化合物の性質というのは、構造に依存して決まります。なので似た構造の物質は、まあ基本的に似た性質を持つといってよいでしょう。たとえばペンタン・ヘキサン・ヘプタンといったアルカン類は、沸点などは分子量に応じて変わるものの、いずれも可燃性の透明な液体です。見た目や化学的な方法によって区別することも、かなり困難でしょう。
pentane
hexane
heptane
上から炭素数5のペンタン、6のヘキサン、7のヘプタン


 ところがこの3つ、においをかぐとどれがどれか簡単にわかるのです。人間の鼻というのはなかなか大したもので、炭素原子一つ分の違いを見事に区別してのけるのです。におい以外にも、似たような化合物が生体にとっては全く別の作用を示すことはよくあるのです。

 分子式が違うどころか、鏡像異性体で香りが異なるものも数多くあります。たとえばリモネンはS体がレモン、R体がオレンジの香りです。
SlimoneneRlimonene
レモンの香りのS-リモネン、オレンジの香りのR-リモネン。


 味の方でいうと、印象的な例としてネオヘスペリジンという化合物があります。これは芳香族化合物に2つの糖がついたかなり大きな分子ですが、一方は砂糖の350倍という強力な甘味を示すのに対し、もう一方は無味なのだそうです。本当か?と思うような話ですが、味覚の受容体というのはこんな細かな差を見事に見分けるのですね。
chalcone1
chalcone2
上の化合物は砂糖の350倍の甘さ、下は無味。


 似た分子だからこそ全く違う性質を示す、というケースはままあり、これは薬や毒の世界で頻出します。酢酸とフルオロ酢酸の例は、本館でも以前に書きました。前者は食品として重要であるのに、後者が猛毒であるケースです。
 
 よく似ているが、一方がビタミンで、一方が抗がん剤という組み合わせもあります。葉酸とメトトレキサート(下図)は、間違い探しの問題にしたいくらいそっくりですが、前者は不足すると貧血などを起こす重要なビタミン(様物質)、後者はリウマチや白血病の治療に使われる医薬です。葉酸は体内で還元されてテトラヒドロ葉酸になってから働きますが、よく似たメトトレキサートはこのプロセスに入り込み、ブロックしてしまうのです。いわば毒の一種といえますが、これを逆用してがんの治療に用いているというわけです。
folic
MTX
葉酸(上)とメトトレキサート(下)


 薬局で普通に売られている咳止め薬の主成分は、コデインというアルカロイドです。実はこれは、有名な麻薬であるモルヒネに、メチル基がひとつついただけのものです。
codeinemorphine
コデインとモルヒネ


 実はコデインは、体内で代謝を受けてこのメチル基が外れ、モルヒネとなって作用します。えっ?麻薬が体内でできてるの?とちょっとびっくりしてしまいますが、このために作用が適切に弱められ、安全に使用できるのです。

 体内物質には、この他にもよく似ているけれど全く違う作用を示すものがたくさんあります。プロスタグランジン類などはちょっとした構造の差で驚くほど作用が変化しますし、ステロイドホルモンなどにもこうした例がたくさんあります。

 「○○は毒薬に似た構造だから危険だ」「××は△△と同じ構造を含んでいるから危ない」という言い回しはよく見かけますが、話はそう簡単ではありません。似た顔をしているからといって性格が似ているわけではないのと同じで、化合物はそれぞれが千差万別です。わかりやすいだけの単純な議論に惑わされないようにしたいものです。