いろいろあって1年以上雑文を書かずにおりました。で、久々の更新でこういうことを書くのも何ですが、このたび長年勤めた会社を退職することとなりました。平成20年1月1日をもって、佐藤健太郎はフリーとなります。別に不祥事をやらかしてクビになったとか、職場の人間関係に悩んでとかではなく、自分の意志で選択・決断しました。

 で、次どうするかですが、実はまだ何も決めていません。何考えてんだこのバカと言われそうですが、次の就職先はまだ何も考えていません。幸い次の本の話をいくつかいただいてるのと、雑誌連載の話なんかもいただいていますので、しばらくは物書きのまねごとなどしてみようかと思っています。

 なんでまたこのご時世に安定した職を自らなげうつのか、理由はいろいろあるので一口には語れませんが、実は4〜5年前から密かに悩んでいたことではありました。とりあえず一番の理由は、メディシナルケミストという自分の本職と、「化学の面白さを世に伝える」という自分の一番やりたいことのバランスがとれなくなってきた、ということです。

 特に本の形で「有機化学美術館」を世に送り出して以来様々な反響をいただき、やはり自分の世の中でしたいこと、なすべきことはこちらではないかという思いが日々強まっていました。もちろん思い上がりだろうと思いますし、会社に籍を置きながらでもHPも本も書けるのだからそうすればいいではないか、と自分に言い聞かせ続けてきたのですが、結局会社を離れて自分の思う通りにやってみたいという思いを押しとどめることができませんでした。

 わざわざ会社を辞めてまでしたいことの一つは、若い世代のために「高速道路」を敷く仕事です。HPを通じて様々な方々とつながりができましたが、特に強く感じるのはいろいろな分野の若い世代に、驚くほどの優秀な才能が出てきていることです。彼らはインターネットの出現により、我々の世代が想像もしなかった速度で情報を吸収し、あっという間に知識の階段を駆け上がってきています。これは化学以外の学問でもそうだし、例えば(僕の趣味である)折り紙の分野なんかでも全く同じことが起きています。強い興味さえあればネット上に溢れる情報を自らすくい集め、素晴らしい速度でトップ近くまで駆け上がれる環境が整いつつあるのです。若く柔軟な脳に知識を吸収することがどれだけ有効かは、今さらいうまでもないことかと思います。

 ただしこの「知識の高速道路」は、日本の有機化学ではまだまだ整備が立ち後れているようにも感じます。それを彼らのために整備するのが今の自分のミッションかと思っています。もちろんネットや一般向け書籍の断片的な知識で全てを身につけることはできないでしょうが、少なくとも入口を作ってやることはできると考えます。そうしてこの世界に入ってきた若者の中から、僕なんかが届かなかった高みへ登っていける才能が現れると信じています。

 まあそんなきれいごとを言っても、まず自分が食えなければ話になりません。もちろん様々な困難が伴うと思いますし、化学の本だけで食べていくのは実際問題として非常に難しいと思いますので、いろいろなことにトライしてみなければならないかと思います。もちろん一研究者としての志も捨てたわけではないので、自分の技術や知識が世の中の役に立つ場面があるなら、いつでも現場復帰したいとも思っていますが。

 この「高速道路」「けものみち」という表現は、梅田望夫氏の著書「ウェブ進化論」「ウェブ時代をゆく」に出てくる言葉です。この決断に踏み切ったのは、氏の著書にいろいろと示唆を受け、勇気をもらった面もかなりあります。せっかくインターネットというものが出現するという時代の節目に生まれ合わせた以上、精一杯これを活用して、何ができるかを自分なりに試してみたいと思っています。

 と、いろいろ言ってはみたものの、我ながら無茶な決断であるとは思っています。まあダメならダメでまた何か別の仕事を探せはいいだけで死にはしないかと思いますし、楽しみながらなんとか自分の選んだ道をサバイバルしいければと思っています。ひとりで道しるべのない「けものみち」に歩き出していかねばならず、死ぬほど恐ろしくもあるのですが、まずは無謀な挑戦を暖かく見守ってやっていただければ幸いです。