分子の「かたち」フェチとしてここまでやって来ました筆者ですが、「好きな分子」をいくつか挙げるなら、やはりアダマンタンは入って来ようかなと思います。炭素の正四面体構造から自然に導き出されたシステム、自然の摂理的なものが感じられる分子というところでしょうか。以前も一度このブログでも取り上げていますが、ちょっと資料を手に入れたので再度まとめてみます。

adamantane
アダマンタン

 チェコスロバキア産の原油からアダマンタンが最初に発見されたのは、1933年のことです。C10H16という分子式、ダイヤモンドの構造の一部を切り出した分子であることが判明し、アダマンタンの名がつけられます。1941年、初めての人工合成に成功したのはV. Prelogで、全収率は0.16%と低いものでした。余談ながらこのPrelog教授は、15〜6歳の時に初めての論文を書いた早熟の天才で、1975年には立体化学の研究によってノーベル化学賞を受賞しています。

Prelog
Vladimir Prelog(ウィキペディアより)

 この合成ルートが改善されたのは15年後、Schleyerによってでした。発見は偶然で、彼は下図左のような化合物を強いルイス酸で異性化させ、右のような化合物に変換する研究をしていました。ルイス酸は描かれた水素(白)を引き抜いて炭素陽イオンを発生させる力があり、これによって骨格が変換されるのです。

epi
異性化反応

 この生成物を蒸留したところ、白い結晶が分留管にくっついてくることにSchleyerらは気づきました。これを集めて分析したところ、アダマンタンであることがわかったのです。

adamantane2
アダマンタン(水素原子省略)

 分子式こそ同じC10H16ではありますが、似ても似つかない構造のアダマンタンができてきたのはなぜなのか?炭素陽イオンは容易に転移して骨格が変わる性質がありますが、反応系中でこの転移反応が何度も繰り返され、最も安定でひずみのないアダマンタン骨格に落ち着いていくことがわかったのです。この反応はその後改良され、工場で大量生産も行われています。

 その他の炭化水素だとどうか?例えば下図左のような3環性の炭化水素に強いルイス酸を作用させると、やはり骨格転移を起こして、同じ3環性のテトラメチルアダマンタンができます。落ち着くところに落ち着くというのはこういうことなのですね。

TMA
ペルヒドロアントラセン(左)からテトラメチルアダマンタン(右)への変換

 さてさらに時は流れて1963年、Sir Derek Barton教授(1969年ノーベル化学賞)は、その年にイギリスで行われた第19回IUPAC総会のシンボルマークに、アダマンタンユニットが2つ連結した化合物のデザインを採用します。Bartonはこの化合物に、「総会」を意味するcongressからとって「コングレッサン」の名を与えます。「腕に覚えのある者は、これを合成してみろ」という挑戦状とも受け取れます。

diamantane
コングレッサン(ジアマンタン)

 理屈の上では、5つの環とC14H20の分子式を持った化合物を同じ反応にかければ、「コングレッサン」ができるはずです。これをやってのけたのが先のSchleyerのグループで、ノルボルネン二量体にルイス酸を作用させ、収率わずか1%ながらコングレッサンを捕まえることに成功したのです。

Congsyn
コングレッサンの合成

 コングレッサンはその後、「ジアマンタン」(diamantane)と名を改められることになりました。アダマンタン単位がつながった数を頭につけ、「-amantane」という接尾語を共通して用いることで、統一的な命名を行うことにしたのです。この後、アダマンタン単位が3つつながった「トリアマンタン」、4つつながった「テトラマンタン」などが同じ原理で合成されてゆきます。

triamantanetetramantane
トリアマンタン(左)とテトラマンタン(右)

 ちなみにトリアマンタンには異性体はありませんが、テトラマンタンには3種(光学異性体を含めれば4種)が存在するのだそうです。これを頭の中だけで描けたら、相当の立体感覚の持ち主でしょう。

 アダマンタンまわりの話はいろいろありますので、次回に続きます。


(参考文献)

ダイヤモンド分子 アダマンタン (-特性と用途-) 江口 昇次 著 三恵社
化学者たちのネームゲーム―名付け親たちの語るドラマ〈2〉 Nickon&Silversmith 著 化学同人