天才の存在というものは、この世界の大きな謎です。学問、芸術、音楽、スポーツなど、ずば抜けた能力を持つ彼らの頭脳の中にはいったい何があり、どんなことが起こっているのか。その秘密に少しでも迫ることができるなら、我々凡人も少しでも彼らに近づくことができるかもしれない――。天才を生み出すメカニズムが人々の興味を引くのも、まず当然のことといえるでしょう。
さて以前「プリン体の話」という項目で、痛風という病気のことを書いたことがあります。食べ物に含まれるプリン体が体内で代謝されてできる「尿酸」という物質が関節にたまることによって起こる病気であり、ぜいたくな食生活の産物と考えられている――と。そして痛風に苦しめられた歴史上の人物として、アレクサンダー大王、神聖ローマ皇帝カール5世、フランス王ルイ14世、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ゲーテ、ニュートン、ダーウィンといった著名人達の名を挙げました。
しかしこの顔ぶれをよく見ると、ぜいたくをした人物というよりも、歴史的天才達のリストという方がふさわしいようにも見えます。アレクサンダー大王は世界史上屈指の軍事の天才ですし、カール5世・ルイ14世はそれぞれハプスブルク王朝・ブルボン王朝の最盛期を築いたことで知られる、ヨーロッパ史上でも非常に傑出した君主です。ミケランジェロからダーウィンの5人は言うまでもないでしょうが、この他にもダンテ・クロムウェル・スタンダール・モーパッサンなど数々の天才達が痛風に苦しんだと言われています。
さらに近年になり、統計的に社長や大学教授に痛風持ちが多いこと、IQの高い人のグループを調べたところ尿酸値の高い人が通常の2〜3倍の割で多くいたことなどが明らかにされ、どうも尿酸の量が知能の高さとリンクするのではないかということが言われ始めました。 面白いことに、サルやネズミなどの多くの哺乳類は「尿酸オキシダーゼ」という酵素を持っており、体内で発生した尿酸を分解してしまうのですが、人間はこの酵素を持っていないのだそうです。進化の過程で人間は尿酸を貯め込むようになり、その結果他の動物にない高い知能を獲得した――と考えればうまくストーリーがつながってしまうわけです。
ところがこの説は一時期「いかがわしい科学」とされ、一切研究がなされない時期が続きました。これは男性の方が女性より平均的に尿酸値が高いことがわかり、男女差別につながるという女性団体からの反発があったためといわれます。実際痛風の発症率はほぼ20:1と、圧倒的に男性に多い病気であるのは事実です。しかし何も尿酸で人間の全てが決まるわけでなし、そこに怒っても仕方がないだろうと筆者などは思ってしまうのですが。
ちなみにこの「尿酸=天才物質」という仮説がもし当たっていたとしても、尿酸やその元になる化合物(プリン体)をやたらに食べれば必ず知能が高まるというものでもないでしょう。尿酸が高い知能をもたらしているのではなく、天才のみの持つ何らかの作用の結果として、尿酸がたくさんできているだけなのかもしれないからです。ちなみに一応今のところ尿酸には神経細胞保護作用、抗酸化作用などがあることが報告されていますが、ちょっとこれだけで優れた知能を説明するには弱いようにも思います。
もしこの仮説が正しいなら、サルから人間へ、凡人から天才へと進化するに従い、尿酸を貯め込むことにより高い知能を獲得し、その代わりに痛風という非常につらい病気のリスクを抱え込んだ――ということになります。生命のバランスは極めて微妙なものですから、いくら進化するといっても、何かを失うことなしには何かを得ることはできないようになっているということかもしれません。多少痛くてもいいから素晴らしい才能がほしいと思うか、高い知能などいらないから安楽に生きたいと思うかは人それぞれでしょう。ちなみに筆者はほぼ毎日缶ビールを飲んでいますが、残念ながら(?)尿酸値は常に平均以下のようです。
参考文献:「遺伝子が明かす脳と心のからくり」 石浦章一著 羊土社
今回も楽しく読ませていただきました
そういわれれば,大学の教授も通風の人が多い気しますね・・・.(彼らが天才かどうかは別ですが・・・笑)
しかし,
天才→出世→贅沢な食事→通風
ってことも考えられませんか?
まあ僕は風が吹くだけで痛い思いするくらいなら,頭は今のままで全然かまいませんけどね.笑