マニアの世界には、部外者には計り知れないジャンル分けというものがある。ロックが好きといってもパンクとプログレでは全く別世界であるし、自分で草野球をする人と記録マニアみたいな人もまず別人種といっていい。仲良くなるかなと思って古代史マニア同士を引きあわせてみたら、邪馬台国大和説と九州説に分かれて喧嘩を始めてしまったなんて話も聞く。

 鉄道ファンでも、撮り鉄に乗り鉄、録音に模型、時刻表収集に廃線跡探索などなど様々な楽しみ方があり、それぞれコミュニティが確立されているようだ。で、それよりずっとマイナーで人口の少ない国道マニアにも、やはりそれなりに分派があるのである。一本の国道を端から端まで走り切る「一気走行」、道の歴史や背景を探る研究者タイプ、特定地点間をどのルートで行くのが速いか調べる走り屋タイプなどなど。中には国道同士の交差点に来るたびサイコロを振って行き先を決め、全国を放浪するなんてまでいる。

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「撮り道」という言葉はあまり聞かないが、写真趣味の方の対象としては面白いと思う。

 しかし国道マニア中で最大勢力を占めているのは、恐らく「酷道」のファンだ。要するに、国道と名がついていながら、道幅が狭かったり荒れていたり、とうてい「国の道」と思えないような道を指す(国道以外の県道・府道・市道はそれぞれ「険道」「腐道」「死道」と呼ぶ)。わざわざ悪路に自ら出かけていく輩がそんなにたくさんいるのかと言われそうだが、驚いたことにmixiの「酷道」コミュは参加者が1万人を超えており、「国道」コミュの4倍にもなっている。酷道を扱った書籍DVDもいくつか発売されているし、YouTubeニコニコ動画にもファンが撮影した多数の酷道走行ビデオがアップされている。


酷道走行動画の一例。編集もしっかりしていて完成度が高い。

 ウェブサイトでは「国道の真髄を知る」「TEAM酷道」そして「山さ行がねが」(通称「山行が」)などが有名どころだろうか。中でも「山行が」は、グッズを作成したりウェブマガジンを発行したり、かなり手広く活動しているようだ。こういうサイトが成立するくらいに、酷道趣味というのは裾野が広いということである。

 エクストリーム系酷道マニアというべき人たちもいる。山を越えられず途切れている国道(点線国道と称する)を、歩いて越えてみようという人々だ。291号清水峠など、獣道さえないような場所を越えた人もおり、これなどはもはや登山家か冒険家の領域だろう。

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国道291号は谷川岳のたもとで途切れ、登山道と化す。

 最近ではTV東京で「酷道」をテーマにした2時間番組まで作られ、一部マニアを驚かせた。まあ中身はタレントがヒーヒー言いながら山道を登っているだけで、一体何が狙いで誰に見せたい番組だったのか、さっぱりわからないような代物であったが。

 ではその酷道というのはどんなもんで、どの程度酷いのか。これは写真を見ていただくのが早いだろう。センターラインがないなどというのは可愛いもので、田んぼのあぜ道みたいな道、落ち葉や小石だらけで危険極まりない道、崖-道-崖のルパン三世に出てきそうな道、そもそも車が通ることを想定していなさそうな道さえ存在しているから奥が深い。

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国道101号男鹿半島部分。

 酷道各個の紹介はいずれしていくとして、どこらへんに行けば「酷い」道を見られるのだろうか。北海道の国道は、通行困難な道はほとんどない。地形がさほど険しくないこと、用地買収が比較的楽なこともあるし、あまりに狭くうねった道であると、冬季は危険すぎるからそういう道が作られていないということもあるだろう。東北地方も同じで、特記すべき酷道は数えるほどだ。

 関東は平野部が広い上、人口・交通量も多いから、全般に道路の整備度は高い。群馬から中部地方へ向かう299号や405号、房総半島奥地の410号や465号がまあ該当するかなという程度で、あまり悲惨な道路というのはない。

 というわけで、酷道の分布は西高東低となる。中部の山岳地帯、山深い紀伊半島、四国の内陸部、中国山地の峠越え部分などが、代表的な酷道どころといえるだろう。紀伊半島南部などはまともな国道を探すほうが困難なほどで、中でも425号は日本最凶クラスの酷道として名高い。その他、中部の418号、四国の439号、中国の488号、九州の265号などが横綱クラスとして挙げられるだろうか。

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酷道425号。真新しいおにぎりが意味もなく腹立たしい。

 しかし、なんでまたこんな酷い造りの道に、好き好んで出かけていく輩が大勢いるのだろうか。筆者はさほど酷道が好きという方ではないが、なんとなくその気持ちは理解できる気もする。

 ひとつには冒険心。対向車が来たらすれ違えないような、ガードレールさえない道を行くことは、実にスリリングな体験ではある。夜が来る前にこの危険地帯を抜けられるか、泊まる場所のある街にいつたどり着けるか、そもそも熊なんぞが現れたりしないかなど、比較的手軽に非日常を体験できるわけだ(普通はその種の非日常は体験したくないという話もあるが)。

 また、いわゆる「国道」のイメージからかけ離れた道に、そのギャップを楽しむということもあるだろう。誰も来ない山道を延々と走っていると、道路とは、文明とは何だろうかと、何やら哲学的な気分にもなってくるのである。

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国道354号一方通行区間。他にも道はあろうに、なぜそこへ誘い込む。

 酷道を走るということは、日本の原風景に触れることでもある。ほんの数十年前までは、1桁国道でさえ舗装されていない場所はざらにあり、ほとんどが「酷道」であったといってよい。山道を走っていると、そんな時代を思わせる懐かしい風景に触れることができる。 実のところ、日本において都市化された場所というのは今も例外的なのだ。面積でいえば山林や原野の方が圧倒的に多いのが日本という国であり、その隙間の平地に肩を寄せ合うようにして住んでいるのが日本人だ。酷道を走ることは、この国のそんな実相を目の当たりにすることでもある。

 そうは言いつつも、あまり酷道趣味なんてものが広まるのもどうなのかな、という気もしていたりはする。酷道走行は当然ながら危険を伴い、遭難のリスクすらある。地元の方にとっては、用もない車が狭い道をうろうろするのは迷惑以外の何物でもないだろう。進入禁止のところにわざわざ入り込み、動きがとれなくなって救助を求めるような輩は論外である。腕前と経験値に合わせて、無理なく走行を楽しんでほしいと筆者などは思うわけである。

 酷道についてはまたいずれ書く機会があろうと思うが、今回はこんなもので。