※この項目に関して、計算の根拠となった数値が間違っているというご指摘をいただきました(コメント12参照)。筆者は37.5mg/kgというのを単純にガンを発生した最低投与量と思いこんでいたのですが、資料を詳しく読んだところそういう解釈ではまずいようです。
 種々の動物試験によって、エコナ自体に発ガン性がないことは確認されています。また、グリシドールが発生するという証拠はなく、その安定性も低いことから、事実上安全性に問題はないだろうという筆者の見解は変わりません。ただし、本文中にある一升瓶27本うんぬんの数値に関しては取り下げさせていただきます。謹んでお詫び申し上げます。

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 これまで、人間を最もたくさん殺した動物は何か?それはクマでもトラでも毒ヘビでもなく、ニワトリだという説があるのだそうです。何のことかというと、鶏卵に含まれるコレステロールは血管に沈着して心疾患や脳梗塞などを引き起こし、このために世界で年間100万人以上の人が亡くなっているからだ、というものです。

 もうひとつ、以前も一度書いたことですが、キャベツを詳しく分析すると50種類以上の有毒物質が検出され、そのいくつかには発ガン性があるのだそうです。農薬や殺虫剤のせいではなく、正真正銘の天然キャベツに発ガン物質が含まれているのです。また一杯のコーヒーの中には、一年間に摂取する農薬より多くの発ガン物質が存在します(ガン研究の権威・エームズ博士のコメント。なおこれは当時のことであり、現在日本で登録されている農薬には発ガン性のあるものは存在しません)。

 だから卵やキャベツ、コーヒーを食卓から追放しよう、などと主張する気はもちろんありません。これらにはそうした害を上回るだけのメリットがあるからです。とはいえどんな食べ物にも一定のリスクはあり、完璧に無害なものなどどこにもありません。このあたり、拙著「化学物質はなぜ嫌われるのか」などもご参照いただければ幸いです(宣伝)。

 さて、花王の食用油「エコナ」が出荷停止となったことが大きなニュースとなっています。主成分であるジアシルグリセロールが分解すると発ガン性物質生成の疑いがあるため、とのことです。特に今まで「脂肪がつきにくい」ことを謳い文句として、健康イメージで売り出されていた食品だけに、衝撃は大きいようです。実は近ごろ腹回りが気になる筆者も、エコナを愛用しておりました。
1,3-DAG

 (エコナの主成分、ジアシルグリセロール)

 このジアシルグリセロールが分解してできる「グリシドール脂肪酸エステル」はエコナにたくさん含まれており、これが体内で酵素などによって切断されると発ガン物質の「グリシドール」を生じるかもしれない、というのが今回の騒動の原因です。
acylglycidol

 (グリシドール脂肪酸エステル)

 glycrol

 (グリシドール。上図脂肪酸部分が切断されたもの)

 整理しておきますと、グリシドール脂肪酸エステル(水色)には発ガン性はないと考えられます。またグリシドールは、Fischerラットと呼ばれるガンを発生しやすいラットに対し、体重1kgあたり37.5mgを投与するとガンを発生したとのことです。ヒトでは発ガン性が確かめられていませんが、このラットでの数字を適用すれば体重60kgの人が毎日2.25gのグリシドールを摂取するとガンを発生することになります。

 エコナに含まれるグリシドール脂肪酸エステルの濃度は370ppmだそうですので、ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日約6kg、ざっと一升瓶4本分を飲む必要があるということになります。実際にはこういう食生活を送っている人はあまりいないのではないか、と思います(もし計算が間違っていたらご指摘下さい)。

(追記:計算を思い切り間違ってました。グリシドール脂肪酸エステルは分解してグリシドールになると、分子量が約1/4.5になります。このppmは重量比であるので、これを計算に入れると27kg、一升瓶18本分ということになるかと思います)

 もちろんラットとヒトは違いますから、通常こういう場合動物実験で得られたデータに100倍の安全係数をとることになっています。であるとすると1日60g(訂正:270g)ですから、絶対安全とは言えないかも、というラインになります。まあこれだけ油をとっていたら、いくらエコナが脂肪になりにくくても、ガン発生以前に何か重い病気にかかるのではないかと思いますが。

 ただし、これはグリシドール脂肪酸エステルが全て分解されてグリシドールになり、組織に完全に吸収されたと仮定しての話です。実際には体内で分解されるというデータはありませんし、切れるとしても100%ということは恐らくありません。また、グリシドール自体あまり安定な物質ではありませんので、他の食品成分などと反応してかなりの部分が消失すると考えられます。

 要するに、エコナを毎日大量に摂取し、科学的にはちょっと考えられないくらいの悪条件がいくつか重なった場合、もしかすると不幸にしてガンを発生する人が絶対にいないとは言い切れない、というレベルと考えられます。

 筆者はエコナが絶対安全な食品である、などと主張するつもりはありません。ジアシルグリセロール自体がガンの発生率を上げるのではないかといった議論もあるようですので、完璧に疑いを免れるわけにはいかないだろうと思います。ただし、エコナは「発ガン物質が発生する可能性がある」というレベルですが、冒頭で述べたようにキャベツやコーヒーには正真正銘の発ガン物質が含まれています。エコナの基準を厳格にあらゆる食品に適用したら、我々の食卓に上ることのできる食材はずいぶんと少なくなるはずです。タバコや酒などは全くの論外、焦げのついた食品なども全てアウトということになりそうです。

 そうなると一体何を食べていいかわからない――という声もあるかと思います。これに対する答えは簡単で、いろいろな食品をなるべくバランスよく摂ることに尽きます。一種類のものだけを食べ続けていたら、その食品に毒性があった場合にその影響をもろに受けることになるでしょう。これを避けるためになるべく多くの品種を少しずつ食べ、リスクを分散することが望ましいわけです。まあ食生活などというものは、そうした一見当たり前のことが最も重要なものなのではないか、と思う次第です。