有機化学美術館・分館

HP有機化学美術館のブログ版。タイムリーな話題,短いテーマをこちらで取り上げます。

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「すごい分子〜世界は六角形でできている」発売

 先日発売の「世界史を変えた新素材」は各紙の書評で取り上げていただき、3刷目と好調な売れ行きです。皆様のご愛顧に感謝いたします。

 これに続き、昨日あたりから書店に新刊「すごい分子〜世界は六角形でできている」が並んでおります。タイトルにある「六角形」は言うまでもなく、有機化学の象徴たるベンゼン環のことです。一度は書いてみたいと思っていたブルーバックスからの刊行ということで、感慨もひとしおです。


表紙はこちら。

 以前から広報担当という形で参加している「π造形化学」の関わりから生まれた本で、有機エレクトロニクスやナノカーボン類など、最先端の成果を紹介しています。ただしそこまで高度ではなく、芳香族化学の基礎からスタートしていますので、高校生くらいでも十分読めることと思います。

 芳香族の化学の裾野は実に広大で、染料、医薬、液晶、有機EL、プラスチック、太陽電池などなど応用範囲は多岐にわたります。筆者あたりには手に余るテーマではありますが、非専門家ならではの暴勇を振るって、ざっくりとかつ面白く書き上げたつもりです。


 筆者にとって、純然たる有機化学の本を書いたのは、デビュー作の「有機化学美術館へようこそ」以来12年ぶりということになります。実は、科学書籍では老舗中の老舗であるブルーバックスでも、有機化学関連の本は非常に少なく、化学分野まで広げてみてもあまり多くはありません。

 ということで、今後ブルーバックスから化学の本が出せるかは、今回の本の売れ行きにかかっております。でありますので、書店で見かけたらひとまず手にとってやっていただければ幸いです。

続・有機化学美術館20周年

 前回の続きで、20年目の思い出話など。

 誰かに頼まれたわけではなく、一銭にもなるわけでもないウェブサイトなどというものをなぜ続けていたのかといえば、やはり医薬品メーカーの研究者という仕事に向いていない自分を感じていたせいかと思います。

 上司には「何でホームページとかに使うエネルギーをもっと仕事に振り向けられないのか」と言われたりしたこともありましたが、それができるのであれば苦労はしていないわけです(笑)。というわけで悩み苦しんでいた2003年から2005年ころに書いたものが、内容的にも充実していてアクセスも多かったというのは、必然といえば必然、皮肉といえば皮肉でした。

 そうした中、2006年からはブログ版の「分館」を開設しました。当初はタイムリーな話題をこちらで取り上げる程度のつもりでいたのですが、更新の楽さと読者からのレスポンスのよさなどの面から、徐々にこちらに一本化する流れとなりました。

 この頃、何度か書籍化の打診をいただいたりしていたのですが、いろいろあってなかなか実現はしませんでした。しかし2007年、3社めの打診をいただいた技術評論社さんより、ようやく初の単行本「有機化学美術館へようこそ」の刊行にこぎつけます。会社員の身で本を出すのはいろいろ面倒でしたが、昔からの夢がかなった瞬間でもありました。


記念すべき1冊目の著書「有機化学美術館へようこそ」

 この本が3万部くらい売れたら会社を辞めようかなと思っていたのですが、実際には1万部ちょっとでした(笑)。しかし結局この年末、死ぬほど悩んだ末に退職し、フリーのサイエンスライターに転身することになります。よくあんな無茶な決断をしたなと自分でも思うのですが、格好良くいえば「心の声に逆らえなかった」ということでしょうか。

 その後、すぐに「現代化学」誌から連載の声をかけていただいたり、東京大学で拾ってもらって働けたりといった幸運が重なり、今もこうしてどうにかライター稼業を続けています。また2008年からは、ボランティアで英訳をして下さる方のご協力により、英語版もスタートしました。こうした方々の支えにより、自分のような者もなんとか仕事ができているわけです。

 最近では、新学術領域「π造形科学」の広報として研究者にお話を伺ったり、その他にも一流研究者へのインタビューの仕事なども行なうようになりました(こちらこちらなど)。著書も13冊に達し、一人でちまちまホームページを作っていたころから、いつの間にかずいぶん遠くまで来てしまったなという気がします。

 ただ最近は、ブログの更新頻度が落ちている――というよりほぼ停止状態なのは申し訳ない限りです。仕事が忙しいのが一番の理由ではありますが(編集者さんに「うちの原稿を差し置いて何してるんですか」と言われそうで)、さすがに研究の現場を離れて10年以上が経ち、有機化学以外の仕事をこなさねばならぬ中で、だいぶカンが鈍っているのも一因ではあります。もちろんできる限り論文をチェックしたり、話題の研究をフォローしたりはしていますが、やはり皮膚感覚のようなものはだいぶ落ちていることは否めません。

 とはいえ、研究の現場から一歩引いた立ち位置だからこそできることもあると思いますし、できる形で化学の世界に貢献してゆきたいとも思っています。何より、ここは長らく書き続けてきた、自分にとってのホームグラウンドといえる場所でもありますので、今後も細々とながら続けてゆきたいと思っております。

 ただし、本館を置いているYahoo!ジオシティーズのサービスが、来年春に休止になるということです。「有機化学美術館」にはもちろん愛着もありますし、残してほしいという声もいただいておりますので、どこかに移転する方向で考えたいと思っております。

 ということで、今後とも「有機化学美術館」をよろしくお願い申し上げます。

「有機化学美術館」20周年

 さて本日は、当ブログの元になったサイト「有機化学美術館」の開設20周年に当たります。最近の更新状況では「続いている」とは言い難いものがあり、大変申し訳ないところでありますが、まあとにかく20年目です。

 1998年12月26日、つくば市にある製薬会社のしがない一研究員であった筆者が、趣味で立ち上げた個人サイトが始まりです。なんでこの日付であったかというと、ズルズル開始が遅れていたので、なんとか年内に始めようと駆け込みでアップロードしたからです。

 開始したきっかけは、友人が個人サイトなるものを次々に始めたので、あんなに簡単なら俺もなんかやってみるかな、という軽い気持ちでした。それがその後自分の運命さえ変えることになるとは、その時は知る由もありませんでした。開始した時は、この寮のひと部屋の小さなパソコン(Macintosh Performa5440でした)が世界につながっているんだなあ、と妙に感激したことを覚えています。

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トップページのデザインも何度か変わっています。今見ると実に古めかしい(笑)。

 始めたときのサーバーは、地元のパソコンショップがやっているインティオネットという小さなプロバイダでした。その後、ACCSnetというプロバイダに移り、さらに現在のYahooジオシティーズへ引っ越しています。インティオ時代を知っている方はかなりの通です。

 1998年といえばまだブロードバンド(という言葉ももう死語ですが)の普及前なので、ピーガリガリなどといいながら電話回線をつなぎ、一枚の画像を読み込むために数分かかっていたような時代です。まだ2ちゃんねるもウィキペディアもツイッターもスマートフォンもない、ネットの石器時代でした。

 「有機化学美術館」は個人サイトの一コーナーという位置づけで、他にもまずいジュースのコレクションだのしょうもない豆知識だのといった、黒歴史という言葉でしか表現できないコーナーも作っていました。消すのも何なので、いまだにさらしっぱなしになっていますが。

 国道のコーナーも当初からあり、まあアホというものは当初から手のつけようもなくアホなのだなと自分で思います。全国の国道32万キロを走り回った挙げ句のアホコーナーが十数年後に著書「ふしぎな国道」として結実するわけですので、我ながらアホの底が知れません。

アホ趣味の結晶

 有機化学のコンテンツを始めようと思ったのは、当時Weblab Viewer(現DS Viewer Lite)というフリーソフトで分子の3Dモデルを描けることを知り、面白がって遊んでいたのがきっかけです。これを誰かに見せられないものかなということで、考えてみました。

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DS Viewerで描いた分子。フリーとは思えない高機能です。

 有機化学美術館というタイトルですが、当初は展覧会のイメージで、分子の画像を1ページに1枚展示し、数行コメントをつける形式であったためです。いつしか文章ばかりがずらずらと長くなり、どこが美術館やねんという体裁になりましたが、まあ「分子は美しい」という思い込みは今も抱き続けております。

 よく聞かれるのが、なぜ会社員の身であったのに実名でサイトを運営していたかということです。実を言いますと、当時は優れた検索エンジンなどというものが普及していなかった(グーグル社の設立が98年9月)ころですので、まさか知り合いが自分のサイトを発見するなどという事態は想定もしていなかったのです。今となっては信じられませんが。

 やがて会社の同僚などにも発見されてしまいますが、一方で大学の先生方などからも激励のお言葉をいただくようになり、学生さんからも、「有機化学美術館を見て有機を選びました」などと連絡をいただいたりもするので、今さら引くに引けぬと開き直って続けていました。そのころの学生さんが今や准教授などになっていたりしますので、時が経つのは早いなあと思うと同時に、自分もちっとは化学の世界に貢献できたのかなと感じたりもします。

 長くなったので続きます。

新刊「世界史を変えた新素材」発売

 「お前……生きていたのか!」という感じかと思いますが、有機化学美術館はまだ一応生きております。今回は、新刊のお知らせです。

 筆者の約2年ぶりの新刊「世界史を変えた新素材」は、10月26日発売となりました。有機化合物と世界の歴史の関わりを綴った「炭素文明論」、同じく医薬と歴史を描いた「世界史を変えた薬」に続くもので、三部作完結編といってもいいでしょうか。


 今回のテーマは「材料」です。目次は以下の通り。
はじめに――「新材料」が歴史を動かす
第1章 人類史を駆動した黄金の輝き――金
第2章 1万年を生きた材料――陶磁器
第3章 動物が生み出した最高傑作――コラーゲン
第4章 文明を作った材料の王――鉄
第5章 文化を伝播するメディアの王者――紙(セルロース)
第6章 多彩な顔を持つ千両役者――炭酸カルシウム
第7章 帝国を紡ぎ出した材料――絹(フィブロイン)
第8章 世界を縮めた物質――ゴム(ポリイソプレン)
第9章 イノベーションを加速させる材料――磁石
第10章 「軽い金属」の奇跡――アルミニウム
第11章 変幻自在の万能材料――プラスチック
第12章 無機世界の旗頭――シリコン
終 章――AIが左右する「材料科学」競争のゆくえ

ご覧いただければわかる通り、12の材料を取り上げ、その歴史を紹介しています。材料というものは、時代を切り開く鍵であり、文明が次の段階へ飛躍するための「律速段階」ではないか――というのが、本書の趣旨です。みなさまどう思われるか、手にとっていただければ幸いです。

 そして、本書の発売を記念して、11月23日に出版記念イベントを行います。場所は八重洲ブックセンター8F ギャラリー、18時開始の予定です。「全世界史」などの著者であり、立命館アジア太平洋大学学長でもある出口治明氏との対談という形です。筆者あたりが畏れ多いお話ではありますが、頑張ってトークしようと思います。サイン会などもありますので、ご希望の方はご予約いただければ幸いです。

 ということで、書店などで新刊を見かけたら、ぜひよろしくお願いいたします。

「どうなってるの?人のからだ図鑑」発売

さてえらく久しぶりの更新になります。人工知能の科学分野への適用など、いろいろ有機化学の世界も動きつつあるようですが、いずれ時間のある時にこのへんも書いてみたいと思っています。

 で、今回は筆者の初めての翻訳書「どうなってるの?人のからだ図鑑」の発売のお知らせです。3月30日より、店頭に並び始めているようです。


ロバート・ウィンストン著「どうなってるの?人のからだ図鑑」(主婦の友社)

 もとはイギリスの出版社から出された本で、子供向けに人体のつくりを解説したビジュアルブックです。子供向けとはいっても、筋肉や各臓器の作り、遺伝子や免疫系の働きに至るまで、かなり突っ込んだ内容まで解説されており、大人でも十分役立つ構成です。筆者も訳していて、知らないことがたくさんありました。

 ビジュアルの方は、豊富な写真の他、臓器や筋肉などはペーパークラフトで表現されています。解剖学の本は時としてグロくなりがちですが、このペーパークラフトのおかげで実にカラフルで美しく仕上がっており、しかも科学的な正確性も保たれています。英国アマゾンで、子供の教育書部門1位となっただけのことはあると思える内容です。

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 筆者としては解剖学は専門外ですし、子供向けということで書き方もずいぶん悩みましたが、勉強になることも多く、楽しい作業でした。大判フルカラーのため2300円(+消費税)という価格ですが、多くの方におすすめできる本になったと思っています。書店や図書館で見かけましたら、手にとっていただければ幸いです。

お知らせ(10/21熊本、11/27日比谷)

 さとうです。相も変わらずブログ更新をさぼっております。

 さて、近く講演など行ないますので、お知らせです。まず来週10月21日(土)、熊本市の熊本県民交流館パレアで行なわれる、日本コンピュータ化学会年会の一般公開イベントに参加させていただきます(参加無料、申込必要)。

 筆者は「”カガク”はおもしろい ー化学の達人に聞く」と題したトークイベントにて、特に有機化学の魅力について一席ぶつ予定です。何の達人だかよくわかりませんが。一般向けイベントですので、有機化学とは何か、どんなものを作れるのか、どう役に立つのか、面白い分子や美しい分子といった話を盛り込む予定としております。

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 また来月11月27日には、東京の日比谷図書文化館にて「がんと医薬とノーベル賞」というタイトルで講演を行ないます(こちら)。参加申し込み必要、1000円となっております。

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 こちらは昨年発売の「医薬品とノーベル賞」をベースに、近年のがん治療の進歩と、それに関わる薬価高騰をはじめとした問題、またなぜこうした研究にノーベル賞が与えられないか、といった話題について語る予定です。

 その他、近く福井の高校で医薬研究の話をしたりなど(クローズドですが)、いろいろと活動しております。興味のある方はぜひ足をお運びいただければと思います。また、いろいろなこれまでいろいろなテーマで講演などをしておりますので、お招きいただければどこでも駆けつけます。

 ということでまた。

「世界史を変えた薬」の誤記について

拙著「世界史を変えた薬」50ページに「キニーネは劇薬指定されている」と書いてしまいましたが、これは筆者の思い込みと確認不足による誤りであり、キニーネは劇物ではありません。お詫びして訂正いたします。

毎度できるだけ完全なものを目指して書いてはおりますが、やはりどうしても誤記は混じりこみます。ただ科学を伝える立場からは「まあいいや」で済まされるものではありませんので、なるべくこうしたことが少なくなるよう、今後も努力いたします。失礼いたしました。

書籍紹介

久しぶりのブログ更新です。最近は化学でないジャンルの、子供向けの本の翻訳という慣れない仕事をしており、なかなか大変であります。ちなみに、久しぶりのがっつり有機化学の単著も書き下ろし中でありますので、こちらもそのうち形になりましたら、またお知らせします。

てことで今回は夏休みということもあり、最近読んだ本の紹介などしてみます。

誰も教えてくれなかった実験ノートの書き方 (研究を成功させるための秘訣)
 野島高彦 著 化学同人


 WoodwardとDoeringによる歴史的なキニーネ全合成(1944年)の正当性について、21世紀になってから疑念が差し挟まれた時、当事者のDoeringは2005年に当時の実験ノートを確認して検証を行なったということがありました。ハーバードともなると60年以上も実験ノートを保管しているのだな、と驚いた記憶があります。

 このように、実験ノートは研究の正当性に関する重要な証拠ともなりえます。この実験ノートの書き方を丁寧に解説したのが本書です。実験ノートの書き方はジャンルによっても違いますし、最近では電子化されたものもあり、決定的なフォーマットというものはありません。そこで本書では、大枠としての実験ノートの書き方と、「こういうことはすべきではない」という解説に力点が置かれています。筆者も現役時代のことを思い出し、いろいろ反省しながら読み進めました。

 これまでにも実験ノートの書き方の指南書はなくもありませんでしたが、この本は野島先生らしく、研究の初心者にも理解できるよう(実はこれは非常に難しいことです)、非常に親切に丁寧に書かれています。また、画像の修正はどこまで許されるか、SNSに研究内容をどこまで書いてよいかなど、時代に即した実戦的なアドバイスが多いのも特色です。研究室に一冊常備し、長く読み継がれるべき本であると思います。


 ・化学探偵 Mr.キュリー 6
 喜多喜久 著 中央公論新社


 化学系読者にはおなじみの作家・喜多喜久氏による「Mr. キュリー」シリーズの6冊目となる本書は、初の長編となりました。キャラクターなどの解説もされていますので、これまでのシリーズを知らない読者でも、問題なく読み進めることができます。

 喜多氏はずっと現役研究者との二足のわらじで、製薬企業に籍を置きつつ執筆してこられたのですが、最近退職して専業の作家になられたとのことで、おめでとうございます。十分すぎるほどの実績があるとはいえ、勇気ある決断であったと思います。

 今回はかなりがっつりと有機化学、天然物全合成のお話で、一般読者がついてこられるかなと心配になるほどですが、そこらをきちんとわかりやすく伝えているのはさすがです。結局のところ、研究の現場を一番いきいきと、広く伝えることができるのは小説という形式なのかもと思えます。

 今回は、主人公沖野晴彦が、留学してきた天才少女エリーとともに「トーリタキセルA」という天然物合成に挑むという設定です。ただし、エリーはその合成ルートに違和感を抱き、それを追及していくうち……というストーリー展開になっています。

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トーリタキセルA(架空の化合物)

 この化合物、筆者にとっても個人的に懐かしい骨格です。ただ天才少女ならずとも、生合成について
知っている人なら、ちょっと違和感を覚える構造でもあります。左側の側鎖部分、中央のタキサン骨格、右側の窒素を含む環と、それぞれ由来の異なる部分構造がつながった作りであり、いわばフランケンシュタインのような分子なのです。

 なんでこんな構造にしたんだろう……と読み進めると、それぞれ意味があることがわかってきて、なるほどね、と思わされます。また、作中で起こる事件も、実際にあった出来事がうまく作り変えられ、ストーリーに組み込まれています。化学に詳しい方なら、他にもいろいろな読み込み方ができると思います。

 今回は長編ということで、天才(ギフテッド)とは何かということ、研究における不正行為、ブラック研究室の問題など、さまざまなテーマが取り上げられています。いずれも一冊の本になりうるテーマであり、また別の本で取り上げてくれることを期待しています。

 
 Dr. STONE 1
 原作 稲垣理一郎,作画 Boichi


 少年ジャンプで面白そうなサイエンス系漫画が始まったと聞いて、手にとってみております。全人類は、ある日突然降り注いだ謎の光によって石化してしまう。それから3700年後、ようやく目覚めた主人公たちは、科学を武器に文明の「再起動」を目指す――とまあ、設定は少年漫画らしくぶっ飛んでいますが、「火星の人」のようなサバイバル物が好きな筆者には、なかなか堪えられない筋書きです。

 クオリティの方は、ストーリー、キャラクター造形、画力といずれもハイレベルで、読者を引き込む力は十分です。

”「科学ではわからないこともある」じゃねえ
わからねえことにルールを探すそのクッソ地味な努力を科学って呼んでるだけだ”


なんてセリフは、なかなかしびれさせるじゃありませんか。

 この手の作品は、科学的に全く正確な内容を目指していたら漫画にはならなくなるし、あまりに非現実的でも萎えるので、その間での手綱さばきが難しいわけですが、そこを今のところうまくこなして読ませる作品に仕立てており、今後の展開に期待大です。ただ、もし書店で探す場合には、「Dr. STONE」のロゴがえらく読み取りにくく、見落としやすいのでご注意を。

 他にも何冊かあるのですが、長くなったのでいったんこのへんで。

カーボンナノベルト合成成功!

先日来、ある化合物の合成成功がテレビのニュースなどで大きく取り上げられています。これは、有機合成関連では珍しいことでしょう。何度か本ブログでも取り上げさせていただいております、名古屋大学の伊丹健一郎教授・瀬川泰知特任准教授らのグループによる「カーボンナノベルト」の合成がそれです(論文)。

 この論文は、「Nature」と並んで科学雑誌の最高峰である「Science」に掲載されました。すなわち有機化学者や化学分野の研究者のみにとどまらず、広く科学者全体が知るべき大きなインパクトのある成果だと認められたということになります。ということで今回は、何がそんなに凄いのかという話を書いてみます。

 今回作り出されたカーボンナノベルトは、下のような化合物です。六角形のベンゼン環が12個連結し、環の形を成しています。
CNV
CNV2
カーボンナノベルト。斜め上及び上から見たところ

 確かに美しい構造ですが、世の中に、ベンゼン環がつながった化合物は山ほどありますし、環を作っているものもたくさんあります。たとえば下図のケクレンもそのひとつで、これは1978年に合成されました。同じベンゼン環12個がつながった分子でも、カーボンナノベルトはケクレンに比べて約40年分もの科学の進歩を必要とするほど難しかったわけです。

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ケクレン

 なぜそんなに違うのかといえば、カーボンナノベルトは平面でなく曲がっているからという一点に尽きます。ベンゼン環は硬い板のようなもので、なるべく平面であろうとするので、これを丸めて筒状にすることはえらく難儀なことです。また、曲がったベンゼン環は性質が変わるので、通常の平面的なベンゼン環化合物を作る手法が通用しないケースも増えます。

 しかし困ったことにというべきか、こうして曲げられて性質が変化したベンゼン環は、科学者にとって大変魅力的な存在なのです。たとえばカーボンナノチューブは、蜂の巣のようにつながった炭素が筒状に丸まった構造で、強靭さとユニークな電子的性質を併せ持つ素晴らしい材料です。しかし、この長さや太さを制御し、完全に望みのものを創り出すことはいまだ成功しておらず、科学者にとって大きな夢の一つとなっています。

 というわけで、よし俺がやってやろうじゃねえかと、多くの科学者がその合成に挑んできました。まずはカーボンナノチューブの薄い輪切りに当たる下図のような分子(シクロパラフェニレン、CPP)が標的となるわけですが、さまざまな合成手法の発達にもかかわらず、トライアルは全て失敗に終わってきました。しかし2008年からようやく、CPPの合成がいくつかのグループによって報告され、カーボンナノチューブの完全制御合成という夢が視野に入ってきました。

cyclacene
シクロパラフェニレン

 ここからカーボンナノチューブへと伸ばすトライアルも行なわれています(過去記事)。ただし、かなり径の揃ったものはできたものの、完全な制御には成功していません。ベンゼン環を結合一本でつなぎ合わせたCPPでは、カーボンナノチューブ合成の際の高熱に耐えられず、壊れたり構造が変化したりしてしまうためと考えられます。

 となれば、もっと丈夫な原料が必要です。考えられるのは、ベンゼン環を辺でつないだ化合物です。上記のカーボンナノベルトはそのひとつですし、下図のようなものも考えられます。実はこれらは、カーボンナノチューブ出現のはるか以前である60年ほど前から、化学者たちによって考えられてきた「夢の分子」でした。

 しかし前述した通り、ベンゼン環は曲がりにくい硬い板のようなものです。ベンゼン環が単結合でぐるりとつながったシクロパラフェニレンに比べて、下図のような化合物は全体にずっと硬いわけで、難易度も格段に上がります。というわけでこれら化合物は、古くから多くの化学者の挑戦を跳ね返してきました。伊丹教授も12年前からこれら化合物の合成を目指しており、さまざまなチャレンジを繰り返しています。
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シクラセン(左)とシクロフェナセン(右)

 ではどうすれば、曲がりにくい板から筒状の形を作れるか?CPPの合成で採用されたのは、いわば「やきもの法」でした。柔らかい粘土を練って輪の形に成形し、火で焼けば硬いリングができあがります。これと同様に、CPPを構成する環の一部を柔らかいシクロヘキサン環として大きな環を形成し、その後に酸化処理をすることで、硬いベンゼン環に変えるという作戦です(詳細はこちらのブログ参照)。

 これに対して、今回合成に成功したカーボンナノベルトは、いわば「木桶法」とでもいえるでしょうか。木桶は、大きな輪(たが)の中に細い木の板を並べ、締め付けて作ります。これと同じように、まずWittig反応を駆使してベンゼン環を6つ大きな輪につなぎ、そのベンゼン環同士の間に結合を作らせることで、新たな6つのベンゼン環を形成するという手法が採られました。

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カーボンナノベルト合成の最終段階(瀬川博士提供)

 瀬川博士によれば、この最終段階が最大の山場であったということです。一気に12ヶ所の結合を切り、6本の結合を作るわけですから、それだけでも大変なことです。しかし何より怖いのは、最後の目標となる化合物が全く未知である点です。

 こうした未知の化合物の合成では、目標とするものがどんな性質なのかはもちろん、どの程度に不安定なのか、さまざまな実験操作に耐えるものなのかわかりませんし、そもそもひずみが大きすぎてこの世に存在し得ない可能性もあります。他の化合物では問題なく進行する反応も、こうした骨格ではまるで通用しなかったりもします。山頂がどんなところか誰も知らない、そもそも山頂へ到達する道があるかどうかさえわからない登山に挑むようなもので、実験者には技術や知識はもちろん、精神力や忍耐力も大いに必要となります。

 この合成ルート自体も、これが最適だと最初からわかっていたわけではなく、20通り以上も試したルートのひとつだそうです。最終段階も、粘り強い検討の末に、ようやく見つけ出された条件でした。しかしこのルートでの合成が始まってからは、わずか10ヶ月でゴールに到達したそうですから、実験担当者の技術と集中力には驚きの一言しかありません。

 しかしある日、「いかにも」な雰囲気の赤い化合物が見えたのでこれを単離し、1H-NMRを測定すると、見事に目指すチャート(2本のシングレット)が得られました。ただし最終的な判定は、分子の形が完全に解明できる、X線結晶解析による他はありません。

 その解析結果の公開の様子がこちら。

 この動画は研究室のサイトに載せられ、かなりのアクセスと反響を集めたようです。研究者もアスリートやサラリーマン同様、目標に向かって走り、ある時は喜び、ある時は凹む人々だということが伝わったのではないでしょうか。

 テレビニュースなどで大きく取り上げられたのも、この映像があったことが大きそうに思います。めったにない素晴らしい瞬間は、こうして記録に残して外部と共有することが、これからもっと行なわれてもよさそうに思います。

*   *   *   *   *

 これは化学者たちの長年の夢が実った瞬間でもありますが、同時に新たなスタートでもあります。誰かが壁を越えると、それをきっかけに多くの競争者たちが後に続き、一気に新たな領域が切り拓かれることは、歴史上何度も繰り返されてきました。伊丹グループに合成の一番乗りこそ許したが、このまま独走はさせんぞと気勢を上げている研究者は、国内外に数多くいるはずです。

 その勢いで、今後新たなカーボンナノベルトの類縁体や新合成法が続々と報告され、性質が解明されていくことになるでしょう。カーボンナノチューブの制御合成という夢はもちろん真っ先に追求されることでしょうが、その他にも思わぬ応用や意外な展開がたくさん出てくるものと思います。今後繰り広げられるであろう研究者の協力と競争の数々、そして素晴らしい新物質の登場に、筆者として大いに期待したいところです。

元素の本

 昨年末に113番元素ニホニウムの名称が決定したことなどもあり、元素に関連する本の出版が相次いでいます。大きな書店ではこうした本がまとめて並べられ、ちょっとした元素本フェア状態になっていたりします。

 実は筆者自身も最近、2冊ばかりの元素本に関わっておりますので、ここでご紹介しましょう。1冊目は「元素周期表パーフェクトガイド〜 元素でできたこの世界が手に取るようにわかる」(誠文堂新光社)で、筆者は付録ポスターと一部の章を担当しております。元が「子供の科学」編集部の企画ですので、カラーページも多く、読みやすい仕上がりになっています。それでいて元素の生成過程の最新学説や、ニホニウムの生みの親である森田浩介博士のインタビューなど、本格的な記事も満載です。子供さんなどと一緒に読むのに最適の本と思いますので、ぜひご覧ください。



 もう一冊は、「元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで」(ヒュー・オールダシー=ウィリアムズ著、早川書房)です。2012年にハードカバーとして発売された本が、上下2冊に分けて文庫化され、筆者は解説文を書いております。

 こちらは先ほどの本よりハードですが、元素の現物を収集するのがライフワークという、筋金入りの元素オタクである著書が書き下ろしているだけあり、驚くようなエピソード満載の本です。こういう本を見ると、やはりあちらの科学書は層が厚く、なかなか太刀打ちできないなという気分にさせられます。授業で学生さんに話すネタの宝庫として、活躍すること請け合いの本です。

 

 ということで、書店で見かけたら、手にとっていただければ幸いです。
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あの薬を開発すればノーベル賞?薬価高騰など、医薬と社会についても考える。

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「危ないもの」はどこまで危ないのか?化学物質、代替医療、放射能をめぐるリスクについて解説。


薬はどのように創り出されるか、
わかりやすく解説。


共著、1章を担当。
「有機化学美術館の13年」収録。


医薬品業界の2010年問題について。
科学ジャーナリスト賞受賞。


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