さとうです。ものすごく久しぶりに、化学ブログらしいことを書いてみようと思います。
エナジェティック・マテリアルと呼ばれる分野があります。ヒドラジン(N2H4)やアジド(N3-)など、窒素をたくさん含んだ化合物は安定性が低く、取り扱いに危険を伴います。窒素原子は非共有電子対同士の反発があり、互いに弾き合うため不安定なのです。本サイトでも、テトラアジドメタン(C(N3)4)や、ペンタゼニウムカチオン(N5+)などの話題を取り上げてきました。

テトラアジドメタン
最近では、ペンタゾール(N5-)の塩の合成と単離(論文)、窒素6つが環になったヘキサジンの塩K2N6の合成(論文)などが話題になりました。
とはいえ、窒素原子だけでできたN2以外の分子というのは難しく、これまで合成・単離された例がありませんでした。N4という分子が検出されたことはありますが、極めて不安定であるため、純粋に単離などはなされていないようです(論文)。
こうした中、初めて「N6」という分子の合成と単離に成功したという報告がありました。こう聞いて、筆者はてっきりヘキサジン構造(ベンゼンのような分子)かと思ったのですが、下図のような構造であるということです。

大学レベルで化学を学んでいる方なら、「ああ、アジドが2つくっついたような構造か」と察していただけるでしょう。通常、窒素は腕が3本というような形で書き表せますが、アジドは下のような共鳴式で表記します。まあ要するにちょっとごまかしで成立しているような構造で、そのため安定な物質ではありません。多くのアジ化物には、爆発性があったりもします。

N6分子はこのアジドを無理やり2つくっつけているわけですから、恐ろしく危険な物質です。これを合成しろと言われたら、筆者なら裸足どころか全裸でも逃げ出します。
ではどうやってこの恐ろしい代物を作ったかというと、まずアジ化銀AgN3に――と書いた時点で、知っている人なら顔が引きつることと思います。重金属のアジドは高い爆発性を示す非常に危険な物質で、例えばアジ化ナトリウムNaN3をステンレス製スパチュラですくい取ることすら厳禁とされるくらいです。
話を戻して、論文著者らは室温でアジ化銀に塩素Cl2を流すことでClN3を発生させました。これがAgN3と反応し、目的のN6が出来上がったと考えられます。N6は液体窒素温度(-196℃)でなら意外に安定で、膜を形成する程度の量が得られてきたとのことです。
そんなものが何かの役に立つのか――と言われそうですが、実は大きな可能性を秘めています。前述のように、このN6は大きなエネルギーを秘めており、その爆発力は現在用いられている最強の爆薬の2倍に達すると考えられます。また、この物質は分解の際に3分子のN2になるだけであり、汚染物質などを出しません。ヒドラジンのような腐食性もありませんので、ロケット燃料にも有望です。
とはいえN6はあまりに危険であり、製造コストも高いので、実用化されるとしてもまだだいぶ先でしょう。研究の意義としては、窒素という極めて身近な元素の化学に、新たな局面を開いたことこそが重要であると思われます。ペンタゼニウムカチオンの合成などで知られるKarl Christeは、「個人的にこの仕事はノーベル賞に値すると思う」と絶賛しています。
窒素の同素体には、他にもいろいろな可能性が考えられています。たとえばこの研究を行ったSchreinerは、「N10は可能であると思うし、挑戦してみたい」と語っています。この研究をきっかけに、どんな新たな可能性が拓けるか、大いに注目です。

仮想のN₁₀分子?
参考:ChemistryWorld "Most energetic molecule ever made is stable – in liquid nitrogen” Tim Wogan,13 June 2025
エナジェティック・マテリアルと呼ばれる分野があります。ヒドラジン(N2H4)やアジド(N3-)など、窒素をたくさん含んだ化合物は安定性が低く、取り扱いに危険を伴います。窒素原子は非共有電子対同士の反発があり、互いに弾き合うため不安定なのです。本サイトでも、テトラアジドメタン(C(N3)4)や、ペンタゼニウムカチオン(N5+)などの話題を取り上げてきました。

テトラアジドメタン
最近では、ペンタゾール(N5-)の塩の合成と単離(論文)、窒素6つが環になったヘキサジンの塩K2N6の合成(論文)などが話題になりました。
とはいえ、窒素原子だけでできたN2以外の分子というのは難しく、これまで合成・単離された例がありませんでした。N4という分子が検出されたことはありますが、極めて不安定であるため、純粋に単離などはなされていないようです(論文)。
こうした中、初めて「N6」という分子の合成と単離に成功したという報告がありました。こう聞いて、筆者はてっきりヘキサジン構造(ベンゼンのような分子)かと思ったのですが、下図のような構造であるということです。

大学レベルで化学を学んでいる方なら、「ああ、アジドが2つくっついたような構造か」と察していただけるでしょう。通常、窒素は腕が3本というような形で書き表せますが、アジドは下のような共鳴式で表記します。まあ要するにちょっとごまかしで成立しているような構造で、そのため安定な物質ではありません。多くのアジ化物には、爆発性があったりもします。

N6分子はこのアジドを無理やり2つくっつけているわけですから、恐ろしく危険な物質です。これを合成しろと言われたら、筆者なら裸足どころか全裸でも逃げ出します。
ではどうやってこの恐ろしい代物を作ったかというと、まずアジ化銀AgN3に――と書いた時点で、知っている人なら顔が引きつることと思います。重金属のアジドは高い爆発性を示す非常に危険な物質で、例えばアジ化ナトリウムNaN3をステンレス製スパチュラですくい取ることすら厳禁とされるくらいです。
話を戻して、論文著者らは室温でアジ化銀に塩素Cl2を流すことでClN3を発生させました。これがAgN3と反応し、目的のN6が出来上がったと考えられます。N6は液体窒素温度(-196℃)でなら意外に安定で、膜を形成する程度の量が得られてきたとのことです。
そんなものが何かの役に立つのか――と言われそうですが、実は大きな可能性を秘めています。前述のように、このN6は大きなエネルギーを秘めており、その爆発力は現在用いられている最強の爆薬の2倍に達すると考えられます。また、この物質は分解の際に3分子のN2になるだけであり、汚染物質などを出しません。ヒドラジンのような腐食性もありませんので、ロケット燃料にも有望です。
とはいえN6はあまりに危険であり、製造コストも高いので、実用化されるとしてもまだだいぶ先でしょう。研究の意義としては、窒素という極めて身近な元素の化学に、新たな局面を開いたことこそが重要であると思われます。ペンタゼニウムカチオンの合成などで知られるKarl Christeは、「個人的にこの仕事はノーベル賞に値すると思う」と絶賛しています。
窒素の同素体には、他にもいろいろな可能性が考えられています。たとえばこの研究を行ったSchreinerは、「N10は可能であると思うし、挑戦してみたい」と語っています。この研究をきっかけに、どんな新たな可能性が拓けるか、大いに注目です。

仮想のN₁₀分子?
参考:ChemistryWorld "Most energetic molecule ever made is stable – in liquid nitrogen” Tim Wogan,13 June 2025































