バイオエタノールに対する批判が高まっています。アメリカでは近年バイオエタノールを増産する政策へと急激に舵を切り、国内で生産されるトウモロコシの20%をエタノール生産に振り向けています。2007年はこれによって2000万キロリットルのエタノールが生産されましたが、アメリカ政府はさらに2017年にはその生産高を1.3億キロリットルまで引き上げると発表しています。
こうしたトウモロコシからのバイオエタノール生産は種々問題を含んでいますが、中でも最大のものは食料との競合です。トウモロコシは人間の食料としてはもちろん家畜の飼料としても重要で、意外にも日本でもその消費量はコメの倍近くにも上ります。そのトウモロコシが燃料生産に奪われてしまったのですから、牛肉や豚肉の価格も当然上昇します。また農家はそれまで他の作物を作っていた土地を、儲かるトウモロコシ栽培へと振り向けるので、大豆などの価格も一斉に上昇しました。これに折からの原油高も加わり、世界の食品価格は高騰の一路を辿っています。このあたりはアメリカ及び国際社会の政治的思惑が大いに絡んでいるともいわれます。
いずれにしろバイオエタノールは食料との競合という問題を抱えており、このまま行けば車と人間が食料を奪い合うという図式になりかねません。しかし世の中には、食料とバッティングしない大量のエタノール源が眠っています。少し詳しい方ならおわかりでしょう、それはセルロースです。
現在のバイオエタノールはまずトウモロコシからデンプンを取り出し、それを酵素で短く切って糖を作り、酵母を作用させてエタノールとしています。要は糖さえ取れればエタノールを作るのは大変に簡単で、酒の生産と全く同じことです。
ところで以前にも書いた通り、デンプンとセルロースはいずれもブドウ糖が長く一列につながったものです。ただしそのつながり方が違い、デンプンではα-結合によって階段状につながり、セルロースではβ-結合によって直線的に連結しているのです。ただこれだけの違いが、両者の性質に決定的な差をもたらします。
(左はデンプンのつながり方、右はセルロースのつながり方)
セルロースでは隣同士の糖、鎖同士が水素結合で結ばれ、分解されにくいしっかりした繊維を作ります。対してデンプンではこのような水素結合を作らないので、種々の酵素の作用で簡単に分解されます。セルロースからできた木材や紙があんなにも丈夫なのはこの水素結合のおかげであり、逆にエネルギーとしての活用を阻んでいるのもまたこの水素結合のせいであるということになります。
とはいえセルロースの丈夫な鎖を破壊する手だてが、全くないわけではありません。ロシアでは、強酸で処理するという力業でセルロースの糖化を行っています。しかしこの方法は酸の生産にコストがかかり、処理に困る廃棄物が大量に出るのであまり地球に優しい(グリーンな)やり方とはいえません。
現在、地球環境産業技術研究機構(RITE)と本田技研が共同でこのセルロースを分解する細菌を作り出し、生産プラントを稼働させるところまで研究を進めています。これがうまくいけばセルロースは無尽蔵といっていいほどありますし、二酸化炭素削減効果も大きいと考えられますので、大変将来が楽しみな技術です。
また海藻から得られる、フコイダンやアルギン酸などの多糖類をもとにエタノールを生産する技術も検討されています(こちら)。日本は耕地が狭くとも広大な海を持っていますから、こちらも大いに期待したいところです。
ただ――、ケミストの端くれである筆者がやや残念に思うのは、この方面の研究に対して有機化学者の貢献が少ないようであることです。セルロースでもフコイダンでもよいですが、多糖類を効率的に分解する触媒の開発などはできないのでしょうか?これだけ触媒設計の技術が進歩しているのだから、化学屋が総力を挙げれば微生物に負けない触媒が何かできそうにも思うのですが……。
他にも二酸化炭素の固定化であるとか、新しいバイオ燃料の開発とか、有機化学の力でできることはいろいろとありそうにも思えます。近年は生物学との融合が盛んに行われていますが、こちらの方向でも世界に貢献できることは大いにありそうに思えます。いかがなものでしょうか。
コメント一覧 (9)
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- 2008年01月18日 14:59
- 初めまして、以前からHPを見させていただいているものです。
私も以前からこの問題について疑問を持っていました。
私は木材屋なのですが、この廃材からメタノールは作れないのか?
と思っておりました。今は結構な量を焼却処理しているので(一部は健在に利用されますが)、もったいないです。
農学系出身なので、方法に関しては菌による分解万歳と思っていますが、思うようには歩留りが上がらず
実用化には至っていないようですね。
大阪の方でも廃材を用いた合弁会社を作っており、実用化できればそれだけでかなりの量のエタノールを生産できます。
エタノールを作るために、飢える人が増える、などという事態は避けたいものです。
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- 2008年01月22日 19:19
- 始めまして、前からサイトを見させていただいてる者です
情報に疎くこの手の方面はさっぱりなのですが
製造、研究の話は良く耳にしますが、大量に消費してる現場の話を知りません、自分がしっかり聞いてないだけかもしれませんが
なので私にとっては無駄に作って無理矢理消費する手段を作ってるように取れるのですが
計画や研究以外で大量の消費を行ってる物を知ってる方がいたら教えて欲しいところなのですが・・・
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- 2008年01月23日 02:31
- >mackさん
フェノールのやつは限りなく怪しいようですね、どうやら。中華魔術には気をつけた方が良さそうです。
>Hiyukiさん
お寄せいただいた情報によると、化学触媒でもトライアルはなされているそうです。ただとっかかりが少なく、難しいのだそうですが……。
しかし何とかしてほしいものです。
>Namelessさん
日本ではまだほとんどバイオエタノールは動いてないですね。エタノールをETBE(t-BuOEt)に変えてガソリンに混ぜたのを一部で試験販売している程度のようです。
バイオエタノールに関してはアメリカとブラジルが2大先進国で、エタノール混合ガソリンがだいぶ普及しているそうです。
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- 2008年01月24日 09:05
- いつも楽しく拝見させて頂いております。
日本でエタノール混合ガソリンが普及しない理由は、以下の二点が原因とされています。
1.EtOH混合ガソリンに水が混入すると、EtOHが水相に移動するため、混合ガソリン部のオクタン価が低下、給油された車の故障の原因となる恐れがある
2.EtOH混合ガソリンは蒸気圧が大きく、またEtOH自体のパーミエーション(染み出し効果)もあって蒸発ガスが増加、光化学オキシダント増加が懸念される
どちらも従来のガソリン・ETBE混合ガソリンでは起きないので、石油会社側はETBEを推しているようですが、行政側はEtOH直接混合をごり押ししたいため両者間の思惑が絡みスムーズに話が進まないのが実情のようです…
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- 2008年01月24日 10:49
- EtOHはガソリンに直接混合するのは3%、ETBEを混合するのは7%が限界ということであったと思います(EtOHはゴム製部品を腐食するため)。ETBEを作るためのイソブテンは石油由来ですから、どちらにしろあまりCO2削減には寄与しなさそうです。
結局ガソリン使用量を抑えるのが一番急務なんでしょうね、って国道マニアの言うこっちゃないですが……。
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- 2008年01月24日 12:03
- 話が少し脱線しますが、最近のニュースで、地球温暖化の抑制目的で牛のゲップ(主にメタンガスが主成分)を抑える研究成果が見い出されました。「そんなことで成果があるの?」と思いちょっと調べてみたら、メタンガスが地球温暖化に寄与する割合が約5%。地球上のメタンガスのうち、牛の出すゲップによるものが約30%(日本において)。なので単純に考えると、牛による温暖化の原因は1〜2%ということになり、結構無視できないなと思いました。
って思いっきり脱線してすみません…
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- 2008年01月25日 21:40
- はじめて書き込みさせていただきますが、何年か前からの愛読者です。どうぞよろしくお願いいたします。
セルロースからエタノールじゃなくてガソリンが生成できればいいと思うのですが、できないんでしょうか?
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- 2008年01月26日 11:46
- >mackさん
ニュージーランドなんかでは、国の出す温暖化ガスの半分近くが牛のゲップという話を聞いたことがあります。メタンの温暖化効果はCO2の20倍以上なんで、バカにならないようですね。
>むつとさん
はじめまして。ガソリンができるんだったら一番いいですが、たぶん難しいでしょうね。もちろん何段階か変換を重ねれば適当な炭化水素に持って行けるかもしれませんが、エネルギーロスとコスト高で実用にならないのだと思います。
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大学院生です。
二酸化炭素の固定化…。以前も嘘かホントかフェノール合成の原料として使われていましたが、あの論争はいづこへ…。ただ研究目的としてはとても関心がもてました。
二酸化炭素からメタノールの合成も実際に行われていますけど、コストやら効率の面からまだ多くの問題点がありますから、やるべき事は山積みですね。って人事とは思えませんが。