糖というのは、なかなかに奥が深いしろものです。生体内で糖鎖の果たす役割は多彩なのですが、何しろ複雑すぎてよくわかっていない面があるのが現状です。

 何が複雑なのか?まず糖は核酸やアミノ酸に比べて、非常に多様です。六炭糖のアルドース(末端がアルデヒド型の糖)だけをとっても、16種類の異性体(鏡像異性体を除けば8種類)の異性体が存在し得ます。最も有名なのはグルコース(ブドウ糖)で、マンノース、ガラクトースなどはそれなりに名が知られていますが、アロース、アルトロース、グロース、イドース、タロースとなると、聞いたこともないという方が多いでしょう。筆者もイドースなんてものは知りませんでした。

idose
イドース

 で、名を知られているのがなぜマンノース、ガラクトース、グルコースかといえば、他の5種はほとんど天然に存在しないからです。マンノースの名は神々の食べ物「マナ」に由来しており、たくさんつながったものがマンナン(こんにゃくの成分)です。こんにゃくゼリーの製造元「マンナンライフ」は、ここから名前を取っているのでしょうね、きっと。

mannose
マンノース

 ガラクトースの名は、ギリシャ語の「乳」に由来します。牛乳の成分である乳糖を分解して得られたためです。銀河の「Galaxy」と同系列の言葉ですね。銀河のことを英語で別名「Milky Way」といいますが、これは女神ヘラの母乳が天に散りかかって銀河ができたという神話に基づいています。

galactose
ガラクトース

 とはいえこれらは、グルコースの前では物の数ではありません。天然に存在する糖の圧倒的多数はグルコースです。なんと生物圏の炭素の半分がグルコースであり、1兆トン以上存在すると見積もられる途轍もない化合物なのです。

glucose
グルコース

 数々の糖の中で、なぜグルコースがかくも圧勝を収めたか――これは、その構造に原因があります。上に示した図をご覧いただければわかる通り、他の糖では少なくとも一つのヒドロキシ基がアキシャルに立つ形を取っており、イドースに至ってはヒドロキシ基同士の反発のためにいす型をとれず、ねじれたふね型のコンホメーションになってしまっています。これに対し、グルコースは全ての置換基がエクアトリアルに位置しており、最も安定なのです。

 恐らくは生物の発生以前、最も安定な糖であるグルコースがすでに多量に存在しており、このためこれを使う生命システムが発達したのでしょう。

 またグルコースが一直線につながったセルロースは、隣り合った糖同士、隣り合った鎖同士が水素結合で引きつけ合うため、驚くほど強い繊維になります。化学的にも安定であり、劣化を受けません。このため、植物の体を作る材料として採用され、大量に作られることとなりました。

cellulose
セルロース

 やはり一人勝ちには、それなりのわけがあるのです。生体に用いられる化合物は多様ですが、進化の歴史の中でなぜこれが選ばれたのかという目で見てみると、いろいろな発見があるのではないかと思います。


 参考文献 「糖鎖のはなし」 平林淳著 日刊工業新聞社
(↑わかりやすく書かれた、大変面白い本です)