炭素の純粋な結晶である、ダイヤモンドの美しい構造はよく知られているところでしょう。その一部を切り出した構造に相当する炭化水素が、石油から発見されたのは1933年のことでした。発見者はこの化合物に、ギリシャ語で「ダイヤモンド」を意味する「adamantinos」からとって、「アダマンタン」の名を与えました。この言葉の語源は「征服されざるもの」で、まさにその名の通り極めて安定な化合物です。
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アダマンタン。見る方向によって印象が変わる。


 この化合物、そしてその発展形であるダイヤモンドが極めて安定であるのは、炭素の結合に全くひずみがなく、最も理想的な形であるからです。いわば自然が選んだ最適解であるこの形は、炭素以外の元素を含むいろいろな化合物で出現します。アンモニアとホルムアルデヒドを縮合させて得られるヘキサメチレンテトラミン、リンと酸素から成るP4O6、などがこのアダマンタン構造をとります。
HMTP4O6
ヘキサメチレンテトラミン(左)と六酸化四リン(右)
灰色が炭素、青が窒素、赤が酸素、オレンジがリン


 生物が作り出す化合物にも、いくつかアダマンタン骨格を含む例が知られます。最も有名なのはフグ毒テトロドトキシンでしょうが、ユズリハの作るアルカロイド・ダフネゾミンや、プルケネティオンなどの天然物が知られます。
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ダフネゾミン・プルケネティオン


 変わり種としては、ニューカレドニアに住む海綿の一種が「アルセニシンA」という、ヒ素を含む物質を作っていることがわかっています。これは抗菌力があるため、海綿が他の菌から身を守るために作っているのかもしれません。いずれにせよ、自然というものは人間が思いつく限りの構造を、たいてい作ってしまっているものです。
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アルセニシンA。紫がヒ素。


 人工の医薬にも、アダマンタン構造を持つものが知られます。有名なのはインフルエンザ治療薬アマンタジンでしょう。このシンプルな構造でインフルエンザに効き目があるのはちょっと不思議ですが、ウイルスのM2タンパク質に結合して増殖を抑えることがわかっています。ただし近年では耐性ウイルスの蔓延などもあって、使われる機会が減っています。
amantadinememantine
アマンタジンとメマンチン。何とはなしにタケコプターを思い出す。


 そして近年、やはりアダマンタン骨格を持つ「メマンチン」という化合物が、アルツハイマー症治療薬として日本で認可を受けました(上図右)。ご覧の通り、アマンタジンに2つメチル基を生やしただけの構造です。実はアマンタジンには、脳内のNMDA(N-メチル-D-グルタミン酸)受容体という部位に作用し、神経細胞を保護する作用があることがわかっていました。ここから改良を加えて誕生したのがメマンチンです。ウイルスのM2タンパク質とヒトのNMDA受容体では、働きや作用は全くの別物ですが、構造的には類似点があるため、似たような化合物が作用するものと思われます。メマンチンは新しい認知症治療薬として、先行のドネペジルなどと並んで使用されるようになると思われます。

 また糖尿病治療薬にもアダマンタン骨格を持つものが登場しています。ビルダグリプチンという薬がそれで、超大型医薬になるものと期待されています。
vildagliptin
DPP4阻害剤・ビルダグリプチン


 有機化学でアダマンタンは、かさ高い置換基の王者ともいえる存在です。例えば通常不安定な化学種であるカルベン(2価の炭素)は、両側をアダマンチル基で固めること(及び窒素原子による安定化)によって、安定に取り出すことができます。この発見の波及効果は極めて大きく、現代有機化学の大きな流れの一つとなっていますが、アダマンタンはその陰の立役者であったわけです。
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Arduengoらによる安定カルベン。黄色がカルベン炭素。


 かくもアダマンタンが広く用いられるのは、その入手が容易であるという要因が大きいでしょう。アダマンタンは安定であるゆえ大量生産が可能ですので、その骨格を持つ化合物も比較的安価に購入できるのです。似たような他の骨格の炭化水素はどうしても高価につき、使用範囲が限定されます。
 してみると、例えばアイサンキュバンがものすごく簡単に入手できるようになったら、またずいぶん新しい世界が拓けたりしないのだろうか?などという気もします。こうした炭化水素の量産研究にも、それなりに意味がありそうにも思うのですがいかがなものでしょうか。