関東のホルムアルデヒド問題が世間を騒がせています。筆者の住むところも断水こそしていないものの、利根川水系から取水しているエリアのようで、気になっています。ヘキサメチレンテトラミン(ヘキサミン)が分解したとかいろいろな話が流れていますが、今のところ原因はつかめていないようです。どこかの工場の事故か、不法投棄などが行われたのか、今後なりゆきを見守る必要がありそうです。ホルムアルデヒドに関しては、以前本館の方に書いていますので、ご参照下さい。

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ホルムアルデヒド(左)とヘキサミン(右)



 さてもう一つ化学に関する気になるニュース。最近、いわゆる脱法ハーブというものが問題になっています。大麻などと同じような麻薬作用を持ちながら、法規制を受けていないために販売に規制がかかっていない薬剤のことです。中には街中の自販機で堂々と売られていたりするケースさえあるそうで、ついにはこの脱法ハーブを吸引した者が死亡したり、ひき逃げ事故を起こすケースも起こり、社会問題となってきています。(SPA!誌の記事)。これに対応してようやく昨日、4成分が新たに規制対象に加わるとのニュースがありました。

 しかし、これらはどういう化合物で、なぜ規制が進まないのでしょうか?実のところ、これらは「ハーブ」といいつつ、化学合成された成分が配合されているケースが多いのです。これらはもともと、各種の医薬や神経科学研究の過程で作り出された物質ですので、「脱法ハーブ」というより「脱法ドラッグ」と呼ぶ方が適切ではないかとも思えます。


 人間の脳内では、様々な伝達物質がはたらいています。これらによく似た構造の物質を外部から与えると、本来の伝達物質の作用を妨害したり代行したりして、異常な反応を引き出します。これらの成分がどういうはたらきをするのかを研究することで、脳機能の解明に近づけるわけです。このため、今までに様々な物質が合成され、その作用が試されてきました。その中には、幻覚作用や多幸感をもたらすものもあります。近年登場した新しい麻薬は、こうして発見された人工物質が出回ってしまったものがほとんどです。

adrenaline
伝達物質の一例・アドレナリン

 これらは市販される医薬などと異なり、厳しい臨床試験や安全性審査を受けてきたものではありませんので、どのような危険があるか全くわかりません。このため脱法ハーブは法の網の目だけはくぐっているものの、極めて反社会性が高いドラッグ群なのです。


 こうした化合物がドラッグとして出回れば、当然法律を改正して取り締まりを行わねばなりません。しかし、法律として処罰する場合には、どこからどこまでが不法かをきちんと線引きする必要があります。具体的には、化合物の構造式を指定し、これこれの構造を持つ物質の所持・製造を禁じる、という形になります。

 しかし、これまでにいろいろな物質が合成され、効果が調べられていますから、次から次へと新物質が出回ってきます。例えば有名な麻薬であるメタンフェタミンを元に、少しずつ構造を変えた化合物が作られ、規制を受けてきました(下図)。

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数字は規制を受けた年を示す。赤は酸素(O)、青は窒素(N)

 ではこういうものをまとめて規制することはできないのでしょうか?例えば上図の物質群では、ベンゼン環-C-C-Nという構造が共通しています。こういう構造を持った物質は全てアウト、としてしまえば話は簡単です。

 しかし、これはできません。ベンゼン環-C-C-Nという構造は、降圧剤や向精神薬に広く見られる構造であり、規制すればこれらも使えなくなってしまうのです。そもそも、人間の体内には元からこうした構造を持った物質(アドレナリン、ドーパミンなど)がたくさんありますので、生きているものが全て規制対象、という話になってしまいます。

 また、構造が一見似ていなくても、同じような作用を持つ化合物もたくさんあります。例えば大麻の有効成分はテトラヒドロカンナビノール(THC)という物質ですが、これを元に似たような作用の物質がたくさん作られています。このほど規制対象入りすることになったカンナビシクロヘキサノールはTHCにやや似ていますが、JWH-018はあまり似ていない構造です。こうしたケースがあるため、ある範囲を指定すれば一網打尽ともいかないのです。

cannabinoids
THCを元に作られた化合物群

(生理作用で規制するわけにはいかないのかといったご意見がありましたが、医薬と麻薬にはっきりした境界線はありませんし、また麻薬のメカニズムもはっきりわかっていない部分が少なくありません。他の物質も同じ受容体に作用して「いない」と厳密に証明することは難しく、やはり構造式で縛る以外にないかと思われます)

 製薬企業の研究者ならお気づきの通り、こうした事情は創薬研究と極めてよく似ています。他社の特許範囲を抜けるために様々な化合物を作る研究、逆に他社の特許抜けを防ぐべく知恵を絞った経験のある方なら、こうしたいたちごっこに終わりがないことは、容易に想像がつくのではないでしょうか。

 ともかくこうしたドラッグは、今のところ法に触れないというだけで、極めて危険性の高いものです。好奇心から手を出して支払う代償は、一時の快楽に見合うものではまったくありません。自分が手を出さないことはもちろんですが、特に化学の専門知識を持つ方は、その危険性について積極的に周知していくなどしてよいのではないかと思う次第です。


 参考文献
〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書) 船山信次著 講談社
ニュースになった毒 A. T. Tu著 東京化学同人

弁護士小森栄の薬物問題ノート