2008年09月19日

笊ヶ岳 2008.09.12N〜15

12日(金):名古屋19:3021:20掛川駅集合22:2001:40畑薙第一ダムP(幕営)
13
日(土):畑薙第一ダム07:30=08:07中の宿08:10−(2000m地点)−(トラバース道)−14:12所ノ沢テン場 (幕営)
14
日(日):所ノ沢06:3006:39所ノ沢越−08:47布引山09:1510:35笊ヶ岳11:0012:00上倉沢−(トラバー道)−16:30椹島  (ロッジ泊)
15
日(月):椹島06:3007:30畑薙第一ダムP07:4010:30掛川(昼食)11:1012:30名古屋

Mem:Miki、TkqNgcUcdIskw(5名)

 

ザレ場12日:深夜、井川を過ぎた辺りの細い林道でカモシカとばったり遭遇。車のライトに怯えたカモシカは、暫く右往左往した後、あのヒヅメで垂直壁をよじ登って逃げていった。ダムサイトPでNto氏の車とテントを見つけ、そのすぐ後ろに駐車。Nto氏が目を擦りながら起きてきて、テント設営を手伝ってくれました。

13日:朝、我々と行動を共にするTkq氏とも無事合流。Tkq氏は歩いて「中の宿」まで行くと、一足先にダムを出発。我々4人は、7:30東海フォレストのマイクロバスに宿泊券3000円を払って乗車。Nto氏は、一つ前のワゴン車に乗り込み、単独聖岳へ向かった。

 さてさて、地図上では、破線(難路)で示されている中の宿〜布引コース、表示通りでなかなか大変なルートでした。

                      その他の写真



 まず、中の宿の吊り橋(130m)を渡った山への取り付きからして、もう難路。川に沿って上流へ20分、渡渉点までのこの出だし、踏み跡が薄い上に藪漕ぎ、脆い足元に滑落しそうな恐怖。こんな状態、いったいどこまで続くのかと初っ端から引け腰。それでも
1500m2000mの間はキノコの山。ルートを歩くだけでキノコが臭ってきますよ。松茸も見つかるんじゃないかな。松茸、松じゃなくてツガの木の根元に出てますから」

と言っていたマイクロバス・ドライバーの言葉に釣られ、お宝はどこだと欲の皮を突っ張らせ、必死で登った。しかし、食べられるキノコなんてどこにも見当たりませんでした。
 2000m地点までの約4時間は、展望のきかない樹林帯の急坂を、喘ぎあえぎひたすら登る。11:40頃、トリカブトのお花畑で小休止していると、畑薙第一ダムから歩いてきたTkq氏が早くも追いつく。彼の健脚ぶりに改めて感心する。後は、5人パーティとなって歩いた。2000m地点からはほぼ水平なトラバース道となるが、稲又山の支尾根をぐるりと巻き込むこの道、結構長いのだ。後半はざれて細い上に所ノ沢の深い谷底まですとんと切れ落ちていたり、倒木で道が塞がれていたりしていて気が抜けない。13:35やっと着いた水場で汗まみれの顔を洗い、喉を潤す。目指すテン場まではあと僅か、と気合いを入れ直してスタートすると、すぐに幅20mくらいの小石と砂の混ざったガレ場に行き当たった。ズルズルと滑り落ちそうだが、例え落ちたとしても何とか止まりそうな傾斜。対岸の出口はどこかと捜すと、斜め上方にあった。覚悟を決めて登りにかかったが、まるで蟻地獄の中にいるように足が滑り落ちる。一歩一歩足元を確かめながら慎重に横断し、14:00第2の水場へ到着。ここを過ぎると、所ノ沢のテン場へは呆気なく着いた。

 このテン場の横には小さな沢があり、水の確保はOK。テントも3張りくらい張れる十分な広さだ。ただ、テン場の片隅にザックがポツンと一つ置かれていた。ここまで誰とも擦れ違わなかったし、人の気配すら感じなかった。気になって見に行くと、ザックも脱いであるシャツも雨露に濡れている。ストックも2本きちんと置かれている。俄に遭難者か自殺者のものではないかという話になった。「そう言えば、ダムのトイレに行方不明者の張り紙が出ていた!」だとか「椹島ロッジの前に、確か、このザックの写真が出ていた!」だとかという話になり、えらいもの見つけてしまったなと緊張が走る。
チゲ鍋 幕営の用意をし、Iskw女史特製のチゲ鍋をつつきながら一杯やり始めたもののやっぱりザックが気になる。腹の膨れたところで、NgcUcd両氏を中心にした怪人探偵団を結成し、身元の分かるものは無いだろうかとザックの中身を取り出して調べてみた。しかし、身元が分かるようなものは何一つ出てこない。持ち物の食料や煙草、使い捨てカメラの消費期限を見ると2001とか2003という数字が出てくる。
探偵団「こりゃ、大分前からここに置かれているものかもしれないなあ。でも、そうだとしたらザックはもっと痛んでいるはずだが…」
「ま、いずれにしても椹島ロッジで聞いてみようや」

 結論を出してスッキリした2度目の宴会では、ザックのことなどすっかり忘れて大はしゃぎ。酒が回りバージョンアップしたNgcUcd両怪人は、純情男を酒の肴にしていじりまくる。やがて、焚き火を囲んで放吟し、夜の7:00には、テントに潜り込んでバタンキューでした。

 

14日:夜中にテントを叩く雨の音で一旦目を覚ましたが、昨日の疲れからか朝の5:30までぐっすり。遅くとも6:00には出発する予定だったので、慌てて餅入り雑炊を作って掻き込み、テントを撤収。6:30テン場を去るときは、全員、ザックに向かって合掌した。テン場から尾根道の所ノ沢越までは、僅か10分程度。しかし、この先、布引山までの2時間半がまたまた難行苦行の連続。標高差500m程の急登を、目印を捜して枝を掻き分け、倒木を潜り、木に掴まってよじ登るハードコース。布引大崩れも大迫力だ。肩に食い込むザックの重さ、よろめく足を呪いながら「こんな山、二度と来るもんか!」と何度、毒づいたことか。やっと、着いた布引山頂上、展望は良くないけれど、木々の間から対面の茶臼岳や聖岳が見え、じわりと喜びが込み上げてくる。ここまで先頭に立ちみんなを引っ張ってくれたTkq氏、明日仕事のため、今日中に山を下りなければならない。この布引山頂上から先、彼は午後2時発の椹島最終バスに間に合うようひとりで下りていった。

 布引山頂上のすぐ傍にもテン場はあったが、近くに水場がないためここでの幕営は難しそう。頂上からはトレースもしっかりついており、やっと一般縦走路並のルートになった。一旦標高差180mほど下って鞍部へ、そして200mほど登り返すと待望の笊ヶ岳頂上だ。ここの登り返しは、布引までの登りに比べたらうんと楽。布引から笊まで1時間20分くらいかかるが、やはり眺望のきかない尾根道だった。しかし、その分、笊ヶ岳頂上からの眺望は抜群で、まさに南ア南部の大展望台。西は、上河内、聖、赤石、荒川の名山が手の届くような迫力で迫り、北の方には塩見がその尖峰をのぞかせている。東側には大きく富士山が見えるはずだが、残念、こちらは雲が湧きだして、すぐ傍にあるはずの小笊さえ見えなかった。尾根が県境だとかで、笊ヶ岳のピークには、静岡県と山梨県の標識が別々に建っていた。ここで昼食を取って大休止。あとは、椹島まで1600mのダウンヒルだ。
 11:00に出発し、20分ほど下ると椹島への分岐点。分かりにくいという噂だったが、大きな看板が出ているし、道も明瞭。この椹島から笊ヶ岳までピストンするコースは、最近よく歩かれているのだろう。暫く樹林帯の快適な下山路を辿ると、やがて、涸沢の中を歩くようになり、トリカブトの花を愛でながら上倉沢まで順調に下った。この上倉沢は、テン場で、これからテントを張って笊ヶ岳を登るというパーティがいた。
 (この調子なら、意外に早く椹島に着けるかも…)と思っていたら、その先のトラバース道(上倉沢〜標柱間)に入ってからが、またまた嫌らしい大変な道だった。

「途中のトラバース道は、6本の沢2本の涸沢と間の尾根筋を登下降する、道幅の狭い非常にハードなコースで、かつ往復(椹島〜笊ヶ岳)12時間を超える長丁場なので、初心者には無理である」(山と高原地図42塩見・赤石・聖解説書より引用)と書かれているように、登っては下り、登っては下りの連続。高度計を何度見ても2050m前後のこのトラバース道、滑落しないようにと気をつけて歩き、ここを通過するのに2時間以上かかってしまった。

 足裏にマメができ、よろける足を引きずりながらやっと椹島に着いたのが16:30。今日の全行程10時間。へとへとに疲れ、椹島ロッジのレストハウスで生ビール2杯を立て続けに飲んだら、やっと元気回復。聖岳に登ったNto氏も、この日椹島まで下山してきており、またまた再会。今晩は、同じ屋根の下で寝られるようだ。入浴の際、ザックの件をロッジ事務所で尋ねると、たまたまバスのドライバーがそこにいて「ああ、あれは遭難者のものではありません。持ち主も分かっているのですが、本人が放棄すると言っていますので・・・」と煮え切らない回答。ま、行方不明者でも自殺者でもなかったことが分かってほっとする。

「ところで、全山キノコの山だと言うから期待していたのに、何処にもキノコなんて無いじゃないか」

Ucd氏が詰め寄ると、かのドライバー氏「見つかりませんでしたか?じゃ、取ってきたキノコあげますから!」とボルシチみたいな名前のキノコを奥から取り出してきて2本くれた。入浴・食事の後は、宿泊棟に河岸替えし、Nto氏を含めた怪人・奇人合同パーティは、今夜も開かれたのでした。

 ほろ酔い加減で外に出て空を見上げると、「中秋の名月」がちょうど真上で輝いていました。

 

15日:椹島を6:30のバスに乗って、畑薙第一ダムまで戻った。「今日は、3連休の最終日、全部で200人くらいが下山するはず。そのため、今日一日バスはフル回転で大忙しだ」とバスの髭ドライバーが言っていた。
 

 そうそう、例のザック、16日、Ucd氏が静岡市警察井川駐在に所の沢テンバ残留物について問い合わせたところ、

「単独行者で稜線から山梨側に滑落し、捻挫し荷物を放置し下山したと聞いている。昨年末県警の遭難訓練の折りに荷物を発見し、現地点まで持って来たが、自分たちの荷物が多くて下ろすことができなかった。荷物の持ち主については5年前に確認しており、当人にザックを回収しろと言っているが荷物は放棄すると回収を拒否している。」

ということだった。なんとも、人騒がせな話である。(記:Miki)



roterplatz at 20:27│Comments(2)clip!無雪期登山 

この記事へのコメント

1. Posted by 内田和雄   2008年09月20日 06:37
5 事実誤認は今回見当たりませんでした
起承転結があり、良くまとまっているように思えます。
いずれまとめて自家版を作ってみたらいかがでしっうか

僣越ながらコメントしました
2. Posted by 瀑稜会   2008年09月22日 23:42
私の好きなエリアなので、興味深く拝読いたしました。
写真もいい味出てますね〜(人物が)。ご一緒したかった!
「謎のザック」は2004年秋に私たちが遭遇したのと同じものだと思います。やはり下山後に井川交番に届けたところ「持ち主は無事」との回答でした。関東の人らしいです。当時は所の沢越から稲又山方面へ少し登ったところ(縦走路)にありました、テン場まで移動したのですね。ほんと、人騒がせな。
二度と来るもんか、なんて言わないで、また行きましょうよ、富士山を見に・・・。

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