前回、前々回からの続き、今日も準結晶まわりのお話を。

 今まで発見されてきた準結晶のほとんどは、アルミニウムなどを中心とした合金によるものです。しかしそれ以外のものでも、非周期的タイル構造は作れるはずです。2007年には高分子による準結晶が、名古屋大学などのグループによって発見されています。3成分をブロック共重合させたところがポイントのようで、詳細はこちらをご覧下さい。

 こちらにはなかなか興味深い記述があります。
また準結晶はメタマテリアルになると予想されている。メタマテリアルとは、通常の物質とは逆の方向に光を屈折(負の屈折率)させる物質を指し、光がこの物質を通過すると「光の回り込み」現象が起こり、これまで見えた物質が見えなくなる現象が起こる。しかもそのタイルサイズは50〜100 nmと従来の10倍のオーダーである。「分子設計法の工夫をすることで可視光領域のサイズが実現すれば、光の波長よりも小さなものの像を得ることができるスーパーレンズが生み出される可能性があり、ドラえもんのふしぎ道具のひとつである透明マントのように被った者を透明にする合成繊維などの開発も夢ではありません」と松下教授。

 ううむ、よくわからないけど凄い。準結晶にはまだいろいろ可能性があるということでしょう。
では、小さな分子が非周期的に寄り集まってできる「分子準結晶」はないのか?いまだこれは実現していませんが、いろいろな可能性が考えられています。

 たとえば、我々にとって最もなじみ深い物質である水は、温度や圧力によって様々な形態の結晶を作ることが知られています。我々が知る水の結晶は「氷I」と呼ばれますが、たとえば圧力が数十万気圧にもなると、数百度でも溶けない「氷VII」というものができるなど、実は氷の世界もなかなか多彩です。

 水に他の物質が加わると、さらに多彩な結晶が生成します。有名なのはメタンハイドレートで、メタン分子を水分子でできたケージの中に閉じ込めた構造で、次世代炭素資源として期待を受けています。

methanehydrate
メタンハイドレート。中央がメタン分子。

 このケージ、ご覧いただければわかる通り正五角形を含みます。つまり水分子でも5回対称構造を作れるわけで、やりようによっては「準結晶の氷」が作れるのではないかという期待もできそうです。実際、理論計算上では水による非周期的構造が、準安定な構造として存在しうるとのことです。実現すれば大変興味深いテーマと思いますが、いかがなものでしょうか。
(この準結晶氷については、折り紙作家の前川淳氏のブログで知りました。「かたち」に興味のある方には非常に面白いブログで、おすすめです)

 では有機分子では準結晶は可能なのか?この点については、2009年にRobinsonとHaynesが面白い提案をしています(論文こちら)。要するに、平面的な分子でペンローズタイルを組み上げるというアイディアです。

 ペンローズタイルは36°と144°、72°と108°という2種の菱形の組み合わせです。この頂点をよく見ると、36°を基本としたいくつかのパターンの組み合わせです。これを分子で作ってやれば、ペンローズパターンが自己組織化で組み上がるのではないか?という着想です。
penrose36
ペンローズタイルの頂点

 理屈はその通りだが、36°の角度を持った有機分子なんてものがあるのか?これは今のところ実現していませんが、下のような分子が考えられます。10.5-コロネンと呼ばれ、10回対称の珍しい有機化合物です。
10,5coronene
[10.5]コロネン

 RobinsonとHaynesはこの化合物をベースに、プロピオール酸ユニットを放射状に取りつけ、カルボン酸同士の水素結合によって自己集合させる手段を提案しています。たとえば下図のような具合です。
penrosetile1penrosetile2penrosetile3
パーツ分子
penrosetile
分子ペンローズタイル


 とはいったものの、何しろ10.5-コロネン自体まだ合成の目途すらついていませんし、どうも迂遠な手段ではあります。10回対称で形がしっかり決まりそうな有機分子は、他にシクロパラフェニレンなどが考えられそうですが、これもなかなか面倒そうです。

 実は非周期的なタイルパターンは、5回や10回対称の専売特許ではありません。8回・12回対称のタイルパターンも存在し、それらに対応する準結晶も知られています。

8fold
8回対称の非周期的タイルパターン

 8回対称の有機分子には、ウラノセンやサルフラワーなどが知られていますが、例えばポルフィリンをベースにうまく分子を設計し、金属に配位させて準結晶MOFなんてものができないか?などと考えてみたりもします(参考)。
octa
たとえばこんなやつ。

 ここで言うだけはタダですので気楽なもんですが、いろいろ面白そうなので、ぜひどなたか分子準結晶を手がけていただきたいと思います。もしかすると気づいていないだけで、フラーレンなんかの誘導体の結晶を解析してみたら、実は準結晶になっていたなんてこともあるんではないでしょうか。合成化学者のみなさんの手腕に、ひとつ期待したいところです。