有機化学美術館・分館

HP有機化学美術館のブログ版。タイムリーな話題,短いテーマをこちらで取り上げます。

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毒にも薬にもなる環状ペプチド

 さて現在発売中の現代化学2015年5 月号では、ペプチドリーム社COOの舛屋圭一博士にインタビューを行っております。実は研究室時代の同期だったりするのですが、海外でメディシナルケミストとして赫々たる成功を収め、このほど日本に帰ってきました。なかなか刺激的なインタビューと思いますので、ぜひご覧下さい。

この表紙が目印。

 さてそのペプチドリーム社ですが、環状ペプチドを合成する技術を持った創薬ベンチャーです(その技術についてはこちらなど参照)。実際、環状ペプチドは医薬の骨格としてなかなか有望なもので、たとえば免疫抑制剤であるシクロスポリンなどのその一例です。

cyclosporin
シクロスポリン

 最近では、環状ペプチド構造を持った新規の抗生物質・テイクソバクチンが発見されて話題を呼びました。この化合物は、メカニズム的に耐性菌が生じにくいと考えられ、感染症治療に新たな光をもたらすと期待されています。
teixobactin
テイクソバクチン

 こうした環状ペプチドは、環になっているために形が決まっており、標的のタンパク質などに結合しやすいこと、消化酵素などによる分解を受けにくいこと、また生体膜を透過しやすいなどの特徴があります。このため医薬品のみならず、生体内ではたらくペプチドホルモンなどにも、この骨格を持つものが多数見受けられます。

 たとえばオキシトシンは9個のアミノ酸から成り、シスチン結合で環を作った化合物です。信頼感を司るホルモンとも言われ、これを吸い込んだ人は投資話に乗りやすくなるなど、ちょっと驚くような実験結果が出ています。このあたりは拙著「化学で「透明人間」になれますか? 人類の夢をかなえる最新研究15」にも書いたので宜しければご覧下さい。また最近では、自閉症に対して効果があるのではといった結果も出ているようです。

oxytocin
オキシトシン

 しかし、薬になるものもあれば、毒になるものも存在します。代表的なのは、タマゴテングタケの生産する毒素である、α-アマニチンです。下図のように、環状ペプチドのシステインとトリプトファンの側鎖がくっついてしまったような、妙な構造をとっています。
amanitin
α-アマニチン

 ウィキペディアによれば
この毒素は熱に対して安定であり、一般的な加熱調理程度では分解されない。……なお、この毒素に対する解毒剤は存在しない。
摂取から10時間以内に報告される症状はほとんどなく、重大な症状が発現するまでに摂取後24時間が経過することもしばしばである。胃洗浄は症状が現れてからでは効果が無いため、不意に摂取してしまった場合の対処が困難である。対処が遅れることで致命的な症状(多臓器不全)へ移行する
だそうで、うっかりタマゴテングタケを食べてしまわぬよう気をつける他ありません。
tateta
タマゴテングタケ

 ですが、もっと恐ろしい毒も存在します。オーストラリアからインドネシアに生えている「ギンピーギンピー」という植物が作る、「モロイジン」という化合物がそれです。
gympie
ギンピーギンピー

 写真を見る限りどうということのない植物に見えますが、葉の表面には微細なトゲが生えており、これに触れると神経毒モロイジンが回って、「酸をスプレーされたような」激痛が走ります。このトゲは皮膚内に残って毒を放出し続けるため、耐え難い痛みが数ヶ月にわたって続くのだそうです。これに触れた馬が崖から飛び降りたとか、誤ってトイレットペーパー代わりに使ってしまった男性が、痛みに耐えかねて銃で自殺したなどという伝説もあるといいます。こんな恐ろしい植物が日本になくてよかった、としか言いようがありません。
moroidin
モロイジン

 体内で強い生理作用を持ちうる構造は、優れた医薬にもなれば恐ろしい猛毒にもなりえます。みなさまも環状ペプチドの扱いにはご注意を。


 (注:本来、環状ペプチドはアミノ酸のペプチド結合のみで環になったものを指しますが、本記事では広い意味で大環状骨格を持つペプチドを取り上げています)

五角形のグラフェンは夢の材料?

 正多角形のうち、1種類で平面を埋め尽くせるのは正三角形、正方形、正六角形の3種のみであることはよく知られています。この、正六角形での敷き詰めを炭素原子で実現したのが、注目の材料グラフェンということになります。しかし、正五角形では隙間ができ、どうやっても平面の埋め尽くしは不可能です。

 ただし、正五角形でないふつうの五角形でなら、タイルのように敷き詰め可能なものがあります。これには今のところ14種類のパターンが知られているそうですが、中でも有名なのは下図のようなパターンで、床のタイルなどとしてどこかで見たことがある方が多いのではないでしょうか。エジプトの首都の名をとって「カイロ・ペンタゴナル・タイリング」と呼ばれるもので、五角形4枚が集まってできる六角形が縦横に交わり、見る者を幻惑するような美しいパターンです。

svg

 この形に炭素を配置するとどうなるか?という理論計算が行われました(論文こちら)。グラフェンの五角形版という意味で、「ペンタグラフェン」と名付けられています。

cairo
ペンタグラフェンの構造

 しかしこの構造、一見するとひずみが大きすぎ、安定には存在しないだろうと見えます。実際には、平面四配位に見える炭素は平面におさまっておらず、横から見ると全体にデコボコした構造をとっています。このため、ペンタグラフェンは機械的に安定であり、1000K程度まで分解せずに存在できると考えられています。

 理論計算の結果、このペンタグラフェンは半導体として働き、バンドギャップは酸化亜鉛や窒化ガリウムに近い数値とのことです。透明な材料と予測されますので、ディスプレイやらに応用ができそうなスペックです。

 また、このペンタグラフェンをくるりと巻いてチューブを作ると、どんな巻き方であっても半導体になるということです。巻き方によって導体になったり半導体になったりする、通常のカーボンナノチューブとはこの点が異なります。

 とまあなかなか有望そうな物質ではありますが、問題はこんなものをどうやって作るの、という点です。有機合成的なやり方では、たとえば5員環4枚分の部分構造を作るだけで、たぶん10段階以上を要することになります。広いサイズのペンタグラフェンを作ろうとしたら、このやり方ではとうてい追いつきません。

tetraquinane
ペンタグラフェンの部分構造

 論文では、T12炭素と呼ばれる炭素同素体の一層をはぎとるようにすると、ペンタグラフェンが得られるだろうとしています。ただし、このT12炭素というもの自体、2012年に理論的予測が行なわれたばかりの物質で、これを合成できるという見込みは立っていません(多分)。

 というわけでペンタグラフェンは、まだしばらく科学者の夢の物質にとどまりそうです。とはいえこうした可能性が示された意義は大きく、さらなる有望物質探索のきっかけともなりそうです。それにしても、炭素のつながり方ひとつでかくも違う性質のものが出てくるわけで、このありふれた元素の秘めた可能性はまだまだあるのだなあと感心させられます。

エキゾチック・フラーレン

 今年2015年は、フラーレンことC60の発見から30年、大量合成法の発見から25年目に当たります。発見直後のようなフィーバーはおさまったものの、今も数多くの関連論文が発表されており、物質科学全体に与えた影響は甚大です。

N60
フラーレン

 フラーレン研究にもいろいろの方向がありますが、そのひとつに「炭素以外の元素でフラーレンはできるか」というものがあります。これは90年代からいろいろ理論計算が行われていて、たとえば金原子が32個集まったものが安定に存在しうるといった話がありました。C60のようなサッカーボール型ではなく、三角形から成る60面体形です。

Au32
純金?のフラーレンAu32

 その他の元素も、フラーレンのような球状のクラスターを作り得るはずです。たとえば、多くの多面体型クラスターを作るホウ素などは、非常に有力な候補と思えます。

B12
ホウ素の作るクラスターの例

 最近になり、ホウ素のみから成る「フラーレン」の合成が報告されました。ホウ素原子40個が集まって1価の陰イオンとなった構造で、「ホウ素の球体」から「ボロスフェレン」と名付けられました(論文)。合成法は、ホウ素の単体にレーザーを照射して蒸発させ、ヘリウム中で冷却するというもので、このへんは最初のフラーレン合成によく似た手法です。

Borospherene
ボロスフェレン

 ご覧の通り、3員環・6員環・7員環から成る、何でこれが安定なのと思うような構造です。結合の様式についても詳細に議論されていますが、かなり特殊なもののようで、正直筆者にはよくわかりません。

 炭素の一番近い兄弟といえる、ケイ素のクラスターも最近合成されました(論文)。こちらは、Angewandte Chemie誌のVIPに選ばれています。下のような構造で、一見すると何が何だかわかりませんが、ケイ素20個でできた正12面体骨格の表面に、トリクロロシリル基が12個、塩素が8個結合しています。さらに、内部に塩化物イオンCl-が内包されており、これが全体を安定化させるミソになっているようです。これはフラーレンと違い、単結合でできていて芳香族性を持たないので、論文のタイトルは「フラーラン」という言葉になっています。

Si32Cl45

Si32
ケイ素のフラーランSi32Cl45-。下は、見やすいよう塩素を省いたもの

 炭素の正20面体であるドデカヘドランは、合成に30段階近くを費やした難物でしたが、こちらのケイ素版はなんと1ステップで合成可能です。ヘキサクロロジシランSi2Cl6とトリブチルアミン、塩化テトラブチルアンモニウムの混合物を室温で2日間撹拌するだけで、収率27%で得られてくるのだそうです。

 このケイ素フラーランは簡単に、大量に作れますから、今後いろいろ誘導体やらが登場しそうです。このクラスターにどういう性質があるか、他の元素でもこうした球状分子ができないか、この分野の研究はさらに加速しそうです。

天然に存在した意外なもの(2)

 ということで、以前書いたネタの続きです。

 ・珍しい官能基
 天然にはずいぶんといろいろな化合物があり、まさかこんな構造は存在してないだろうと思えるものが、ちょくちょく見つかります。たとえば昔は、三重結合は天然物にはないなどと書かれた本があったものですが、今や下図のようなトリイン構造を持つものも見つかっています。どこかに突き刺さりそうな構造ですが、魚毒性があるのだそうです。ichthyothereolという名前ですが、どう発音したものなのかよくわかりません。

Ichthyothereol
ichthyothereol

 珍しい官能基としては、アジドを含んだ天然物がひとつだけ見つかっているのだそうです。「たゆたえども沈まず」さんでこれを知った時にはたまげました。非常にレアな構造ですが、いったいどのように生合成されているやら、非常に謎です。

azide
アジドを含む唯一の天然物

 同じく不安定で爆発性のある官能基である、ジアゾ基を含む天然物もあります。こちらは総説も出ているくらいで、アジドほどレアというわけではありませんが、やはり珍しい部類ではあります。有名なのは、下に示すキナマイシンでしょうか。

kinamycin
キナマイシンA

 この化合物、最初の論文では下のようなN-シアノインドール型化合物であるとされていました。両者はX線結晶解析でも区別しにくいですし、まさかジアゾ基を持っているとは思わなかったのでしょう。ミスする理由もわかる気はします。

kinamycin_miss
キナマイシンAの当初の推定構造

 ・カテナン
 大きな環どうしが鎖のように絡み合った「カテナン」は、天然には存在しないと思われてきましたが、HK97というウイルスのカプシド(殻)が、複雑に絡み合ったカテナン構造をとることがわかっています。下図のようにタンパク質が6つ集まったものが120個、5つ集まったものが12個ずつ自己集合し、球状の殻を形成するのです。タンパク質780個が、誰に命じられたわけでもなくきれいにまとまるのですから、自然の驚異という他ありません。

HK97
HK97カプシドタンパク質の6量体

 この他、タンパク質の結晶化の際、カテナン構造を形成するケースが知られています。また、人工的に設計したタンパク質でカテナン構造を作った例もあります(こちら)。

 ・ノット(結び目)
 結び目のある分子もいくつか作られていますが、天然のタンパク質にも発見されています。たとえば図に示したアセトヒドロキシ酸イソメロレダクターゼがその一つで、右のほうで環の中をα-ヘリックスが通り抜けているのがわかると思います。

knot
結び目のあるタンパク質

 ・イオン液体
 イオン性物質といえば、食塩に代表されるように通常は結晶性固体ですが、長いアルキル鎖を持っているものなどは液体になることがあります。これがイオン液体で、反応溶媒などとして一時期盛んに研究が行われました(こちら)。そしてこれもまた、天然に存在することが報告されました。面白いことに、2種のアリの闘いによって生み出されます。

 アリにはピペリジンなどの骨格を持った毒性アルカロイドを作るものがおり、火アリ(Fire ant)と呼ばれるものもその一つです。しかしこの火アリは、最近「クレイジーアント」と呼ばれるアリに駆逐されつつあるということです(参考記事)。というのも、クレイジーアントはギ酸を放出することで、火アリのアルカロイド(イソソレノプシンなど)を中和して無効にしてしまうからです。

isosolenopsin
上が火アリの作るイソソレノプシン、下がギ酸

 このギ酸とイソソレノプシンの混合物を人工的に作ってみたところ、固体にならずイオン液体として存在することがわかりました。つまり2種のアリの闘いの際、イオン液体が生成しているであろうということになります。

 有機合成というのは、神様の作り忘れた化合物を作り出す仕事だと筆者は思っていますが、自然の懐はやはり深く、なかなか手のひらの上から出られないものでもあります。「全く新しいもの」はどこにあるのか、それぞれ考えてみてはいかがでしょうか。

今月のお知らせ

 更新の間が開いております。前回の続きを書かねばならんところですが、その前に今月のお知らせなど。

 「子供の科学」4 月号では、「元素選抜総選挙」という実に攻めた感じの特集が組まれておりますが、実は筆者が執筆を担当しております。未来の社会を作る元素はなにか、読者たちの投票で決定する予定です。ノーベル賞の天野浩先生を初めとした、トップ研究者の「推し元素」のコーナーもあります。

 この号には、「KoKa手帳2015」が付録でついていますが、周期表や単位、日本や世界の地理、英単語や拡張子に至るまで、重要な情報がコンパクトにまとまっていて、大人でも重宝する出来です。毎度のことながら、実に侮りがたい雑誌です。


定価は751円也。

 東京化成の「TCIメール」には、「2種類の元素でできた化合物」というマニアな話を書きました。炭素と酸素だけでいくつくらいの化合物ができるものか、ちょっとみなさんも考えてみてください。

 和光純薬の「Wako Organic Chemical News」には、イオン液体の話について書いています。こちらは実用的な話に絞って書いています。

 また、このほど文庫化された喜多喜久氏の「桐島教授の研究報告書 - テロメアと吸血鬼の謎」では、巻末の解説を書かせていただきました。小説の解説など初めてでしたが、楽しく書くことができました。喜多氏といえば、現役の有機化学の研究者であり、化学を題材とした多くの小説を出しておられるので、ご存じの方も多いと思います。本作はどちらかといえば生物学寄りですが、しっかりした本格ミステリで、専門家もそうでない方も楽しめると思います。ぜひご一読を。


表紙はこちら。

 拙著「炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす」の韓国版・台湾版も出版の運びとなりました。ついに筆者もアジア進出です。自分の本なのにさっぱり読めないとか、「改変歴史的元素之王」ってかっこいいなあとか、佐藤健太郎ってハングルだとこうなるのかとか、しょうもないことにいろいろ感心しています。韓国や台湾に友達のいる方は、お勧めいただければ幸いです。

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左が台湾版、右が韓国版

 薬剤師向けのサイト「薬+読」でも連載を行なっており、近く「危険ドラッグの話(2)」が掲載予定です。薬剤師もそうでない方もチェックのほどを。

 その他、中学・高校の化学の教科書に書いたりとか、インタビューして回ったりとか、ラジオに出たりとか、国道ムックに関わったりとか、「図解 武器と戦争の世界史」なるムックに寄稿したりとか、多方面で活動しておりますので、いろいろ生暖かく見守っていただければ幸いです。

天然に存在した意外なもの(1)

 化学者はこれまで、ありとあらゆる手法でさまざまな物質を混ぜ合わせ、自然界にはないたくさんの物質を作り出してきました。プラスチックや各種半導体など、我々の生活を支える物質も、天然には存在しなかったものです。

 しかしやはり自然とは奥深いもので、人間が人工的に作り出したとばかり思っていたものが、実際には昔から天然にも存在していたというケースは少なからずあります。今までにも、本ブログでいくつかそうしたケースを取り上げてきました。中には、人工の医薬品が天然の植物から見つかったと思ったら、実は使いすぎによる汚染のためだった、なんてお話もありました(「たゆたえども沈ます」さんの記事)。

 しかし、どう見ても人工物としか思えない、フッ素を含んだ抗がん剤である5-フルオロウラシルの誘導体が、実際に天然から見つかった例もあります(論文)。やはり自然とは計り知れないものです。

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天然に存在した5-FU誘導体

 フッ素といえば、四フッ化炭素・テトラフルオロエチレン・トリクロロトリフルオロエタン(F2ClC-CFCl2,フレオン113)、ダイオキシン類のような有機ハロゲン化合物も、天然から見つかっているそうです。これこそ人工合成されたものが、環境中で検出されたものではと思うところですが、古い時代の岩石から検出されるなどの理由で、天然のものと判別できるといいます。

organoharogen
テトラフルオロエチレン、フレオン113、ダイオキシン

 ダイオキシンなどは、塩素を含んだ物質を不完全燃焼させればできるわけですから、微量が天然にあっても不思議はありません。また有機フッ素化合物は、火山活動による高熱で、フッ素を含んだ岩石から作られると見られています。

 さらに、天然の岩石から、なんとフッ素の単体(F2)が見つかったという話は、以前本ブログでも取り上げました。条件さえ揃えば、極めて反応性の高いフッ素さえ天然で発生するのだから驚きです。

 このように、天然に単体で存在する元素は他にも数多く知られています。単体硫黄は火山地帯などでよく見られますし、ヒ素も鉱物として産出します(結晶美術館さんの記事)。金属では、金・銀や白金など貴金属が有名ですが、鉄やチタン、亜鉛など比較的イオン化傾向が高いものも見つかっていますし、自然水銀というものもあるのだそうです。鉱山の岩の表面にぽつぽつと浮いているのだそうで、見てみたいですが少々恐ろしい気もする代物です。

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自然水銀(Wikipediaより)

 アルミニウムは酸素と結びつきやすいため、存在量の多さのわりに発見が遅れた元素ですが、意外なことに自然アルミニウムというものも存在するそうです。極めて低酸素の場所で酸化アルミニウムが還元され、生成すると考えられます。ロシアのトルバチク山が数少ない産地で、ここではケイ素・チタン・スズ・タングステンなど数々の元素が、単体として出土するのだそうです。元素の分離・発見に命をかけた18〜19世紀の化学者たちがこの山を見たら、唖然とするに違いありません。

 我らが炭素も、単体として自然界に産出します。よく知られているのは黒鉛やダイヤモンドですが、ロンズデーライトという鉱物も存在します。一見ダイヤモンドに似ていますが、氷の結晶構造と同じ配列をとっています。これは隕石が地球に激突した衝撃と高圧で、グラファイトから生成すると考えられており、ダイヤモンドより硬いとする研究もあります。

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ロンズデーライトの構造

 フラーレンは、黒鉛にレーザーやアーク放電を作用させることで生成する人工の炭素同素体と思われていましたが、これも天然から発見されています。ロシアに産するシュンガイトという炭素質鉱物から、フラーレンが検出されているのです。こうなってくるとカーボンナノチューブなんかもどこかから発見されたりして、などと思ってしまいます。

 長くなりましたので、次回に続きます。

「π造形科学」のこと

 ずいぶん間隔が開いてしまいました。生存報告も兼ねて久々の更新です。最近は、中学・高校の教科書に書いたり、ムックの監修をしたり、ラジオに出していただいたりと、いろいろありまして忙しくしております。

 昨年9月からは、新学術領域「π造形科学」の広報を務めております(Facebookページはこちら)。「π造形」の「π」はπ電子のことでありまして、まあ要するにいろいろなジャンルの研究者が集まり、新しい芳香族化合物の機能を引き出して行こうではないかというグループです。

 といっても、芳香族化合物なんぞは200年近く前からさんざん研究されているではないか、今さらやることがそんなにあるのかと思ってしまうところです。しかしたとえばフラーレンでは、本来平面であるべき芳香族化合物が球面に曲がっていることで、さまざまな可能性が生まれました。これと同じように、いろいろな工夫で芳香族化合物を曲げたりねじったり圧力をかけたりして、π電子の新しい顔をのぞき見てやろうというコンセプトです。

sumanene
曲がった芳香族化合物の一例・スマネン。

 メンバーは今のところ16名で、有機合成で新たな化合物を作るA01班、分子集合体を扱うA02班、理論計算及び計測のプロフェッショナルであるA03班に分かれています。特筆すべきは年齢層で、全員が40代以下という若さです。なので議論もガンガン熱く行われ、先日行われた会議でも休憩時間から風呂の中まで、あちこちで熱心なディスカッションが勃発していました。こうして熱く語るメンバーがおり、話し合える場があるというのは、実に頼もしい限りと感じた次第です。

 その精鋭ぞろいの中で筆者が何をしているかといえば、その先生方のところを回ってインタビューし、「現代化学」誌に記事をまとめて掲載するということをやっています。こちらから、PDFをダウンロードしてお読みいただけます。第一線の研究者に直接話しを伺うのは、これはもう大変ではありますが、非常に刺激的で何より勉強になることでもあります。特に今回は、各ジャンルごとのキャラクターの違いなども感じられて、非常に面白いです。

 まだ半年ほどですが、成果も次々挙がっています。先日ChemASAPに書きました、忍久保洋先生のねじれポルフィリンなどもそうですし、化学反応の瞬間を捉えた足立伸一先生の研究も、先日Nature誌に掲載されました。


金錯体の結合生成の瞬間を可視化した動画

 その他、まだ論文になっていませんが、これがきちんと実証されたら、教科書が書き換わるレベルではないかと思える発見のお話も聞いております。こういう研究を、リアルタイムで間近に見られるのは、サイエンスライター冥利に尽きると感じます。

 π造形という領域は何を目指すのか?もちろん芳香族化合物は、有機半導体、液晶材料、有機EL、太陽電池など、多くの有用な材料に結びつきます。とはいえ、直接に応用を目指すのではなく、その土台となる新しいサイエンスを生み出す方向が、目標になっていくと思います。そのためのメンバー、体制は十分に整っていると感じます。この領域の先行きに、注目をいただきたいと思う次第です。

マイトトキシン全合成は成るのか

 今から5年半ほど前、「最後の怪物・マイトトキシン攻略開始」というタイトルの記事を書いたことがあります。マイトトキシンは、分子量3422、環の数が32、不斉炭素の数が98と、生体高分子を除く天然物として最大であり、かつ最強レベルの毒性(タンパク毒を除く)を持った、まさに怪物と称すべき化合物です。その人工的全合成に、何人かの研究者が挑んでいるというお話でした。完成すれば、化学史上に残る金字塔となるのは間違いありません。

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マイトトキシン。クリックで拡大

 怪物攻略に最も近づいているのは、長らく天然物全合成の第一人者として君臨したK. C. Nicolaou教授です。彼らはすでに、もっと小さなサイズの類縁化合物(といっても十分巨大ですが)であるブレベトキシンA, Bなどの合成に成功しており、これら化合物合成の十分な経験を積んでいます。

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ブレベトキシンB。Nicolaouらが1995年に全合成

 Nicolaouらは1996年ごろからマイトトキシンの合成に取り組み始め、いくつかの小さな部分構造の合成を報告しています。その後一時期、構造に関する疑義などもあって、彼らはこのプロジェクトを再優先のものとしていませんでした。しかし2007年から再度スパートをかけ始め、次々と大きな部分構造の合成を達成しています。そのようすをまとめたのが下図ですが、その馬力たるや実に恐るべしとしか言いようがありません。

Maitosyn
部分構造合成のようす。クリックで拡大。

 2014年には、すでに作った2つの部分構造を結合させ、Q環からA'環までの11の環を含んだ、大きなフラグメントの合成を報告しました。マラソンで言えば、長く苦しい走りの末、ついにゴールの競技場が見えてきたといったところでしょうか。

 ということで、歴戦の名将Nicolaouの猛攻の前に、さしもの最難関天然物マイトトキシンも陥落する日が近いか――と思った矢先、この史上最大のプロジェクトがストップを余儀なくされているという記事が、「ChemistryWorld」誌に掲載されました。原因はといえば、研究資金が尽きたためということです。2012年をもって、このプロジェクトに対するNIH(アメリカ国立衛生研究所)からの資金が、打ち切られてしまったのです。

 Nicolaouはこれに関し、「アルツハイマー症や神経変性疾患の治療薬開発にも結びつく研究であるのに」と、NIHの視野の狭さを非難しています。こうした基礎研究に対する補助が、厳しくなっている事情はあちらも同じであるようです。個人的には、マイトトキシンの完成をぜひ見てみたくはありますので、いま流行りのクラウドファンディングなり何なりで、どうにかできないのかと思えます。

 それにしても、天下のNicolaouが資金不足に悩むとは――。タキソールなど、天然物全合成華やかなりしころに学生時代を送った者としては、時代の変化の激しさに、何やらため息が出てしまう思いがします。

各種お知らせ

いろいろと面白い化合物の発見などの話題があるようなのですが、新年一発目の更新はお知らせを。

先月発売しました「化学で「透明人間」になれますか? 人類の夢をかなえる最新研究15 (光文社新書)」、ぼちぼちと読了の報告が届いております。自分で言うのも何ですが、読みやすくて面白い本であります。ただ、スペースの関係ですとか、構造式を羅列すると敬遠されるかという思いから、登場する化合物の分子構造はあまり載せておりません。



と、なんといつもお世話になっております「生活環境化学の部屋」主宰の本間善夫先生が、この本に出てくる分子の紹介ページを作ってくださいました。こういうことは自分でやらねばいかんのですが。もしこの本を見て「どういう分子なんだろ」と思ったら、こちらをご参照いただければ幸いです。

また1月24日には、その本間先生の主催されている「サイエンスカフェにいがた」にて、一席ぶってまいります。といっても今回は化学の話でなく、国道のお話になります。各国道巡りのお話、さらに地元新潟の国道いついても、いろいろと語ってくる予定でおります。お時間のある方は、ご来訪いただければ幸いです。お申込み方法や場所などは、こちらのページにて。

poster
カフェのポスター(クリックで拡大)

もうひとつ、こちらでは告知を忘れておりましたが、「マイナビ薬剤師」内の読み物コンテンツ「薬+読」にて、薬に関するエッセイの連載を始めております。タイトルは「佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ」。この他にも、特に薬剤師さんには有用なコンテンツがたくさんありますので、ご覧になってはいかがでしょうか。

ということで2015年も、よろしくお願いいたします。

墓碑銘

 さて更新の時間が取れずにいるうち、いつのまにか大晦日を迎えてしまいました。年末でもありますので、今年亡くなった化学者の追悼記事をひとつ書いてみます。

 やはり驚いたのは、Carlos Barbas教授でしょうか。まだ若手といってもいい年齢の、49歳での逝去でした。プロリン触媒による不斉アルドール反応の報告は世界に衝撃を与え、有機触媒のブームを巻き起こすきっかけともなりました。これから有機化学、分子生物学の世界を牽引していくべき人材だったと思いますが、実に惜しいことをしました。

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プロリン触媒アルドール反応

 日本では、北澤宏一先生(東京都市大学学長)が亡くなられました。新聞では福島原発事故の民間事故調査委員長として報道されていましたが、我々としては高温超伝導の研究者として、また科学技術振興機構(JST)の理事長などとしての活躍で、なじみの深い先生でした。

 細野秀雄先生の著書「好きなことに、バカになる」には、2008年の鉄系超電導体発見の際のエピソードが明かされていました。これによれば、細野先生は当初、鉄を基礎とした超電導体の発見を、そう大したことだと思っていなかったのだそうです。ただ、JSTの予算のもとで行った研究であったため、理事長であった北澤先生に「一応報告」したところ大変に驚かれ、その時ちょうど腰を痛めていたにもかかわらず、発表などの手はずを全て整えて下さったとのことです。いろいろと面白いエピソードと思いますが、こういう目利きの方がトップにいたことは、実に重要なことなのだなと思わされます。まだまだ活躍できる71歳という年齢での逝去が、残念でなりません。

 こうして、若くして亡くなられた例はどうしても目につきますが、実は化学者にはかなり長命な方が多いようです。筆者が以前東大理学部化学科の教授を調べてみたところ、70歳以下で亡くなった人は1人だけで、他は98歳まで生きた柴田雄次教授を初めとして、長寿を保った人が多いようでした。

 井口洋夫先生もその一人で、今年3月に87歳で他界されました。有名なのは、1954年に赤松秀雄教授らと共同で発表した「有機半導体」の研究でしょう。ペリレンのような多環性芳香族化合物に、臭素やヨウ素などを作用させることで伝導度が劇的に向上し、半導体としての性質を示すことを発見したのです。

perylene
ペリレン

 この研究は、現在まで続く有機エレクトロニクス研究のさきがけとなったものであり、その意義は重大です。この分野の現在の隆盛を思うとき、井口先生にはノーベル賞の資格が十分にあったのではないかと思えます。


 ということで、筆者も健康に気を配りつつ、来年も頑張っていこうと思います。みなさまよいお年を。
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