海の上を行く道

 「海上国道」という言葉がウィキペディアに載っている。「海上部(海上区間)を含めて一連の道路となる一般国道を指す」のだそうで、要するに離れた陸地にまたがって通っている国道だ。たとえば国道2号の関門海峡とか、国道279号の津軽海峡区間を指す。橋がかかってたり、フェリーでつながっていたりいなかったりなど、事情はそれぞれいろいろである。

 だが、これ以外にも「海上を通る国道」はありうる。要するに、道路が陸地からはみ出してしまっている 場所だ。もちろん好き好んでそんな道を作るわけもなく、どうしても場所がなくやむを得なかったケースだ。たとえば北陸自動車道は、新潟県の親不知付近でいったん海にはみ出している。

 親不知は、北アルプスが海へなだれ落ちる「天下の険」で、ここを通る者はたとえ親子でも互いを省みる余裕がなかったためについた地名という。狭い平地には国道8号とその旧道、そして北陸本線がトンネルで通っており、高速道路は海上を通すよりなかったのだろう。

Oyashirazu
道の駅親不知ピアパークから観察可能。

 これは高速道路の例だが、国道ではどうかというと、150号大崩海岸の例があった。これも険しい地形の場所で、道路が海上にはみ出している。よくぞこんなものを作ったなと思うような道だ。

OOKUZURE
旧国道150号・大崩海岸

 ただしここも2004年に新日本坂トンネルが開通し、海上区間は静岡県道416号へ降格した。この一帯は、東名高速・国道150号・東海道新幹線・東海道本線などのトンネルが並走しており、まさにトンネル銀座の様相を呈している。よくこんなにぶつかりも崩れもせず、たくさんのトンネルを掘れたもんである(小並感)。


大きな地図で見る

 ということで今は海にはみ出す国道というのはないのかと思ったが、実は筆者の郷里である茨城県日立市に開通していた。2008年に供用開始した、国道6号日立バイパスがそれである。

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6号日立バイパス

 日立市は関東平野が終わるところにあり、平地はほとんどない。しかしそこに銅山が発見され、明治から昭和前半にかけて開発が進んだ。さらに、鉱山で使う機械の修理部門が大きくなり、有数の電機メーカーに成長したのが、現在の日立グループである。というわけで、日立市は典型的企業城下町として発展し、本来なら街ができるような場所でないところに、20万都市が成立してしまったわけである。

 というわけで、日立市を南北に貫く国道6号の渋滞っぷりときたら、見るも悲惨なものであった。しかし平地は工場と市街地に埋め尽くされており、バイパスを作るスペースはない。というわけで、市南部には西側の山地をゆく「山側道路」 、中部に海の上を行く「6号日立バイパス」を作ったわけである。と、書くだけなら簡単だが、実際にはえらい代物である。

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国道245号から分岐し、海へ乗り出す。

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冷たい波が橋脚を洗う。 

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けっこう海岸から離れたところを通っている。

 愛称は公募によって「日立シーサイドロード」と決まったそうだが、いやこれはサイドじゃなく明らかに海の上やないかいという気もしないではない。ともかく、海の上を突っ走れる機会はそうあるものではない。ロードパークなども整備されてなかなか風景も美しいので、新たな国道名所に認定する価値は十分にあると思う。

Sutamina
本筋に関係はないが、何だこの落書きは。

 太平洋の荒波に洗われる日立近海で、耐久性など大丈夫なのかという議論はあったようだが、これは思わぬ形で実証された。2011年3月11日、東日本大震災によって起きた高さ4.2mの津波に、見事この橋は耐え切ってみせた。多少の段差が生じ、支えのゴムに亀裂が入るといった程度の被害はあったようだが、あの揺れと津波を受けて、よくそれで済んだものと思う。


 ともあれ、全国でも珍しい海上区間、ドライブ好きの人なら一度は走っておいて損はない。逆にいうと、これだけの観光資源を活かそうとしない茨城県は、そりゃまあ魅力ランキングで47位に沈むわなあなどとも思ってしまうわけである。  

唐突な起終点

前回更新から一月半も経ってしまった。いかん話である。この間、ネタがなかったわけではなく、たとえば11月の「どぼくカフェ」なる集まりにスピーカーとして声をかけていただいたりもしたのだが、当日ちょうど名古屋大学で講演が入っていたため、こちらには行けなかった。何もここまでばっちりかぶらなくてもいいのに、無念であった。

Atsuta
名古屋で悔し紛れにゲットした品。

 ということで、 久々に何か書いてみるとする。上に載せた写真は、名古屋市熱田神宮付近の、国道19号・22号の起点キロポストである。この交差点、東西に国道1号が貫き、北に19号と22号、南に247号が出発している。このように、国道というのは、原則として若い番号の幹線国道から分岐して始まり、幹線国道に当たって終わるのが普通だ。たとえば19号は長野で18号に、22号は岐阜で21号に行き当たって、それぞれ終了する。

 では幹線国道の起終点はどうなっているか。地方都市に向かう幹線などは、自分より上位の国道がなく、県庁前だの市役所前だので終点を迎えることとなる。ただしこうした道でも、たいていは他の国道が合流してきているので、孤独に浮き上がった起終点というのはあまりない。

 たとえば9号は下関市駅前が終点だが、191号も同じ場所が終点となっている。同じく35号は佐世保市役所前が終点だが、この先は204号にバトンタッチすることになる。というわけで、国道はある点でぷつっと行き止まりではなく、たいていは相方となる別の国道がやってきて、よろしくやっているわけである。


佐世保市の国道35号・204号終点のストリートビュー。

 だが、いきなり終わってしまう国道もないではない。以前も取り上げた23号はその例で、伊勢神宮の内宮で突如として終了する。

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名四国道の行き着く先はここである。
 
 北海道には、この手のデッドエンド系終点が多いようだ。たとえば国道44号は、根室市の合同庁舎付近で終了し、その先へつながる国道はない。ちなみにここは日本国道最東端だ。筆者など「ついにここまでやって来たなあ」と感慨でいっぱいであったが、住民にとっては当然ながら日常の光景であり、「こんなとこで何写真なんか撮ってんだこのオッサン」的な視線で見られたことを思い出す。

Nemuro
根室の44号終点。

 国道40号は、稚内の駅前で終点を迎える。最果て感としてはこちらの方が上で、何やら高倉健がトレンチコートを着て突っ立っていそうなムードがあった。行き先表示の看板なども、ロシア語が併記されていたりする。ちなみにここは国道最北端ではなく、この北西を走る238号が最北地点を通っている。



Wakkanai
国道40号終点付近にある看板(ウィキペディアより)

 室蘭市の国道36号は、役所や駅でなく、室蘭港の手前で唐突に終わる。ここじゃなくて他にもあったろと思うような裏道で、2桁国道の起終点としては最も変な場所なのではないか。国道37号も室蘭に来ているから、そちらとぶつかるところで終わると収まりがよかったんではとも思うが、まあ余計なお世話である。

Muroran
車田正美「男坂」なみの唐突なエンディング。

  神戸市の28号も、東海道本線のガード下から突如として始まるという、国道界の原則を真っ向から踏みにじるスタートをやらかしている。この地点、かつては兵庫県の道路元標が置かれていたとかであり、神戸の原点的な位置づけであったのだろう。ここはかつて国道2号が通過していたために、28号は地図上でも見えなかったが、今は2号浜手バイパスが開通して移動したため、半端な起点が白日の下にさらされてしまったらしい。


意味不明な場所から始まる国道28号

 他にも、いろいろ気になる場所はあるので、いずれ現地調査などしてきたいものである。

なぜ国道が好きか、という答えようのない質問に

 さて、こんなブログをやっているとよく聞かれるのが、「佐藤さんはなんでまた国道なんてものに興味を持ったんですか?」という質問である。真面目な話、これほど聞かれて困る質問もない。たぶん、鉄道なら何か答えようもあるのだろう。「列車の車体がかっこいいから」「どこまでも伸びる線路にロマンを感じる」とかいえば、まあ納得もしてもらえそうだ。しかし、道路にはそんな要素は微塵もない。もし無理に答えるとすれば、

 「好きだから好きなんです。 あなたはリンゴが好きでトマトが嫌いな理由を答えられるのですか?」

あるいは、

 「はて?ということはあなたは国道に興味が無いのですか?それはまたどうして?」

といった、逆ギレにも似た回答くらいしかない。我ながら困った話である。

だが、ある日このことを考えていて、どうも自分は国道には興味があるものの、高速道路や市道、林道にはあまり興味がないことに気づいた。前者にあって後者にないものは何か。番号である。どうも筆者は、番号のついたものが好きらしい。

 そういえば、筆者は周期表というやつも好きである。小学校のころ、むきになって周期表の元素を覚えようとするろくでもないガキが、学年にひとりくらいいたことだろう。筆者はそのタイプの子供であった。全くろくでもない限りである。

 もうひとつ言うと、筆者は野球選手の背番号をやけによく覚えている。別に覚えようと努力したことはないが、中日ドラゴンズにいた藤波行雄という選手の顔は覚えていなくとも、背番号は3番から40番に変わったということは覚えている。巨人の55番といえば現在は大田、その前はもちろん松井秀喜だが、その前はケアリー、杉浦、吉村だった、とかびっくりするくらいどうでもいいことをしっかり記憶している。メモリーの無駄以外の何物でもないが、こういうことだけは忘れない。

Yoshimura
吉村は、駒田・槙原との「50番トリオ」でブレイク、後に7番に変更。

 実は、先日呼ばれたある学会(というか若手化学者のセミナー)に呼ばれた時に、「佐藤さんはなぜ国道が好きなのですか?」という例の質問を受けたので、まあ共感は得られまいがと思いつつ、このことを答えてみた。

 「えー、なんでか知りませんが、僕は1から順に番号がついているものが好きなんですよ」

瞬間、会場から
「!」

という、声にならないどよめき、波動のようなものが巻き起こった。「ああっ、俺にもその感覚はわかるゥゥゥッ!」という、共感の波動であった、と思う。そうか、研究者(の一部)にはこの感じがわかるのか、と筆者もこの時初めて知ったのであった。

  そしてこの興味は、たぶん単に国道に番号がついているからというだけではない。適度な不規則性と謎をはらんでおり、謎解きの余地があるのも重要なのだと思う。たとえば、国道番号というのは、基本的に北から順につけられていく。ところが、この原則が守られていないところがある。福島県東部の3国道がその例だ。下の地図にある通り、国道113号から115号は北から順に113・115・114の順である。ちょっとおかしいではないか。

Fukushima

 が、この疑問は、国道指定の歴史を知って氷解した。上の地図のさらに南に、国道49号が東西に走っている。実はこの49号、制定当初(1953年)は115号だったのだ。しかし、いわき市~新潟市を結ぶ路線という重要性が認められ、1963年に一級国道に昇格、2桁の49号というナンバーに変更されたのだ。現在、113号と114号の間を走っている115号は、この時に入れ替わりに国道となり、空き番号となった115号というナンバーを割り当てられた。

 113~115号の位置関係が妙なのは、こういう理由があったからなのだ。これを知って「なるほど!」と感激し、筆者はより一層国道の道にのめり込んでいったわけである。 要するに筆者の国道趣味の理由は、番号のついたもののコレクションによる快楽プラス、謎解きの快感によるものということになろう。

 ……というような説明を一生懸命すると、たいていは「何じゃこいつ」と、よりけげんな顔をされるのである。 わかる人だけわかってくれればいいなあ、と思いつつ今回はこれまでである。

石垣島の国道

 さて先日の沖縄行きでは、石垣島へも足を延ばした。石垣島は沖縄本島よりも台湾の方がずっと近く、九州よりも中国大陸やフィリピンの方がずっと近いという地理環境だ。今回、東京-那覇間はスカイマークを利用したので2万円程度で済んだのだが、那覇-石垣間はそれとほぼ同額かかった。日本で一番広い都道府県は北海道に非ず、沖縄県である。

 那覇空港からJALの飛行機に乗り込むと、前の席に座った4歳くらいの女の子が、火が着いたように泣きだした。あまりの泣きっぷりにCAさんが駆けつけ、「どうされました?」と聞くと、

 「ANAがいいのぉ!JALじゃなくてANAがいいのぉ!」

 付近の大人たちが大爆笑、CAさんも苦笑する他なかった。彼女の熱烈なANA愛がどこから来ているのかはわからないが、察するにANAのポケモンキャンペーンが功を奏しているのだろうか。しかしCAさん、すっとミッキーマウスのクリアファイルを女の子に手渡し、みごと速攻で機嫌を直させることに成功。さすがベテランCA、やることにそつがない。

  というわけで1時間ほどのフライトで、石垣島着。ここは北緯24度、太陽の強烈さが違う。沖縄本島ともちょっと違って感じた。何やら風景がみな白っぽく見える。下手なペイントなどは、直射日光と台風にさらされ、すぐに色あせて消えてしまうのだろう。

ゴム
日差しが半端ない感を写真で表現しようとしたが、いかんせん腕が悪い。

 2013年3月に開港したばかりの真新しい空港から、バスに乗って南部の中心市街へ向かう。道は石垣島のメインストリート、国道390号だ。前日に沖縄本島でもこの番号を目の当たりにしていたが、こうして見ると「ああ、いよいよ国道網の最果てまで来たのだなあ」という感を深くする。

 独特のオレンジ色の屋根、さとうきび畑、大きな墓。旅をしてきたなあ、と実感する。降りたバス停の近くに書店があったので覗くが、我が著書は残念ながら置いていなかった。とりあえず資料としてマラリアの本や、交通事情の本など仕入れる。

  ここから国道390号をてくてくと歩く。この道、石垣島南部でバイパスができており、全体として6の字型になっている。

やぎ
ふと見たら、道端の空き地でヤギが普通に草を食んでいた。

 携帯電話の地図と見比べながら歩き、記念に国道最南端付近のカフェ「PUFF PUFF」で昼飯。なかなかきれいな店で、店内はオサレなカップルでいっぱいである。強烈なアウェイ感の中、一人もそもそとキーマカレーを口に運ぶ。なかなか美味であった。

Marine
店内のテラスから見える海はこんな感じ。別世界である。

 腹ごしらえが済んだところで、いよいよ国道最南端の地を踏む。下の写真のカーブあたりが、どうやら日本の全国道の最南地点である。

South
国道マニア歴16年目にして、ついに拝んだ最南端。

 えらく汗をかいたので、コンビニに立ち寄って水分補給。こんなところで熱中症になってたまるかである。と、どうやらこの店、日本最南端のコンビニであるらしい。この一帯、おそらく何を見ても日本最南端である。

Cocos
最南端のコンビニは、セブン-イレブンでもローソンでもなく、ココストアであった。

  そして最南端といえば、当然国道標識最南端を押さえておかねばならない。 地図と睨み合わせてみるに、どうやらこいつである。このおにぎりと一緒に記念撮影もしたかったが、道行く人は小学生ばかりで、妙なことを頼むと不審者に思われかねないのでやめておいた。

Onigiri
最南端おにぎりの図。

 石垣島というところは、お得なことに国道最西端もここからわずか数百メートル先に存在する。バイパスと現道の交差点で、390号の起点でもある「730交差点」がそれだ。こちらにある矢印付き標識が、日本最西端おにぎりとなる。

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日本国道最西端、730交差点。

 この730交差点という変わった名前は、沖縄の道路交通が右側通行から左側通行に切り替わった1978年7月30日に由来する。交差点には記念碑も建てられており、「おみやげの730」という店も近くに存在する。

730
730記念碑 

 沖縄は戦後27年に渡ってアメリカの占領下にあったため、道路交通も右側通行であった。1972年に沖縄は日本に復帰するが、道路は簡単に切り替えもできず、6年ほど右側通行のままであった。道路標識、信号、バスの出入口、車のヘッドライトに至るまですべてを変更する必要があったから、そう簡単に行かないのが当然だ。何より、長く慣れ親しんだ右側通行の意識が、そうすぐに切り替わるはずもない。

 しかし通行の向きも本土に揃えるべきという議論が高まり、1978年ついにこれが断行された。この作業の様子が記録映像に残っている。大きな混乱もなく切り替えは成功したそうで、念入りな下準備と見事な指揮の勝利だったのだろう。



 ということで7月30日は、沖縄県民にとって忘れ得ぬ一日であるらしい(参考リンク)。県民としては、グローバルスタンダードは右側通行なんだから、本土が沖縄に合わせろと言いたかったところだろう。筆者も会社の合併で面倒な思いをいろいろとしたから、このあたりの気持ちは多少ながら想像もつく。

 まあそんなわけで、道路好きなら石垣島は一度は訪れておくべき島だ。エメラルドグリーンの海に見とれるのもいいが、こうして徒歩で島内を回り、いろいろと思いを馳せてみるのもよいだろうと思うのである。 

沖縄の国道

 先日、取材と旅行を兼ねて沖縄に行ってきた。実は今まで沖縄には足を踏み入れたことがなく、これで晴れて47都道府県制覇ということになった。実は直前まで中国地方方面に行こうと思っていたのだが、天気予報を見たらずっと雨とのことだったので、出発の朝になって行き先を変更してしまった。ということで天気に恵まれ、非常によい旅であった。

 沖縄の国道といえば58号である。1972年、沖縄が日本に復帰する前は琉球政府道1号線であった。今回聞いてみたら、今の若い人も「1号線」と呼ぶことが多いらしい。 沖縄の人にとってはマザーロードというべき道で、たぶん日本で一番思い入れを持たれている国道ではないかと思う。

 せっかくなので、沖縄らしいきれいな海と一緒に撮りたいと思ったのだが、実は案外海に面しているポイントは少ない。道の駅許田付近で、ようやく絶好の撮影ポイントを発見、エメラルドグリーンの海に映えるおにぎりを捕獲した。

R58
 
 鹿児島市内に始まる58号は、種子島・奄美大島を経て沖縄本島を縦断し、最後は那覇市の明治橋付近で終点となる。道は続いているが、ここから先は331号(332号も重複)と名が変わる。立派なモニュメントが立っているので、ぜひ拝んでおきたい。

R58end
終点モニュメント。同じ石碑を、両面から撮影したもの。

  沖縄の道は、国道・県道とも起点のキロポストががっちりしていて独特だ。路線ごとに、形状の違うものが立っているので、思わずコレクションしたくなる。

R505

  沖縄といえば見逃せないのが、日本最大番号の国道となる507号だ。まあ道自体は特別なことは何もないのだけど、国道野郎としては「ようやくここに来ることができた」と、胸に迫るものがある。単なる番号を見てここまで感動できるというのは、我ながら不思議ではある。

R507
地名は、「具志頭」と書いて「ぐしちゃん」と読むらしい。

 沖縄本島の周辺にはいくつも小さな離島があり、ほとんどが立派な橋で接続している。中でも走っておきたいのが、島の南西部、平安座島(へんざじま)へと続く沖縄県道10号、通称「海中道路」である。この未知はその名の通り、高い橋を架けるのではなく、土手道の形で海をわたっているのだ(途中に、船や海流が通るための橋梁部分もある)。海の美しさ、走る爽快さなどいずれもピカイチで、よそではなかなか味わえない走りごたえだ。沖縄に行かれる機会があったら、ぜひとも走ってもらいたい道の一つである。

Henza
県道10号・海中道路

 ということで、石垣島編へと続く。
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