第十二章〜足りないもの〜
あっという間に過ぎ去っていった私たちのライブ。
私は、水島さんから言われた「足りないもの」がひっかかりながらも
地道に路上ライブを続けた。
今日も無事に路上ライブを終えた。
協さんがギターをケースにしまいながら、私に言った。
「ねぇ、奏ちゃん、今からちょっと近くの公園で奏ちゃんと話がしたいんだけど、
一緒に来てくれるかな?」
きっと協さんもずっと水島さんに言われたことが気になってたんだろうなぁ。
「絶対に見つけ出してあなたを見返します!」って言ってたから。
「いいですね!行きましょう!」
話す内容は大体分かってるけど、私はそれでも
ただただ協さんと少しでも長い時間一緒にいることができるのが嬉しかった。
公園に着くと、太陽が沈む直前で、辺りは薄暗くなっていた。
公園の中には、もう小さな子供はいないかなぁと見渡していると、
一人でベンチに座って泣いている子供がいた。
すると、協さんがベンチの方へ駆け寄っていった。
「僕、どうしたの?」
するとその子は泣きながら、助けを求めるような寂しそうな声で答えた。
「あのね、暗くなっちゃって帰り道わかんなくなっちゃたの。」
その子はそう答えたけど、この暗くなった公園になぜ一人ぼっちでいるんだろう?
誰かと一緒に来たんじゃないのかな?
私は不思議に思ってその子に聞いてみた。
「でも僕、お母さんとかお父さんとかお友達は一緒じゃなかったの?
なんで一人ぼっちでいるの?」
私が聞くと、その子は続けて答えた。
「う〜んとね、お友達の翔ちゃんたちと5人でかくれんぼしてたの。
それでずっと隠れてたら、暗くなってみんないなくなっちゃったの。」
他の友達4人は、どうやらその子を忘れて帰ってしまったみたいだった。
きっと今頃この子の親は、自分の子供が帰ってこなくて心配してるだろう。
そして、その友達の親に連絡している頃ではないだろうか。
それならきっと、そのうちこの子の親が迎えに来るだろうから、一緒にいてあげよう。
そう思って、協さんに提案しようとすると、協さんが言った。
「じゃあ、お母さんたちが来るまで、僕たちがここにいてあげようか?
いいよね?奏ちゃん。」
やっぱり協さんも同じこと考えていてくれたんだ。
私はたったそれだけのことだったけど、とても嬉しかった。
「うん。もちろん!一緒にいてあげようよ!」
するとその子は、少しだけ安心したような顔を見せて笑ってくれた。
「やったー!ねえ、お兄ちゃん、それってギターだよね?
お兄ちゃんたち、歌ってる人たちなの?」
5歳ぐらいの子供でギターケースを見て、
私たちが歌手だって分かるのはすごいなと私は思った。
協さんもちょっと驚いたような顔をして、言った。
「お!僕、すごいね!これがギターだって分かるの?」
「うん!僕のお父さんも、お休みの日はギター弾きながら歌ってるんだ。
お父さんはあんまりギター上手じゃないから、お母さんはいつも笑ってるけどね。」
その子は、自分の両親の話を、すごく嬉しそうな笑顔で、協さんに話している。
きっと、幸せな家庭なんだろうなと、話を聞いているだけでも想像できた。
話を聞きながら、優しそうに微笑む協さん、あんまり自分からは口を挟まず、子供の話を
頷きながら聞いている。
すごく聞き上手な人だから、私もいつもついしゃべりすぎてしまうことがある。
でもそこが、協さんの良いところなんだ。
そんなことを考えていると、協さんが提案をしてきた。
「ねえ、奏ちゃん、この子を一人にしたら心配だから、ちょっと遊んであげない?」
私もそうしようかなと考えていたところだった。
「じゃあ、協さん、なんか一曲歌おうか。」
少し日も暮れてきたところで、私たちは迷子の子の為に歌うことにした。
私たちはこの子が寂しくないように、協さんがギターを弾いて、懐かしい童謡を歌って過ごした。
すると、人影がほとんど見られなくなった公園の入り口に大人の人影見えた。
こっちを見て、心配そうな顔をして駆け出してきた。
きっとこの子のお母さんなんだろう。
「ナオくん!探してたのよ!」
「あ、お母さん!」
お母さんはナオくんと呼ばれたその子に駆け寄って、目線をその子と一緒になるように屈んだ。
そして、嬉しそうにその子の頭を撫でた。
その後、立ち上がると私たちに目線を向けた。
「あの、あなたたちは?…もしかして私が来るまでお相手してくれていたんですか?」
「あ、まあ、お世話というか、はい。歌を歌ってあげただけです。
でも、お母さんが来てくれたのでよかったです。」
お母さんは、ギターを見ると笑顔でこう言った。
「うちの主人がいつも口癖のように言うんです。
“歌が大好きな人に、悪い人はいない”って。
主人はギターの腕前、全然ダメなんですけどね。」
すると、協さんがお母さんに言った。
「腕前なんて関係ないですよね。
きっとご主人も歌が大好きなんですよね。」
「はい。出会った頃から歌が大好きな人です。
そのおかげでこの子も歌が大好きなんです。
お二人とも、この子のお相手してくれて、ありがとうございます。」
私たちは、なんとなくお互い言葉を発した。
「いえいえ。とんでもないです。楽しかったです。」
全く同じ言葉を発したことに驚いて、目を見合わせた私たちを見て、お母さんとナオくんは笑った。
「お姉ちゃんたち、仲良しだね。」
私は恥ずかしくて、協さんと一緒に笑った。
すごく幸せな時間が流れた。
こんなになんでもないことがとても楽しかった。
やがてお母さんとナオくんの二人は私たちにまたお礼を言ってくれて、帰っていった。
もうあたりはすっかり暗くなっていた。
私と協さんは、公園のベンチに座った。
公園にはもう誰もいなくて、明るく照らす月だけが私たちを見下ろしていた。
「協さん、私、なんか分かった気がします。」
「分かった?何が分かったの?」
協さんが、驚いたような顔をしている。
私は続けた。
「水島さんにこの前言われた、私たちに足りないものです。」
「あ、あの話か。聞かせて。」
協さんは、いつものように私の目をまっすぐ見て話を聞いてくれる。
「さっきまで、あの子に歌を歌っていて気付いたんですけど、私たちはもっと身近な幸せに向かっていくべきなんじゃないかなって。
私たちは、“世界を幸せにする”って言っても、結局、世界って人と人がつながってできていると思うんです。
だから、私たちの歌を聞いてくれる、周りの人たちを幸せにすることで、世界が幸せな方向に向かうんじゃないかと思うんです。」
「そうだね。確かに僕たちは、漠然とした目標しか立てていなかったね。
水島さんが言っていたのは、目標を明確にしろってことだったのかもしれないね。」
私たちは、ふと出会った親子に、「歌うことの幸せ」、「歌の力」を教えてもらった気がする。
だから、私たちは、あんな親子の何気ない生活の一部になれたらいいと私は感じた。
何気ない生活こそ、幸せなんだということに気付かされた。
協さんが言った。
「じゃあ、僕たちはこれから“何気ない幸せに、歌で寄り添う”ってことを目標にがんばっていこうか。」
「はい!がんばりましょう!よろしくお願いします!」
私たちは、なぜか夜の公園のベンチで、決意も新たに握手を交わした。
普通は、愛を語り合うべき場所だったかもしれないけど、これはこれで悪くないなと思った。
これもまた、何気ない幸せなんだから。
【コメント】
またもや更新が空きすぎて、もはや誰も待っていないとは思います。
前回の更新から5年ぐらい経ってますね。
年月は恐ろしいもので、もう方向性も何もあったもんじゃないとは思いますが、なんとなくあの頃の気持ちを
思い出して書いてみました。
腕は衰えてしまったのかどうか…分かりません。
あっという間に過ぎ去っていった私たちのライブ。
私は、水島さんから言われた「足りないもの」がひっかかりながらも
地道に路上ライブを続けた。
今日も無事に路上ライブを終えた。
協さんがギターをケースにしまいながら、私に言った。
「ねぇ、奏ちゃん、今からちょっと近くの公園で奏ちゃんと話がしたいんだけど、
一緒に来てくれるかな?」
きっと協さんもずっと水島さんに言われたことが気になってたんだろうなぁ。
「絶対に見つけ出してあなたを見返します!」って言ってたから。
「いいですね!行きましょう!」
話す内容は大体分かってるけど、私はそれでも
ただただ協さんと少しでも長い時間一緒にいることができるのが嬉しかった。
公園に着くと、太陽が沈む直前で、辺りは薄暗くなっていた。
公園の中には、もう小さな子供はいないかなぁと見渡していると、
一人でベンチに座って泣いている子供がいた。
すると、協さんがベンチの方へ駆け寄っていった。
「僕、どうしたの?」
するとその子は泣きながら、助けを求めるような寂しそうな声で答えた。
「あのね、暗くなっちゃって帰り道わかんなくなっちゃたの。」
その子はそう答えたけど、この暗くなった公園になぜ一人ぼっちでいるんだろう?
誰かと一緒に来たんじゃないのかな?
私は不思議に思ってその子に聞いてみた。
「でも僕、お母さんとかお父さんとかお友達は一緒じゃなかったの?
なんで一人ぼっちでいるの?」
私が聞くと、その子は続けて答えた。
「う〜んとね、お友達の翔ちゃんたちと5人でかくれんぼしてたの。
それでずっと隠れてたら、暗くなってみんないなくなっちゃったの。」
他の友達4人は、どうやらその子を忘れて帰ってしまったみたいだった。
きっと今頃この子の親は、自分の子供が帰ってこなくて心配してるだろう。
そして、その友達の親に連絡している頃ではないだろうか。
それならきっと、そのうちこの子の親が迎えに来るだろうから、一緒にいてあげよう。
そう思って、協さんに提案しようとすると、協さんが言った。
「じゃあ、お母さんたちが来るまで、僕たちがここにいてあげようか?
いいよね?奏ちゃん。」
やっぱり協さんも同じこと考えていてくれたんだ。
私はたったそれだけのことだったけど、とても嬉しかった。
「うん。もちろん!一緒にいてあげようよ!」
するとその子は、少しだけ安心したような顔を見せて笑ってくれた。
「やったー!ねえ、お兄ちゃん、それってギターだよね?
お兄ちゃんたち、歌ってる人たちなの?」
5歳ぐらいの子供でギターケースを見て、
私たちが歌手だって分かるのはすごいなと私は思った。
協さんもちょっと驚いたような顔をして、言った。
「お!僕、すごいね!これがギターだって分かるの?」
「うん!僕のお父さんも、お休みの日はギター弾きながら歌ってるんだ。
お父さんはあんまりギター上手じゃないから、お母さんはいつも笑ってるけどね。」
その子は、自分の両親の話を、すごく嬉しそうな笑顔で、協さんに話している。
きっと、幸せな家庭なんだろうなと、話を聞いているだけでも想像できた。
話を聞きながら、優しそうに微笑む協さん、あんまり自分からは口を挟まず、子供の話を
頷きながら聞いている。
すごく聞き上手な人だから、私もいつもついしゃべりすぎてしまうことがある。
でもそこが、協さんの良いところなんだ。
そんなことを考えていると、協さんが提案をしてきた。
「ねえ、奏ちゃん、この子を一人にしたら心配だから、ちょっと遊んであげない?」
私もそうしようかなと考えていたところだった。
「じゃあ、協さん、なんか一曲歌おうか。」
少し日も暮れてきたところで、私たちは迷子の子の為に歌うことにした。
私たちはこの子が寂しくないように、協さんがギターを弾いて、懐かしい童謡を歌って過ごした。
すると、人影がほとんど見られなくなった公園の入り口に大人の人影見えた。
こっちを見て、心配そうな顔をして駆け出してきた。
きっとこの子のお母さんなんだろう。
「ナオくん!探してたのよ!」
「あ、お母さん!」
お母さんはナオくんと呼ばれたその子に駆け寄って、目線をその子と一緒になるように屈んだ。
そして、嬉しそうにその子の頭を撫でた。
その後、立ち上がると私たちに目線を向けた。
「あの、あなたたちは?…もしかして私が来るまでお相手してくれていたんですか?」
「あ、まあ、お世話というか、はい。歌を歌ってあげただけです。
でも、お母さんが来てくれたのでよかったです。」
お母さんは、ギターを見ると笑顔でこう言った。
「うちの主人がいつも口癖のように言うんです。
“歌が大好きな人に、悪い人はいない”って。
主人はギターの腕前、全然ダメなんですけどね。」
すると、協さんがお母さんに言った。
「腕前なんて関係ないですよね。
きっとご主人も歌が大好きなんですよね。」
「はい。出会った頃から歌が大好きな人です。
そのおかげでこの子も歌が大好きなんです。
お二人とも、この子のお相手してくれて、ありがとうございます。」
私たちは、なんとなくお互い言葉を発した。
「いえいえ。とんでもないです。楽しかったです。」
全く同じ言葉を発したことに驚いて、目を見合わせた私たちを見て、お母さんとナオくんは笑った。
「お姉ちゃんたち、仲良しだね。」
私は恥ずかしくて、協さんと一緒に笑った。
すごく幸せな時間が流れた。
こんなになんでもないことがとても楽しかった。
やがてお母さんとナオくんの二人は私たちにまたお礼を言ってくれて、帰っていった。
もうあたりはすっかり暗くなっていた。
私と協さんは、公園のベンチに座った。
公園にはもう誰もいなくて、明るく照らす月だけが私たちを見下ろしていた。
「協さん、私、なんか分かった気がします。」
「分かった?何が分かったの?」
協さんが、驚いたような顔をしている。
私は続けた。
「水島さんにこの前言われた、私たちに足りないものです。」
「あ、あの話か。聞かせて。」
協さんは、いつものように私の目をまっすぐ見て話を聞いてくれる。
「さっきまで、あの子に歌を歌っていて気付いたんですけど、私たちはもっと身近な幸せに向かっていくべきなんじゃないかなって。
私たちは、“世界を幸せにする”って言っても、結局、世界って人と人がつながってできていると思うんです。
だから、私たちの歌を聞いてくれる、周りの人たちを幸せにすることで、世界が幸せな方向に向かうんじゃないかと思うんです。」
「そうだね。確かに僕たちは、漠然とした目標しか立てていなかったね。
水島さんが言っていたのは、目標を明確にしろってことだったのかもしれないね。」
私たちは、ふと出会った親子に、「歌うことの幸せ」、「歌の力」を教えてもらった気がする。
だから、私たちは、あんな親子の何気ない生活の一部になれたらいいと私は感じた。
何気ない生活こそ、幸せなんだということに気付かされた。
協さんが言った。
「じゃあ、僕たちはこれから“何気ない幸せに、歌で寄り添う”ってことを目標にがんばっていこうか。」
「はい!がんばりましょう!よろしくお願いします!」
私たちは、なぜか夜の公園のベンチで、決意も新たに握手を交わした。
普通は、愛を語り合うべき場所だったかもしれないけど、これはこれで悪くないなと思った。
これもまた、何気ない幸せなんだから。
【コメント】
またもや更新が空きすぎて、もはや誰も待っていないとは思います。
前回の更新から5年ぐらい経ってますね。
年月は恐ろしいもので、もう方向性も何もあったもんじゃないとは思いますが、なんとなくあの頃の気持ちを
思い出して書いてみました。
腕は衰えてしまったのかどうか…分かりません。