有機化学美術館・分館

HP有機化学美術館のブログ版。タイムリーな話題,短いテーマをこちらで取り上げます。

2009年03月

世界で一番硬い物質

 この世で一番硬い物質といえば何か――という質問をすると、恐らく小学生でも「ダイヤモンド」という答えが返ってくるでしょう。しかしどうやらこの常識が、崩れる時がやってきたようです。

 ダイヤモンドの結晶が、炭素がどこまでも3次元的につながったネットワーク状の構造であることは有名でしょう。強力な炭素-炭素結合で全体がつながっているため、非常に強靱な構造なのです。

 氷の結晶構造も、水分子が水素結合を通して網目状になった構造で、一見ダイヤモンドとよく似ています。しかし実は、両者は少々違うものなのです。
氷
(氷の結晶構造)

 ダイヤモンドは、下左図のような「アダマンタン」と呼ばれる基本構造がどこまでもつながったものです。しかし氷の方は下右のような構造が基本単位です。シクロヘキサンの上にもう一つのシクロヘキサンが、3点着陸した形です。アダマンタンは全てがいす型シクロヘキサンでできているのに対し、氷は舟型も含まれているのが特徴です。
アダマンタンアイサン
(ピンク:アダマンタン、水色:アイサン)

この水色の方の構造を炭化水素で作ったものを「アイサン」(iceane)と呼びます。もちろん氷を意味する「ice」からつけられた名称です。ただしこの名称は不適当で、「ウルチタン」(wurtzitane)とすべきだという意見もあります。

このアイサンは1965年、L. Fieser(有機試薬の解説書Fieser&Fieserで有名)によって命名されましたが、実際の合成は1974年C.Cupasらによってなされました。どうやって合成したか、考えてみるのもよいトレーニングになるでしょう。

 さてこのアイサン構造を3次元的にどこまでもつなげていく、すなわち氷の構造を炭素に置き換えたものも、理屈の上では存在しうるはずです。実際に、いくつかの隕石からこの物質も発見されています。恐らく隕石落下の衝撃で、含まれていたグラファイトが強烈に圧縮されてできたものと考えられています。
ロンズデーライト
(ロンズデーライト、画像はWikipediaより)

この物質は結晶学者キャサリン・ロンズデールの名を取って、「ロンズデーライト」と名づけられています。ただし天然からは顕微鏡で見るほどの小さな結晶しか得られておらず、詳しい性質は調べられていませんでした。

最近になり、この物質は計算上ダイヤモンドの1.6倍ほど硬いことが示されました。長年「最も硬い物質」として君臨してきたダイヤモンドが、ついにその王座を譲り渡す時がやってきたわけです。

ダイヤモンドはその硬度を生かし、様々な工業的応用がなされています。ロンズデーライトも自由に作れるようになれば、非常に多彩な用途が拓けるはずですが、今のところこれは実現していません。今後合成に向けた研究が本格化するのではないでしょうか。

それにしてもグラファイト・無定形炭素・ダイヤモンド・フラーレン・ナノチューブなどなど、炭素の作る物質のなんと奥深いことでしょうか。この最も身近な元素には、まだまだ未知の可能性が眠っていそうです。

放送終了

「ビーバップ!ハイヒール」は無事放送されたようです。というのはこちらからでは見られないし、DVDもまだ来てないんで、どこがどう使われたかさっぱりわからんからです。ぼちぼちやってくる感想によって、アレが放映されたんかorzとかいう情報が断片的に入ってくるという、本人的に非常に気持ち悪い状態です(笑)。
 まあテンションが低いだの声が小さいだの言われてるわけですが、一言こちらからも言わせていただくとすれば、

な ら 自 分 が 出 て み ろ


 ってことですね。あのねえ、あんな照明当てられてスタッフに囲まれて有名芸能人が居並ぶ前でべらべらしゃべれる人間がいたら、どっかおかしいですよ。学会発表やらでけっこう場数を踏んでいたおかげであまり緊張はせずにしゃべれたんで、それだけでも自分では大したもんだと思ってたんですが。生粋の関東人である俺にテンションとか言われても、そんなもん知るか!っちゅう話ですよ。

ま、もちろんいい経験にはなりました。尊敬する筒井康隆氏にHPをおほめいただいたときには「我が生涯に一片の悔いなし!」と思いましたし(本来そこでうまく話に乗っていくべきだったんでしょうが、そんな余裕はありません)。

とりあえず今回は自分なりに頑張りましたが、結果はあんなもんということで。またこういう機会がもしもあったら、その時は経験を生かしてもうちょっとマシな話ができるようにしたいと思います……。

今月のお知らせ

面倒な確定申告を終え、ようやく本業復帰です。

さて例の「ビーバップ!ハイヒール」は、いよいよ19日23時17分放送となります。こちらでは見られませんし、どこがどう編集されたか今のところわからないので、出演した本人としては大変隔靴掻痒な感じです。番組サイトで予告編映像など見られますが、筆者の写真が大変アレな感じなので直リンはあえて張りません。ま、端から見るとあんな顔なんでしょうけど、本人的には結構ブルーです。

現代化学4月号では、タンパク質の化学合成について書いております。NCL法という技術、実は筆者もあまりよく知らなかったのですが、応用範囲が広く要チェックな手法です。ぜひご覧下さい。他にも分子ナノマシン、大麻の化学など興味深い記事満載でございますので。

その他個人的な近況としては、MacBookなど買い込んで久しぶりにMacユーザー復帰を果たしました。知らないうちにトラックパッドが進化していたりして、そのうちマウスの時代でもなくなるのかなあと感慨もひとしおです。

あと、4月からちょいと環境が変わりそうなのですが、こちらはまたおいおいご報告いたします。

ということで。

千円DNA

確定申告と原稿の〆切に追われてますが、ちょっと更新。
冗談で作ったものが意外に受けたので。一応オリジナルのつもりです。
千円DNA

もちろん切り込みは入れてません。見慣れたものが見慣れない形になっていると、人間妙にぎくっとするもので。

お札の折り紙というのは一ジャンルをなしていまして、こんな本もあったりします。世の中、いろんなことを考える人がいるものです。

武田・TAK-242開発中止

 武田薬品が日米欧にて臨床試験を進めていた、重症セプシス治療薬・TAK-242の開発を中止すると発表しました(参考:薬作り職人のブログ様)。セプシスは「敗血症」と訳され、細菌感染によって全身が炎症反応を起こしてショック状態になる、非常に重篤な病状です。

TAK-242は細菌の侵入によって伝達されるシグナルを抑制し、過剰な炎症反応を起こすことを抑える化合物です。武田では開発中止に至った原因を「有効性と安全性に起因するものではない」としており、どうやら開発コストの問題であったようです。

TAK-242
 (TAK-242)

詳しく調べたわけではないのですが、TAK-242は2005年7月にFDAから「ファスト・トラック指定」、すなわち優先的に審査を受ける化合物に指定されたとあります。しかしそこから3年半を経ても試験は決着せず、今回の結末を迎えることになりました。
医薬品の特許期間は基本的に20年間と決まっており、この期間を過ぎると他社が同じ構造の医薬を作って売り出すことが可能になります(いわゆるジェネリック医薬)。おそらく武田としてはこれ以上臨床試験が長引くと利益の回収が不可能になると判断し、泣く泣く撤退に踏み切ったものと思われます。

特にアメリカでは最近、臨床試験の長期化が顕著になっています。第一三共のプラスグレルは超大型医薬になると期待されている製品ですが、つい最近ようやくヨーロッパでは承認されたものの、アメリカではいまだ承認が下りていません。
プラスグレル
 (抗血小板剤プラスグレル)

またエーザイが開発している、海洋産物ハリコンドリン由来の抗癌剤E7389も期待を集めていますが、これもずいぶんと待たされたままです。この化合物は50段階以上を要する全合成で供給されており、合成技術的には驚異的なことをやっているのですが、これが薬にならないとなると、研究者としては相当に切ないものがあります。
E7389
 (抗癌剤・E7389)

FDAが新薬承認に慎重になっている背景には、COX-2阻害剤の薬害事件が大きく影響しているようです。メルク社の発売した消炎鎮痛剤「ロフェコキシブ」は胃痛などの副作用が少ない安全な医薬と思われていたのですが、大規模試験の結果心臓疾患を引き起こす率を上昇させることが判明しました。これによって3万件近い訴訟が起き、メルク社は5300億円もの和解金を払って決着することとなりましたが、この件が製薬業界に与えたダメージは計り知れませんでした。

この件以来、臨床試験の例数を増やし、希少な副作用についても調べることが義務づけられ、試験の長期化・高コスト化に結びついていると思われます。さらに医薬のターゲットとなりうる標的タンパク質の枯渇がダブルパンチとなり、製薬業界は2010年問題にあえぐこととなってます。

医薬は人命に直結するものですから、審査に慎重を期するのは当然のことではあります。しかしそのためにTAK-242のような、多くの患者の生命を救いうる薬が命脈を絶たれるのは大いに問題であると思います。このままの傾向が続けば、20年という特許期間の延長でもしなければ、今後新薬は本当に生まれなくなるかもしれません。医療費抑制の大義に反することになるので、これは難しいところでしょうが……。いずれにせよこれは、根の深い問題であるとはいえそうです。

30万Hit&週刊ダイヤモンド掲載

昨日2月28日で、当ブログは30万ヒットに到達したようです。みなさまご愛読ありがとうございますm(__)m。3年弱での到達ですが、最近アクセスも増えていますので、今年中に40万か50万まで行けるかもしれません。こんな週1度更新するかどうかのブログにまめに足を運んで下さるみなさまに感謝申し上げる次第です。

また、週刊ダイヤモンド2月28日号「ブログが変えた口コミPR」という特集で、分野別人気ブログにこの「有機化学美術館・分館」が取り上げられていたようです(「生活環境化学の部屋」の本間先生に教えていただきました。ありがとうございました)。といっても名前が載っているだけで、特別コメントや写真などがあるわけではありませんが。

「学術・芸術」というジャンルで、12サイトが取り上げられている中の一つなのですが、他はほとんど芸術系のブログで、学問系は2〜3しか入っていないようです。学術ブログなら、筆者のところなどより「kikulog」「NATROMの日記」「カソウケン」あたりの方がアクセス数も影響力もよほど上だと思うのですが、何でまたうちなんであろうか、とちょっと不思議です。あるいはタイトルのせいで芸術系ブログと勘違いされたのかもしれません(笑)。まあとりあえず光栄なことではあります。

ブログによる新しいPR手段というのが特集のテーマのようですが、何もPRできてませんけどね、ここでは。せいぜい本の紹介くらいですが、一声数百部のアルファブロガーの皆さんなどと違い、筆者のところではたいてい2〜3冊、多くて20冊程度しか売れていません。どう考えても日本経済にはメチル基1個分ほどの寄与もしていないと思うのですけれど。
MeOTf
 (強力なメチル化剤・メチルトリフレート)

まあこのブログにもそれなりの使い方があるのかもしれませんので、ぼちぼち考えていきたいとは思っております。ということで皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Nature Chemistry第1号論文登場

「Nature」といえば、「Science」「Cell」と並び、世界で最も権威の高い学術誌であることは有名と思います。多くの歴史的発見が「Nature」誌を舞台に発表され、科学の進歩に大きな寄与をしてきました。

「Nature」誌からは、近年多くの姉妹ジャーナルが発刊されており、その多くは登場すぐにその分野のトップジャーナルの座を獲得しています。Nature Medicine・Nature Biotechnology・Nature Immunology・Nature Geneticsなどは、いずれも20以上のインパクトファクターを叩き出しており(JACSのIFは7〜8前後)、Natureブランドの圧倒的強さを見せつけています。

Nature姉妹誌は総説誌を含め30近くにも上っていますが、「Chemical Biology」や「Materials」があるにも関わらず、なぜかこれまで化学分野の専門誌は登場していませんでした。しかし今年4月、ついに「Nature Chemistry」が満を持して登場することになり、これによって化学分野ジャーナルの勢力分布図は大きく変わるのではと注目を集めています。
カバー
 (Nature Chemistry誌)

筆者は個人的に、この雑誌の第1号論文を誰が取るかを注目していました。当然ハイレベルな論文が集まることになるでしょうが、中でも創刊号巻頭に載る論文は、同誌の今後の方向性、さらに少々大げさに言えば、化学の今後進む道を示す歴史的なものになるだろうと思ったからです。

そしてその第1号論文が、このほど創刊に先駆けて先行発表となりました。トップを切って掲載されたのは、嬉しいことに日本からの論文でした。東京大学・藤田誠教授の、「Minimal nucleotide duplex formation in water through enclathration in self-assembled hosts」(自己集合ホスト内における包接化による水中での最小ヌクレオチド二重鎖の形成)がそれです。こちらに日本語の要約があり、現在本文が無料ダウンロード可能になっています。

藤田教授はこの分野ですでに何度もNature本誌への登場を果たしており、文句なしの世界的第一人者です。そして実のところ、氏の研究の原理は極めてシンプルで、「孤立した空間の中で起こる特異な反応の追究」という一言に尽きます。絶海の孤島に流れ着いた人間同士に普通では生まれない人間関係が生じるように、外部空間から切り離された分子同士にも通常起こらない反応が起こるのです。そしてこの原理は、シンプルであるがゆえに極めて強力でもあります。

こうした化学は1980年代からD. J. Cramらによって推し進められてきましたが、このころは十分な大きさの孤立空間を作れるかご状分子ができず、複雑な反応は試せませんでした。しかし藤田らは、よく設計された配位子と金属イオンを混合することで大きなケージ状分子が自動的に生成する(自己組織化)を見出し、この内部空間で起こるユニークな反応を次々と報告しています。いわば1組の分子だけを閉じこめて反応させる、ナノサイズのフラスコといえます。
24ケージprism
(藤田らの開発したケージ状分子)

今回の報告では、DNAの構成単位となる核酸塩基同士を混合し、ケージ内で水素結合による塩基対ができることを確認したというものです。DNAのように長い鎖では、水素結合できる箇所が増えるため安定なペアを形成しますが、このような極めて短い核酸塩基は水中で安定なペアを作れないとされていました。孤立空間の特異な性質がここに表れたものと考えられます。

塩基対
 (形成された塩基対)

 Nature Chemistry誌の第1号に、全合成でも新反応でもなくこの論文が選ばれたのは、こうした「ナノフラスコ内の反応」が、今後の化学を先導する指導原理になりうると考えられたためではないでしょうか。ともあれ、同誌とこの分野の化学の今後に大いに注目したいところです。
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