以前も取り上げた通り、有機合成の世界では近年鉄を用いた反応が大いに注目されています。安価で害の少ない元素である鉄は、各種レアメタルの枯渇という状況の中、これらに代わる存在として極めて有望と考えられています。

 しかしこうした状況に、冷水を浴びせるような報告がAngewandte Chemie誌になされました。鉄によるカップリング反応を数多く報告してこの分野の牽引車となっていたCarsten Bolmと、銅を用いたカップリング反応の権威であるStephen Buchwald教授の共著です。

 報告の内容は、今までBolmが報告してきた鉄触媒による各種アリール-ヘテロ原子結合形成反応が、実は銅触媒によるものだったというものです。つまり、この反応に用いていた塩化鉄(III)にごくわずか(0.034%程度)含まれていた銅塩が真の触媒であり、鉄は何の役目も果たしていなかったというのです(C&EN記事の図参照)。

 Bolmはこれまでアリールハライドとフェノール、アミド、アゾール、チオールなどとの鉄によるクロスカップリング反応をAngew. Chem. やAdv. Syn. Catal.誌などに発表していましたが、これが全て実際には銅のカップリングだったのいうのだから驚きです。どういういきさつでBuchwaldとの共著になったかはわかりませんが、銅で同じ反応を開発してきたBuchwaldが「怪しい」と勘づいて追試を行い、Bolmにこのことを指摘したのかもしれません。

 実際のところBolmの報告してきた反応は、Buchwaldの反応と基質・リガンド・塩基などにいたるまでそっくり同じで、銅と鉄だけの違いといっても過言ではありませんでした。また純度の低い塩化鉄を用いる方が、収率が上がることもわかっていたということです。Leadbeaterの前例もあったというのに、Bolmはこの可能性に全く気づいていなかったのだろうか?と少々疑問になります。

 しかし今のところ、Bolmが出した過去の「Iron-Catalyzed Cross Coupling」の論文は取り下げになる様子はありません。それどころか、BolmはこのCorrespondenceと前後して「Buchwaldの反応の銅触媒をppmオーダーに減らすことに成功した」という内容の論文を平然と出しています。こういう場合、その対応でいいのか?という気はしないでもありません。

 しかしこういうこともあるから、有機金属触媒は難しいと思います。今後この分野の研究者は、より一層の慎重さを求められるということにはなりそうです。