今年はノーベル物理学賞に日本人3名、化学賞に1名と受賞が相次ぎ、日本の科学界にとってうれしい秋となりました。というわけで化学賞の下村脩先生の業績について解説――と思ったのですが、詳しいメカニズムなどは後ほど本館の方で詳しく述べることにし、ここではまずさわりを述べることと致します。

 近年ビジネスの世界では、「見える化」という言葉が重要なキーワードになっています。プロジェクトの流れ、抱えている問題点など、漠然とした部分を数字や図表で把握しやすい形に表し、全員で情報を共有できるように図ることを指します。人間、目に見えるものは情報として何より把握しやすく、多くのことが明確になりやすいため、現在多くのビジネスマンが情報の「見える化」に腐心しています。

 今回の下村先生の業績は、まさに生物学を「見える化」してしまったことにあります。しかし当初は氏の意図は全くそんなところにはなく、純粋に生命の秘密を追究するところから研究は始まっています。

 下村先生は1928年京都出身、長崎大学で学んだ後に名古屋大学の平田義正教授の下で博士号を取得します。平田先生は天然物化学の権威で、特にフグ毒テトロドトキシンの構造研究で有名です。一方名伯楽としても知られ、門下からは岸義人、中西香爾、後藤俊夫らノーベル賞級の研究者が多数巣立っています。
????????????
(テトロドトキシン)

 この平田研で下村博士は、ウミホタルの発光物質であるルシフェリンとルシフェラーゼの研究に取り組みます。
?????????
(ウミホタルルシフェリン。これが酸化的に分解することによって高エネルギー中間体が生じ、さらにこれが分解する時に発光する)

この成果を引っさげ、留学先のプリンストン大学では「オワンクラゲ」の発光機構の研究に取り組みます。縁が緑色に光る不思議なクラゲではありましたが、当時そんなことに取り組む研究者はほとんどいませんでした。
???????
(オワンクラゲ、Wikipediaより)

 下村博士は5万匹のクラゲをつかまえては発光物質を精製し、ついにイクオリン(aequorin)と名付けられたタンパク質を単離しました。カルシウムの濃度に反応して光るという特異なメカニズムで、この解明には17年もの歳月を要しています。

 しかし謎が一つありました。オワンクラゲは緑色に光るのに、イクオリンの光は青色なのです。この謎を解く鍵は、イクオリンを分離する際に微量得られていた緑色の物質にありました。これこそがノーベル賞の対象となった物質「緑色蛍光タンパク質」(green fluorescent Protein, GFP)だったのです。このタンパク質は下図のような部分構造を持ち、これが青色の光を吸収して緑色の光を発するのです。イクオリンとGFPは常にセットで働きます。つまりオワンクラゲはまず青く光り、それを緑色に変換するという二段階で美しく光っていたということになります。

GFP???????
(GFPタンパク質、Wikipediaより)

GFP
(GFPの発光団)

上図を見てわかる方はわかると思いますが、この発光団はタンパク質の一部であるチロシンとセリンが変化してできたものであり、他に余分な要素を必要とせずに光ることができます。実はこの性質は、生物学研究のツールとしてぴったりなのです。このGFPを遺伝子操作によって他のタンパクに結合させ、紫外線を当てると目的のタンパクを含む部分だけが緑色に光って見えます。つまり、GFPはいわばトレーサ(追跡子)であり、これを目印に付けておけばあらゆる生体分子の動きが「目で見て追える」ことになったのです。この工夫が生物学にもたらしたインパクトは絶大でした。

実のところ、このGFPを全身に発現させたマウスなどというものも作り出されています。当然このマウスは、暗闇で紫外線を浴びせると緑に光ります。なかなか不気味――ではありますが、生物学の実験には大変有効に用いられているようです。

 GFPは製薬会社などでも日常的に用いられて重要な実験ツールとなっており、医薬創出などの役にも立っています。最近では発光団のアミノ酸組成を変えて緑以外の色に光るタンパク、波長によって色が変わるタンパク(Kaede)、光のオン・オフ切り替えが可能なタンパク(Dronpa)なども報告されています。

 これだけのインパクトを与えた研究ですから、ノーベル賞も納得というものです。ちなみに下村博士が初めてGFPを発見した研究所には、これを記念してGFPの「彫刻」が展示されているのだそうです。
���??
(GFPの彫刻、英語版Wikipediaより)

 全くの興味から出発した研究が思わぬ形で応用され、違う分野に大きな進歩をもたらしたわけで、基礎研究の重要さを改めて思わされる仕事です。しかしこのどう見ても生物学の研究に「化学賞」が与えられたこと、下村・南部両氏はアメリカ国籍を取った「頭脳流出」組であること、またすでに半世紀近くも前の両氏の仕事が今になって受賞していることなど、なかなか多くのことを考えさせるノーベル賞ではあったと思います。

(なお、筆者は正直この分野は素人ですので、あわてて調べたものの全くの付け焼き刃です。おかしな点などありましたらご指摘いただければ助かります)