俺たち、魔女狩りやっちゃいます

一通り話し終わったところで、休憩の合図なのだろうか、魔女は歩みを止めた。どれだけの間、二人は歩いていたのか。時間が停止しているからわからない、というのはあるが。

「はっきり言っておくけれど、別に私たち魔女というのは正義の味方ってわけではないわ。結局、記憶を奪いエネルギーに変えてしまうからね。悪い記憶が必要ないとは限らないじゃない?まあ、毎日奪ってるってわけじゃないから、この世界の人間が悪い記憶をもってることは普通っちゃ普通よね。」

魔女の声の調子は変わらなかった。弁明するようでなく、ただ事実をありのままに述べたという表現がふさわしいだろう。

「人間はみな、嫌なことを忘れようとするじゃない。そして、忘れることがある。まあ、忘れようって思ったことも忘れてるんだけどね。
さて、私たちは結局、溢れたものっていう邪悪な存在を倒すために来たのよ。使命みたいなものね。溢れたものが記憶を食べてしまうと、悪い記憶しか残らなくなって最終的にはその人は病んでしまって、体外、死に至ってしまうから、人間の個体数の減少に繋がってしまう。魔女にとって、エネルギー源である良い記憶を持つ人間は守るべき対象なのよ。だからこそ、私たちはできるだけ人間に危害を加えないようにしているわ。こういった風に時間を停止させたりしてね。」

魔女は軽く人差し指を振った。さながら、指揮者のように何度も何度も。

そして、魔女の前に小さい魔法陣が形成される。複雑怪奇な模様であり、言語という粋は超えているようだ。

「今回はどんな奴が出てくるのかしら。
あ、言い忘れてたけど、あなたにも協力してもらうわよ。この空間で動けるんだから戦力には数えてあげる。」

突拍子もない魔女の発言に少年は冷静に答える。今までの生活の悲惨さを思い返すと同時に、これからの出来事に胸を高ぶらせながら。

「まあ、こんなことになった以上、ただの傍観者ってのも面白くないしな。さて、俺から、まあ、人間の代表者からいうと泥棒である、てめえら魔女の味方をするのは癪だけど、好奇心が疼いてしかたねえから、やってやる。」

空は青い。

風はない。

魔女は自らが構築した、空に浮かんでいる魔法陣を見ながら、彼に語りかける。

「私、ウィッチエンドは別の世界から来ている、とはもう話したわよね。えーと、私のような魔女というのはこの世界とは別の世界で生きているわ。まあ、厳密にいうと、生きているか死んでいるかわからない状態なんだけどね。この世界での生に対する概念と私の世界での生の概念は少し異なるものなのよー。」

魔女は足元に転がっていた石ころをただ蹴って、歩く。

「この世界はね、とても魅力的だと思うわ。みんな生きてるじゃない。」

魔女の言葉はつづく。この二人が歩いている限り、一定範囲は時間が流れている。

「私がこの世界に来て、こんなバカみたいなことをしたのはそれが理由よ。人間が魅力的だから。魔女はそのエネルギーが欲しいの。魅力、つまりは価値よね。人間には価値があって、それを利用したいのよ。この時間停止されている空間内の人間だけで、私の力は数倍にもなるわ。でも、それはこの世界の人間が普通の人間であるとした場合よ。考えたんだけど、あなたのような特殊な人間は価値が高い。エネルギーの量も数倍はあるでしょうね。」

「俺は普通の人間のはずだぞ。てか、そもそもこんなことをしたのはてめーの私利私欲のためだってのか。エネルギーを得たいがためにこんな世界を止めたのか。」

彼はイメージが全く浮かんでいなかった。彼には魔女の真意が全く見えてこないのだ。平凡で退屈な毎日を過ごしてきた彼にとってこの驚愕の出来事は好都合だった。しかし今のところそこまで変わったことも起きてはいない、時間停止を除けば、だが。

「エネルギーを得ることは大切なことなの。生きるためにはしかたがないことなのよ。」

「そうか。よくわかんねぇが、一つ質問させてくれ。そのエネルギーを得る方法ってのはなんなんだ。」

「簡単に言えば奪うこと、ね。奪うといったら強引な方法を連想するかもしれないけどそうじゃないわ。記憶を奪うのよ。記憶は悪い記憶、ね。
後言い忘れてたけれど、この時間停止魔術にはもうひとつ時間を止める以外にもあるのよ、作用がね。
それはこの世界に来ている異端を見つけることができる、ってことよ。」

「異端?なんだそりゃ。」

「魔女になれなかった中途半端な存在、とでも言っておこうかしらね。私たちはそれらを、溢れたもの、と呼んでいるわ。
溢れたものは人間に寄生するのよ。そして人間を精神的に追い詰めていく。追い詰められた人間は自ら乗っ取られることを選択するようになる。そもそもその選択自体が乗っ取った溢れたものが行う行動なんだけどね。
屈服するのよ。
そして溢れたものは生きるの。いつか魔女になれる日を夢見てね。」

彼は魔女の話に対して簡潔に疑問点をぶつける。

「いつか魔女になれる?そんなことが可能なのかよ。」

「わからない。しかし魔女のようではあるけれど、おそらくなれても正式な完全版の魔女ではないわね。
さてエネルギーを得るのは私たち、魔女だけではないわ。溢れたものも欲するのよ。私はその行動を阻止するために久々にこの世界に来たの。溢れたものは良い記憶をエネルギーとするわ。奪うことで悪い記憶のみ残そうとするのよ。」

世界が止まったあの瞬間から、世界は静寂に支配されてしまった。日常なら聞こえていたであろう鳥の鳴き声や、車のエンジン音、なにげなく吹く風の音は一斉に消えた。

ただ聞こえるのは、少年と魔女の会話のみである。

「魔女って本当に実在したのか。思っていたよりも大分ラフな格好してんな」

「あら、もしかしてアニメとか漫画とか、そういった空想上の魔女の姿をしているとでも思ったの?時代おくれ、よ。動きにくいったらありゃしないわ。今時の魔女はファッション雑誌とかも読んだりするんだから。」

世界が止まっている空前絶後の大事件を起こした張本人と、この世界唯一の生き残りであり、止まらなかった者の会話は緊張感など皆無だった。この二人は現在、ファーストフード店においてハンバーガー、ポテト、ドリンクを頬張っているのだから緊張感がでるはずもなかった。

「ていうかお前の能力、いや魔法、か。便利すぎるだろ。世界が止まっているってのに、部分的空間はその停止作用を解除できるなんて。」

「正確にはしっかり座標を合わせて、三次元的空間を創出してるに過ぎないわよ。しかも障害物というか邪魔者が多いせいで、合わせるのも大変なのよねーまあ私が管理してるのって実際この町だけだから楽なんだけど。」

この魔女が「邪魔者」と言い放ったのは、つまりこの町に住んでいる人間たちのことである。人間は全員が「だるまさんがころんだ」という遊びにおいて体を停止させているような恰好になっているのだ。

「で、結局あなたが止まらなかったのはなぜなのかしらね。わたしはてっきりこの世界に潜む魔女の類だとおもったから、最初は警戒心剥き出しであなたに喋りかけてしまったわ。でもあなたは本当にただの人間。イレギュラーすぎるわ。」

魔女は少し笑みを含んだ表情で、彼に語りかけた。髪は茶髪、健康的なホットパンツに真ん中に大きい文字がプリントされているピンクのTシャツ、黒のスニーカーに、派手ではないが、薄く銀色がきらびやかなネックレスをつけているこの魔女の格好は俗にいう「ギャル系」である。魔女は傍から見ればただの現代っ子である

彼はハンバーガーを口に含みながら魔女に対して返答する。

「おれにとっちゃ、お前の存在がイレギュラーなんだよ、この魔女っ娘が。どうしてか、なんて俺にもよくわかんねえ。ただ、止まらなかっただけだよ、たぶんな。」

「意味わかんない。」

魔女は気の利いた返答でも帰ってくると期待していたらしいが、そんな返事はかえってこず、少し頬を膨らまし、回転式の椅子を座りながら思いっきり一回転させた。

思いっきり回転させたので、一回転では収まるわけがなく、二回転ほどした後に、酔ったような声でシリアス風に魔女は言った。

「まあ、色々考えてみたけど、やっぱりあなたは止まらないようだし、ここで少し真剣な話でもしておきましょうか。」

風はなびかない。机に上に山ほど積んであるハンバーガーが彼の疑問点を表しているようにごちゃごちゃしている。

「聞きたいことは山ほどあるぞ。」

「なら順を追って話しましょうか。、私、ウィッチエンドがこの世界に来た理由、目的、そしてこれからやらなければならない課題、いや戦いの話を。」

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