20200727Doshin_Dokushanokoe  いつの間にか治っているところも……
 私に言われるまでもなく「百も承知だ!」と怒らないでいただきたいが、早いもので今日から8月である。

 コロナコロナと世の中が騒がしくなってから、そしてそのうち落ち着くだろうと期待していたのに落ち着かないまま(それどころかフォルテシッシモ状態だ)半年が過ぎ去ってしまったのである(大騒ぎになる前の1月を除いて計算している)。

 先日ある冊子で、“新型コロナウイルスでのご心労にお見舞い申し上げます”と書かれていたのを目にした。

 “心労にお見舞い”とは、実にうまいことを言うなぁと感心してしまった。

 ところで、このところの私の体のあちこちの痛みについてだが、右腕のテニス肘と右足の甲から指の付け根にかけての痛み、さらに右の肩の痛み(五十肩)はまだ残っているものの、前回報告したときからはかなり軽くなった。最盛期が「ギャァ~っ!」って思わす叫ぶほどの痛みだったとしたら、いまは「うっ!」ぐらいである。きっとよくわかってもらえないだろうけど。そのなかでは、しかし、テニス肘がいちばん痛みの残存度が大きい。

 また、左足のしびれ(腓骨神経症)と左足首の痛み(捻挫)は、そこに異常があったことをしばしば忘れるほどになった。逆に言えば意識するとまだ異常は若干残っている。

 ぎっくり腰は、あの痛みは夢だったのかしら?っていうくらい跡形もない。

 左奥の歯ぐきの腫れについては、すでに治療開始となっている。快方に向かう以外想像がつかないほどだ。

 また、豚饅を食べたときに痛みが走った下の前歯は、すっかり痛みがなくなった。打撲が自然治癒したのだろう。

 このように抱えている種々の痛みに関してはおおむね良い方向に向かっているが、どこか気分が晴れないのは、やっぱりコロナまん延に対する不安のせいだろうか?

 なお、本日のタイトルに深い意味はないのだが(浅い意味もない。浅はかではある)、楽しい気分になれるセレナードを。

Notturna モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のセレナード第6番ニ長調セレナータ・ノットゥルナ(Serenata notturna)」K.239(1776)。


  歌にうっぷんをぶつけざるを得ない人たち
 ところで、上の写真は北海道新聞の読者投稿欄である「読者の声」に先日載っていたもの。

 いやぁ、すごい。
 『昼カラ』の需要が、人気が、必要性が、ここまでとは知らなかった。
 なんてたって『生きがい』なんですもの。“「禁断症状」が出てくる”んですもの。
 “店通いに拍車がかかる”とか“席に着くやいなや”とか、とにかくすごい!

 感染対策を万全にして、老人よ大いに叫べ、いや、歌え!

 私もうっぷんを晴らすべく、「草抜くぞう」を握り、スギナ抜きに精を出す。
 
 ※ 本日、本館記事更新日