2015年09月13日

2015/7/27-30 白峰南嶺/広河内岳〜笹山〜転付峠

mem:bno
 2014年は、二間違い探し軒小屋から入山し、白峰南嶺を北上して大門沢から奈良田へ下山するつもりで出かけた。ところが、初日に二軒小屋幕営地で食料袋をケモノに奪われ、敗退したのだった。
 そして一年後、再び白峰南嶺へ。ただし、昨年の災難の時にたいへんお世話になった二軒小屋ロッヂをゴールの地としたく、奈良田から入山して南下する逆コースで計画を立てた。近年、体力・脚力の衰え著しく、今回も時間が相当かかったが、何とか所定のコースを消化して無事下山することが出来た。
 なお、デンツク峠の表記については、近ごろ「伝付峠」とする例が多いが、学生時代から馴染んだ「転付峠」を使用することにする。

第1日目 7月27日(月) 晴れ
身延駅7:05=(早川町乗合バス かわせみ号1便)=8:35奈良田温泉8:50−9:20トンネル脇の林道分岐(登山届投函)−10:00大門沢登山道入口の休憩所10:25−10:55(休憩)11:00−11:55ブナ林(休憩)12:00−12:40平らなところ(休憩)12:55−14:20左岸へ渡る(休憩)14:25−14:50大門沢小屋(幕営)

 前夜、身延駅前のビジネスホテルに泊まり、7:05発の奈良田行きバスに乗る。乗客は他に誰もいない。途中、部活に出かけるらしい男女の中学生が乗り込んできて賑やかになったが、早川中学校のところで17人が降車してまた自分一人になった。8:35に奈良田温泉着。トイレを済ませて、広河原方面へと歩き出す。
 広河原行き林道を30分ほど歩くとトンネルがあり、手前に机と椅子を置いて年配の男性が一人で番をしていた。一般車両通行止めであるが、油断しているとバイクなどが進入してしまうらしい。愛想のいいその男性に挨拶をして、登山届を入れる鍵付きの箱が備えてあったので持参の計画書を投函、トンネル入り口の水道蛇口から500mℓの水筒に水を汲む。
 大門沢登山道には、トンネル手前から左へ分かれる林道へ進む。下山してくる登山者何組かとすれ違う。強い陽射しを避けるため傘をさし、汗を垂らしながら40分ほど歩くと、砂防工事現場に行きあたった。よしずで囲った簡単な小屋掛けの休憩所があり、水道も引かれている。ここが登山道の入り口である。少し離れたところに、登山者も使える仮設トイレがあった。15分ほど休憩して、登りにかかる。
 すぐに橋があり、それを渡ると工事の作業道路の端に登山者用通路が設けてあるので標示に従って進む。重機や工事車両、何人か作業員の姿も見える工事現場から離れて、手すりのついた仮設登山道の急坂に取り付く。少し歩いては立ち止まりしてのろのろと登る、この先が思いやられる。発電所取水口の施設があり、吊り橋を渡って登山道を進む。
IMGP8903_50per平坦地  写真を撮ったり、足を止めて呼吸を整えたりしながらゆっくり登る。下りてくる人には何人か会ったが、後ろから来て追い越して行く人はいない。グループよりも単独者が多かった。木製の橋を2〜3回渡る。大きく傾いてしまって上を歩くことができない橋もあったが、橋に添えて張られたロープにつかまりながら渡渉することができた。針葉樹にシダに苔といったおなじみの風景とは違い、ブナ林が続く。平坦地もあった。蝶の好みそうな花など何もない斜面で、アサギマダラを見かけた。IMGP8901_50per傾いた木橋
 予定よりも遅れて14:50にようやく大門沢小屋に到着。受付で翌日の予定を聞かれ「笹山」と答えると、「今年は笹山へ入る人が多いね」と小屋のおやじさん。水を掛け流した桶にトマトやきゅうり、缶ビールが冷えていたが何も買わずにテン場へ。小屋の前の一番下の段が空いていて、すぐそばに水場もあったためその段の左端に設営する。小屋のHPによれば「富士山が真正面に見えるロケーション」とのことだったので、曇り空に目を凝らすと、なるほど正面の山の向こうにぼんやりと黒い富士山の頭が出ている。後から隣に外国人男性が来てテントを張ったので「こんにちは」と挨拶を交わす。この人に英語で話しかけていた別の登山者が翌日教えてくれたところによると、彼はアメリカ人で、ノースカロライナで教師をしており、1週間の予定での初来日なのだそうだ。北岳から縦走してきて、富士山などの眺めがたいへん気に入った様子だったという。初めての日本旅行で南アルプスの白根三山を選ぶとは渋い趣味だと思った。
 夕暮れが迫るIMGP8924_trim富士山と捜索ヘリ17:50頃、ヘリコプターの音でうたた寝から覚める。テントから顔を出すと、ヘリが小屋の真上を過ぎガスが出ている稜線の方へ上がって行った。昼間よく晴れていた空にはいつの間にか雲が広がってきている。富士山の上は晴れているが、低いところは雲海になっている。ヘリは5分余り後に引き返して来たが、また旋回して稜線の方へ向かった。その後、帰って行ったかと思ったら18:30頃に再び飛来して、今度は爆音の中に「○○(姓)・○○(名)さんを・探しています・××××××(不明)・合図してください」と拡声器で呼びかけているのが聞きとれた。行方不明者の捜索のようだ。
 お湯を沸かすだけの簡単な晩御飯を済ませ、寝る。大門沢小屋の標高は1776M、テントの中の気温は午後9時頃でも23度あり、ぺらぺらのコンパクトなシュラフでも寒くなかった。


第2日目 7月28日(火) 晴れ
大門沢小屋5:45−6:15花畑(休憩)6:30−6:50標識「2200M」−7:35標識「2370M」−8:00標識「2450M」−8:30標識「2555M」−10:00大門沢下降点(休憩)10:25−11:20広河内岳「2895M」(休憩)11:35−12:30(日焼け止め塗り直し)12:35−13:10「2772M」−13:55大籠岳「2767.4M」(大休止)14:35−15:40白河内岳「2813M」15:55−17:45笹山(黒河内岳)北峰「2733M」(休憩)17:55−(引き返す)−18:15樹林帯(露営)

 夜明け前に起床、曇って星は一つも見えない。朝食を簡単に済ませ、5:45出発。小屋の裏手の樹林の中にも幾張かあるテントサイトを抜けて登って行く。しばらく行くと、男性が一人、休憩していた。昨夕、下から3段目にテントを張っていた人のようだ。その脇を抜けて先行するが、その人も間もなく歩き出した。すぐ後ろに人がいるのは落ち着かない。やがて右手に大門沢の上流部が音高く流れるのを見下ろす辺りに小規模なお花畑が現れたので、荷を降ろして休憩することにした。
 ナデシIMGP8954_trim60perシモツケソウコやクガイソウなどの花の写真を撮る間に先ほどの男性が抜いて行く。この後も何度か抜きつ抜かれつした。稜線を越えてガスが降りてきた。再び歩き出すと、雨がぱらぱら落ちてきたが雨具を着けるほどでもない。7時半ごろ、ヘリコプターの音が聞こえたがすぐに遠のいた。8時を過ぎると、下山者に出会うようになる。農鳥小屋から来た人たちと思われるが、稜線は雨が降ったようで、たいていレインウェアを着ている。8時半で気温は20度くらい。這松帯に入ってすぐの9時頃、青空が見えて陽も射したが、富士山方向はガスに覆われ何も見えない。
 這松帯の急登を休み休み進んで、10時にようやく稜線の「大門沢下降点」に着いた。IMGP8996_50perチシマギキョウ先の男性は足を止めず広河内岳に向かって歩いて行く。広河内方面からは、分岐に荷物を置いてピストンしたらしい10人ほどの中高年の団体が戻って来るのが見える。稜線はガスっていて風が強いので、風よけに雨具の上衣を羽織る。戻って来た団体の60歳代後半と見えるリーダー格の男性が、下は降ってましたか、と聞くので降っていないと答えると、一同に雨具を脱いでザックに仕舞うよう指示し、手早くするよう促すと間もなく全員支度が整い下山路へ向かって行った。雨がぽつぽつ当たるがそれ以上は降って来なかった。大福餅を食べ、水分を補給して25分ほど休憩の後、下降点を示す鐘を一つ鳴らしてから出発する。
 大門沢から登って来て農鳥へ向かうパーティは見かけたが、南へ進む人はもういないようだ。富士山や北岳方面はガスに隠れているが、水平に伸びる仙塩尾根が見えた。仙塩尾根の向こう側もガスが立ち込めているようで、早川側、伊那側ともガスっているのに大井川東俣の上だけ晴れている、という感じ。
 11:20に広河内岳に着くと、山頂に今朝から抜いたり抜かれたりした男性がいた。40代くらいか。初めて「こんにちは」以外の言葉を交わす。無愛想な人かと思っていたが、向こうからいろいろ話しかけてきた。大門沢小屋のテン場にいた米国人青年と英語でしゃべっていたのもこの人だった。チョコレートをくれたので、ドライフルーツやらラムネ菓子やらナッツやらを焼酎の空き容器に入れたいつもの行動食をお返しする。よく晴れて風も弱くなったので防寒のために着ていた雨具を脱ぐ。仙塩尾根でも高いところはガスがかかっていたりするのだが、塩見だけは後ろに積乱雲を背負って全体がくっきり見えている。地元・静岡の街なかに住むというその人は、「夏山!って感じだね」と言って、私のカメラで塩見を背景に写真を撮ってくれた。IMGP9008_50per広河内岳で記念写真これからのお互いの行程を教え合ったり、これまでに行ったことのある南アルプス南部の山の感想を話したり。青薙山のガレの通過が怖いよね、とか。蝙蝠尾根は上りに限る、長い登りの後に大展望が待っているから、という点で意見が一致した。彼は広河内から池ノ沢に下るそうだ。そして、奈良田に車を置いてあるので、笹山へ登り返して私がエスケープルートとして考えている東尾根を下ろうかと考えているらしい。私は、去年の二軒小屋での食料置引き事件のことを話した。
 30分以上たっぷり休憩して腰を上げ、挨拶して山頂を去ろうとすると、彼も同じ方向だからと立ち上がった。山頂から西側に延びる大きな尾根の方にも踏跡があるが、石にペンキで×印が書いてある。白峰南嶺の本稜に向かい、先に立って下り始める。少しして振り返ると、もう彼の姿はなかった。池ノ沢下降点の場所を教えてもらえばよかった(行くこともないだろうけれども)。以後、二軒小屋に着くまで、人に会うことはなかった。
 入山前の天気予報ではこの日が一番心配だったのだが、今は晴れて陽射しが強い。ただし、全体が見えるのは塩見くらいで、早川側は真っ白で富士山が見えず、白根三山方面も南嶺の先の笊ヶ岳方面も見晴らせない。南アルプス主稜では、塩見の向こうに荒川だけが見えている。初めは見えていた蝙蝠岳や徳右衛門岳のピークもほとんど隠れてしまい、蝙蝠尾根は標高2500Mくらいから下だけを見せてやたら長々と横たわっている。長大なあの尾根を登った8年前の自分をほめてやりたい。それでも、自分の頭の上だけでも晴れているのは有難い、(南アルプスの)女神様に文句は言うまい、と思いながら日焼け止めを塗り直す。池ノ沢への下降路ではないかと思われる急斜面に目を凝らすが、さっきの男性の姿は見えなかった。
 広河内の山頂から下ったところで、東に直角に曲がるように尾根を進む。池ノ沢の谷の向こうに見えていた荒川・赤石方面がだんだんガスに隠れてきた。一つ名前のないピーク(2772M標高点らしい)を越えて、14時少し前に大籠岳に着く。西に「今日は塩見の日?」と思うほど存在感たっぷりの塩見を眺めながら大休止をとる。14時10分頃、ヘリコプターが大井川東俣沿いに飛来して、広河内岳山頂付近へ往復して去った。IMGP9030_trim56per大籠岳でヘリを見る行方不明者の捜索で、西へ延びる大きな尾根を探ったのかとも思われるが、ごく短時間の旋回であった。
 白河内岳をめざし出発。進む方角(南)をコンパスで確かめて、ケルンを見ながらも好きなところを歩く。約1時間で白河内岳。飲み水は容量300mℓ余りの小さいペットボトル2本に移して、1本はウエストポーチに、もう1本はザックの雨蓋に入れており、これを飲み終わるとザックの中の水容器から補充する。白河内山頂でもザックを開けて補充した。今回、昭文社の登山地図「山と高原地図」の2015年版を新しく買い直して持って来た。記載されている情報が新しいので助かる。この地図、広河内〜奈良田越の間にはところどころ「迷」マークが書き込まれている。IMGP9043-9044白河内から笹山を見るここまでは順調だったが、白河内岳の下りでは、目的地の方角はわかっても、這松帯がそこここにあり、好きなところを歩く、というわけにはいかない。みんなが通ったところ、いわゆる踏跡をたどらないと藪に阻まれて進めなくなる。ケルンや這松の枝に結んだテープを目印にルートを見つけるのだが、そのルートも一通りではないので、選択を誤った結果、少し遠回りをしてしまった。
 やがて樹林の中に入る。IMGP9049_50per夕陽射す樹林焚火跡もありテントを張ったような空地も何か所かあった。いったん下って再び登りになり、樹林を抜けると笹山(黒河内岳)北峰が正面間近に見えた。標柱のシルエットが見える山頂の真上に月がある。月齢12余りの白い月。
 北峰には17:45と、けっこう遅い時間の到着となった。周囲にガスが上がって来て、眺望はきかない。幕営地は南峰とするつもりであったが、のども乾いているので休憩する。降ろしたザックを「笹山北峰 2733m 特種東海製紙社有林」というしっかりした標柱にもたせかけ、雨蓋を跳ね上げてザックの中から水の容器を出そうとして愕然とする。「テントはどこ?」ザック本体の上部にテントを載せ雨蓋のベルトで締め付けて固定していたつもりだったが、見当たらないではないか。雨蓋のベルトが緩んでいるとも思えないが、無いものは無い。最後にザックを開けたのが白河内の山頂だから、もしや白河内に忘れて来た?
 決断は早かった。メモを見ると白河内からここまで1時間半以上かかっている。日暮れも近いし、とても今から回収に行く体力・気力は残っていない。幸い天気もまずまずでツェルトがあるので、少し戻った樹林帯で泊まり、明日の朝回収に行くことにする。買って8年経つテントだけれど、これを見捨てて先へ進むことはありえない(白峰南嶺の南部を縦走したとき、所の沢越近くのルート上に放置されたザックを見つけて、持ち主の身の上をあれこれ妄想したことを思い出す)。10分ほど休憩してから、来た道を引き返す。(もう、女神様ったら。ちょっと手間取った白河内からの下りを、やり直せってことですか?)
 笹山北峰から20分戻ったあたりでふと踏跡の右手を見ると絶妙な枝ぶりの立ち木を発見。径10センチ余りの枝が胸くらいの高さで地面と平行に1メートル半ぐらい伸びていて、どうぞこれを梁にしてくださいと言わんばかり。ここをビバーク地に決める。IMGP9059_50perビバーク地持参のツェルトは座ってかぶれば全身が隠れるが、横になって寝ると半身がはみ出す。そこで、テントの床に敷くために持ってきた四隅に鳩目穴のある防水シートをこの「梁」にかけ、細引きは持ってないのでボールペンに付けた紐や予備の靴紐なども動員してタープのように張り、その下で下半身をツェルトに入れて寝ることにした。風もなく、雨の心配もなさそうだ。水の残りは2ℓと200mℓ、ほかにスポーツ飲料500mℓがある。そのうち350mℓを使っての夕食は、アルファ米のドライカレーとかぼちゃのスープ。20時頃、サポートタイツも脱がずコンタクトレンズもはめたままで寝る。寒さは感じないが、薄手のダウンジャケットと、雨具の上下も着込んでシュラフに入った。大事な食料袋は枕にした。木間に見える空には星がたくさん瞬き、月明かりも感じられた。ケモノの気配はせず、日暮れと明け方に鳥の声が聞こえただけだった。

第3日目 7月29日(水) 晴れ
露営地4:50−5:15(白河内岳の手前で迷う)5:30−5:35(テント回収、Uターン)−6:05ビバーク地点に戻る6:30−6:50笹山(黒河内岳)北峰(朝食)7:10−7:20笹山南峰「2718M」−(ルート探し)−9:50(休憩)10:05−10:10テントが張れそうなコブ−11:10白剥山「2237.7M」11:40−12:40奈良田越−13:55広場(休憩)14:15−15:50林道「乗越」(休憩)16:00−16:40転付峠(休憩)16:50−18:40二軒小屋(ロッヂ素泊)

  3:50起床。夜が明けて星が見えなくなる頃、気温は約12度。トイレに行って東を向いたとき富士山の台形のシルエットが見えたと思ったのだが、その後は一日中富士山を見ることはなかった。お湯を沸かしてアルファ米のピラフのパッケージに注ぎ、飲み物や雨具、ツェルト、ヘッドランプ、行動食、財布などと一緒にサブザックに入れ、テントを探しに出かける。それ以外の荷物はザックにまとめ、ザックカバーをかぶせてビバーク地にデポ。万が一の場合に備えて、「白河内岳まで忘れ物を取りに行って来ます」とのメモをカバーの下に付けておいた。4:50出発。
 7分ほど行くと、焚火跡のある幕営可能地。その先、登山地図に「ハイマツ漕ぎ」と2か所注記があるうちの南の1か所を抜けたあたりと思われるところで、踏跡を見失う。前日歩いたばかりのところなのであまり心配をしていなかったのだが。マイナールート恐るべし。背の高い這松帯に阻まれ、15分ほどルート探しをするはめになった。這松の密集地を回り込むように戻ると、突然踏跡に行き当たった。そして、そこから何メートルも行かないうちに、道の真ん中に落ちている黄色いテント袋を発見。思いがけず近いところ で回収でき、ほっとする。もしも道迷いの結果、もう少し先で踏跡に合流していたら落し物を発見できずに白河内の山頂まで行ってしまい新たな打撃をこうむるところだった。IMGP9081_50per手拭いを裂いて目印にそそくさと拾い上げてスリングで腰に付け、来た道を引き返す。置き忘れてくるのと、落としたことに全然気づかないのとどっちが間抜けかなどと考えながら。(ザックが軽いのは水や食料が減ったせいだと思っていた。)少し進むと、先ほどどこで迷ったかがわかった。そういえば、昨日来たときやや踏跡不明瞭となり歩みがのろくなった場所で、テープを見つけてどうにか進んだのだった。登りと下りでは感覚が異なるものだ。今回のルートは赤布・テープの類は少な目であったが、必要最小限よりは幾分親切に感じた。それでも笹山の南側などで、汗拭き用に首にかけていた豆絞りの手拭を裂いて4〜5か所目印を追加しておいた。
 ビバーク地点に戻り、パッキングし直して6:30に再出発。朝飯前の余分な仕事に2時間ほど費やしたことになる。以後は道迷いもなく順調に歩けたが、昨日に続き富士山も見えず、南アルプス主稜も見えず、「ツガとコケの美しい森」などと登山地図には注記があるがそれも見慣れて、ただ黙々と足を運ぶだけの一日となった。1日目はほぼ登りのみ、2日目はまとまった下りがなく不調な膝にも潤滑油が回った感じで辛さは感じなかったのだが、3日目のこの日は白剥山の急坂を下るうち、少しずつ膝の違和感が増し、右足の小指も痛くなってきた。ゆっくりと確実に足を運ぶことに専念し、だんだん修行のような心持ちになってきた。11:50頃、またヘリが来て「○○○○さんを探しています」と呼びかけながら飛ぶのが聞こえた。
 中高年の登山事故は下山時に多いという。奈良田越を過ぎ、路面に実生の幼木が育ち始めている荒れた林道に出てからも気は抜けない。インターネットのいろいろなサイトでも報告があった林道崩壊箇所のうち、1か所はかなり危険と思った。法面だけでなく路面ごと崩落してザレた急斜面になっており、ストックでバランスを取りながら一歩一歩を慎重に処理していく。今回のルートで一番の危険個所かも。トラバースを始める前に、例の行方不明者はここで落ちたのではあるまいかと思い、ザレの上の踏跡をまじまじと観察したが、ステップを崩して滑落したような形跡はなかったのでほっとする。無事通過して、あとはただひたすら歩くのみ。
 3日目のこの日、初めて熊鈴をザックに付けたのだが、13:40頃、進行方向右手の路肩から林道下の藪へ走り込む真っ黒なケモノの姿が目に入った。山中で生クマに遭遇するのは初めての体験なのに、疲労のためか感動が薄かった。二軒小屋ロッヂのロビーに釣師のコスプレをして飾られている剥製と同じくらいの大きさの小柄なクマだった。
 2つ目のカーブミラーがあるところ、登山地図に「広場」と注記のあるあたりは、リニア中央新幹線工事で残土置場になるらしい。リニアの着工で、このあたりはどのような変貌を遂げるのか。転付峠の手前の林道は、ここ5年くらいの間に新しくつけかえられているようで、新しい登山地図にはそれが反映されていたので戸惑わずに済んだ。
 転付峠の標識を過ぎ、稜線から二軒小屋へ下るところにさしかかったのが17時頃。登山地図のコースタイムでは二軒小屋まで1:10となっているが、1時間半以上かけて下る。ダブルストックをまるで松葉杖のように使い、20歩進んでは足を止めて休む、といった調子。絶対に転ばないぞ、と念じながら。それにしても、奈良田越まで歩いてきた踏跡と比べ、「登山道」とはなんと立派なことか。
 歩いていればいつかは着くもの。18:40、二軒小屋にたどり着く。井川山神社(奥社)に向かって頭を下げ、ここまで無事に来られたことを感謝する。広く快適なテン場には1張のテントもない。
 ロッヂの受付へ行くと、応対してくれた女性スタッフは、私の顔を見るなりすぐに思い出してくれ、「去年はキツネに・・・」と声を上げた。「いえ、あれはキツネではないと思いますよ、キツネにあの袋は運べないでしょう。(たぶんサル。)」と私。「あのときはお世話になりました。お弁当もおいしゅうございました。」と昨年のお礼を言ってから、上の林道でクマを見たことを伝えると、「今年は目撃情報が多いんですよ。」とのこと。それから、ロッヂを出て転付峠から白峰南嶺へ入った登山者が2名、行方不明になっているという。1人はヘリが探していた○○○○さん、もう一人は笊ヶ岳へ向かい椹島に下山する予定の人で、下山予定日を過ぎても帰って来ないとのこと。
 お風呂に入りたいのと、椹島まで歩かなくても済むようにしたいという気持ちを抑えきれず、宿泊可能かどうか尋ねたら、ドミトリールームと呼ぶ相部屋の1室に泊めてもらえることになった。素泊まり8千円、6人まで収容できる二段ベッドの部屋を一人で使用することができた。3日間テントを担いで歩いたけれど、テントで寝たのは1晩だけという結果であった。生ビールも欲しかったが、まずはお風呂へ直行。入浴を済ませると既にロッヂのスタッフも食堂から引き上げていたので、生ビールはあきらめ、自販機の缶ビールとおつまみ程度で夕食代わりとし、疲れ切った体をベッドに横たえた。

第4日目 7月30日(木) 晴れ
二軒小屋7:30=(送迎車)=7:50椹島10:30=(送迎バス)=11:30畑薙第一ダム臨時駐車場−(自家用車にピックアップされる)=11:50赤石温泉白樺荘(昼食)14:53=(井川地区自主運行バス)=17:05横沢17:23=(路線バス)=18:38静岡駅19:11=20:09名古屋

IMGP9153_50per二軒小屋ロッヂ
 ロッヂから椹島まで車で送ってもらう。畑薙駐車場行きの送迎バスへの接続を考えると次の便でもよかったのだが、椹島でゆっくりしたかったので7時半の便をお願いしたところ、乗客は私一人しかいなくて申し訳なかった。椹島の売店で畑薙駐車場行きのバスの整理券1番を受け取り、事務所に開放してあるパソコンで家族とローテルプラッツにメールとBBSで下山報告をする。また、備付けの下山届用紙に記入し提出。井川山神社や大倉喜八郎の記念植樹の碑など、周辺を散策して10時半のバスまで時間をつぶす。
 畑薙〜静岡駅前間のしずてつジャストラインは1日1便のみ、完全予約制で、出かける前の土曜日に予約しようとしたらすでに満席、念のため二軒小屋ロッヂでチェックインのとき電話を借りて再度問い合わせたがやはり「満席です。」とのことだった。思案の結果、白樺荘まで歩いて、そこから井川地区の自主運行バスと横沢からのIMGP9177_50per白樺荘で昼御飯路線バスを乗り継いで帰ることにした。畑薙から日傘をさして歩き始めて間もなく、川崎ナンバーのご夫婦と思われるカップルの車が停車して声を掛けてくれたので、喜んで乗せてもらう。白樺荘までは2キロ半くらい35分ほどと聞いていたが、もっと距離があるように感じた。私の後でもう一人ピックアップされた関東の男性は、今回の茶臼と光で百名山が完了したそうで、行き帰りの交通手段は毎日新聞社が運行している登山バスを使ったとのこと。
 赤石温泉白樺荘では、前の晩にお風呂に入れたことで満足しており入浴はせず、食堂のみ利用。久しぶりにがっつり食べたくなり、カツ丼と蕎麦のセットを頼んだ。食事が出る前に最初の生ビールを飲み干し、お代わりをした。
 白樺荘前で、都会からUターンしたという井川出身の運転手さんが運転する井川地区自主運行バスに乗り込んだのは私だけ、途中で地元の親子連れなどが乗り降りしたが、横沢まで乗った人はほかにいなかった。横沢からは路線バスのしずてつジャストラインに乗り継いだところ、ギアの故障とかで市街地近い油山(ゆやま)停車場で車両の交換をし乗り換えることになった。それまでの運賃は無料になり、油山始発扱いになって少しラッキー。ということで、最終日は順調に帰宅することができた。

(追記)2名の行方不明者のうち、転付峠から笹山方面に向かった年配の男性は、入山から8日目の7月30日になって怪我もなく無事に発見、救助されたとのことで何よりであった。


roterplatz at 17:39│Comments(0)clip!無雪期登山 | 山域:南ア

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