上経った1997年になってのことだった(その間に私が、CPEBのいろいろな曲をできうる範囲で開拓したのは言うまでもない)。

BachCPEHM ここでも紹介したベルリン古楽アカデミーの演奏(2000年?録音。ハルモニア・ムンディ)が、これまで聴いた中ではいちばんやんちゃだ(レミー/レザミ・ド・フィリップの演奏(1995年録音。cpo)の演奏もすごいのだが……。あぁ、苦悩のエマニエル夫人って感じだ)。
 行儀の良い父の音楽に反抗しているかのような演奏なのだ。

 えっ、どっちも入手困難だって?

 あの年-1974年-に制作された映画「エマニエル夫人」はいまでもDVDが出てるというのに……


 なぜ、エマヌエルばかりが不当な扱いを受けるのだろう……