さて今回は「有機化学」という筆者の守備範囲から外れますが、あまりにも面白い話題があったのでそちらで一本書いてみます。

wine
今回の主役・赤ワイン


 超伝導と呼ばれる現象があります。絶対零度近くの超低温で電気抵抗が全くのゼロになってしまう現象で、1911年にカメリン・オンネスによって発見されました。
 その75年後、突如として世界を揺るがす発見がありました。スイスのIBMチューリッヒ研究所にて、ランタン・バリウム・銅の酸化物がかなりの高温で超伝導を示すことが発見されたのです。やがて組成を変えることによって転移温度(超伝導を起こす温度)はさらに高まることがわかり、世界中の物理学者に大フィーバーを巻き起こすことになりました。この功績により、発見者のミューラーとベドノルツは1986年のノーベル物理学賞を受賞しています。発表から受賞までわずか半年というのは空前の記録であり、今後も破られることはまずないだろうと思われます。

 この「銅系酸化物超伝導体」の過熱がおさまった2008年、久々に大きなブレイクスルーがありました。東工大の細野秀雄らにより、鉄を主体とした酸化物が、26Kという比較的高温で超伝導を示すことが報告されたのです。この論文は引用数世界一を記録するなど大変な注目を受けており、iPS細胞などと並ぶ日本発の大成果に数えられるでしょう。

 というわけで鉄系酸化物の研究が全世界で進められているわけですが、つくば市の物質材料研究機構にて面白い発表がありました。なんと超伝導の鍵を、酒が握っているというものです。

 同グループでは、鉄-硫黄-テルルの3元素を組み合わせた材料での超伝導性発現を試していました。鉄-セレン系は超伝導性を示しますが、これと類似した鉄-テルル系はこうした性質を示しません。研究グループは、この中間を狙ってみようという発想だったようです。
FeSeTe

FeSeTeの構造。紫が鉄、オレンジは硫黄およびテルル


 作ってみた材料は超伝導性を示しませんでしたが、奇妙なことはここから起こりました。できたFeSTeを空気中に長期間放置しておくと、なぜか超伝導性を示すようになるのです。空気や水の成分が何らかの作用をして組成に影響を与えるのでしょうが、これでは数ヶ月もの長期間を要してしまいます。

 そこで彼らは、なんと試料を赤ワインに浸して70度に加熱したところ、この物質が超伝導を示すようになることを発見したのです。プレスリリースによれば「より効果的に超伝導を発現することはできないかと、多角的に探索」した結果だそうですが、多角的すぎるだろそれはという感じがしないでもありません。

 他に白ワイン、ビール、日本酒、ウイスキー、焼酎などが試されたそうですが、全て超伝導を示すようになるそうです(赤ワインが一番成績がよいようですが)。で、不思議なことに純エタノールですとか、エタノール-水では超伝導にはならないそうで、何か別の成分が効いているのでしょうか。ブランドで差が出るのかとか、再現性はとれるのかとか、ノンアルコールビールだとどうなるんだとか、いろんな疑問がわいてこざるを得ません。

 詳細については今後の検討課題とのことですが、一体どういうことなのかちょっとした真夏のミステリーといえそうです。まあ一番の謎は、せっかくの試料を赤ワイン煮にするという発想がどこから出てきたのかだと思いますが、案外とんでもないブレイクスルーなどというものは、こんなお遊びのようなところから生まれるものなのかもしれません。

参考:物材機構プレスリリース