新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の刺激的出来事についてたらたらした文章で報告中。自宅は北海道ながら現在は仕事の関係で大阪在住。血液はB型かつ高脂血症の中年サラリーマン。

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

多様式主義

青々とした菜、青々とした名のない身♪シュニトケ/無名俳優の物語

20190724PL_Hokka  もちろん唐揚げはよく噛んで食べました
 生死をさまようようなのどつまりを経験した、その翌日の午前中は歯科医院に。

 ここで報告したように、口中クリーニングの後半戦である。もちろんきちんとクリーニングしてくれていると思うが、帯広の歯科医院で歯石をとるのにガリガリといいだけ痛い思いをしたのに比べると隔世の感があるほど静かに粛々と治療が進められた。
 名古屋も帯広ほどではなかったが、でもこの大阪よりは苦痛があった。
 札幌の歯科医院に通っている妻が、そこでクリーニングをやったときに短時間で終わってびっくりしたと言っていたが、時代とともに治療技術が進歩しているのだろう。きっと。こっちにとってはオエオエならなくてヒジョーに助かる。

 治療を終えると、その足で『ほっかほっか亭』に寄り道。
 その日の昼食=ちょいと奮発して640円の『のりミックス』を購入。
 近頃の私にとってはちょっとボリュームがありすぎの感があったが、やはりコンビニ弁当よりコスパが良いし、なにより(昼食時にはほぼ冷めたとはいえ)温かいご飯は人を幸せな気持ちにする。
 量は少ないが-それはこういう弁当の宿命だ-レタスだって青々している。

  1つだけ突如急成長
 青々といえば、マンションで育てているサボちゃんたち

 そのなかの1つ、とげの少ないちょっぴりヌーディーな柱サボテン(品種名はわからない)が、ここにきて生長点を青々とさせ、ここ1か月くらいで3cmは伸びた(ほこりのまみれ具合でどれだけ伸びたかおわかりいただけると思う)。このままでいくと、計算上は今年のクリスマスまでにはあと15cm伸びることになる。

 ちょっぴり徒長気味のような気がしないでもないが、伸びた個所ももっと太く肥大することを願っている。

20190725Cuctus1

20190725Cuctus2

 シュニトケ(Alfred Garrievich Schnittke 1934-98)の「無名俳優の物語(Die Geschichte eines unbekannten Schauspielers)」。

SchnittkeFilm2 ここでも取り上げているが、1976年制作の長編映画のための音楽(モスフィルム。監督:ザルヒ)。

 シュトローベルが6曲からなる組曲にしたものを聴くことができる(このシリーズはシュニトケの魅力あふれる映画音楽を楽しむことができるので、個人的は強くみなさんにお薦めしたい思いが強かったりする)。

 シュトローベル/ベルリン放送交響楽団の演奏。

 2002-03年録音。カプリッチオ。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】

 にしても明るい緑色の姿を見ると、ハムとキュウリのサンドイッチを食べたくなる。

 昨日いったん大阪に戻ったが、今日はアサイチの便で再び新千歳へ。着いたらラーメンしちゃおっかなぁ~。

 ※ 耳より情報~本日本館記事更新日

見えないだろうけど、あそこはびかびか♪シュニトケ/儀式

20190223TireHouse  順調な金曜日
 金曜日の大阪から新千歳までのフライトは、前回と違ってきちんと機体の手配もなされていたし、出発も定刻通り。
 さらに新千歳到着は定刻よりも5分早く、快速『エアポート』も遅れなし。札幌駅で乗り換えた函館線の普通列車も定時運行。
 すべてが決め通りに進んだ、すばらしい旅程であった。

  いつもどおりのやりとりがあった土曜日
 翌日の土曜日-つまり昨日-は9時過ぎに自動車修理工場に行き、あのカバーを交換してもらい、そのあとサツドラに行って歯ブラシと『超炭酸水』を買った。

 朝のうちボタボタと降っていた雪もすぐにやみ、2~3センチほど積もったものの、日中に気温がプラス(2~3℃)になったので、アスファルトの部分は融けてしまったし、うず高い庭の雪山も心なしが少し低くなった。

 そして夕方に理容室に行き、「今日はどのように?」との問いに「いつものように」とお願いし(このやりとりを続けることやや20年。そろそろこの儀式をはぶくことをいつか提案してみたい)

SchnittkeSommer シュニトケ(Alfred Garrievich Schnittke 1934-98 ロシアア→ドイツ)の「儀式(Ritual)」(1984-85)を。

 セーゲルスタム/マルメ交響楽団の演奏。

 1989年録音。BIS。

 ただし廃盤となっている。であるが、現時点ではAmazonでは売れ残りの新品、いや、新品の好評在庫販売中のショップがあるのは、あなたにとって朗報と言えるだろう。

   このCDの在庫状況 【Amazon】

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY

20190223Nisekaisou 床屋の帰りにスーパーに寄って、ウイスキーを買った。

 なぜなら『超炭酸水』だけがあっても、ハイボールは作れないからである。

 このような状態である。

 いっぺんに咲かないで、段階を踏みながら順序よく花を開いていくタイプらしい。

 そんなこんなで土曜日が終わったのであった。

♪ 作品情報 ♪
【初演】 1985年・ノヴォシビルスク
【構成】 単一楽章(約9分)
【編成】 orch
    
SchnittkeCG1&3♪ 作曲家情報 ♪
 
 両親は1926年に移住してきたユダヤ系ドイツ人。ヴォルガ川流域のサラトフ州のドイツ人民族区で生まれ、少年時代にウィーンで音楽を学び、のちモスクワ音楽院でE.K.ゴルベフに師事。卒業後母校で教鞭をとる。12音技法、電子音楽、ケージらの影響を受け、いわゆる雪解け以後のソ連を代表する前衛的作曲家として、国外でも知られた。’80年代からは新・旧の様式を混合した〈多様式主義〉を自称、'89年ドイツの市民権を得てハンブルクに定住。
 (井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)

抜いてくれた彼女がフィニッシュも♪シュニトケ/歯科医の冒険

SchnittkeFilm  お医者さんと根くらべ
 結局抜歯しなければ解決しないということで、センセイのおっしゃる通り抜歯して、なかをきれいにし、新たなブリッジを作ることになっていた左上の奥歯。

 ようやく《本づけ》が終わった。

 こういうのって、最初に装着すると高かったり、窮屈だったり、歯ぐきが圧迫されている感じがしたりして、《本づけ》前に細かく調整してもらうのだが、そのうちどこに違和感があるのか自分でもわからなくなってくる。

 おまけに、微妙に高さが高いのかそのブリッジと噛み合わせとなる下の歯に無理がかかりそこの歯ぐきまで痛くなっているような気のせいのような……

 でも、過去に安易に妥協して、そのあとしばらく痛い思いをしたので(でもそのうち歯ぐきの方が慣れてしまう。それがジワジワと歯ぐきを蝕むことになる)、今回は私も少し粘り強く主張した。
 この歳になるまで言うべきことを言ってこなかったことを後悔している。こんなことだから、そのブリッジになじんだはずだった歯ぐきが数年後に突如として痛みだし、今回のようなことになるのだ。

 「高いですか?」
 「ちょっぴり」
 「手前の方ですね?」
 「いや、奥の方のような」
 「奥ですか?」

 こんなやり取りをして、「はい、噛んで」「グリグリ歯ぎしりして」なんてことを繰り返す。

 「高さはどうですか?」
 「なんだかまだ高くて窮屈な感じがします」
 「これ以上削ると強度に問題が出ます」
 「そうですか。じゃあこの辺で手を打ちますか」

とは言わなかったが、こういったやりとりのあと《仮づけ》。

  すぐに完全接着しない賢さ
 そうなのである。
 いま通っている歯医者で初めて体験したのは、ブリッジができてきてもすぐに《本づけ》しないこと。
 いままでの歯医者だったら完成したブリッジをその日のうちに調整してガッチリとセメントで接着しちゃっていた。しかしこの歯科医院では、一度仮どめして様子を見るという。

 目からうろこだ。
 急がば回れってことだ。
 そうすれば不具合がでても取り返しがつく。
 ほかの歯医者(札幌や帯広の、私が通っていたところ)は、なぜこんなリスク回避を思いつかないのだろう。ブリッジが出来上がってきたらすぐにぶっつけ本番でがっちり接着するのは患者にとって通院回数が1回減るメリットがあるが、固着後に不具合がでる恐れを考えると医者にとっては一種の冒険だ。

 シュニトケ(Alfred Garrievich Schnittke 1934-98 ロシア→ドイツ)の組曲「歯科医の冒険(Adventure of Dentist)」(1965)。

 ここに書いたように、同名の映画音楽から、このCDで指揮者を務めているシュトローベルが組曲に編んだもの。

 親しみやすくシュニトケの《気難しくない》側の魅力が楽しめる作品だ。

 シュトローベル/ベルリン放送交響楽団の演奏。

 2004~05年の録音。カプリッチォ。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】 ※ポイント12倍キャンペーンは12/15 23:59まで
   Alfred Schnittke: Film Music Edition

  フィニッシュは彼女
 そして仮どめから1週間経った昨日、完全接着を終えた。

 昨日担当してくれたのは女医さん

 私はこの女医が好きだ。いや、そういう意味じゃなくて、テクニックがすごいから。いや、だからそういう意味じゃなくて、良い仕事(治療)をしてくれるという純粋に医学的な見地からの思いである。
 女医さんだからということではないが、最終的な微調整もていねいにやってくれた。

 考えてみれば、この治療シリーズ第1章の最初と最後-つまり抜歯とブリッジ接着-をこの口腔外科が専門という女医さんにやってもらったことになる。

 始めよければ終わりよしって、個人的には思っている。

    

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くまざわさんなら事情を知っているかも♪シュニトケ/p五重奏曲

  太いの……
 昨日の人間ドックの結果概要(速報)-正式な結果は後日郵送されて来る-については、今日以外の近い日にまた書くとして、今日は日曜日のお散歩の話。

 この日は天気が良かったのだが、夕方から突如天候が変わって雷を伴う雨が降ることもあるとなどと放送各局から脅されていたので、朝のうちに遠距離散歩を試みた。

 ある店の前。
 またまたショーケース・レポート。
 
20170311ShowCase

 まぁ、あんまり太くて逞しくいのでアタシ、頬が赤くなっちゃった。ってくらい見事なエビフライ。

  色彩に乏しいの……
 朝なので人通りもまばらだったので、調子に乗ってもう少し寄って撮影。

20170402Sample1

20170402Sample2

 見てください。5色で彩り豊かな……

  黒いの……
 ごらんなさい。お汁粉のような色合いの……

20170402Sample3

 でも、このお店老舗であることはその外観からも間違いなさそうで、察するにきっとどのメニューもおいしいと思う。
 むしろサンプルを飾らない方がいいんじゃないかと思うのだが。すいません、余計なお世話をやいて……
 いや、それはこの店に限らず、ここここここもそうなんだけど……

  唐突なの……
 いきなり803ってなんだ?

20170402Yaosan

 たぶん“やおさん”って読むんじゃないかと。
 だってここ、このあいだマジックのキャップを失くして困っていたおじさんがいるところだもの。
 この日はシャッターが下りていたけど。

 そういえば、大統領だったパク・クネは拘置所で収容者番号503の人になったそうだ。

  ウソつきっぽいの……
 屋上に大きな看板があるビルを発見。

20170402Onigiri

 “おいしさ、その場で、にぎりたて”の手作りおにぎりの専門店。
 うん。コンビニではないそういう正統的、伝統的、家庭的なおにぎりを食べてみたい。

 なになに、当ビル1F?

 ……ヤングドライって書いてあるんですけど……

 ビルの前まで行って確かめなかったけど。通りの向かいからはおにぎり屋さんがあるようには見えなかった。

  咲いたの……
 そして、マンションに帰るときに、わざわざ桜並木が横にあるあの中学校の方を通ってみた。
 こちらも桜が咲き始めていた。

20170402Sakura

  暗いの……
 以上の話とはまったく関係ないが、シュニトケ(Alfred Garrievich Schnittke 1934-98 ソヴィエト→ドイツ)のピアノ五重奏曲(1972-76)。

 5楽章からなる作品。天気の良い春の陽気漂う雰囲気にまったくマッチしない陰鬱な曲である。
 が、日曜日に聴いてしまった。
ShostakoPfQNXS
 が、この曲はシュニトケの作品の中でも最高傑作の1つだと私は思っている。

 母親の追悼のためにこの曲を管弦楽編曲したものが「イン・メモリアム(In memoriam)」(1978)である(こちらの方が、ピアノ五重奏曲よりもさらに傑作!)。

 ボリス・ベルキンのピアノ、フェルメール四重奏団の演奏を。

 2000年録音。ナクソス。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Piano Quintets - Shostakovich, Schnittke

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY

 日曜日に見かけた光景じゃないが、ある朝、こんなのを見かけた。
 うっかり八兵衛でこういうことをしてしまった経験ありますよね?

20170321Imaike

    

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豚小屋跡地は土壌汚染どころか肥沃?♪シュニトケ/静寂の音楽

20170325Suisen  いくらなんでも危険すぎる……
 先日出張で北海道に戻ったときに、札幌市は西区の宮の沢ハイツが崩落しつつあるというニュースをやっていた。

 はっきりとは覚えていないが、この建物の姿に漠然とした記憶はある。

 旧国道5号線(札樽国道。現在は道道の北5条手稲通り)沿いで、ニチロや勤医協の近くだったはずだ。旧5号線に対してからはあまり大きく見えないが、奥行きが長い建物なので記憶に残っているのだ。

 その、道路をはさんで真向いではないとは思うが、岩橋印刷や(たぶんとっくになくなっているだろうが)キッチン“青い橋”があった。

  友だちとみなされていなかった?
 キッチン“青い橋”は当時、むかしの家畜舎をそのまま利用したような建物だった(ような気がする)が、中に入ったことがない。だからどんなメニューがあったのか知らない。

 だが、ここは中学の同級生の家だったのだ。

 店の名の由来は、近くに“中の川”っていう川が流れているので、当時はその川に青い色の橋でもかかっていて、そんなことでつけたのかもしれない(←100%憶測)。

 しかし、この同級生-O君-は、ついぞ私を彼の家に誘ってくれたことがなかった。遊びに行ったら店でなにかご馳走してもらえるかもという夢は、そのまま夢に終わった。

 まっ、家を行き来するほど親しい仲じゃでもなかったけど……(そこで暮らしていたのかどうかもわからないし)。

 おや?
 建物はまったく違うものになったが、まだやってるではないか!
 もしや、O君があとを継いだのだろうか?

  憧れの的だったマンション
 宮の沢ハイツは1975年の建築だという。
 となると、私が西野に引っ越してきたときにはまだ建っていなかったことになる。

 そのころに7階建てのあれだけ大きい建物が建つということは、かなり目立ったと思うが、宮の沢方面(当時の住所は手稲東町)は徘徊エリアでなかった私には、建築途中の光景も記憶にない。


 一方、西野には西野ハイツというのがあって、これは1970年築。5階建てだ。
 私が西野に引っ越したときには出来たてに近く、外目から見て「マンションってこういうものなんだ」と思った。

 西野ハイツは4棟からなり、いまはもうすでにないホクレンマーケットのすぐ裏(北西側)に位置し、北東側にはゴルフの打ちっぱなし場があった。
 1976年オープンした西友西野店は、さらに打ちっぱなし場の横(北東側)に位置していた。

 西野の話をすれば、1972年にオープンした、当時の西野のシンボル的総合商業ビルであったカスタムパルコのことを書いたところ、これを読んでくれたサムさんが自分の記事で引用してくれたが、サムさんの方が実に詳しくカスタムパルコのことを覚えており、読んでいてとても懐かしく感じた(私の西野に関する記事は、右サイドバーの検索で“西野”と入力していただければけっこうな数が出てくる。特に旧ブログ(読後充実度 84ppm のお話)に多い→たとえばこんな感じ)。


 余談だが、サムさんは陸別から西野に引っ越してきたというが、名古屋に来る前に帯広に4年住み、仕事でしばしば陸別に行くことがあった私としては、それもまた懐かしく感じる。


 1970年代の西野は驚くべきスピードで変わっていった。

  グラウンドの横で豚が鳴いてたんです
 そのころは手稲東中学校のグラウンドの横には豚小屋があった-そのころは豚専用の配合飼料を食べさせるなんてことはせず、あちこちの家から集めてきた残飯を食わしてしたのでそりゃあなかなか刺激的な香りを清澄な手稲山のふもとの空気に放っていた-のに、それは更地になり、現在は立派なマンションが建っているようだ(西野2条4丁目をグーグル・ストリートビューで見ると)。

 臭いといえば、発寒川だって汚水が垂れ流されていたのでひどいものだった。
 西野地区(私が住んでいたのは手稲東中の近く)で下水が完備されたのは1981年ころになってからだと記憶している。
 もちろん糞尿は垂れ流さないが(市のクリーム色に塗装されたバキュームカーが街を走り回っていた)、生活汚水はそのまま。
 それでも発寒川で釣りをしているおじさんとかいたんだけど……
 もっとも、あのころはまだ住宅の数も今とは比較にならないくらい少なかったから、発寒川もどぶ川にならずに済んでいたのだろう。
 でもって、1981年だか82年にわが家のトイレも水洗になったときには、これでもうお尻を出したままアンモニア中毒で倒れてしまうなんて心配をしなくて良いと、天にも昇る気持ちになった(ということで、写真はイメージです)。

 豚小屋がなくなったあと、細い道をはさんで北東側には大蔵マンションという、マンションも建った(純情だった私は最初、それがマンションという肩書をもつ賃貸アパートのことだとは知らなかった)。ここはいま、空き地となっているようだ(同じくグーグル・ストリートビューで見ると)。


  スケベ同士のあうんの呼吸?
 西警察署が建つ前、そこは墓地だったが、その向かいに木造住宅そのものの外観のやっているのかやっていないのかガラスの引き戸の奥が暗くてわからない本屋-といっても、小学館だか集英社と書かれた金属のスタンドに雑誌を置いているだけ-があった。
 中学生の時に、朝のホームルームで先生が、そこに買い物に行った女子中学生が店の爺さんに触られたとかなんとかだから気をつけるようにと言われた。
 そういう爺さんなら何も言わないだろうと、私はその店で初めて週刊プレイボーイを買えた(西野書店なら店番のお姉さんに叱られるところだ)。

 大雑把にいうと、カスタムパルコの隣は生協、その横には太田理美容室、そしてその横にはウインキーというパン屋ができたが、日糧とかロバとかではないパンが西野でも買えるようになったのは画期的だった(ただしホクレンマーケットにはパン屋が入っていた。そこのピロシキを食べすぎて気持ち悪くなったことがあり、それからというものピロシキは私の苦手な食べ物と化した)。

SchnittkeVcCon 確かウインキーが入っていた建物が、その後マンボウになった。
 マンボウはあまりに人気のため移転し、駐車場のある現在の場所に店を構えている。

 マンボウよりもっと北西側の山の手通りが90度カーブを描いているあたりはリンゴ畑だったが、その手前にはジャイアンツボウルがあった。とはいえ、まだぜんぜんにぎやかなエリアではなく、向静学園という謎の施設があった。きっと静かに向かわせる学園だったのだろう。市営バスの山の手線の一部の便は、西野ターミナル始終発ではなく、向静学園前というバス停を起点・終点としていた。

 今日のところは、そんなわけでシュニトケ(Alfred Schnittke 1934-98 ロシア→ドイツ)の「静寂の音楽(Stille Musik)」(1979)を。

 ヴァイオリンとチェロのための音楽。

 ゴドホフのヴァイオリン、クリーゲルのチェロで。

 1990年録音。ナクソス。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Schnittke: Cello Concerto, etc / Kliegel, Markson, et al

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY

 ってなことはともかく、西野ハイツは全然平気なことを願っている。
 かつては「住んでいる人がうらやましい」と思った、羨望の建物だったわけだから。
 
    

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タコのアタマ?当たり前に売ってます♪シュニトケ/タコの追悼のための……

Sym15VerCO  早朝割り?
 土曜日に、若いとは言えないものの1人の女性と至近距離で向かい合い、私は腕の肌を彼女の前でさらし、彼女はそこに触れ、ついでにチクッと刺激を与えられた。

 彼女は「だめよ、今日は。激しい運動は」と私を戒めた。

 コトを終えるのにかかったのはわずかな時間。でも、料金は3,000円だった。

 いや、インフルエンザの予防接種のことである。

 その帰りにスーパーに寄った。

 わさび醤油で食べるとマグロの刺身のような味がして、その上強い抗酸化作用を持つ(んだっけ?)アボガドを買った。

 私はアボカドのことを、ずっとアボガドだと思っていた
 でも、アボガドではなくアボカドだと知ってからも、どうしてもついついアボガドと言ってしまう。

 avocadoだからアボガドではなくアボカドが正しいことはわかっているが、そもそもなぜ私はアボガドと誤った呼び方を習得してしまったのだろう?

 だからそのスーパーでこんなPOPを見たら思わずうれしくなってしまった。

2016112017220000b

 実はアボガドというのは私という個人的な問題ではなく、北海道が抱える独自の訛りなのかもしれない。

  いつもこういう豚肉を買えればなぁ
 そのあと精肉コーナーに行く。
 やはり北海道は豚肉が安い。
 この写真のように100gあたり188円の国産(北海道の平取産)のモモ薄切りを名古屋の店で見かけることはないと思われる。

2016112017220000

 いや、肉に限らず野菜も魚も北海道は安い。名古屋の物価が高いのか、北海道が低いのかよくわからないが……

  頭を得られるのは1匹ごとのとき?
 そういえば、1か月ほど前に名古屋の取引先の人に妙なことを聞かれた。

 「北海道ではタコのアタマだけを刺身で売っているって本当ですか?」

 本当です。

 厳密には生だこではなく、一般のスーパーで売られているのは脚同様ボイルしたものだが、頭だけで売ってます。
 脚と違って軟らかくて食べやすいです。

2016111911470000

 その人が言うには、タコ1匹ごとなら頭はついているが(それほど大きなタコではないらしい)、頭単独では売っていないそうだ。

 こっちでは頭を真っ二つにしているのを売っているというのに、おもしろいものだ。
 今度名古屋のスーパーのタコ事情を実際の目で確かめてみようと思う。

 タコといえば、クラシック音楽業界ではショスタコーヴィチである(と勝手に定義している)。

  タコを偲んで
 シュニトケ(Alfred Schnittke 1934-98 ロシア→ドイツ)の「ショスタコーヴィチ追悼のための前奏曲(Prelude in memoriam Dmitri Shostakovich)」(1975)。

 2台のヴァイオリン、もしくはヴァイオリンと(あらかじめ一方のヴァイオリンのパートを録音した)テープのための音楽。

 ショスタコが亡くなった1975年に書かれており、曲はショスタコの名の音名D-S(Es)-C-Hに基づく動機に、シュニトケがあまねく音楽にこの人が存在するという(考えようによっては支配されているようでちょっぴり怖い)J.S.バッハの音名B-A-C-Hによる動機が対位法で絡む。

 クレーメルの演奏で(クレーメルによるテープ録音に重ねた演奏)。

 1995年録音。グラモフォン。
 ショスタコーヴィチの交響曲第15番の室内楽版とのカップリングだが、すでに廃盤。

 現在のところAmazonで中古品が入手可能だ。

   このCDの中古情報 【Amazon】
   ショスタコーヴィチ:交響曲第15番(デレヴィアンコ編)、シュニトケ:ショスタコーヴィチ追悼のための前奏曲


    

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今年1年を振り返る~3. 技能賞編

  甘いだけではない。刺激も十分
 今年新たに出会った曲で、これまたすばらしかったのがシュニトケの映画音楽。


 シュトローベル指揮による4枚組CDである。

SchnittkeFilm2


 8月24日29日9月4日11日と4回にわたって取り上げたが、そのなかでもJ.シュトラウスのメロディとオリジナルのメロディが織りなす「ワルツ」(9月4日の記事で紹介)にはすっかりやられてしまった。
 
 私はこれらの作品群に技能賞を与えたい。


 このCDの存在は“ぶっちさん”が教えてくれたのだが、ぶっちさんには深く感謝いたしたい(言葉だけだけど)。

 耳に心地よい(といっても、あちこちに毒っ気があるが)親しみやすい音楽は、晩年の不機嫌そうなシュニトケの音楽とはずいぶんと違う。

 と思うと、勝手ながら自分の好みの話だけど、シュニトケって晩年は気難しい変な方向に行っちゃったような気がしないでもない。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Alfred Schnittke: Film Music Edition

  この滅茶苦茶さもある意味技能?
 今年は、意味不明のひらがなが並んでいる謎めいたスパムメールをここここでご紹介した。
 最後にもひとつ取り上げておこう(もひとつ届いていたので)。

 酒井〇子薬漬けのクラブ通いで遂に全裸公開☆

 限定動画「**********@********」様へ
 酒井◇子さんが、薬物漬けのクラブ通いで全裸になってしまった映像!つはちつれむろも!つはちつれむろもつはちつれむろも
 ちょっとリアル過ぎて怖いかもしれません!つはちつれむろも!つはちつれむろもつはちつれむろも


 誰か、なぜこんな変にひらがなが並んでいるのか、その心を教えてはくれまいか?

    

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聖くないその夜♪グルーバー/聖しこの夜(シュニトケ編)

Konzert nach dem Konzert  毎年見失うメモ
 あなたには見えないだろうということは百も承知だが、こう見えてもこのところの私は忙しい。

 今週は火曜から東京に出張し昨日の午後戻ってきた。
 そして今日は札幌へ出張である。

 年賀状のデザインをどうするか、いつプリントアウトするかと考える以前に、まず喪中のはがきが来ている人のチェックも終えていない。
 ということは、何枚年賀はがきを買えばいいのかめどが立っていない。

 私はその年に何枚年賀はがきを購入したかを必ず控えている。
 さらに年が明けて何枚追加購入したかも控えてある。
 次回の参考にするためだ。

 ところがである。
 なぜかその控えた場所がわからなくなる。それも毎年である。
 おかしい。笑えないが、おかしい。

 ということで、昨年もらった年賀状の枚数を数え、さらに昨年届いた喪中はがきの枚数を数えなければならない。これが今回出す年賀状の基礎数字と宛て先なるわけだ。
 そこから今年届いた喪中はがきの人を差し引き、いままでやり取りがなかった人で新規登録者(そういう人はまずいない)を足す。
 そこまでしないと今回年賀状を出す人が固まらないのである。

  いよいよクリスマスだが……
 話がそれてしまった。
 つまり忙しいのである。

 じゃあブログを休めって?
 そういう人、好きじゃない、アタシ……

 ところで昨日の昼は、予告通り羽田空港でカレーを食べた。
 第2ターミナル到着ロビーのART CAFEのポークカレー。700円。
 これから出発するというのに到着ロビー。
 いいじゃん、別に。

 そんなこんなでクリスマスまであと一週間となってしまった。
 そこであわててクリスマス・シリーズ第9弾。

 そしてこのシリーズは今日が最後。クリスマスに関連した楽曲を取り上げ続けるときりがない、というのはあまりにオーバーな表現だが、第9という年末になんとなくふさわしい数で終わることにしたい。

 最後に取り上げるのはシュニトケ(Alfred Garrievich Schnittke 1934-98 ソヴィエト→ドイツ)の「聖しこの夜(Stille Nacht)」(1979)。

 みなさんよくご存知の「聖しこの夜」は、オーストリアの教会オルガニストであり小学校の教師であったグルーバー(Franz Xaver Gruber)が1818年に作った聖歌。

 シュニトケはこれをヴァイオリンとピアノのために編曲したのだが、そこはシュニトケ。「そんなことする?」と言わずにはいられないほど歪められる。まっ、編曲というよりはこの聖歌のメロディーを素材とした怪奇音楽。

 鈴木淳史はこう書いている。

 最初は原曲どおりの旋律が、ヴァイオリンとピアノによる編成で奏でられる。甘くノスタルジックさえ感じさせる響き。しかし、曲が進むとそのメロディを構成する和音が盛大に外され、雰囲気は途端に禍々しいものに変貌する。
 ピアノが旋律とまったく合わない重苦しい音を奏で、ヴァイオリンも不吉な音でそれに応える。まさに音楽が腐っていく瞬間。……
   (「背徳のクラシック・ガイド」:洋泉社新書)

 イエス・キリストの生誕の日だなんてまったく関係なく、彼女への高価なアクセサリーのプレゼントの代償として今日こそはパンティを脱いでもらうぜよと股間のロウソクをズキズキさせている狼男たちへの警告のようにも聴こえる(ウソです)。

 クレーメルのヴァイオリン、エッシェンバッハのピアノで。
 “コンサートの後のコンサート”というタイトルのオムニバス盤である。

 1979年録音。DENON。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   コンサート後のコンサート

 すまんのぅ。最後の最後にクリスマス気分に水を差して。

 それはそうと、昨日の第2ターミナル保安検査所Aの私が通ったレーンの女性係員。
 何がそんなに不満なんだというくらい、この上なく無愛想だった。

    

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勝手にヌルと呼ばれて……♪シュニトケ/Sym0

SchnittkeNagasaki  実際は番号なし 
 シュニトケ(Alfred Garrievich Schnittke 1934-98 ロシア→ドイツ)の交響曲第0番(1956-57)。

 A.イヴァシキン編「シュニトケとの対話」(秋元里予訳:春秋社)の巻末にあるシュニトケの作品リストでは“初期作品 未完の作品”の項に分類されており、その名もただの「交響曲」となっているが、便宜上というか何というか、第0番と呼ばれることがある。

 こういう例はブルックナーにもある。
 彼の場合には番号のない初期作品の交響曲が2曲あり、第00番、第0番と呼ばれる。

 シュニトケの「ヌル番」も習作。モスクワ音楽院に在学しているときに書かれた。
 交響曲として次に書かれた第1番はそのずっとあとの、1969年から72年にかけての作品。
 第0番と15年後に完成した第1番とではタンメンとタンタンメンぐらい違うものとなっている。

 第0番はロマン主義的で国民楽派のような表情も持っている。ちっともシュニトケらしくない。
 聴きやすいが4つの楽章を聴き通すのはけっこう手持ちぶさた。味が単調で飽きが来る。退屈しのぎに、途中で鉛筆の2~3本も削りたくなる。
 いえ、タンメン好きの方に喧嘩を売ってるわけではありません。でも、私はタンタンメンの方が数倍好きです。

  1番はぜひ聴いとくべし!
 逆に言うと、それほど第1番はすごい
 第0番が外でぼーっと立っていたカオナシだとすると、第1番は狂暴化した手がつけられないカオナシである。

 とはいえこのヌルっとした交響曲、シュニトケ好きにはぜひ聴いてほしいし、タンメン・ファンには気が向いたら買ってほしい。

 ヒューズ指揮ケープ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で聴くことが出来る。

 2006年録音。BIS。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Schnittke:Symphony No.0 -1956-57/Oratorio Nagasaki -1958:Owain Arwel Hughes(cond)/Cape Philharmonic Orchestra/etc

 第1番の方はセーゲルスタムが指揮した録音がお薦め。
 聴衆が途中で拍手喝采したり(興奮しているのか、ヤケのヤンパチなのか)、曲が終わったあとに異常に興奮してたりしているのも(終わってほっとしたのか?)わかる。

 第1番を聴きたいなら、上の第0番も収録されている交響曲全集がお薦め。間違いなくお得!

   そのCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Schnittke: The 10 Symphonies

 ところで、昨日インフルエンザの予防接種を済ませた。
 風邪をひいたり原因不明の発熱などなく、予定通りこの日にお注射してもらうことができ私はとても満足している。

     

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間違いではないけど、ちょっと誤解を生むような……♪シュニトケ/長崎

SchnittkeNagasaki  ショスタコは認めてくれた
 シュニトケ(Alfred Schnittke 1934-98 ロシア)のオラトリオ「長崎(Nagasaki)」(1958)。

 モスクワ音楽院の卒業作品として書かれたが、この作品に対する批評が作曲家同盟で1958年か59年頃(シュニトケの記憶があいまい)に行なわれたときには、“さんざんな批評”もあった。

 それは印象主義、模倣、リアリズムの欠如などというデマが論拠だったと、シュニトケは語っている。

 しかし、「これはいかにも未熟な作品ですが、同時に実に真摯な作品なので、僕にはやはり重要な作品とみなしています」と述べている(A.イヴァシキン「シュニトケとの対話」(秋元里予訳:春秋社)116p)。


 また、作曲家同盟の定期演奏会で「長崎」を聴いたショスタコーヴィチは、“シュニトケの後ろの席にいる人の方へ来て座り、僕がいるところで、まるで彼らだけの内緒話みたいにして、会話が行なわれました。ショスタコーヴィチ氏は早口でこう言いました ― 「シュニトケの作品はとってもいいぞ、とってもいい作品だ」”と肯定的な反応を示したという。


  なぜ南アフリカだったんでしょうね?
 その後お蔵入りになっていたが、2006年にケープタウンでヒューズの指揮によって一般初演された。
 今日紹介するCDは、おそらくこのコンサートの前後に録音されたものと思われる。

 歌はメゾ・ソプラノ独唱と混声合唱によって歌われる。


 曲は次の5つの楽章からなる。


 第1楽章 長崎 ― 悲しみの町(Nagasaki,City of Grief/詞:ソフローノフ)
 第2楽章 朝(The Morning/詞:島崎藤村)
 第3楽章 このつらき日に……(On That Fateful Day/詞:ソフローノフ)
 第4楽章 焼け跡にて(On the Ashes/詞:米田栄作)
 第5楽章 平和の太陽(The Sun of Peace/詞:フェーレ)
 
 オーケストラの編成は4管(ホルンは8本)。
 打楽器は、ティンパニ、トライアングル、ウッドブロック、小太鼓、シンバル、大太鼓、タムタム、ヴィヴラフォン、テルミンボックス、グロッケンシュピール、鍵盤楽器、テューブラーベルと、マーラーもびっくりするほど多く用いられており、さらにチェレスタ、ピアノ、ハープ2が加わる。
 “鍵盤楽器”っていう表記がよくわからないが……

 ちょっと気負い過ぎの感がないではないが、けっこう聴く者の心を引きつけるものがある。
 冒頭の重低音とそのうえで奏でられる哀愁を帯びたメロディー、そして“Nagasaki,Nagasaki”と繰り返される合唱。ここからすでに(曲の性格上、こういう言い方は良くないのだが)快感だ。

 長崎ということからか、東洋(日本)を感じさせるようなメロディーも出てくるが、全般的には力ずくで何とか感動や共感をしてくれと訴えてくる。散漫な印象はぬぐえない。

 このあたりが作曲家本人のいう「いかにも未熟」ということなのかもしれないが、若気の至りであっても「真摯な作品」であることは間違いない。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Schnittke:Symphony No.0 -1956-57/Oratorio Nagasaki -1958:Owain Arwel Hughes(cond)/Cape Philharmonic Orchestra/etc

  絶句と言えるのかなぁ、あれ
 ところで長崎といえば、長崎県出身の福山雅治の電撃結婚。
 ちょうど1週間前に発表されたわけだが、NHKのニュースまでが取り上げる騒ぎぶり。

 私が結婚した時など誰も騒がなかったし、ショックを受けた人がいたという報告も一切なかった。
 同じニンゲンとして、世の中なぜこんなに不公平で不条理なのかと、現政権に文句の1つもつけたくなる。


 NHKの“ニュース7”では女性アナウンサーが絶句したと、ネットのニュースに書かれていた。
 たまたまこのとき、私もNHKを観ていた。

 絶句したといえば確かに絶句したと言えるが、でも、こういう表現はオーバーだろう。女性アナウンサーがコメントを求められて「別に……」とも言えないだろうし。

 会社を早退するOLが相次いだとか、新橋でやけ酒をあおる女性たちが続出したとも書かれていたが、どの程度のことだったのか……


 ショックを受けた女性が数多くいたのは事実だろうけど、平和ですね、やっぱりニッポンって。

 吹石さんが(って、私はこの人のことほとんど知らなかったけど)わけのわからない怖ぁ~い女の人から逆恨みの被害に遭わないことを祈ってます。

    

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