2006年11月01日
鉄のにおいの正体
臭いがする化合物というのは、多くの場合適当な分子量を持った有機化合物です。しかしある種の金属、例えば鉄からは臭いを感じることがあるのも事実です。校庭の鉄棒や、鉄製の工具などを触った後の手からはなかなか抜けない独特の臭いがして、閉口した記憶をお持ちの方も多いことでしょう。
しかしこれは考えてみれば不思議なことです。臭いを感じるということは、化合物が揮発して鼻の感覚細胞に付着して初めて起こることですが、沸点1535度の鉄がそう簡単に揮発するはずもありません。ではあれはいったい何の臭いなのでしょうか?
このほどライプチヒ大学のGlindemannらのチームがこの謎(?)の解明に挑みました。彼らは鉄イオン(Fe2+)と人工の汗とを人間の皮膚に作用させ、発生する化合物を捕らえてガスクロマトグラフィーで分析する実験を行ったのです。結果、鉄イオンに触れた皮膚からは、炭素数7〜10の直鎖アルデヒド類、1-オクテン-3-オンなど、昆虫や動物の異臭の元になる化合物が発生していることがわかりました。

(におい成分のひとつ、1-オクテン-3-オン)
また鉄鋼の種類によっては、合金の成分としてリンを含んでいるものがあります。これが溶け出して皮膚の成分と化合し、メチルホスフィン、ジメチルホスフィンといった悪臭成分ができていることもわかりました。結局「鉄の臭い」と思われていたものは鉄そのものではなく、鉄イオンと、汗の酸性(pH4.7)によって皮脂が分解してできた、これらの有機物の混じり合った臭いだったというわけです。言われてみれば臭いがするのは鉄さびを握りしめた手であって、鉄棒そのものや新しい鉄板を握った手はさほど臭いわけでもありません。なるほどと納得の行く話ではあります。

(メチルホスフィンとジメチルホスフィン)
実はこういうケースは他にもあり、例えばプールの「塩素の臭い」というのは実は塩素そのものではなく、皮膚から水中に溶け込んだ尿素が塩素と反応してできたクロラミン類の発する臭いです。またせっけんで手を洗う時のぬるぬるもせっけんそのものではなく、そのアルカリ性によって溶け出した皮膚の成分の感触なのだそうです。
まあそれにしてもこういうことを大まじめに研究して、それが一流の学会誌に掲載されているというのもどこかユーモラスな話です。来年あたり、イグノーベル賞の候補に挙がってもよい研究なのではないでしょうか?(Angew. Chem Int. Ed., 2006, 435, 7006)
しかしこれは考えてみれば不思議なことです。臭いを感じるということは、化合物が揮発して鼻の感覚細胞に付着して初めて起こることですが、沸点1535度の鉄がそう簡単に揮発するはずもありません。ではあれはいったい何の臭いなのでしょうか?
このほどライプチヒ大学のGlindemannらのチームがこの謎(?)の解明に挑みました。彼らは鉄イオン(Fe2+)と人工の汗とを人間の皮膚に作用させ、発生する化合物を捕らえてガスクロマトグラフィーで分析する実験を行ったのです。結果、鉄イオンに触れた皮膚からは、炭素数7〜10の直鎖アルデヒド類、1-オクテン-3-オンなど、昆虫や動物の異臭の元になる化合物が発生していることがわかりました。

(におい成分のひとつ、1-オクテン-3-オン)
また鉄鋼の種類によっては、合金の成分としてリンを含んでいるものがあります。これが溶け出して皮膚の成分と化合し、メチルホスフィン、ジメチルホスフィンといった悪臭成分ができていることもわかりました。結局「鉄の臭い」と思われていたものは鉄そのものではなく、鉄イオンと、汗の酸性(pH4.7)によって皮脂が分解してできた、これらの有機物の混じり合った臭いだったというわけです。言われてみれば臭いがするのは鉄さびを握りしめた手であって、鉄棒そのものや新しい鉄板を握った手はさほど臭いわけでもありません。なるほどと納得の行く話ではあります。
(メチルホスフィンとジメチルホスフィン)
実はこういうケースは他にもあり、例えばプールの「塩素の臭い」というのは実は塩素そのものではなく、皮膚から水中に溶け込んだ尿素が塩素と反応してできたクロラミン類の発する臭いです。またせっけんで手を洗う時のぬるぬるもせっけんそのものではなく、そのアルカリ性によって溶け出した皮膚の成分の感触なのだそうです。
まあそれにしてもこういうことを大まじめに研究して、それが一流の学会誌に掲載されているというのもどこかユーモラスな話です。来年あたり、イグノーベル賞の候補に挙がってもよい研究なのではないでしょうか?(Angew. Chem Int. Ed., 2006, 435, 7006)
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1. 鉄のにおいの正体 [ HaioH:変遷備忘録 ] 2006年11月03日 00:30
鉄のにおいは、実は鉄と化学反応した皮膚のにおいだそうな。
なんてナイスな研究だ。
科学って、馬鹿みたいな研究から始まるものにこそ
素晴らしいところがあるんじゃないかと思う。
「実用」も重要だけど、満b??
この記事へのコメント
1. Posted by リン大好き 2006年11月02日 03:30
鉄の匂いは自分も小さい頃から気になっていたのですが、
この話を読んで目からウロコが落ちた思いです。
確かに言われてみれば「なるほどなぁ」
と思うのですが、
なかなか考えが及びませんでした…
こういう日常の小さな疑問に入り込んでくる研究も
面白くて個人的に好きです。
この話を読んで目からウロコが落ちた思いです。
確かに言われてみれば「なるほどなぁ」
と思うのですが、
なかなか考えが及びませんでした…
こういう日常の小さな疑問に入り込んでくる研究も
面白くて個人的に好きです。
2. Posted by CT 2006年11月03日 01:15
感心してしまいました。
私なんか、ただ臭いだけで終わってました。
研究材料なんて身の回りに溢れてるのに
それに気付かない私の愚かさに情けなくなります。
どの研究に置いても、着眼点って重要ですよね。
すごいなと思う研究者は、着眼点がホントに
鋭いと思います。
着眼点って膨大な知識と経験の上に備わっていく
ものなんでしょうね。
もっと精進しないといけないなと思いました。
私なんか、ただ臭いだけで終わってました。
研究材料なんて身の回りに溢れてるのに
それに気付かない私の愚かさに情けなくなります。
どの研究に置いても、着眼点って重要ですよね。
すごいなと思う研究者は、着眼点がホントに
鋭いと思います。
着眼点って膨大な知識と経験の上に備わっていく
ものなんでしょうね。
もっと精進しないといけないなと思いました。
3. Posted by あがたし 2006年11月03日 17:58
子供の頃からなぜか鼻血が多かったのですが,鼻血がついた手をこすると必ず鉄サビの臭いがするのが気になっていました. 鉄棒でも何でも,ちょっとでもさびた鉄があると,敏感に鉄サビ臭(と勝手に呼んでいた)をかぎ取っていました.
ただし,原論文は読んでおりませんので,疑問が解消できなたかったところもあります:
>彼らは鉄イオン(Fe2+)と人工の汗とを人間の皮膚に作用させ、発生する化合物を捕らえて・・・
その発生した化合物というのは,件の香りがした(常人に知覚できた)のでしょうか?
>結果、鉄イオンに触れた皮膚からは、<中略> 昆虫や動物の異臭の元になる化合物が発生していることがわかりました。
昆虫や動物の異臭の中には,鉄さびをふれたときと同様の香りがするものがあるのでしょうか.
#昆虫動物系のニホヒはあまりにバリエーションが多すぎでよく分からないです・・・
ただし,原論文は読んでおりませんので,疑問が解消できなたかったところもあります:
>彼らは鉄イオン(Fe2+)と人工の汗とを人間の皮膚に作用させ、発生する化合物を捕らえて・・・
その発生した化合物というのは,件の香りがした(常人に知覚できた)のでしょうか?
>結果、鉄イオンに触れた皮膚からは、<中略> 昆虫や動物の異臭の元になる化合物が発生していることがわかりました。
昆虫や動物の異臭の中には,鉄さびをふれたときと同様の香りがするものがあるのでしょうか.
#昆虫動物系のニホヒはあまりにバリエーションが多すぎでよく分からないです・・・
4. Posted by あがたし 2006年11月03日 17:59
<字数制限がありましたので二つに分割しました.これが後半です.長文ごめんなさい>
>言われてみれば臭いがするのは鉄さびを握りしめた手であって、鉄棒そのものや新しい鉄板を握った手はさほど臭いわけでもありません。
僕には100%は合点がいきませんでした.さすがに新しい鉄板ではそういうことはないですが,さびた鉄からはいつも私の鼻血と同じにおいを感じていたからです.
もしかするとあのサビ鉄板には,何かしらの有機物がついていたのかもしれませんね.たしかに鉄や鉄酸化物そのものから何らかの揮発成分が出てくるとはたしかに考えづらいですし. が,それが皮脂(など人間由来のもの)に限るのかという疑問は残ったままなのでした.
>言われてみれば臭いがするのは鉄さびを握りしめた手であって、鉄棒そのものや新しい鉄板を握った手はさほど臭いわけでもありません。
僕には100%は合点がいきませんでした.さすがに新しい鉄板ではそういうことはないですが,さびた鉄からはいつも私の鼻血と同じにおいを感じていたからです.
もしかするとあのサビ鉄板には,何かしらの有機物がついていたのかもしれませんね.たしかに鉄や鉄酸化物そのものから何らかの揮発成分が出てくるとはたしかに考えづらいですし. が,それが皮脂(など人間由来のもの)に限るのかという疑問は残ったままなのでした.
5. Posted by さとう 2006年11月04日 10:26
>あがたしさん
ちょっと今論文が手元にないのですが、血の臭いについても記述がありました。
>その発生した化合物というのは,件の香りがした(常人に知覚できた)のでしょうか?
そのへんの記述はなかったと思います。ナノグラムオーダーの分析をしていたので、人間の鼻では知覚できないレベルだったのかもしれません。
>昆虫や動物の異臭の中には,鉄さびをふれたときと同様の香りがするものがあるのでしょうか.
似たようなものはあるんじゃないでしょうか。ただどちらも多くの成分の混合物なので、全く同じではないでしょうが。
ちょっと今論文が手元にないのですが、血の臭いについても記述がありました。
>その発生した化合物というのは,件の香りがした(常人に知覚できた)のでしょうか?
そのへんの記述はなかったと思います。ナノグラムオーダーの分析をしていたので、人間の鼻では知覚できないレベルだったのかもしれません。
>昆虫や動物の異臭の中には,鉄さびをふれたときと同様の香りがするものがあるのでしょうか.
似たようなものはあるんじゃないでしょうか。ただどちらも多くの成分の混合物なので、全く同じではないでしょうが。
6. Posted by さとう 2006年11月04日 10:30
>僕には100%は合点がいきませんでした.さすがに新しい鉄板ではそういうことはないですが,さびた鉄からはいつも私の鼻血と同じにおいを感じていたからです.
脂肪酸が徹夜弱酸で分解される反応なんてあまり速い反応とも思えないですから、付着した皮脂がゆっくりと分解されて少しずつ例の臭いを放出し続けることはありうるかと思います。まあ僕はあまり鼻がよくないので、普通の鉄板からはあまり臭いを感じたことがないのですが……。
皮脂に限るのかといわれればわかりませんが、まあ一番付着する可能性が高い有機物は皮脂なんじゃないでしょうか。
脂肪酸が徹夜弱酸で分解される反応なんてあまり速い反応とも思えないですから、付着した皮脂がゆっくりと分解されて少しずつ例の臭いを放出し続けることはありうるかと思います。まあ僕はあまり鼻がよくないので、普通の鉄板からはあまり臭いを感じたことがないのですが……。
皮脂に限るのかといわれればわかりませんが、まあ一番付着する可能性が高い有機物は皮脂なんじゃないでしょうか。
7. Posted by muv 2006年11月04日 14:24
今まで何の疑問も無く、
鼻には“鉄”の受容体があるものだと勝手に思ってました。奥が深いですね。
塩素の話から考えると、
純水にプール用の消毒剤を混ぜただけでは、あの匂いはしないということになりますね。
鼻には“鉄”の受容体があるものだと勝手に思ってました。奥が深いですね。
塩素の話から考えると、
純水にプール用の消毒剤を混ぜただけでは、あの匂いはしないということになりますね。
8. Posted by マーリ 2006年11月05日 23:06
かれこれこのHPを見つけて約3年
いつも楽しませていただいております。
この論文は私も読みました。
我々研究人は何かと
「役に立つ研究」「次につながる研究」
を優先させて考えてしまいますが、
(もちろんそれは重要なことですが)
この論文のように本当の科学とは
単純な興味や疑問によって引き起こされて
いくものなんだと実感させられました。
一見辺鄙な研究にもみえますが、
ここで紹介されてから改めて見てみたら
「アンゲに載るのも当たり前やなぁ」と
なんだか妙に納得、感心してしまいました。
それにしてもこの研究者の感性は最高ですね!
9. Posted by たかげん 2006年11月08日 18:39
たかげんです
科学大好きなので検索したら
このページが見つかりました。
鉄のにおいは疑問に思っていたので
本当は鉄のにおいじゃなかったとは驚きです。
10. Posted by 寿限無 2006年11月15日 21:19
昔から疑問に感じていたので,
少し前に調べたところ
「鉄のニオイと発生機構の解析」
AROMA RESEARCH, 2003, 4, 131.
なる論文をみつけました。
薬包紙を額にぺったとし,鉄(II)aq一吹き。
簡単に実験できます。
少し前に調べたところ
「鉄のニオイと発生機構の解析」
AROMA RESEARCH, 2003, 4, 131.
なる論文をみつけました。
薬包紙を額にぺったとし,鉄(II)aq一吹き。
簡単に実験できます。
11. Posted by toog 2006年11月24日 07:58
昨日百均に行ってきたらなにやら「金属せっけん」なるものが売っておりました。
それを使って手を洗うと、いわゆる「鉄臭さ」や生ものの匂いなんかが取れるそうな。
マイナスイオンを出すとか書いてあった(プラスイオンと塩を作って流すんでしょうか)あたりに一抹の胡散臭さを感じたりw
この記事を読んだ後だっただけに、なんかちょっと面白かったです。
それを使って手を洗うと、いわゆる「鉄臭さ」や生ものの匂いなんかが取れるそうな。
マイナスイオンを出すとか書いてあった(プラスイオンと塩を作って流すんでしょうか)あたりに一抹の胡散臭さを感じたりw
この記事を読んだ後だっただけに、なんかちょっと面白かったです。
12. Posted by コンキチ 2006年11月29日 20:44
現在の仕事は香料とは全然関係のない仕事をやっているのですが、一香料会社社員としてこのペーパーにはとてもそそられます。あいにくAngew. Chem Int. Ed.は購読していないのでチェックできないのが残念です。
あと、この記事を読んで、古いですが、ナノキッズ(JOC., 68, 8750 (2003) )
http://pubs.acs.org/cen/education/8214/8214nanokids.html
を思い出しました。論文はコピーしたのですが、はっきり言って全然読んでいません。こういう研究は個人的に好感がもてるので、ちょっと目を通してみようかなあと思う今日この頃です。
13. Posted by mint 2006年12月28日 03:22
ゴム手袋をはめて石鹸を使ってもヌルヌルすると思うのですが・・・
手袋は石鹸では溶けないと思いますし。
中性洗剤でも手はヌルヌルしますので、界面活性剤の影響の方がずっと強いと思います。
あと、塩素系漂白剤の臭いとプールの臭いは同じだと思いますが、台所などで使う際は尿素が混じることはないと思いますし、やっぱり塩素そのものの臭いのような気がします。
手袋は石鹸では溶けないと思いますし。
中性洗剤でも手はヌルヌルしますので、界面活性剤の影響の方がずっと強いと思います。
あと、塩素系漂白剤の臭いとプールの臭いは同じだと思いますが、台所などで使う際は尿素が混じることはないと思いますし、やっぱり塩素そのものの臭いのような気がします。
14. Posted by みき 2011年01月21日 10:12
で、ネットで「鉄のにおい」で検索するとヒット!
そして、いい話。
とても良い日になりました。
15. Posted by jintoc 2011年11月09日 12:37
有機化合物が表着した状態を引き離すにいい方法はないかという新たな疑問が浮かびました。ありがとうございます!
とても面白い話ばかりです。

