以前本館の方で一度紹介した、「ロレンツォのオイル」のモデルとなったロレンツォ・オドーネ氏が5月30日に死去したとのことです。享年30でした。

 ロレンツォ氏は5歳の時に、難病である副腎白質ジストロフィー(ALD)を発症しました。これは脂肪酸の代謝異常によって、炭素数が24から26の長鎖脂肪酸が神経細胞に蓄積し、これがミエリン(神経を保護する鞘状の層)を破壊して脳にダメージを与えるという病気です。X染色体の異常によって発生する遺伝病であるため、通常男の子だけに発生します。5歳前後で発症し、体の麻痺などを伴って多くは2年以内に死亡します。

ロレンツォ少年の父・オーグスト氏は化学には何の縁もない一銀行員でしたが、息子を救うために必死になって生化学を勉強し、ある種の油がこの病気に対して効果があるのではないかという結論にたどり着きます。これは後に「ロレンツォのオイル」と呼ばれ、ALD患者の間で広く用いられるようになっていきます。

 この話は1992年に「ロレンツォのオイル/命の詩」として映画化され、アカデミー賞を獲得するなど大評判を得ました。実際、この映画は素晴らしい出来で、医薬づくりに携わる人なら(もちろんそれ以外の人にも)必見の名作です。

 薬としての「ロレンツォのオイル」は、オレイン酸トリグリセリド(オリーブ油の成分)とエルカ酸トリグリセリド(菜種油の成分)の4:1混合物です。
オレイン酸エルカ酸
 (オレイン酸・エルカ酸のトリグリセリド)

 これらはそれぞれ炭素数が18・22の脂肪酸です。これらを投与することによって「今は十分な長鎖脂肪酸がある」と脂肪酸合成酵素を「だまし」、害のある炭素数24・26の脂肪酸を作らせないようにするというメカニズムです。

 ただし、この「ロレンツォのオイル」の効果を疑う声は当初からあり、単なる民間療法のようなものと評する人もいたようです。確かに決して万能の薬ではなく、ロレンツォ氏も最後まで全身麻痺状態を脱することはありませんでした。ただしほとんどのALD患者が通常2年ほどで亡くなる中30歳まで生き延びていたことも事実で、最後も食べものを詰まらせたことによる肺疾患だった(英語版Wikipediaによる)ことから、直接ALDが死因になったわけではなかったようです。

 こうしたことから「ロレンツォのオイル」の効果を検証する研究が行われ、2005年にその結果が発表されました。それによれば明らかにオイル投与患者は予後がよく、早期に投与を開始すればかなりの割合で症状の進行を食い止められるという結論です。ロレンツォ氏は治療開始が遅れたため回復には至らなかったものの、進行の抑制には成功したということなのでしょう(詳しくはこちらを参照)。

 四半世紀にわたってほとんど身動きもできないままであったロレンツォ氏の生涯は、我々の想像を絶します。ただ「ロレンツォのオイル」によって世界のALD患者に希望と回復の道を与えられたことは、大きな慰めであったのではないでしょうか。

 ロレンツォ・オドーネ氏のご冥福を、心よりお祈りいたします。