有機化学美術館・分館

HP有機化学美術館のブログ版。タイムリーな話題,短いテーマをこちらで取り上げます。

2009年01月

血液型を決める分子

 昨年のベストセラーランキングは、血液型の本が上位を独占したそうです。根拠はない、日本だけでしか通じない(最近はアジア圏にも広がりつつあるそうですが)といわれ続ける血液型性格判断ですが、やはり根強いのですね。渾身の力を込めて書いた筆者の本(→)はこの100分の1しか売れていないと思うと、なかなか悲しいものがあります。

 科学的・統計的に血液型性格判断が当てにならないのは、昔からずいぶん言われていることではあります。最近では 大槻先生の本ですとか、アルファブロガー小飼弾氏のブログでもずいぶん力説されています。

 筆者自身はどうかといいますと、まあむきになって全面否定する気もないけれど、あまり信じる気にはなれないなというところです。理由の一つは、自分自身が最もよい反例だからです。こんなずぼらで面倒くさがりで片付け下手の男がA型であってたまるか、と自分で思うからです(笑)。B型・O型・AB型ならまだ重なるところはありますが、A型だけはどう間違ってもあてはまるところはなさそうです、我ながら。

 もうひとつの理由は、血液型の決まる仕組みを勉強してみると、あまりこれが性格に関与するとは思えなくなってくるからです。ABO式血液型という概念がこれだけ広まっていながら、あまりこの仕組みは知られていないように思いますが、実は単純な分子レベルで血液型は決まっているのです。赤血球の表面にたくさん突き出ている、「糖鎖」がその鍵です。その名の通り、グルコースなどの糖が、鎖状につながった分子です。

 ABO式血液型を決めるのは、下図のような「スフィンゴ糖脂質」と呼ばれる化合物です。
 血液型
ご覧の通り、O型の赤血球には5つの糖が連結しており、A型にはそこにN-アセチルガラクトサミン、B型にはガラクトースという糖がくっついているというだけの違いです(AB型は、A・B両方の糖鎖を持つ)。

 特にA型とB型は、オレンジ色の丸で囲んだ部分がAcNHかOHかだけの違いです。さらに言えば、赤血球表面の糖鎖のうち、ABO式血液型を表すものはたった0.8%だそうです。また他の細胞表面にあるタンパク質類も糖鎖を持っているものが多く、赤血球の糖鎖だけが特別視される理由はあまりないように思えます。その0.8%の分子のたった1ヶ所だけが変わっただけで、本当に性格が几帳面になったりずぼらになったりするか……といえば、あまりならないだろうなと筆者は思うわけです。もっと性格に関与しそうなファクターは、他にいくらでもありそうなものです。

 まあ血液型の本を買う人は、占いが理論的に正しいと信じているから買っているのではなく、占いが好きだから買っているのであって、これを科学的に否定してもあまり意味はないのだろうなと思います。残念ながら、これは筆者には理解しかねる心理ではあるのですけれど……。

今月のお知らせ

恒例の今月のお知らせコーナー。

東京化成のニュースレター「TCIメール」では「分子の世界のギネスブック」第2回が掲載されております。もう皆様のお手元にも届いている……と聞いております(筆者の元に来ていないのでわからないのですが)。もうすぐWeb版も読めるようになるのではと思います。実験中のコーヒーブレイクなどにお読みいただければ。

また、現在発売中の現代化学2月号では、注目の天然物コルチスタチンの全合成について取り上げております。
コルチスタチン
(コルチスタチン)

 それほど複雑な化合物というわけではありませんが、なかなか多彩なアプローチがなされていて、見比べると見応えがあります。まあ相変わらず偉そうな評論などしていておりますが、ご覧いただければ幸いです。

 その他には何の仕事をしているかといいますと、近く顔を出す仕事が入りそうになっておりますので、具体的に決まり次第ここでお伝えします。お楽しみに。

 その他、製薬業界に関する本と、歴史と化合物の関わりについて語る本を書き下ろしております。資料集めなどいろいろ苦しんでおりますが、何とか早めに皆様のお手元に届くよう頑張りたいと思います。

 資料として「ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実」や、「新薬誕生―100万分の1に挑む科学者たち」「医薬品業界生き残り地図」 なんて本を読んでおりますが、改めて日米でずいぶん環境が違うこと、しかし特許切れの足音が忍び寄り、2010年問題が目の前に迫って状況は厳しくなる一方であるのは同じなのだな、と再確認しております。最近のFDAときたら、何一つ通さないという感じすらありますし。

製薬業界がどう変わっていくか、どう生き残るのか。この道をドロップアウトした筆者としては、外野席からじっくりと注目させていただきたいと思っております。

高校生への指導

 スーパーサイエンスハイスクール(SSH)という制度をご存知でしょうか。文部科学省が指定した、科学技術や理科・数学教育を重点的に行う高校のことだそうです。指定された学校にはかなりの予算がつき、科学関係施設の見学やら、各種特別授業などが実施されるそうです。

 筆者の出身高校も、現在そのSSHに指定されております。で、縁ありまして、来年度からその特別実験を手伝わせていただくことになりました。放課後の時間5回分くらいで、ある程度高校生の枠を超えた高いレベルの実験をやらせてほしいという希望をいただいております。

 というわけでテーマは何がいいか、いろいろ考えております。バイオ燃料を作るというのは面白そうですが、結構他でもやられているそうで、できれば手垢のついていないテーマがよいかなと。

 ペプチド合成くらいであれば比較的簡単な施設でも実施可能だとは思うのですが、これだとこちらが一方的に教えるだけのルーチンワークに近い実験になってしまいそうです。できれば本人たちの工夫で成功に導けるようなものがよいと思っています。

 ポリマー合成なんかはわりによさそうで、PETを作って冷延伸法なんかをやれると、それなりに面白そうではあります。できればブドウ糖から乳酸を作って、そこからポリ乳酸を作り、生分解性を調べるなんてことができると非常によさそうですが、なかなか難しいでしょうか。

 ということで、「こんなことをやってはどうか」というアイディアを募集させていただきたいと思います。採用させていただいた方には、「創薬化学カレンダー」(過去エントリ参照)をプレゼントいたしますので、ぜひよろしくお願いいたします。またこうした指導・講演などご要望がありましたら受け付けますので、satoorg-chem.org(@を半角にして下さい)までご連絡よろしくお願いいたします。

タミフル、デンドリマー、そして切腹分子

 さて最近の論文から3題。

タミフルの供給不足が懸念される中、その合成に関して現在多くの化学者が取り組んでいます。だいぶ以前に本館でも取り上げましたし、現在発売中の現代化学1月号でも最近の成果の紹介記事を書かせていただいております。

f14be8d3.gif
(タミフル)

これまでの合成では最短でも8段階、総収率は40%台がベストでしたが、このほど東京理科大の林雄二郎教授のグループが、総収率57%という素晴らしいルートを報告しました(こちら)。
反応工程数としては9段階ですが、ワンポットで3段階ずつの反応を行っているため、実質3段階(!)といってもいいでしょう。林研究室が長年取り組んできたプロリン誘導体による触媒反応が有効に生かされた、素晴らしい合成です。すでに多くのブログでも取り上げられていますので、そちらも参照下さい。

 さて次はデンドリマーの話題。フラクタル的に分岐して巨大な球状分子になるデンドリマーですが、このたび37個の枝を持つ超巨大分子の合成が報告されました(こちら)。末端には19683個のフェロセンがぶら下がっており、分子式はC934893H1495830O49203Si49203Fe19683、分子量は1600万という怪物分子です。筆者の知る限り、これまで化学合成された最大の分子は分子量38万ほどだったので、いかにこれが桁外れであるかおわかりいただけると思います。

 そして3題目は、ベルギーのグループから報告された、その名もなんと「切腹分子(Seppuku molecule)」。DNA鎖の端にルテニウム錯体がぶら下がった構造をしており、光反応によってルテニウムがDNAの「腹」に突き刺さり、その機能を停止するというものです。まあ切腹といえば切腹ですが、これが論文の題名になっているのが驚きです。

「切腹」なんて言葉が通じるのかなと思っていたら、各国語のWikipediaに記事があるのですね。Tsunamiなんかと同じく、国際語になっているようです。ある意味、これは日本人のセンスからは出てこないネーミングですね。

というわけでとりあえず3題。今年もどうやら化学の話題には事欠かないようです。

アセトニトリル・クライシス

みなさま明けましておめでとうございます。11年目を迎えました有機化学美術館を、本年もどうぞよろしく。

さて初っぱなから明るくない話題+若干大げさな題名で恐縮ですが、先日メルマガの方でもちょっと書きました通り、現在重要な溶媒であるアセトニトリルの供給が止まり、在庫なども底をつきつつあるようです。
アセトニトリル
(アセトニトリル)

アセトニトリルは図の通り、わずか6原子から成る非常にシンプルな化合物ですが、融点・沸点が手頃で(それぞれ-45度・82度)、溶解力も強いので溶媒として重要です。DMFやDMSOと並んで、非プロトン性極性溶媒の代表的存在といっていいでしょう。
DMFDMSO
(N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO))

アセトニトリルの供給不足は、現在世界を襲う大不況が主原因のようです。筆者も知らなかったのですが、アセトニトリルはアクリロニトリル生産の副産物であるそうです。アクリロニトリルは下記のように、鉄-モリブデン酸化物を触媒とし、アンモニアと酸素をプロピレンに作用させて合成しています(ソハイオ法)。

CH3-CH=CH2 + NH3 + 1.5 O2 → CH2=CH-C≡N + 3 H2O

この反応の際に数%アセトニトリルが副成するので、これを蒸留して得ていました。大量生産されるアクリロニトリルの副産物であったため、安く供給されていたというわけです。
アクリロニトリル
(アクリロニトリル)

ご存知の通り、現在自動車産業は危機に瀕しており、各社の生産ラインが大幅に縮小されています。このため車の内装に用いられるABS樹脂も生産を縮小、その原料であるアクリロニトリルの製造もストップし、あおりを食ってアセトニトリルの供給までが止まった、という構図のようです。風が吹けば桶屋が儲かる式の話ですが、こんなところに影響が及んでくるものなのですね。

反応溶媒に用いる場合なら、まだDMFやDMSOなど他の溶媒で代用も利きそうですが、困るのはHPLC(高速液体クロマトグラフィー)に用いる場合です。アセトニトリルは水と自由に混和し、UVの吸収もありませんので、HPLCの溶媒として最も汎用されるものです。他の溶媒で代用できるケースもあるでしょうが、過去のデータと比較ができなくなるのは困りものです。そういう意味では、化学屋よりもむしろ生物系に影響が大きい話なのかもしれません。

90年代には、オゾン層破壊のためにジクロロメタンが使用禁止になるという話が流れ、化学者があわてたことがあります。この時、D.P.Curranらが、「ベンゾトリフルオライド(BTF)という溶媒がジクロロメタンの代用として使える」という論文を発表して注目を集めました。筆者も早速注文して使ってみたのですが、高いのは会社の金なのでまあいいとして(ぉぃ)、極性の高い化合物がまるきり溶けないという驚くべき弱点が発覚し、結局ほとんど使わずじまいだったことがありました。やはり長い歴史の中で選ばれてきた溶媒は、そう簡単に代用が利かないのだな、と思ったものです(なおジクロロメタンは、その後も別に使用停止にはならず、今でも購入が可能です。オゾン層破壊もこの化合物に関してはほとんど心配ないと聞いたこともあるのですが、実際どうなのでしょうか)。
BTF
(ベンゾトリフルオライド)

とはいっても、アセトニトリルがないものはどうしようもないので、何か他の手を考えなければなりません。うちではこうしている、といったアイディアがあったら皆で共有したいと思いますので、コメントなどいただければ幸いです。

しかしこの不況が長引けば、さらに他の製品にも影響が及ぶ可能性が出てくるでしょう。以前書いたように、例えばアセトンも樹脂原料などとして重要なフェノールの副産物ですから、こちらにも危機が及ぶようなこともあるのかもしれません。有機合成屋としては、アセトンの供給が断たれてしまうとかなり問題だと思いますが……。他にも、意外な形で重要な溶媒や試薬が手に入らなくなったり、高騰したりといったことも起きかねません。
actone
(アセトン)

まあ今の世界経済を襲う事態を見れば、溶媒のひとつやふたつで済むならまだいい方だともいえそうです。さて2009年の世界は、一体どこへ向かうのでしょうか。
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