先日地球に帰還した宇宙船「はやぶさ」が、大変な話題を呼んだのはご存知の通りです。持ち帰ったカプセルの展示に長蛇の列ができるなど、その人気はいまだとどまるところを知らないようです。科学の広報をしている身からすると、これはしっかりと研究しておくべき現象であると思っております。

 さて現在これに続くプロジェクトとして、惑星間航行宇宙機「イカロス」が5月に打ち上げられています。ここでは「はやぶさ」に負けず劣らずの斬新な手法、すなわち太陽光の圧力による宇宙航行が試されているのです。

 光が鏡面に当たって跳ね返されると、ごくわずかながら圧力が発生します。そこで大きな鏡面の「帆」を張り、そこに受ける光圧をエネルギーとして進もう、という発想です。まるでSFのような話と思えますが、実際このアイディアを最初に示したのはアーサー・C・クラークの小説「太陽からの風」なのだそうです。なにしろ原理的にはエネルギーを全く用いずに機体を推進できますから、将来の宇宙開発にも極めて重要な技術となりえます。

 しかし、理屈はわかっていても現実化するのは難しいというのが世の常で、この場合障害となるのは「太陽帆」になりうる薄く丈夫な素材がなかったという点です。太陽帆はできるかぎり軽量で大面積でなければならず、かつ打ち上げ時の高温や、折り畳み・展開に耐える強靱さが必要となりますから容易なことではありません。たとえばアメリカは、2005年に強化PETを太陽帆に用いた「コスモス1」を打ち上げていますが、ロケットのトラブルなどで失敗に終わっています。
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コスモス1の太陽帆

 今回日本が打ち上げた「イカロス」は、6月10日に帆の展開に成功、7月9日に目的通り光圧による推進が確認されました。太陽光によって進む「宇宙ヨット」成功は世界初のことで、「はやぶさ」の帰還に続く日本の大きな成果といってよいと思います。

 この太陽帆、大きさは一辺14mの正方形ですが、厚さはなんと7.5μmという極薄素材が使われています。これは髪の毛の太さ以下、細菌の大きさのレベルといいますから、これを破かずに展開することの難しさが想像できるでしょう。

 この驚くべき「帆」を実現させたのは、ポリイミドと呼ばれる特殊な樹脂です。下図に示す通り、ピロメリット酸(1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸)と、4,4'-ジアミノジフェニルエーテルを縮合させたものです。剛直な芳香環が連結した構造がその強靱さを、酸素で架橋された構造がそのしなやかさを支えています。
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ポリイミドの構造

 最近、この太陽帆の模型の展示がJAXA相模原キャンパスにて行われました。この模型にはスタッフの寄せ書きがあり、中央付近になんとポリイミドの構造式が確認できます。
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寄せ書きの書き込まれた模型
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 化学は決して目立つ姿ではありませんが、こうして先端技術の開発に大きな寄与をしています。光で宇宙を翔る新型宇宙船が、今度は我々にどんな夢を見せてくれるのか、もたらされる報告を楽しみに待ちたいと思います。

※今回の模型の写真はLR氏、情報は喜多充成氏に提供いただきました。