この世で一番硬い物質といえば何か――という質問をすると、恐らく小学生でも「ダイヤモンド」という答えが返ってくるでしょう。しかしどうやらこの常識が、崩れる時がやってきたようです。

 ダイヤモンドの結晶が、炭素がどこまでも3次元的につながったネットワーク状の構造であることは有名でしょう。強力な炭素-炭素結合で全体がつながっているため、非常に強靱な構造なのです。

 氷の結晶構造も、水分子が水素結合を通して網目状になった構造で、一見ダイヤモンドとよく似ています。しかし実は、両者は少々違うものなのです。
氷
(氷の結晶構造)

 ダイヤモンドは、下左図のような「アダマンタン」と呼ばれる基本構造がどこまでもつながったものです。しかし氷の方は下右のような構造が基本単位です。シクロヘキサンの上にもう一つのシクロヘキサンが、3点着陸した形です。アダマンタンは全てがいす型シクロヘキサンでできているのに対し、氷は舟型も含まれているのが特徴です。
アダマンタンアイサン
(ピンク:アダマンタン、水色:アイサン)

この水色の方の構造を炭化水素で作ったものを「アイサン」(iceane)と呼びます。もちろん氷を意味する「ice」からつけられた名称です。ただしこの名称は不適当で、「ウルチタン」(wurtzitane)とすべきだという意見もあります。

このアイサンは1965年、L. Fieser(有機試薬の解説書Fieser&Fieserで有名)によって命名されましたが、実際の合成は1974年C.Cupasらによってなされました。どうやって合成したか、考えてみるのもよいトレーニングになるでしょう。

 さてこのアイサン構造を3次元的にどこまでもつなげていく、すなわち氷の構造を炭素に置き換えたものも、理屈の上では存在しうるはずです。実際に、いくつかの隕石からこの物質も発見されています。恐らく隕石落下の衝撃で、含まれていたグラファイトが強烈に圧縮されてできたものと考えられています。
ロンズデーライト
(ロンズデーライト、画像はWikipediaより)

この物質は結晶学者キャサリン・ロンズデールの名を取って、「ロンズデーライト」と名づけられています。ただし天然からは顕微鏡で見るほどの小さな結晶しか得られておらず、詳しい性質は調べられていませんでした。

最近になり、この物質は計算上ダイヤモンドの1.6倍ほど硬いことが示されました。長年「最も硬い物質」として君臨してきたダイヤモンドが、ついにその王座を譲り渡す時がやってきたわけです。

ダイヤモンドはその硬度を生かし、様々な工業的応用がなされています。ロンズデーライトも自由に作れるようになれば、非常に多彩な用途が拓けるはずですが、今のところこれは実現していません。今後合成に向けた研究が本格化するのではないでしょうか。

それにしてもグラファイト・無定形炭素・ダイヤモンド・フラーレン・ナノチューブなどなど、炭素の作る物質のなんと奥深いことでしょうか。この最も身近な元素には、まだまだ未知の可能性が眠っていそうです。