platensimycin

 コレラ・赤痢・食中毒など、多くの病気が体内に入り込んだ細菌によって発症します。当然それらの病気を治療するためには病原菌をやっつける必要があるわけですが、まさか消毒液をそのまま飲むわけにはいきません。次亜塩素酸(いわゆる「塩素」)やフェノール系などの消毒剤は細菌だけでなく人間の細胞にも作用し、これを破壊してしまうからです。

 こんな時に頼りになるのが「抗生物質」です。これらは人間の体には作用せず、細菌だけをやっつけてくれるという非常に都合のよい性質が備わっているからです。なぜそううまく行くかといえば、抗生物質は細菌だけが持っていて人間が持っていない酵素を攻撃し、その働きをストップしてくれるからです。

 例えばペニシリンは、細菌の細胞壁を合成する酵素に結合し、その働きを阻害します。動物の細胞には細胞壁というものがありませんから、ペニシリンは人間の細胞には何の作用も及ぼさず、細菌だけを殺してくれるわけです。

 しかし細菌もさるものであり、抗生物質に対抗する仕組みを持った「耐性菌」が次々に現れ、医療の現場で大きな問題となっています。耐性菌が出現するたびに、異なるメカニズムで細菌を殺す新しい抗生物質が投入されますが、その壁も次々に破られています。最後の切り札と思われていたバンコマイシン、さらに新しいリネゾリドの防壁もすでに突破されており、これらの耐性菌が本格的に蔓延し始めればもはや人類の側に打つべき手はないというところまで状況は切迫しています。新薬探索の努力は絶え間なく続けられていますが、今までと全く違う仕組みの画期的な抗生物質などというものはそうそう見つかってくるものではありません。

 こうした状況の中、久々に新しいメカニズムの抗生物質が発見されたという朗報が届きました。メルク社のチームが発見した「プラテンシマイシン」(platensimycin)という化合物がそれです(最上段の図)。25万以上の化合物をテストした中から見つかってきたもので、南アフリカの土壌に住むStreptomyces platensisという細菌が作っていた化合物だということです。

 プラテンシマイシンは、細菌の脂肪酸合成を行う酵素(FabF)の働きを止めることでその作用を現します。動物も脂肪酸を合成していますが、細菌とは異なるシステムですので動物細胞には影響がありません。こうした機構の抗生物質はこれまでに用いられておらず、病原菌に対して全くの新兵器となりうるわけです。

 プラテンシマイシンが実際の臨床の場に投入されるまでにはまだまだ様々な関門をくぐらなければなりませんが、今のところ動物実験でも大きな問題は出ていないようなので、将来有望な化合物といってよさそうです。同社ではメカニズム的に見てプラテンシマイシンには耐性菌が発生しにくいと考えているようで、事実なら感染症医療において久々の福音でしょう。また今後この新しい有望な標的・FabFを狙う薬剤や、さらに強力な誘導体の合成探索など、世界の製薬企業による激しい競争が開始されることになりそうです。

 天然物からの創薬には、こうした思わぬ新しいメカニズム、人間が頭で考えていたのでは決して出てこないような複雑多彩な化合物が見つかってくるところが大きな魅力です。こうして見つかった薬には、高脂血症治療剤や免疫抑制剤など医療に大きな進歩をもたらしたものが数多くあり、その人類に対する貢献は計り知れません。

が、実は近年、こうした天然物からの医薬の探索という手段は大きな曲がり角にさしかかりつつあります。このあたりに関しては、また項を改めて書くことにしましょう。

Nature 2006, 441, 358 J. Wang et al.

(関連リンク)

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